13、道中釘打ち
話が進まねぇ
勇者一行、勇者、聖女、傭兵、魔術師の四人は中央大陸最大の強国、リフセント王国を目指していた。
魔術師、アレーナ=リール=ハドレズ
魔術師はとんでもない登場を果たしてから三週間、事情を話せばすぐさまパーティーのメンバーとして迎え入れられた。
どこにも『大賢者』が関わってくることにエイルは不満そうにしていたが、後衛の攻撃役がいなかったことと、その魔術師自身の実力を鑑みて迎え入れることに特に反対はしない。
他二人も同じくだ。
魔術師と共に『転移』されてきた『大賢者』の紹介状があったので疑う要素もなく、すんなりと受け入れた。
この日も日が暮れるまで歩き続け、今は野宿の準備をしている。
始めは慣れない出来事に不調を訴えていた素人の三人であったが、一週間も続ける頃には何も言われずとも、夜の見張りの配役決めや地面をベッドにする睡眠もスムーズに行えるようになっていった。
特に魔術師は初対面の人間ばかりだったので毎日気分が悪そうだったのだ。
三日目に疲労とストレスで吐いてしまった時など大騒ぎだった。
その魔術師はというと、今はリベールと仲良く話をしている。
パーティーが男2、女2になったのでこの二人はよく話すようになった。
いや、彼女らは出会ってすぐから親しくなったのだ。
おどおどしていた彼女であったが、聖女はそんなことは関係ないとばかりにグイグイと距離を詰めていき、三日しないうちに気軽に話せるようになったのだ。
まあ、男陣営には未だに慣れておらず、多少は距離感があるのだが、勇者は自分は仲良くするのに時間をかける性格だとわかっていし、エイルはわざわざなれ合おうとも思っていないので二人はそれを気にしたりはしない。
時間はあるのだ。
四人がいるのは南方大陸。
大陸中央にある南方大陸支部統括教会の『転移魔術陣』を使うことでリフセント王国へ辿り着くことができる。
長く見積もって、二週間は歩き続けなければならない。
「あのぅ、諸国を巡るとのことなのですが、他にどの国を回るのでしょう?」
魔術師による素朴な疑問だ。
その質問に、聖女がフワフワした雰囲気で気軽に答える。
「そうですねぇ、訪れる国はリフセントを含めて四つです。中央大陸の獣人の王国アニマ、北方大陸のエルフの女王が統べる国ハドレヌ、同じく大陸極東の国ヤマト。ここの元首にご挨拶するのが目標です」
どの国も強大な軍事力を持つことで有名だ。
特にアニマは、強い戦士が特産品と言われるほどに兵の質が高いのだが、それは国民の約八割が実力主義的な思考を持つ獣人であることがそれに帰因している。
もしも、アニマの人口が今の倍であれば、世界最強の国はアニマであったろう。
だが、
「どこも凄いところばかりですが、これから行くリフセント王国はその中でもトップなんですよね………」
「はい。リフセント王国は世界最大で最高の軍を持っているからね。人口、領土、そして兵力を考えればリフセントは最強の国家と言えます」
魔術師の体が緊張で震える。
これからその国の王に会うのかと考えただけで、震えが止まらず、腹が痛くなってきている。
「はっ!会ってもねぇのに何ビビってやがる?イラつくからシャンとしやがれ」
そんな魔術師に、エイルは低く唸った。
人見知りの彼女は、「ヒィ!」と小さく鳴き声を上げて、聖女の後ろに隠れてしまう。
エイルが話しかける度に、彼女はこうなるのだ。
次第に彼の魔術師への当たりはきつくなっていく。
「あっ!なんてこと言うんです!?アレーナをイジメないでくれますか?そんなのメッチャカッコ悪いですよ?」
「事実だろが!ていうかコイツがずっと俺のこと腫れ物みたいに見やがるからイラつくんだよ!」
「貴方は顔と態度が怖いんですよ!彼女は私みたいに図太くないんですからもっと優しく接してください!」
「ああ?優しくなんてゴメンだ、気持ちわりぃ」
「あ、確かに優しいエルなんて気持ち悪いだけでしたね。すみません、私の落ち度でした」
「テメェ、今日こそブッ殺してやる!」
リベールとエイルはいつものように追いかけっこを始めてしまった。
かなり頭の悪い光景だが、勇者はそれを微笑ましげに眺める。
一方、魔術師は何か言いたげに勇者をチラチラと見ていた。
その視線に気づいた勇者は振り返って彼女に向きなおる。
「どうしたの?」
「ああ、い、いえ、なんと申しますか………ずっと聞きたいことがあったのです………」
「な、なんで、勇者なんてやろうと思ったん、ですか?そ、そんなの、貴方がやる義理なんて、ないですよね?」
魔術師はそれなりに人間不信だ。
リベールとの絡みを見ると普通の少女のようにも思えるが、かつての経験からたくさんの誰かというものが嫌いだ。
自分のようなものを排斥する者たちを心から恐れている結果とも言える。
彼女はずっと問答をしようと思っていたのだ。
リベールとの語らいは既に済ませている。
エイルはまだだが、コイツもまた、自分を観察し、その上で問題ないと判断してのけた。
だというのなら、信頼置ける。
しかし、勇者だけが分からない。
これまでどんな人物か見てきたのだが、二人に対して普通に友人として接していたその姿は、異色さというか、非凡さというか、そういうものが感じられない。
勇者というのは異世界から召喚された存在らしい。
しかも聞けば、召喚させる前は特別に優秀であったというわけではないとのことだ。
なら、彼は奴らと同じかもしれない。
旅を続けるにあたって、ここだけは譲れないところだった。
見ると、リベールとエイルの追いかけっこは終わっていた。
彼女の結界を大剣でガシガシと削り、お互いを罵り合っている。
チラとそれを見た勇者は、二人に聞かれないと確信したところで、小さな声で語り始めた。
「今は友達のためだよ。恥ずかしいから言えないけどね」
嘘は感じない。
彼は、二人と仲がよさそうなのは分かったし、その仕草、表情が、雰囲気が本気であると伝わってくる。
だが、魔術師の知りたいことはそれではない。
本当に知りたいことは特殊な人間に対して、どのような態度を思うかである。
質問のうちに人物像を見極めるつもりだ。
「そ、それだけですか?リベールのことは分かりますか?そ、それだけで命をかけてもいいと?」
「いいよ、別に。もともと死んだような身なんだ。それを友達のためにかけるなんて新鮮で面白そうじゃないか」
人物像を見極めるつもりであったが、どこか違って聞こえた。
何かが違うように感じてしまう。
しかし、まだ知りたいことはある。
「なら、師匠、だ、『大賢者』と接してどう思いましたか?かなり大変だったと思いますが………」
「ああ、確かにね。修行はきついし、完全にこっちを殺しに来てたけど、別に良かったよ。おかげで俺も強くなれたから」
またしても、違和感。
どこにそれを感じるのかは分からないが、彼に嘘をついているような感じはしない。
そんな理由もないはずであるし、悪感情があれば態度でわかる。自分と関わってきた人物たちと似たような雰囲気を探せばいいだけだ。
問題はない、質問を続ける。
だが、胸にはしこりができたままだ。
これはいったい、なんと言い表せばよいのだろうか……?
「え、えと、怖くないのですか?い、いきなり別の世界に連れてこられて、『大賢者』には殺されかけて、わけもわからない敵と、こ、これから戦うんですよ?」
「別に構わない」
真面目腐った顔で言い切ってみせる。
終始感じてしまう違和感がそこで爆発してしまった。
(なにか、なにかズレているような)
少し考え込んでしまい、視線を逸らす。
考える、考える、いったい何がズレているのか考えていると………
「いくらでも試してもらって構わないから、もっと質問してくれていいよ」
…
………
………………
「な、何のことです」
「試してたんでしょ?」
魔術師はかつてないほど動揺してしまう。
その時、よく見てすらいなかった勇者の顔を初めて見た。
薄く笑うその表情に覚えた感情は、恐怖が二割と………
魔術師は納得する。
感じていた違和感の正体が分かり、しこりとして残っていた感情を完全に理解することができたのだ。
気持ち悪い
恐ろしいほど伝わってくる二種類の気持ち悪さ。
とにかくこの男は気持ちが悪かった。
先ず、コレは前提が違うのだ。
生物が持つ、生存本能というか、死への恐怖というか、それがコレには存在しない。
勘違いしていたのだ。
三人が仲良くしている様を見て、コレの根底を勘違いしていた。
コレは命の前提がズレている。
底知れない気持ち悪さで、圧倒される。
「できれば、君のことも信じたいと思っているんだ。お互いに、いつか信頼できる仲間になれるように頑張ろう」
その目を見た瞬間に分かってしまった。
そこに見える疑念が………
(あ、同じなんだ、これ)
彼に感じたのは、見知らぬものへの気持ち悪さと、同族嫌悪であった。
この時の彼女の考えは一つ、
(絶対コイツと仲良くできない)