18,英雄は遅れてやって来る
さーて、この後の展開どうしよっかなぁ~
(使徒は一人しかいません!)
リベールの報告に対して、即座に動いたのは魔術師だった。
一定の魔力を持った存在を感知する無属性の魔術、『探知』を発動したのだ。
仮に隠れていたとしても、これで居場所が分かる。
魔力を隠す、『隠密』という魔術もあるのだが、隠す魔力が多いほどに難易度は跳ね上がるし、そもそも『探知』する側を上回る魔力操作の練度が必要だ。
使徒を名乗る実力者にして、『超越者』の魔力量はおそらく相当高いだろう。使徒序列五位ともなれば、目の前の化け物よりもよほど多いはずだ。
さらに、魔術師は『大賢者』の弟子であり、魔力の扱いの上手さはトップクラス。逃げ切れるはずもない。
(は、反応ありません!本当に使徒は一人です!)
本当にいないのか?
自分が知らない未知の方法で隠れているのではないか、と動くことができない。
どうするか決めかねていると、
(それなら好都合だ。後ろから殴りかかって怯んだところに、『転移』で分断してニ対一の状況をつくりだすつもりだったが、アイツ等の戦いで隙ができたら即座に俺が斬り込む。俺が使徒を捕まえたら俺ごと殺れ)
(え!でも、使徒が私の知らない未知の方法で隠れてるのかも………………それにエイルさんごとって………)
(俺は種族柄頑丈だから大丈夫だ。あと、二人目なら今戦ってる使徒がピンチになりゃあ現れるだろ!出てこねぇなら、そりゃあもう居ねぇ!)
エイルの指示ですぐに落ち着く。
勇者と使徒の戦いも次第に苛烈になってきており、大地を揺らし続けている。
光が溢れ、それを使徒が切り裂くという常識外の攻防だ。
アレに割り込むなんて………
(アレに割り込めるんですか………いくらなんでも…………)
(あぁ?余裕だ。戦い始まってすぐだからやらないだけで、もう少しして意識から外れそうなタイミングでやる)
(この人は勇者様と互角位に戦った人ですよ?心配するだけ無駄です)
魔術師は改めて怪物二人の強さについて驚く。
勇者はこんなことができるなんて思わなかったし、彼はあの埒外の戦いを捉えている。
ここまで力に差があるとは思わなかった。
(『覚醒』。私もいつか………)
目に焼き付ける。
その戦いは、いつか自分ができるようになる戦いなのだ。
あの勇者は未だに気に食わないし、いや、あんな力を持っているなんて余計に人間らしくないし、妬ましい。
だが、
(おい!ボサッとすんな!集中しろ)
(ひゃ、ひゃい!すみません!)
目の前の戦いに集中しつつ、割り込むタイミングを見計らう。
魔術師は次第に激化していく戦いにのめり込んでいったのだった。
※※※※※※※※※※※※※
『聖剣』のエネルギーで使徒を焼払おうとする。
本来ならそれは、触れるだけですべてを呑み込み、消し去る光線である。
しかし、目の前の敵はどうだ?
手に持つ剣は実体のない剣を受け止め、切り裂いていくのだ。
飾りも何もない、普通の剣なのだ。
見た目だけは…………
それに感じる禍々しさは身の毛もよだつほどだ。
その剣はおそらく『聖剣』と同じく、使徒自身の魂から生まれたもの。
『勇者』であるから引き継がれた『聖剣』はともかく、あの剣は使徒の魂の象徴であり、あの禍々しさはそのまま使徒の性質を表しているのだろう。
この当たれば即死という状況の中で使徒は嗤っている。
特に、勇者が使徒の剣で掠り傷ができただけで無邪気な子供のような笑みを浮かべるのだ。
あまりにも楽しそうにするものだから、戦いにおいては冷徹な勇者ですら若干引いている。
だが、それだけではないのだ。
精神的に押されているのだが、実際に剣術の戦いでも押されている。
使徒の剣術は傭兵以上の腕前だ。
魔術も多様しているし、意表を突くための搦手も使っている。
それだけではなく、聖女のサポートもあるのだ。
「『ああ、慈悲深き我らが主よ。愚昧な我等をお守りください。貴方の慈悲は我等を…………』」
これは聖女が神聖術を行うための詠唱である。
神聖術も用いるのが聖力であるというだけで、『表現』が必要なのは変わらない。
この時、聖女が使っている神聖術は何も回復だけではない。
対象をより強くするための強化や、より頑丈にするための耐性を付与し続け、勇者の力を高めているのだ。
しかし、押されている。
同じ『超越者』であるのに、どうして後も違うのか………
技術?気迫?それとも戦闘経験?
それもあるだろうが、強いて言うなら…………
「押されているな?」
さらに斬撃の速度が上がる。
なんとか躱すことができたのだが、かなり危なかった。
あの使徒の剣はおそろしく厄介なのだ。
何もかもを切り裂き、断ち切り、両断するあの剣には撃ち合うことができない。
最初の一合から感じ取っていた。
なんと、剣と剣が撃ち合ったところから、『聖剣』が半ば斬られたのだ。
そこから勝手に修復したのは、『聖剣』が特殊だからだろう。
勇者も斬られるまで知らなかった。
それから、直接撃ち合わせるのは避けている。
「今、お前が私に押されているのには理由がある」
剣と剣を合わせることができないのだ。
下手をしたなら確実に『聖剣』が折れてしまう。
そうなってしまえば、確実に次斬られるのは自分だ。
その上で、剣の腕で負け、戦闘経験で劣り、心ですら上回れない。
なら、近距離ではなく、遠距離で勝負を仕掛ければいい
しかし、
「『勇者』は本来、強くなる素養だけなら誰よりもある。正直、私すら超えられないのはどうかと思う」
引き剥がせない。
引き剥がすための魔術も、目くらましも、『聖剣』による光線もすべてを切り裂く。
一歩下がればニ歩詰められ、左も右も、上も下にもついてくる。
下から生える鋼の槍第四位階魔術『鋼鉄槍』はすべて生えかけを切り裂かれ、横や後ろからの『水撃槍』はかすりもしない。
「色々あるが、それはお前が自身の『魂源』に対する理解がないからだ。目の前のハリボテに釣られて、後ろに広がる真実に気づけていない」
戦闘中にも関わらずペラペラと喋る声が耳から離れなかった。
逆に引くだけでなくこちらから押しても、その声を止めることもできないのだ。
しかし、それもすぐに終わる。
気がつけば、足が止まっていた。
まったくの同時に、使徒と勇者は止まったのだ。
これが使徒による誘導であり、手玉に取られていたということを勇者は瞬時に分かってしまった。
「だから、見せてやろう。『魂源』とはこうやって使うのだ」
ゾッと、寒気がした。
これまでとは雰囲気がまったくことなる、ナニカが来る……!
「うおおぉぉ!」
わざわざ待ってやる必要もない。
エイルが異変を感じ取り、速攻を仕掛ける。
こちらからも挟み込み、その無防備な身体に攻撃を………
ガキンッ
「コレが、魔法だ」
防がれた………!
二人は焦る。
死角から放たれたエイルによる一撃と、正面からの勇者による突撃。
使徒は何らかの準備に入っており、唯一、無防備を晒したこの瞬間しかなかった。
しかし、
これまで、散々戦ってきたのに、戦っているところを見てきたのに、思い切り不意をついたはずなのに、
何をされたのかわからないのだ。
前と後ろからの攻撃に対して、まったく同時に防いだ。
そして、身を包み込むような違和感。
まるで世界が変わったかのような、いや、塗りつぶされたという感覚。
ただ、そうあるだけの世界に、明確に指向性が定められたようだった。
そして、おそらくその世界は、発動者、目の前の使徒にとって都合のいいような世界になっていることだろう。
とにかく、未知の攻撃に対しては逃げの一手だ。
次の瞬間、勇者と傭兵の体が切り刻まれた。
「は?」
「なっ!?」
ダメだ。これはダメだ。
二人とも、致命傷には至っていない。
しかし、それなりに深い傷であり、二対一になったとはいえ、この隙はマズイ。
勇者は即座に剣で光線をでたらめに放つ。
しかし、それは剣の間合いの遥か外で斬り落とされた。
そこに浮かぶ使徒の恍惚とした顔が、おそろしく目に焼き付いた。
しかし、今は使徒の様子など観察している場合ではないのだ。
理屈は分からないが、今はとにかく逃げるしかない。
エイルもおそらく『魂源』で攻撃を仕掛けているはず。こちらへの攻撃が若干少なくなっている気がする。いや、そう思うしかない
まだ効果の範囲外にいるであろうリベールに駆け寄り、すぐに抱えて効果範囲外へ。
「な、なにが起こっているんです!」
「分らない!でも異常事態だ、逃げないと!アレーナにはそのまま逃げるように伝えてくれ!」
抱えて一歩を踏み込んだところで、背中を一閃。
目にチカチカとした明かりが飛んだ気がした。
血が噴き出て、リベールがポカンとした顔が見える。
「ヅアアッ!」
「勇者様!」
痛みと衝撃で転がりかけるが、何とか逃げなければ………!
だが、不可視の斬撃は勇者を逃がさない。
背中に怖気が走り、直感が回避を訴えかけた。
一、二、三撃を躱して、その後は切られつつも致命傷にならないように防ぎつつも一歩、また一歩を踏みしめて…………
その不可視の斬撃の対象が逸れた気が………
あっ
これまで、勇者はエイルの様にカンを用いつつ、相手ならどこを狙うかを想像しながら攻撃の一部を躱していた。
だが、彼の様にカンの鋭くない勇者は勿論それでは躱しきれないし、死なないようにするのにするのに精いっぱいだった。
だが、死の間際になってそのカンも鋭くなることになることもあるだろう。
だから、感じる殺気の相手が、斬撃の対象が、逸れたことを感じた。
その対象は………
勇者はリベールを守るように抱え込み、背中に十数の斬撃が押し寄せた。
「あんのバカ………!」
エイルは駆け寄ろうとするが、斬撃の森に捕まっている。
彼の動きは抑制、誘導され、勇者に駆け寄るなんてできない。
「クソがあああ!」
方向は虚しく響くのみ。
アレでは助からない………
「勇者様!放してください!勇者様!」
リベールは呼びかけるが、もはや勇者には聞こえていない。
彼女が勇者を治し続けているが、それもどこまで持つかわからない。
これまでとは比較にならないほどに、死を近くに感じる。
ここまで差があるとは………
勇者はリベールを守るために抱きしめる力を強める。
そこに大した意味などないが、もう意識もはっきりしていない。
彼女が声にならない声を上げているのが分かるが、それも次第に聞こえなくなっていき………
「リベール!」
リベールの目の前には、手を差し伸べた女性がいる。
その青い髪と自信なさげな顔は見間違うはずもなく、魔術師のアレーナであった。
『転移』でここまでやってきて、そのままもう一度『転移』で逃げるつもりだったのだろう。
しかし、それは悪手だった。
勇者と傭兵が耐えられた理由はいくつかある。
先ず、すべてを受けきってなかったこと。
二人はこれまで致命傷に至るであろう斬撃は必ず避けていたし、命にかかわる部分は『魂源』で守っていたのである。
二つ目に、二人は遥かに魔術師よりも頑丈なのである。
そもそも後衛と前衛では体の鍛え具合は異なるし、前衛は身体能力強化に魔力を使うが、後衛はそんなことはしない。
さらに、色々な血の影響で人族よりも頑丈にできている傭兵と、聖女の耐性の神聖術と回復を受けていた勇者だからこそ、耐えられたのだ。
つまり、一瞬でもその斬撃を魔術師が受ければ致命傷になりかねず、下手をすれば即死もあり得る。
それが分かっていたから、勇者は魔術師は逃げなければならないと判断したのだ。
届かない………
伸ばしたその手は遠く、魔術師に迫る斬撃の方がずっと近い。
おそらく、手が届く手前で魔術師から血が噴き出ることとなるだろう。
間に合わない………
リベールは逃げるように声を上げようとするが、声が魔術師に届くころには斬撃が魔術師を捉えてしまう。
そして、その後はきっと二人が切り刻まれることだろう。
死ぬ………
その未来がほんの数瞬さきに訪れることは確実。
詰みだ。
リベールは目を瞑り、来るであろう斬撃に備えて………
ドオオオオオオオン!!!!!
轟音が目の前で響き渡った。
彼女らは何事か、と轟音の方に目を向ける。
そして、轟音以上の驚きがそこにはあった。
そこに居たものはとにかく大きかったのだ。
人型でこそあるが、その大きさは一瞬、幻の壁が見えたほどだ。
高さだけではない。
目に見える四肢は木に幹を思わせ、胴もリベールが三人入るほどに太かった。
もしも、コレが目の前から向き合ったなら、それだけで恐怖に圧倒されることだろう。
「よくもあんな薄気味悪い場所に飛ばしてくれたな、使徒………!」
地獄の底から這いあがるような声だ。
見た目相応に迫力のある声と、それを遥かに上回るプレッシャーを感じる。
これはそう、以前浴びた『大賢者』の威圧に負けず劣らずの………
「何でアレを喰らって生きてるんだ?いくら何でも生命力が強すぎるだろう」
「お前たちを殺し尽くし、世界の人々に平穏をもたらすまでは、私は死ねんのだ………!」
その巨体、それにその英雄然とした態度。
彼は………
「オーディール………流石はリフセントの英雄様だ………」
今までずっとアレーナの見た目の記述なかったですけど、もう差し込むタイミングないんで言っときます。
肩にかかるくらいの青髪、幸薄な顔。胸は普通で、ぺたんこなリベールちゃんよりあります。
種族は人族、17歳のかあいい女の子です。