21、生きるか、死ぬか
ちかれた………
翌日の昼頃、使徒『断裂』は森の中を歩いていた。
勇者たちが逃げてしまった日、その日はそのままその場に留まることにし、翌日に王城に仕掛けることにしたのだ。
もし、その日のうちに仕掛けてしまえば、自身の任務を正しく果たすことができない。それに、期間が開きすぎれば、万全の英雄に潰されてしまう。
だから、こうしてこの時に動くことに決めたのである。
使徒は思い返す。
あの時、勇者があれほどまでに一方的にやられるとは思わなかった。
なにせ、『勇者』という存在を『教主』から聞いて、思ったことが「そんな化け物にどうやって勝つんだ?」である。
『勇者』には、最強に至れる可能性があるのだ。
だから、あの戦いは衝撃的だった。
彼らの様子から『魔法』を知らなかったようだが、それでも『勇者』を含めた『超越者』二人がかりで押されっぱなしとは………
改めて、『魔法』というものは規格外なのだと思う。
まあ、よくよく考えると弱いわけがない。
なにせ、自分という我が世界を塗りつぶし、世界そのものを味方につけるのが『魔法』なのだ。
ありとなしとでは大違い。
手数も、選択肢も、破壊力も既存の攻撃手段とはまるで比べ物にならない。
強力な魂を持つ『超越者』だけの力であるのだから、それがないとは致命的だ。
『超越者』にとって、『魔法』というものがどれだけ重要か………
そう考えるなら、彼女とて規格外の一員ではあるのだが、さらなる規格外を知っている身からしてみれば冗談ではない。
自身の力を考えると、嫌でも他の使徒のことを考えてしまう。
確かに、自分は使徒の中では最も若輩である。
しかし、しかしだ。
アレはないだろう………
初めて彼らに会った時の感覚はいまだに覚えている。
あの、圧倒的な、「未知」だ。
使徒の中でも一線を画す存在。
天上教の神の眷属神として扱われる、三人の『神』の名を冠する使徒たち。
彼らは明らかに人間の限界を超えていた。
特に『武神』だ。
『武神』とは、よく修行と称して五位以下の使徒たちと挑むのだが、一度たりとも両手を使わせたことがない。
一人でも、二人でも、三人でも、四人で挑んでもそれは変わらないのだ。
全力で、『魔法』すら使ったのに、傷一つ付けられなかった体験はいっそトラウマになっている。
かわいそうに………
それが勇者たちに抱く感情である。
彼らが自分を打ち倒しても、自分以上の強者が幾人も待ち構えている。
なんとも絶望的な話だ。
それに、その試練が終わっても………
使徒は歩きながら、試練にまみれた勇者を憐れむのである。
緩やかに森を歩く中で、ただただ木が生えそろっている。
歩いても歩いても木、木、木ばかりで、いい加減使徒も飽きてきた。
鬱蒼としすぎて気分が滅入ってしまう。
力を使って森を切り飛ばすこともできるのだが、無駄に消耗するのはもったいないからしない。
かなり歩いたのだが、こんなのは消耗の内にも入らない。
まあ、まっすぐ歩いているからいつかは森の外に出るだろうし、問題ないだろう、と気楽に考えていた。
だが、いよいよおかしくなってきた。
これほどまでに深い森だった記憶はない。
いくら何でも、これはおかしい。
どこがおかしい?
どこを見ても木が生い茂り、周りには獣道すら見つからない。
そして、木の間から覗く青い空と太陽は変わらず空に……
(ここだ………!)
使徒はかなり長い間歩いた。
体感で2から3時間ほどで、それだけすれば変わっているものがあるだろう。
しかし、空にあるソレは変わらずにあるのだ。
(太陽の位置が変わっていない………!)
瞬時に理解した。
自分は何らかの術中に嵌ったのだ。
既存の『超越者』の中でこんな事ができるのは『大賢者』と同僚の『虚ろなる世界』の二人。
しかし、『大賢者』は今頃暴れまわる『呪い人形』の被害を食い止めるのに忙しいはずだ。
『虚ろなる世界』は別の任務でヤマトへ行ってしまったし、そもそも仲間にこんな事をするほどお茶目ではない。
(いったい誰が………?)
他に考えられるのは魔術だろう。
超常の現象を巻き起こすのは何も『魔法』だけではないし、『魔術』でも十分にできるのはずだ。
しかし、それはかなり難しい。
使徒は魔術師ではないが、辺り一帯を覆うほどの魔術が発動すれば魔力を感じ取れる。
仮に魔術なら、使徒に気づかせないように魔力を隠しつつ、これほど広大な魔術を構築したことになる。
嵐の中、砂で楼閣をつくるようなものだ。
(だが、種が分かればどうということはない)
ここまで違和感すら感じさせなかった魔術の腕は見事だが、ある、と分かるのならば斬れる。
使徒の『魂源』はこの上なくシンプルな力だ。
『切断』という概念を体現した、単純な力。
そこにある空間を、魔術ごと切り裂くのなんてわけもない。
自身の魂を鞘として、愛剣を抜く。
飾り気などまったくない、しかし、隠しようもない禍々しさを感じさせる剣だ。
自身の魂からできたこの剣は、いわば使徒の化身と言える。
なら、この斬るためだけのこの剣は使徒の根本を表しているのだ。
どれだけの人間を斬り殺せばこうなるのだろうか?
通常の剣とは異なる、魔術のような超常の力を持ち主にもたらす魔剣というものがあるが、これほどまでに魔剣に相応しい剣は存在しないだろう。
使徒は魔剣を一閃する。
すると、空間がパキリとひび割れ、バラバラと崩れ去った。
太陽は先程までの位置とズレており、使徒は自分が正しい場所に戻ってきたのだと分かった。
だが、
急速に光の壁が構築される。
(これは………神聖術か?)
さらなる試練が用意されたようだ。
ここまでされると、敵の正体が分かってきた。
使徒は舌なめずりとともに、相対するであろう敵との戦いを夢想する。
「面白い………決死の覚悟で時間稼ぎか?いいだろう、すべて踏み倒してやる…………」
※※※※※※※※※※※※※※※
夜中、王女からの言葉を受けて、自分がどうしたいのかを考えていた。
シャーリーはこの国を救ってほしいと言う。
しかし、知らない誰かのために自分の命を捨てるなどと馬鹿らしくて出来やしない。
彼らとは違うのだ。
自分の命は惜しいし、聖女のように崇高ではないし、傭兵のように彼らに心から付き合おうとも思わない。
その結果が、あの醜態だ。
本気で世界を守ろうだなんて、毛ほども思っていない。
自分が本気で願ったのは、師匠たる『大賢者』を超えることだけ。
そのための研鑽の時間がどうしても少なくなってしまう勇者との旅など、本当はしたくなかった。
彼らとは、本来居たくもない。
そのはずだったのだ………
彼の嘆きを見た。
彼は粗雑で、乱暴で、勇者と聖女と共にいることが不思議でならなかった。
ああいうのは群れるのを嫌い、馴れ合いなどクソ喰らえと言う類だ。
勇者との戦いの中で見せた様子から戦闘狂の仲間だと分かったときは、とんでもない社会不適合者がいたものだと思った。
コイツも命を簡単に捨てる狂人か、とも思ったが、感情が見える分勇者よりずっとマシだった。
しかし、そのロクデナシはあの二人に懐いている。
気に入っているというか、素で接しているというか、警戒を露わにしている自分とは異なり、二人には仲間意識というものがあった。
だから、勇者が倒れたときはあれほどまでに嘆いていた。
目に見えて、彼に対する心配があったのだ。
思っていたより、ずっと人間臭いのかもしれない。
彼女の苦しみを見た。
優しく、人懐っこく、他人の気持ちを汲み取れる少女だった。
警戒心が強い魔術師だったが、一週間しないうちに彼女とは簡単に話せるようになった。
あの王女の様に、言葉の端々に優しさが垣間見え、信頼できるようになるまでにそう時間はかからなかった。
正直、勇者にはもったいないと思ったこともいくらでもある。
だが、彼女と一番仲がいいのが勇者だ。
それに少しばかり羨ましさを感じないこともなかった。なにせ、自分と同じ癖になんであんないい娘と仲が良いんだ、と。
わかっていたのだが、こんなにも彼女が勇者を想っているとは予想外だ。
あの様子は魔術師の胸を痛めるには十分だった。
そして、アレの献身だ。
正直、未だにあの勇者は気に食わない。
自分と同じように人に対して弱いくせに、あんなにいい娘と友達なのだ。
アレに感じる気持ち悪さは今も変わらないし、払拭することなどできそうもない。
だが、捉え方が変わるようになったかもしれない。
あの気持ち悪さにも、もしかしたら折り合いをつけられるようになるかもしれない。
王女から言われたときはよくわからなかったが、あの光景を見たらそれが分かったのかもしれない。
勇者はリベールをその身をもって守ってみせたのだ。
他者への献身が、あんなにも鮮烈に映るとは………
勇者の命への躊躇いのなさに、強い感情が見えた気がした。
もしかしたら、自分が思っているよりも彼はずっと人間なのかもしれない。
もしかしたら、シャーリーの言うように………
そして、愚かになってみることにした。
何がしたいかを考えた。
シャーリーはこの国を救ってほしいと言う。
しかし、魔術師はこの国も、国民もどうでもいい。けれども、彼女は別で悪くないと、いや、情がある、と言ってもいい。
彼女の願いを、叶えてもいいのではないか?
魔術師は、彼女は………
もっと、マシな自分になれるのでは………
気がつけば、使徒の居る森に向かって、杖を振るう自分が居た。
その結果が、この狂行だ。
頭がいいとは思えない。
こんなことはバカの奇行だろう。
でも、ひとのために何かするコレも………そう悪くは………
魔術師は焦っていた。
予想以上に早く自身のとっておきの魔術が無効化されたのだ。
一晩かけて、コッソリつくった結界、第八位階魔術『時空歪曲結界』をものの一日で割られるとは思わなかったのだ。
時間と空間のズレの中で、さまよい続けるはずだったのだ。
まさか破られるとは………
それもあったが、次の異変がわからない。
あれは、自分のものではない。
(な、なんで?こんな結界知らない………ま、まさか!)
まさか、こんな狂行をするのが自分以外にもいたとは………!
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悔しい、ふざけるな、なぜ私は………
勇者様をこのまま死なせてたまるか、という思い。
どうしてもこのままではいられなかったのだ。
このままでは、今の自分のままでは、成し遂げられないことだ。
成長しなくてはならない。
あの心根は優しく、臆病な友人のように………
あの粗雑で、面倒な友人、と呼べなくもない彼のように………
自分も、彼らの様になれるはずなのだ。
いや、そんな悠長のことは言っていられない。
ならなければならないのだ。
足踏みなんてしていられないし、そんなことをしていたのなら使徒に殺されてしまう。
なら、今ここで挑んでも変わらないだろう。
遅いか早いかなのだから、こうして時間稼ぎに動くだけずっと建設的だ。
そして、彼らの様に成長できなければ、死ぬ。
常識を打ち破り、命を捨て去り、それのためにすべてをかけなければ彼らのような成長は見込めない。
ずっと結界をつくろうとスタンバイしていたのだが、まさか使徒が一日出てこないとは思いもしなかった。
国を滅ぼすのなら、すぐに出てくると思ったのだが………
だが、それも問題ない。
丸一日、力を蓄え、それを練るための時間をつけた。
生きるか、死ぬか。
ただそれだけの話である。




