12,思い出語り
感想に対する返信とかってどうやるんだ?
私が他と違うと分かったのは、いつ頃だったろうか?
私は小国の伯爵家の次女として生まれた。
上には姉と、兄が二人。下には弟が一人と妹が一人。
両親も、兄弟たちも優秀ではあったが、特別に有能であるというわけではない、普通の貴族家だったと思う。
そんな中で、私は彼らとは違ったのだ。
私には、魔術の才能があった。
魔力量は特に鍛錬をしていたわけでもないのに基準値の十数倍。当て嵌まる適正は炎、風、水、土の基本属性の他に、特殊属性の時空の計五つ。魔力の操作も自身の体の一部のように扱うことができて、天才と持て囃される要素しかなかった。
でも、それはあまり嬉しいものではなかった。
その当時、なんで褒められるのか分からなかったのだ。
当たり前にできることをしただけで周りの大人たちは私を褒めていくのだから、ただただ困惑しかない。
今になって思うが、それがどれほど周りの顰蹙を買い、どれほど周りにとって残酷であったのかが分かっていなかった。
私を持ち上げる人が増えたことで、トントン拍子で私は外国にある魔術学院に入学させられた。
別にそれはいい。
環境が変わることに不安や恐怖はなかったし、むしろ群がって鬱陶しかった大人たちが離れるのかと思うと気分がよかった。
でも、家族と離れることがとても悲しかったのだ。
私は家族が好きだったのだ。
厳しい両親、優しい兄たち、美しい姉、かわいい弟妹と離れるのが嫌で、どことなく陰鬱になりながら実家で入学に備えていたのだが、
「ようやく消えてくれる………」
その言葉が本当に衝撃で、驚きで固まってしまった。
兄たちの集まるところをたまたま見つけて、コッソリ聞き耳を立てていた時に聞こえた声だ。
その場に別の家に嫁いでいなくなった姉と、幼い弟妹はいなかったが、時期当主の長兄と、補佐をする次兄、中央に出ていたが帰ってきていた三兄は私に不満を漏らしていた。
あんなのがいたら目障りだ、とか
ずっと殴り倒してやりたかった、とか
こっそり覗いて兄たちの顔を見たのだが、そこで目に写った表情は未だに忘れることができない。
忌々しい、と歪んだ顔。
出ていってくれて助かる、という安堵の顔。
清々した、というスッキリした顔。
どれも、自分の記憶の中の兄たちからは想像がつかないような顔だった。
なんで?どうして?と部屋の中に踏み込んで兄たちに尋ねたかったのだが、怖くて、恐ろしくて足が竦んだ。
当時は分からなかったが、これは配慮のなかった私自身の不注意と弱さが招いた結果だ。
確かに兄たちは優しかったが、それはいつの記憶だろうか?
その優しさは、今の今まで続いていただろうか、と考えれば一瞬で齟齬に気づいてしまう。
しかし、私はそれから逃げてきた。
兄たちはきっと優しいままだと高をくくったて、目を逸らした結果がコレ………
もしかしたら、姉や弟妹も同じことを考えているかもしれない………
その考えに至ったら、もう震えが止まらなかった。
その瞬間に、私のしがらみはきえてなくなったのである。
その後も似たようなものだ。
私の上っ面しか見ない人が蟻のように群がり、当たり前のことをひたすら褒められ、私の知らないところで勝手にやっかみができていく………
多少はスゴイ人もいたし、新しい知識も幾らでもあったが、それもすぐに新鮮さはなくなる。
私は教わったすべてを吸収し、私よりも優れたところがあった人もすぐに飛び越えていった。
退屈だった。
そこも結局は前と同じだったのだ。
すぐに私を持て余し、他所へ厄介払いをしようとした。
そして、確信があった。
どうせ、どこでも私は同じなんだろう、と。
「いいのう、いいのう。才能は十二分。儂の元に来んか?」
ある日突然、私の工房に押しかけてきた老人は、一人勝手に満足しながら、私にそう持ちかけた。
その日も、特にいつもと変わらない日だったのだ。
与えられた私専用の工房で借りてきた本を読み漁り、そこに書かれた知識から魔術を使い、そこからさらに改良点がないかを探していく。
なんとも味気ない日々だったのだ。
目標も、学友も、意思もない。
毎日毎日、なんで私にはこんな力があるのだろうか、と悩み続けていた。
だが、私の人生の転換点とも言えるモノが来たのだ。
ドカン、と扉から音が鳴った。
久しぶりの轟音に驚いて、手に持つ本を思い切り放り投げ、座っていた椅子から転がり落ち、ついでに額を床に打ち付けてしまった。
「イタタタタ……………」
何なのだいきなり?
打った額をさすりながら、あまりにもな出来事に久方ぶりの苛立ちを感じる。
轟音の方へ顔を向けると、そこには怪物が立っていた。
そこにある魔力。
自分の魔力量は莫大だと思っていた。
実際、所属する学院には一流の魔術師が揃っているのだが、自分は彼らよりも遥かに多い魔力を持っている。
だが、目の前のコレは完全に埒外だった。
圧倒
ただ、その言葉が出てくる。
自分では天地がひっくり返っても及ばないのだと瞬時に理解できる実力者だったのだ。
圧倒されすぎて息をするのも忘れていた手前、あの言葉だった。
忘れていた息をようやく始め、ポカンとした表情をしてしまう。
そして、たっぷり時間をかけて言われた内容を咀嚼し、呑み込み、ようやくどうしようか考えた。
目の前の、この人。
圧倒的で、私よりもずっと凄いこの老人。
彼の存在には心当たりがあった。
悠久の時を生き、数々の伝説を生み出した人類の守護者。
魔術の権化にして、世界最高の魔術師、『大賢者』。
ずっと、自分とは関係のない人物と思っていただけに、目の前に急に現れたことへの驚きが、遅まきながらやって来る。
そうだ、なんでそんな人が…………
「なんで、こ、こんな所へ………?」
噛んだし、思い切り声が上ずってしまった。
思わず被った恥に頬を赤らめてしまうが、気にした様子もなく『大賢者』は大いにうなずながら笑みを浮かべ、諭すように優しく語る。
「なに、ここにそこそこやる子供が居ると聞いてな?この間弟子を育て終わってしまってのう。良い暇つぶしになると思ったんじゃ」
一瞬、何を言っているか理解できなかった。
だが、言っている内容を呑み込むと、あまりにも新鮮な感覚に襲われる。
そこそこ?暇つぶし?
なんでもないように言ってのけるその
ずっと天才だ何だと呼ばれ続けた私をそこそこと言い、私のことを良い暇つぶしとしか考えていなかったのだ。
普通なら、怒るところだろう。
このジジイ、と罵ってやったって良いはずだ。
だが、私には新しさしか感じない。
ああ、そうだ……
この人は、私が求めていた人だ。
「儂を師事するなら、お主に見たこともない領域を見せてやる。悪い話ではないぞ?どうじゃ、儂と来てみんか?」
手を差し伸べられた。
シワまみれの細い手だったが、私にはそれが、この水底から救ってくれる太い綱のように感じられた。
ずっと、こんな人を求めていたのだ。
いつもいた人たちのように、当たり前にしか思えないことを褒めるのでも、身勝手な嫉妬に駆られるでもなく………
「わかりました。その話、お受けします」
「おお!それは良かった!儂の修行は厳しいぞ?覚悟せい!」
初めて、自分の中に確固たる目標ができた。
私はいつか、この人を超えてみせる………!
『大賢者』、師匠の元で修行するようになって三年。
この三年で、私の価値観は大きく変わった。
師匠による陣の構築方法や魔力の運用、無意識下での魔術行使など、画期的すぎて今まででは確実にたどり着けない視点だった。
とんでもない数の地獄を体験したのだが、それと同じ数の進歩も存在した。
あの時には、足元など遠すぎてまるで見えなかったのだが、今では師匠の足元がぼんやりと見えないでもない位にはなっている。
いや、私の成長が遅いのではなく師匠の実力が高すぎるのだ。
今の私は魔力量だけなら三年前の五倍ほどにはなっている。
これは魔術師の間なら完全に与太話だと思われてもしかたがない数字だ。
本当に色々あった。
魔物の巣の中に置いていかれたり、湯だった鍋の中に放り込まれそうになったり、杖を貰ったり…………
杖を貰った時はとても嬉しかった。
そのときは誰かに何かを貰えたことなんて久しぶりだったし、それが師匠に認められた証のようで、涙が出た。
美しい翡翠の宝石がはめ込まれた、見ただけですごいと分かる杖。
それから、肌身に離さず抱えている。
師匠のすべてを注ぎ込まれている自負がある私だ。
だから、師匠の様子が少しおかしいのはすぐに分かった。
いや、分かりやすく修行が甘くなった。
私は師匠を超えるために喜んで地獄だって飲み干してみせる覚悟だが、最近はその師匠の修行の時間が減ってしまった。
いや、師匠がいないときは地獄の宿題があるのだが、それでも師匠に教えてもらったほうがきっと成長できるはずである。
だからどうにか教えてほしいのだが、夕方にはどこかにでかけてしまい、理由を尋ねてもそのうち教えるの一点ばり。
少し不満ではあるが、それは仕方がないと割り切るしかないのである。
現在、私は宿題の真っ最中。
今日の宿題は、師匠が帰ってくるまでに、これまで教わった第六位階魔術の半分を無意識に使えるようにしろというものだった。
第六位階というと、大魔術に分類され、時間をかけても扱えるというだけで上級の魔術師判定をされるレベルだ。
今まででなら、普通に無詠唱でもできたのだが、これを無意識でとなると難易度は桁違いになる。
そもそも、無意識にというのが下位の魔術でも難しい。
私はそれに始めは一週間かかったのだ。
それを今は高位に分類される魔術で行っている。
…………師匠のところに来て、初めて自分は凄いと再確認できた気がするなぁ。
「いやあ、コレを簡単にこなすとは………お主の才能には驚かされるのう………」
「うわへぇ?!」
何事もなく、本当に自然に師匠がそこにいた。
もしも、師匠が時空魔術の『転移』でここに直接来たのなら察知できるのだが、そんな感じはしない。
たぶんだけど、無属性魔術の『無音』をこっそり使って入ってきたのだろう。
いつもなら『転移』で来るのに、わざわざ私を驚かすために気配を消して忍び寄るとは…………
師匠の茶目っ気はときどき面倒くさい………
「今日はお早いお帰りですね、師匠。あ、宿題ならちゃんとできてますよ」
「ちゃんと見ておった。ああ、あの時にお主を拾っておって良かった。お主は天賦の才とそれを腐らせない意思がある。これほどの魔術師はそうそういるものではない」
…………?
なんで急に褒められたんだろう?
そこまで褒めらたら照れ…………
いや、ずっと見てたとか言ったな、この師匠は。
え?ずっとタイミング見計らってた?イタズラにそんなに労力かけてたのか?
「何やら心外なことを思われた気がするが、まあいい」
「え?いやいや、変なことなんて思ってないですよ?」
「お主、勇者パーティーに入れ」
唐突にそんなことを言ってきた師匠。
勇者?お伽話の存在でしょ?
「つい3ヶ月ほど前に召喚されたのだ。天上教を潰すためにな。そんで儂が試練を与えて突破した。お前は勇者パーティーに加われ」
もう混乱するしかない。
理解させないくせに理解を強要するのだ、この師匠は………
本当にこっちのことも汲んでほしいのだけれど………
いや、それよりも
「師匠がいたら天上教なんて余裕なんじゃないんですか?」
私はこの人の強さをずっと見てきたのだ。
いくら天上教がすごいって言っても、この人が負ける未来が想像できない。
「阿保、今の世界の戦力じゃあ不足じゃから勇者を呼んだんじゃ。四席までなら儂だけで十分じゃ。しかし、儂の強さは使徒第三席『鍛冶神』の少し上で、第二席『武神』とは完全に互角じゃ。そこに今まで一度も姿を見せん第一席『魔神』も居る。戦力は完全に不足しておる」
正直、信じられなかった。
使徒は国も滅ぼせるって聞いたことはあったけど、そんなに強い人がいるのか………
えっ、じゃあ、
「世界やばいじゃないですか!」
「今更か、このバカ弟子………」
この世に師匠と同格の人なんていたのか………
青天の霹靂どころではない。
大陸が真っ二つになったかのような衝撃だ。
「じゃあ勇者になんてついていく必要あります?戦力調達なら師匠にビシバシ鍛えてもらった方が………」
「それではいかん。『勇者』は旅に出て強敵に出会うからこそ強くなる。お主も奴と旅をすればわかるさ」
その時の師匠は確信に満ち溢れていた。
これは、師匠の中でだけ出来事が完結してるパターンだ。彼の頭の中で結論が出てるからこちらはわからないし、共有もしてくれない。
でも、こういう時の師匠のいうことは確実に正しい時なのだ。
理由もわけもなく納得してしまいそうな確信がそこにはあった。
いやでも、正直憂鬱でしかない。
ていうか勇者パーティーってことはそこにいる人たちは私のいないところで仲を深めてるんでしょう?
勇者が召喚されて三ヶ月もたってから私を入れるなんて気まずいに決まってるじゃないですか………
しかも、私は師匠みたいに初対面相手にぶっ飛んだ態度が取れるほど気さくなわけじゃないし、むしろどっちかっていうと人間不信気味の引きこもりなんですからしんどいんですよ。
でも、師匠はこんなこと言っても聞いてくれないだろうし、ここに私の味方はいないのでしょうか?
「ほれ、さっさと行け」
「え?」
魔術を無意識で発動させることに腐心している師匠なのだが、より複雑な魔術を扱えるようにするための土台というだけではなく、そこにはちゃんとした理由が存在する。
魔術の構築を無意識でできるようになることには、とある大きなメリットがある。
それは、陣の構築が他者に見えなくなるということ。
魔術師の戦闘では勿論魔術を主体に戦うのだが、そうなると、いかにして相手の魔術を防ぎつつ、こちらの魔術を当てれるか勝負になる。
そのとき、お互いは相手の陣の構築を見て相手の放つ魔術を判断するのだ。
しかし、無意識で構築できるようになると、自身の中で陣ができ、それを自動で写し取るだけなので見られるために隙間など存在しなくなる、というわけだ。
だから、師匠が私に向けた『転移』に対して反応できなかったのも、そうした理由があった。
このあと、噂の勇者パーティーの真上に『転移』させられた私は、師匠の思惑道理に勇者パーティーに入ることになったのである。
前回最後に名前出てきた国、帝国にしてたけどやっぱ王国にしよーと