22、罠張り娘
超高頭脳対決(笑)開幕です。
魔術師は結界の術者に向けて走っていた。
師匠から貰った杖が初めて邪魔に感じる、最悪の時間だ。
強大な力が働いているはずなのに、その発信者を探るのが恐ろしく難しい。
というのも、結界内すべてに濃い聖力を感じることができ、その発信源がつかみにくいのだ。ただ濃いだけなら、最も濃い場所に行けばいいだけなので発信源が分かるのだが、それがとても困難になっている。
どこに行っても、すべてまったくと言っていいほど均等で、術者のとんでもない技量が理解できた。
こんなことができる神聖術の使い手は、一人しか知らない。
微かに感じる力の源へ全速力で走り、痛むわき腹を押さえながら、魔術師はどうして彼女がこんな奇行に走ったのか、その理由を考えていた。
しかし、そんなことはどうしたってわからない。
なにせ、そんなことをする理由はないし、普段は道化の様にも見える彼女は頭の出来自体はそう悪くないと知っていたからだ。
だから、なぜこんな頭の悪い行動に出たのかわからない。
会ったら杖で彼女の頭を叩いてしまいたくなる。
もちろん、自分のことは棚に上げているのだが………
走って、走って、今までにないほど走った結果、ようやく目標の少女を発見する。
まだまだ使徒とは距離があり、気づいていないようで助かった。
「何でこんなところにいるんですか、リベール!」
「ひゃああ!」
真後ろから急に声をかけられたことで、リベールは驚きの悲鳴をあげた。
何事か、と思いきり振り向いく。
しかし、その声の主が魔術師であると確認すると、ホッと息をつき、相対すべき敵への集中を再開した。
「アレーナ………あなたも来ていたのですね………私のことを心配する暇はありませんよ?」
「い、いえ!心配するに決まっています!なぜこんなバカなことを!?」
そういわれた聖女の瞳は揺るぎもしなかった。
魔術師の言葉では、彼女の集中を崩すことさえできない。
どうにも、説得には応じてくれなそうだ。
「それなら貴女も同じバカです。ここに居る理由は何です?私と似たようなものでしょう?」
「うっ!」
説得力が圧倒的に足りない。
魔術師も自分一人で飛び出してしまったのだから、彼女のことをとやかく言う資格などなかった。
魔術師はバツの悪そうな顔をし、誤魔化すように手慰みを始めている。
どう帰らせるかを考えても、いいアイデアなど一つたりとも思い浮かばない。
どうしようにもこれでは引き返してもらうのは無理だ。
気絶させて匿うような余力なんて銅貨一枚分だってない。
それに、この場では戦力が多ければ多いほどいい。
彼女と協力する理由はあれど、彼女を排斥する理由はまったくもって存在しないのだ。
「や、やるんですか………?ほんとに?」
「当たり前です。そのために来たのでしょう?」
魔術師はその言葉に従うしかない。
そうするしかないと覚悟を決めたところで、初めていつものようにリベールはニヤリと笑う。
魔術師はその顔を見て、ビクリと肩を震わせた。
「では、どう戦うか決めましょう」
いやになるほど憎たらしく、不遜に言った彼女は、どこかの誰かによく似た、冷徹で気色の悪い目をしていた。
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使徒はその濃い聖気に息苦しさを感じていた。
『教主』から聞いた話だが、聖気は『主』の敵である存在を除するためのエネルギーである。
その敵が何を指すかは、言うなれば、多くの信徒たちが何を敵と判断するかなのだ。
つまり、数百年に及ぶ凶行の結果として、天上教は『主』の敵へと認定されてしまっている。その幹部である使徒など最たるものだ。
だから、この聖気が充満する空間の中では満足に動くことができない。聖気は使徒を敵と判断、攻撃、消滅させるために作用するのだから。
したがって、この濃度を維持することができる聖女がおかしすぎるだけなのだが、それでもかなりマズイ状況だ。
もし、この状態で勇者と再戦したのなら負けるのは使徒の方であると言えるレベルで動きづらい。
しかし、そんなことは問題にはならない。
使徒は『魔法』を展開する。
自身の世界を創造し、既存のモノを押しのける。
斬り裂き、斬り刻み、斬り殺す、野蛮な世界。
これを展開した今、聖気は一切使徒に触れられない。
練り上げられた塊を攻撃の手段として用いたなら別だが、こうしてただ漂っているだけならば、自身の世界から排斥するのは簡単だ。
そして、攻撃するとなれば確実に力の方向というものが分かる。
今は上手く隠れているが、そうなれば、彼女らの居場所についてのヒントを得られるというわけだ。
あとはそのヒントから予測するだけ。
不意打ちを狙うだろうが、それが通じるほど使徒は油断していない。
待ち構えるだけで、使徒の勝ちは確定する。
(さて、これからどうする?『魔法』の範囲内に入った瞬間にその結界を斬り裂いてやろう)
『魔法』の範囲は約200メートル。
その範囲内に、力の流れなり、なんなりを感じ取ればいい。
(この範囲が、私の世界だ。それほど広い世界ではないが、君たちには私程度でも十分過ぎよう……)
上からか、下からか、はたまた横からか………
いずれにせよ、来れば分かる。
自身が構築した世界だ。何かが跨がれれば即座に感知することができる。
多くを期待する訳ではないが、それでもここまで準備してくれているのなら真正面からぶち破るのが、最も面白い。
使徒は享楽となれば全力で飛び込む性格だ。
(どんなことをするか楽しみだ………彼女らの血は美しく、瞼に焼き残るに違いない)
結界に着けば、結界を斬り壊す。
そしてもし、結界に着くまでに居場所が分かれば彼女らを斬り殺す。
どちらにしても使徒からしてみれば楽しいに違いない。
人を斬るか、物を斬るか。
使徒は人を斬りたいのだが、それは見つけられた時のお楽しみである。
時間との闘い、というやつだ。
まあ、時間はまだあるのだが………
しかし、少し遊ぶことになっても、決して遅くはならない。
言うなれば、これは狩りだ。
範囲は結界内、獲物は勇者一行の少女二人、そして狩人は使徒の狩猟である。
そして、おそらく狩猟が成功すれば、調理されるのが獲物というものだ。
(結界に着くまでに)
使徒は舌なめずりと共に歩を進めて………
地面が崩落し、その中に落ちていったのである。
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「落ちました」
「予想の範疇ですね。世界の上書きがどの程度かわかりませんが、見える範囲に展開されるのか、それとも効果範囲が決まっていて自動で展開されるのか………色々考えてましたが、おそらく、効果範囲は感知できる意識範囲内。地中からは予想外だったでしょうが、次からは通じないでしょう」
二人の少女は敵の状態を確認する。
片や、杖を握りしめ、魔術師は若干顔を引きつりながら聖女の言葉に頷く。
片や、聖女は冷徹に思考を続け、時間を稼ぐ方法を模索している。
一手目は予想の通り。
もしもこれで通じていなかったら次の手を打つことになっただろうが、目的は時間稼ぎ。
できるだけ多くの策に引っ掛かってくれる方がとてもありがたい。
「生き埋めにして土で潰しましたか?」
「は、はい。でも、すぐに抜けられました。で、でも今度は進路を変えています………私達を見つける気かもしれません」
「なるほど………遊ぶ気ですね。それは好都合です」
魔術師はニヤリと笑う口元と、冷徹で恐ろしい瞳をしている聖女の顔の上半分と下半分の差に恐怖を覚えている。
彼女は、こんな娘だったのか?
人間を見る目には自信があった魔術師だったが、ここまで闇を隠しきられていたとは思わなかった。
また人間不信が進みそうだ。
そんなリベールは一瞬、顔を落として………
「勇者様…………私は、負けませんよ………」
あまりのギャップにどうすればいいのか分からなくなって少し混乱していた中で、ポツリと声が聞こえた気がした。
小さな、小さな声で、一言。
その時の表情は、あの柔らかな表情が戻ったような………
「『共感』で視覚を得た虫は?」
「じゅ、十五匹です。私の魔術行使のことも考えるとこの辺で………」
「分かりました。一応、距離は離しつつ、常に視界に収めておくように………」
次に備える。
いくつもいくつもある罠の一つ。
リベールが考え、魔術師が仕掛けた罠なのだ。
想像の外にある所から、決して悟られぬように仕掛けることができる。
必ず、使徒は罠にかかる。
そうでなければ、誰かが死ぬだけである。
ちょっと短かった。
でも書くのムズい………
頭脳戦なんて書けねぇよ………