17,『断裂』
10話のラスト変えるかも。
なんか思い返すとちょっとショボい………
「死ぬかと思ったぞ?」
「申し訳ありません。でも、必要なことなのです。オーディールはここで排除しなければならなかったのです」
影が二人分。
月の明かりの乏しい中、その声の主たちの姿はよく見通すことができない。
声からして女性であることは分かるのだが、それ以外の情報はほとんど欠如していた。
「理解してください。『魔神』は切り札、今切るわけにはいかない。『武神』は墓参り、『鍛冶神』は仕込み。『呪い人形』は『大賢者』を引き付けるのに忙しい」
「あの化け物は動かせただろう?組織のことより墓参りか?」
「分るでしょう?あの方は十年に一度はコレをするのです。出発したばかりなので目的地に着くのに三か月、その後どれだけいるかは気分次第でしょう」
片方は明らかに苛立っている。
漏れ出た気配は、もし他に人がいたのなら地を揺るがすのかと錯覚するほどの衝撃を叩きつけたことだろう。
近くにいた鳥や魔物たちはその気配を感じ取り、我先にと逃げ出している。
しかし、その気配もすぐに霧散し、手を額に当てて大きなため息を吐いた。
「何とかならんのか、あの自分勝手は?」
「仕方がありません。あの方を縛るのは不可能ですから。まあ、ヤマトの『剣王』を抑えるために派遣した、ということにしましょう」
今度は両名から諦めのため息が漏れた。
まあ、いまさらだからしょうがない、と思ってしまうあたり、この二人はそういうゴタゴタに慣れてしまっている。
しかし、まだ動かせる人材には余裕がまだあるはずだ
片方は疑問を口にする。
「じゃあ、あの面倒くさがりと防御バカはどうした?特にあの二人はオーディールとは相性が良いだろう?」
「いえ、それがダメなのです」
もう片方は首を小さく振り、暗い表情を浮かべる。
これまで破られなかった均衡が崩れたことに対する驚き、それを成し遂げた者たちへの敬意、同志をなくしたことによる悲しみがあったのだ。
「『堕落界』は死亡。改めて『獣王』を抑えるために、『城塞』を送りました」
その時の片方の変化は如実にでた。
ハッと驚いた後に、目をつぶり、今は亡き同志に向けて黙とうを捧げる。
そこに悲しみはあったが、怒りはない。
その時が来た、彼女らにとってはただそれだけのことなのだ。
「申し訳ありません。彼らの動向を把握しきれませんでした。まさか、ナハトリアの『聖騎士』が自国の警備を放棄するとは………」
「いや、謝らないでくれ。我らの命は『教主』殿に捧げた。彼も、死の間際まで後悔はなかったはずだ」
その言葉に流しかけた涙をこらえ、泣くまいと必死に努力した。
片方、『教主』は死んでしまった同志を偲びつつも、自身が死なせたからこそ役目に徹しなければならないのだと自覚する。
罪悪感など、抱くことは許されない。彼らの死を泣くことも、謝ることも、彼女にはできないのだ。
彼女が彼らにできることは、『教主』になり、彼らを味方に引き込んだその日から決まっている。
「聖アレンティーヌには本当に戦力を送らなくていいのか?あそこの居る『聖王』も『超越者』だろ?あそこに勇者が来ないことなどあるのか?」
「大丈夫です。アレも規格外の強さですが、アレは『呪い人形』と同じ、と言えば分かるでしょう?それにあの国は大事な術式がありますからね。だからアレは国から出ない」
「初耳だ。まさか『聖王』が………」
「ええ、そうです。私も、あの時までは分かりませんでした。それに………」
これは、手向けだ。
これまで彼女にすら隠していた秘密を『教主』は伝える。
重大機密であり、それは『教主』の正体にたどり着きかねない危険な話である。
『教主』の悲願は、たった二人にしか教えたことはないのだ。『大賢者』にでも捕まったら、確実にその記憶を覗かれてしまう。
話が終わった後、片方は驚き、そしてさらなる覚悟を決めたのだ。
「なるほど、そんなことを………」
「ええ、これが今まで隠していた秘密です。幻滅しましたか?」
「いや?私はむしろ、余計貴女に命を懸ける気になった」
『教主』は驚いていた。
こんなことを隠していたとは、本当にただの道具としてしか彼女らを使ってこなかったという証明だろう。
本当に信頼していたのなら、始めに話して然るべきなのだ。
騙したのも同然なのだから、激高して襲い掛かってくることも想定し、乗り気をなくしたのなら記憶を消そうとも思っていた。
だが、それが杞憂になるとは想定外だ。
「なぜです?私は、貴女達を…………」
「いいんだ。元から命を捧げたのに変わりはない。それに、貴女と長く付き合い、貴女のその悲願を叶えて欲しくないと思うのなら使徒になどなっていない」
心からの忠誠。
すべてを知った上でなお、彼女は自分に仕えるという。
何という愚かなことか。
何という悲しいことか。
そして、何という優しい救いか…………
「………ありがとう」
これは、最後の言葉だ。
『教主』と使徒ではなく、二人の人間として交わしていた会話は終わり。ここからは世界の敵の元締めと、その直属との会話である。
『教主』は、世界の敵にふさわしい、悍ましく冷徹な表情を浮かべた。
使徒もまるで騎士が忠誠を誓うように、うやうやしく頭を下げる。
「私たちの悲願のために、これは重要なことです」
「はい、理解しています、『教主』様。どうぞ、ご命令を…」
一瞬、その冷徹な顔にほころびが生まれる。
ビキリッと、冷徹な仮面と心に亀裂が入り、そこから悲しみの表情が覗く。
だが、それは目の前の彼女への侮辱だ。
誰にもその覚悟を汚すことは許されない、決して………
「使徒序列第八位、『断裂』。命令です、ここで死になさい」
「喜んで、『教主』様………」
悲しい二人の、悲しい誓いは今立てられたのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※
勇者一行は使徒の元へ移動を開始していた。
使徒のいる場所は、王城からそう遠くない森である。
馬車に揺られながら、少しでも肉体的、精神的な綻びがないように、互いの方法で集中を維持していた。
会話はいつもの半分ほど、表情の明るさはいつもの四分の一になっている。
いつもはカラリと笑うリベールですら、この時ばかりは緊張で笑みを控えざるを得なかった。
そして、使徒のいる場所から3キロほど離れた場所に着くと、互いの役割を確認して、二人は所定の位置まで移動する。
残された二人は、まだ見ぬ強敵との激闘の予感を感じ取っていた。
「いよいよですね」
「ああ、そうだな」
二人は自身が思っているよりもずっと硬い声で喋っていた。
そこにある覚悟と意志を隠しきるには足りない、強い声だった。
「使徒がいきなり二人か………貧乏くじだな…………」
「大丈夫ですよ。『超越者』の数は、向こうは二人。こっちは三人ですから」
「どっから一人湧いて出たんだ?」
「私とアレーナはもうすぐ『覚醒』するから0.5人分です。だからこの戦いは勝てます」
「フッ、バカみたいな理論だな」
「ええ、でも、気が楽でしょう?私達は勝ってるんですよ?」
激戦の前の会話にしては、とても穏やかだった。
二人はお互いを信頼できるし、その相手が目の前にいることから得られる勇気は二人にしか分からないだろう。
それに、まだ強いエイルと、巧みな魔術師まで居るのだ。
戦力がある、というだけでも、それだけ安心の材料になる。
歩きながらも、二人の会話はとどまることなく続く。
ゆっくりと歩きながら、その場所を捉え続け、いよいよ、その場所の前に立った。
(おーい、コッチは準備完了だ。いつでもイケるぜ……!)
(アレーナ、所定の位置につきました)
リベールの神聖術、『精神伝達』により、二人の戦力の準備が完了したことを確認する。
二人は顔を見合わせ、頷き合う。
互いの覚悟が十分と確認、そして、決戦の場へと足を踏み入れたのだ。
ソコは、切り開かれていた。
木が生い茂る森の中で、ソコだけ視界が開けており、異常な様子が伝わってくる。
半径500メートルほどの円状に木がなくなっているのだ。
そこにあったはずの木々は全て切り倒されており、切り株と化していた。
そして、その実行犯は円の中心の、謎の女性だろう。
金の髪に、輝く蒼の目、スラリと伸びた手足。
美しいが、それよりもカッコいいが似合う女性であった。
言うなれば、女騎士と言うやつだろう。
「お前が『勇者』か、なら隣は『聖女』だな?」
鋭利な刃物を思わせるような声だ。
鋭く、冷たい、鉄のナイフのような………
「貴女は………?」
「なんとなく察しはつくだろう?私は使徒序列第八位、『断裂』と呼ばれている者だ。使徒の中では一番の下っ端だな」
冗談めかすような言葉ではあるが、冗談ではなかった。
勇者も聖女も、目の前の人物が放つ圧を感じ取っている。
恐ろしく、寒気がするような雰囲気だと言うのに、コレが使徒の中で一番下?
本当に、冗談ではない。
「使徒は二人居たはずでは?」
「ああ、あの根暗なら帰った。別の任務で離れなければならなくなったのだよ」
どこまで信用すればいいのかわからない。
いや、信用してはならないのだろう。
常に後ろから攻撃されるかもしれないと念頭に置かねばならなくなった。
二人同時を想定していたために、策が一つ潰れてしまった。
「どうやら、問答はもう無用らしいな」
「……………」
勇者はその魂から剣を引き出す。
美しく、きらびやかな剣だ。
装飾は少ないというのに見たものに何故か絢爛さを思わせる美しい剣。
『大賢者』曰く、『聖剣』という、『勇者』専用の剣らしい。
『勇者』の『魂源』にして、全てを断ち切る剣だそうだ。
それに合わせて『断裂』も剣を抜く。
いや、勇者と同じようにその魂を鞘として、その剣をぬいたのであった。
飾り気のない、ただ機能性を重視した剣である。
だが、そのシンプルさに反して、感じる不気味さはとてつもない。
そこに込められた、殺気が爆発し、それだけで地面にヒビが入った。
剣を抜いた両雄は、全く同じタイミングで走り出し、一秒しない内に一足一刀の距離にまで近づき、
二つの剣は激突し、激戦が開始したのであった。