26、次の一手
話長……………
四人がたったの一人に手も足も出なかったあの日、エイルはずっと怒っていた。
あの使徒の強さ、英雄オーディールの力、そして不甲斐ない自分の力に対して。
どうして、自分はこんなにも弱いのか………
同じ『超越者』なのに、この差は何だ?
手も足も出ずに、ただ逃げ帰った自分は一体何だ?
あの二人と自分は、一体何が違うのかを考えた。
それほどいい頭ではないが、無い頭なりに必死に考えて、自分に何が足りないのかを考えた。
それは、経験だ。
『超越者』としての年月。
それは直接、『魂源』をどれだけ熟知しているか、そして、根幹となる『魂の力』をどれだけ精密に扱えるか、のレベルを表している。
(いや、勝てねぇじゃん)
そんなの勝てるわけがない。
ある程度の所までいけば、きっと年月の差もひっくり返せるかもしれないだろうが、それは一体何年後の話なのだ。
今、使徒を倒せるようにしなければならない。
もっと考える。
戦いに関しては、考えることは嫌いではない。
むしろ、どう攻略するかはとても楽しいものだ。
あの使徒の『魂源』は、おそらくあの剣。
斬ることに関しては、勇者の持つあの『聖剣』よりも優れていた、あのデタラメな剣だ。
そして、使徒の使う『魔法』は、一定の範囲内に斬撃を発生させる、というものだった。
一気に出せる斬撃の量は、まるで数十人の剣士に囲まれたかのようだ。
しかも、それはすべて不可視のために、殺気を感じたり、どこに来るかを予測するしかない。
あのとき、何に苦しんだのかというと、圧倒的な手数の多さだ。
逃げ道もない、上下左右どこからいつ来るかもわからない、体験したことのない攻撃に、一体どうやって対応しろというのか?
それに、避けることに全力であったためにある程度は避けられたが、あの斬撃は二人の身体に傷をつけた。
強い魔力で身体を保護していたというのに、いとも簡単に斬り裂いたのである。
『超越者』になる前から鋼鉄よりも硬くなれたというのに、その身を引き裂くというのなら、とてつもない斬れ味だ。
では、その能力にどうやって自分の能力で対処するか?
エイルの『魂源』は自身の複製だ。
彼と同じようにものを考え、同じような剣の腕を持ち、同じ位の強さを持つ複製を創れる。
複製と本体は互いに思考を共有することができ、しかも実体のあるエネルギーであるために目に見えない。
敵からしてみれば、不可視の達人の集団が、一糸乱れぬ動きで連携すらしてくる。
悪夢でしかないような能力だ。
手数で言えば使徒の『魂源』に勝てる。
しかし、『魔法』を使うとなればまったく別だ。
あの無限のような攻撃に、自分が一人だろうが二人だろうが三人だろうが変わらない。
全てをなぎ倒されて終わってしまう。
なら、どうすればいいのか?
出せる分身は全部で二体。
分身の出し入れは可能で、やろうと思えば一秒以内でできる。
もっと、使いようがあるのではないか?
もっと、戦い方があるのではないか?
この事自体は以前からずっと考えていたのだ。
…………………………。
やりようはある。
以前から考えていたように、応用を使えばもっと戦えるかもしれないが、どうしても受けに回るしかない。
あの英雄のようには、どうやってもできない。
だが、戦える。
それに、こんなことでは、こんな危機を乗り越えられないようでは、この先やっていけない。
序列八位程度、倒さなくてどうして序列四位の仇を討つことができようか?
それに、今ここでなにもしなかった所で、使徒は待ってはくれない。
遅いか早いかの差だ。
何もしなければ次か、その次の日。
何か行動を起こすのなら、次の日。
どちらで殺された方がマシだろうか?
それなら、少しでも消耗させるために動いたほうがいいだろう。
そして彼は、その日の夜に王城を飛び出した。
まさか、同じようなことを考えていた向こう見ずが二人もいたとは思いもせずに………
※※※※※※※※※※※※
「焦ったぜ?半日は歩き回ったのに、奴の気配すら感じらんねぇんだからな。そしたら急に空が割れるわ、聖気がとんでもねぇわで災難だった」
リベールは驚きしかなかった。
言動から考えるに、きっと彼は魔術師が結界を張るよりも前に使徒に殴り込みかけ、そこから魔術師の結界に使徒ごと巻き込まれ、その後も使徒を探して走り回ったのだろう。
話を聞いて、緊迫している状況であるにも関わらず、つい考えてしまった。
まあ、なんというか…………
「間抜けというか、間が悪いというか…………」
「アァ!?」
捻れた時空の中で使徒を探して走り回り、その後も聖気に惑わされながら使徒を探して走り回り、ようやくここに来たのか………
喜劇の道化のような役回りになんとも言えなくなってしまう。
「テメェ、誰のおかげで今助かってると思ってんだ!?」
「いや、でもまさか味方の術にハマるとは思いませんって………ウケ狙いですか?」
「なわけねぇだろ!俺がどんだけ走り回ったと思ってんだ、殺すぞ!?」
イヤなコントもあったものだ。
フザケていないのにフザケている。
どうしようもなくいつも通りな二人に、流石の使徒も呆れているようだ。
「で、そろそろ治ったか?脚は」
「………ええ、もう大丈夫です」
できた時間を無駄使いするようなリベールではない。
会話の中で使徒が手を出してこないのをいいことに、斬られた脚を治していたのだ。
まあ、それは使徒が見逃していたの話なのだが………
「ずいぶん優しいなぁ?」
「別に構わないよ。君を斬って、彼女らも斬る。遅いか早いかだ」
「そうかよ、クソが………!」
使徒にとって、エイルは障害ではあるが、必ず超えることのできる壁だ。
それこそ、使徒の言うように遅いか早いかでしかない。
「いつまでその余裕ヅラ晒してられるかなぁ?」
獣のような雰囲気を纏わせ、エイルは使徒に威圧をかける。
一般人なら失神するような圧を、使徒はそよ風のように受け流している。
完全に余裕の表情だ。
「え、エイル、さん………」
「テメェはすっこんでろ。ここでは俺しか戦えねぇ。リベールのアホにケガ治してもらえ」
魔術師が心配そうに声をかける。
初めて魔術師がこんなにもこちらに歩み寄ってきたことが意外で驚いたが、それでも意識は魔術師には一割も向けない。
使徒に集中しているし、もうそれ以外を考える気もないのだ。
「使徒は、危険、です………作戦、が………ないと………」
「ああ?作戦?ねぇよそんなもん」
これにはリベールも驚きだ。
まさか無策で突っ込んで来るような阿呆とは思わなかった。
「馬鹿ですか?対策くらい考えてきてくださいよ!」
「黙れ、頭でっかち。考えたところでどうしようもねぇよ。そんなもんあるなら苦労はねぇ」
とんでもなく野生が溢れた答えだ。
だが、実際にもうそれしかない。
エイルの行き着いた答えは、ここで超える、だ。
「さっさと行け。巻き添え喰らうぞ」
もう、二人はこれ以上戦えない。
彼の言う通りに、退くしかないのだ。
リベールは魔術師を抱え、去っていく。
だが、最後に………
「『斬撃耐性』『自動回復』『攻撃強化』『敏捷強化』『全能力強化』」
リベールからエイルに、いくつもの神聖術がかけられる。
一瞬でこの量の神聖術を連発するあたり、やはり聖女として、能力はかなり特化している。
エイルはかつてない力の漲りを感じるが、それは目の前の敵には気休めでしかないとわかっていた。
だが、まだリベールの支援は終わっていないのだ。
「頑張って…………!」
どんな神聖術よりも、ずっと力になる支援だった。
友から友へ、初めての激励だ。
負けられない、という想いが強まる。
そうだ、負ければ自分も魔術師も勇者も、憎たらしいコイツも皆死んでしまう。
勝つのだ。
今ここで、この壁を打ち破れ………!
「いくぞ………!ブッ殺す!」
「いいね!胸を貸してやろう」
二人は互いの『魂源』を開放した。
※※※※※※※※※※※※
「リベール…………これからどうするのですか?」
「残りますよ?」
「えっ?で、でも、私達にはもうどうにも………」
「まだ最後の手が残っています。あのアホが時間を稼いでいる間に、最後の手の仕込みをします」
「い、一体何を?」
「いいですか?先ず……………………」
勇者君でねぇな