11,旅の始まり
なろうのサイトの機能がイマイチよく分かってないからなんか微妙に不安………
あと、4場面はちょっと詰めすぎたかな?
殺せてない
手応えがあった、違和感があった、確信があった。
間違いなく、硬いナニカに阻まれたのが伝わってきたのだ。
この剣でも壊せないとなると、そんなものはなかなかないだろうという思考が存在していた。
この空間で、この攻撃を防ぎ切ることができるのは、一人しかいないだろう。
「なぜ、邪魔をしたのです。『大賢者』様?」
『大賢者』は頭を掻き、呆れている。
「なんでこうもせっかちなのだ」と言い出しそうで、むしろこっちが聞きたいという様子の『大賢者』。
その様子に、黒の青年はますます疑問が深まってしまう。
「いや、殺させるわけなかろう?コイツも才ある貴重な戦力。殺すことを許可したのは、殺す気でないと意味がないからじゃ。もともと、途中で止めようとは思っとったよ」
「いや、でも、本当に殺さなくていいんですか?」
「お主は場の雰囲気に当てられすぎじゃ。そもそも、始めは殺さないようにしとったろう………」
「あっ、そう言えばそうでした」
完全に頭から抜けてた、と納得する黒の青年。
その様子にますます『大賢者』は呆れ、深いため息をついた。
ある種、狂気を感じないでもない会話であったが、それを言及するものはどこにもいない。
「勝手に納得してんじゃねぇ!」
一瞬完全に忘れられてた灰の青年は吠える。
2回も水を差されたことへの怒りで満ちていた。
「もう一回だ!もう一回殺し合おう!お前も納得いかねぇだろ!」
「いやぁ、別に………そう言えば始めは殺さないようにしてたんだからこれでいいんじゃないですか」
「こ、このイカれ野郎………!」
話にならない。
今すぐこの場にいる全員を叩きのめしたいと思ってしまうが、それは実力的にも不可能だと分かっているし、自分は負けたという意識があるために寸出で踏みとどまる。
一触即発の雰囲気が一瞬流れたのだが、ギリギリの所でなんとか収まった。
いや、一方的にその雰囲気を流しているのは灰の青年だけで、黒の青年と『大賢者』はどこ吹く風だ。
そんな彼を放っておいて、『大賢者』はフワフワと地面に降り立ち、杖を一振り。
「コラッ、お主もいい加減起きろ」
「ぐえっ!」
杖が寝ているリベールの腹を突き、イジメられた鶏のような声をあげた。
完全に寝入っていたリベールは、何が起きたのかと困惑でいっぱいだった。
だが、ある程度落ち着いたところで周囲を見回し、灰の青年を視界に捉えた瞬間に黒の青年の後ろに隠れ、黒の青年越しに灰の青年と『大賢者』を睨みつける。
「なんですなんです!?起こすにしてももうちょっと優しく扱ってくださいよ!私、『聖女』ですよ?!いたいけな女の子なんですよ!?あと、貴方は何ですか?さっさとその悪い目つきを直してからおととい来てください!さっさと『勇者』様にやられちゃえ、バーカバーカ!」
これを一息で言っていまうあたり、寝起きにもかかわらず彼女の思考の回転が早いのだと感心すればいいのか、なんてウザいんだろうと呆れればいいのか…………
『大賢者』は後者で、灰の青年はそれでもなく青筋を立てて怒りを燃やす。
「ああ!?テメェが邪魔しなけりゃ、最初のアレで終わってただろうが!?」
「そんなのノーカンですぅ、ニ対一なんて戦場じゃあ当たり前なんですぅ、それに対応できなかった貴方が悪いんですぅ」
「殺すぞ、チビ!一対一っていう決闘だったろうが!」
「チ、チビ!?私はまだこれから成長しますからね!まだ17歳なんですから私はこれからもっとスラッとなりますから!あと、横槍について『大賢者』様は何も言いませんでしたからね!試験官が認めたならそれはOKなんです!だから貴方の言い分は何一つ通りません、お疲れ様でしたっ!」
「あ?同い年かよ。なら成長なんてもうほとんどねぇだろ?」
「ああ!言いましたね!?まだ分からないでしょう!未来のことが分かるなんて、いつから貴方は『主』になったんですか!?不敬ですよ!?異端審問で処刑しましょうか!?」
「ウッゼェ!ホントにこのチビ『聖女』か?」
「また言いましたね!」
やいのやいのと二人で勝手に盛り上がってしまった。
『大賢者』は何だコイツ等、という奇異の目を向け、黒の青年は灰の青年が同い年出会ったことに密かに驚いていた。
とにかく、このままでは話が進まないので、黒の青年はなんとか止めようとする。
「まあ、その辺にしてくれ。リベール、初対面人にあんまり喧嘩を売るもんじゃない。そして君も、勝負なら一勝一敗の保留にしよう。今はとりあえず………」
「あっ!負けたんですね?貴方『勇者』様に負けたんですね!?あーあ、警戒して損しました。ただの負け犬でしたか!」
「殺す!ぜってぇー殺す!」
「いい加減にせんか、馬鹿共!」
『大賢者』による制裁の魔術によって、ようやくその場は収まったのである。
※※※※※※※※※※※※※※
「なんで俺まで攻撃されたんですか、『大賢者』様………」
「そうです、悪いのはこの乱暴な人だけです。私と『勇者』様は悪くないのです。理不尽です」
「いやテメェが喧嘩売ってきたんだろが。悪いのはテメェだけだチビ聖女」
「黙れ、馬鹿共。連帯責任じゃ」
三人は揃って正座させられている。
全員が不満を浮かべているが、それも『大賢者』は切って捨てる。
いや、特上の馬鹿二人に対しては、なんで自分は悪くないと思っているのか、と微妙に思っているのだが、それを無視して話をする。
「はあ、まあいい。お前たち二人の試験は合格。見事『覚醒』に至ってみせた。見事じゃったな」
「………『大賢者』様。よろしいでしょうか?」
「なんじゃ、我が弟子よ?」
「『覚醒』とは?」
そう、『大賢者』はそれを説明したかったのだ。
話をするうえでの嬉しい合いの手に満足そうに頷き、『雰囲気』を創り出す。
暗くなる周囲、神妙な顔をする『大賢者』、呆れる仲良し二人、急に変わる環境に動揺する一人。
「『覚醒』とは、人の至る極地じゃ。では、弟子よ?魔物とはなんじゃ?人類と魔物は何が違う?」
「魔物は体内に高魔力の塊である第二の心臓、魔石を持っています。さらに、魔物は進化し、急激に強くなることができます。そして、魔物以外は魔石を持たず、進化もできません。その上で言葉を喋ることができる知能を持つ種族をまとめて人類と呼びます」
人類は自身以外の生命の魔力以外の魔力を大量に摂取すると、それに対して拒絶反応が出てしまう。
底まで生命に染められた魔力は、もはや毒そのものでもあるのだ。
だが、魔物は自分の生成する魔力以外に、外から魔力を大量に溜め込むことができる。
染められた魔力を自分のものに染め直す器官にして、プールである魔石があるのだ。
これが、人類と魔物の最大の違い。
さらに、魔石は魔物側を有利にする。
魔石に魔力を貯めきった魔物は、より多くの魔力を貯められるように成長するのだ。
そのときの強さの振れ幅、全く別のものになるとも言える身体の変化から、その成長は進化と呼ばれる。
「そう。しかし、人類も進化をすることができる。才あるものががむしゃらに精進し続けた結果、魔物のように進化する。細胞レベルでより強い生物、『超越者』に成るのじゃ」
大げさにローブを広げながらカッコつけて語る『大賢者』。
普段なら、いつもの二人はその態度に呆れるところなのだが、内容が内容だけに集中して聞き入っている。
全員が正座で真剣な顔をして聞いている様はどことなく可笑しさも………いや、一応真剣な場面である。
『超越者』というものは既存の種族を超える能力を得るのだ。
身体能力や魔力もそうだが、特にわかりやすいのは寿命である。
ナハトリア王国の騎士団長は人族であるにもかかわらず百年以上生きているのだ。
種族という鎖から解き放たれ、それを超えた生命になったのだから、正しい意味で『超越者』と言える。
「それに伴い、お前たちには新たなる能力を得た。ただの力ではないぞ?お前たちの存在に由来する強大な能力じゃ」
『大賢者』は楽しそうに語る。
いつもは乗り気そうに聞いてくれない二人が真面目に聞いているのだからことさら楽しそうである。
「それはすべての生物に存在する魂、それに蓄えられた力である『魂の力』を用いる。魔力とは、普通は扱えない『魂の力』が肉体を通したことで扱えるようになったエネルギー。しかし、『覚醒』で得た能力はその『魂の力』そのものを直接用いて発動する」
『大賢者』は魔術で説明の内容を視覚的に表現している。
空間に像を投影するという、結構なレベルの魔術なのだが、それにすら気づかないほど、三人は集中していた。
「魔術に比べてソレは、出力も燃費も桁違いじゃ。言うなれば、魔術の上位互換のようなものじゃな」
「それを『大賢者』様が言うのですか………」
ここで初めての茶々が入った。
まあ、もっともな指摘に『大賢者』はどことなくバツの悪そうな顔をしている。
まあ、魔術師の頂点がそんなことを言ってしまってもよいのか、と言う感じだ。
『大賢者』もこの指摘には弱ってしまう理由があるのだが………
「ま、まあ、そうと言えばそうじゃな。だがその力、『魂源』はお主らの切り札にもなる強力な力じゃ。それだけ覚えておればよい。ほれ、正座を解いてよいぞ」
三人は納得し、ようやく正座を解く。
足が痺れて四苦八苦している姿に『大賢者』は吹き出しそうになるが、流石に灰の青年が黙っていないだろうと口をつぐんだ。
そんなことは目に入らない灰の青年は黒の青年に歩み寄り、額と額が付きそうなほどに顔を寄せ、低い声を唸らせて威嚇する。
「興が削がれた。今日はこのくらいにしといてやる。だが、いつかお前を叩き潰す。忘れるなよ………!」
そういうと、灰の青年は修練場から出ていってしまった。
黒の青年の後ろではリベールがあかんべをしており、なんとも間の抜けた様子を出している。
『大賢者』はフワフワ浮かんでおり、まさにこれから帰るといった感じだ。
だが、その前にと黒の青年の目の前に移動し、意地の悪い顔で笑っている。
「あんなことを言って居るが、アレはお前のことを気に入っておる。アレ自身が思っているよりな。じゃから、この後のことは任せておけ」
やけに頭に残る一言だった。
何をするつもりなのか尋ねようとしたのだが、もうそこには『大賢者』はいない。
とりあえず、手にしがみついている友人を連れて、食事でもしようか………
黒の青年は二人に続いて修練場を出たのである。
※※※※※※※※※※※※
夜、白い三日月と無限の星が空に輝いている中、灰の青年は今日起こったことを思い出していた。
瞳を閉じれば今にも鮮烈に、あの戦いの記憶が思い起こされる。
初めてだったのだ。
あれほどまでに自分の力をぶつけることができたのは………
数々の戦場を駆け抜けて、強敵と戦うことがあったのだが、自分が吸血鬼の能力を発揮すると苦戦をしたことは終ぞなかった。
吸血鬼のまま長期戦を行うというのがかつてない新鮮なものだった。
初めてだったのだ。
これほど力の高まりを感じたのは………
自身も『覚醒』を経て、これまでにない力を手に入れた。
身体も、魔力も、本当に生まれ変わったようで、感じる自身の力は高揚を引き起こしている。
今ではあふれるような自身の力を使い切ることができるのか、という疑問すら湧いて出る。
初めてだったのだ。
これほどまでに、他人を超えたいと思ったのは………
用意された部屋のベッドに寝そべり、これからどうするかを考える。
確かに、『大賢者』の思惑通りに自身は強くなった。
では、さらに強くなるにはどうすればいいのだろう?
仮に、本職の傭兵の現場に戻るのはどうか?
ダメだ。
ただでさえ、歯ごたえのある相手がいなくて伸び悩んでいたのだ。
戻ったところで、大した敵に巡り合うこともなく、ダラダラと戦うだけになっていまう。
なら、冒険者は?
これもダメだ。
強い魔物と戦うことに魅力はあるが、そうなるためには下積みが不可欠である。
高ランクの冒険者になるには、強さだけでなく、素行や評判なども見られるし、その点で見ても自分が高ランクになれるとは思えない。
どうせ途中で下積みの依頼に我慢できなくなって暴れ、素行不良でたいしたランクになれないのは目に見えてる。
なら、どうしようか………?
考えを巡らせながら、ウトウトと眠りに落ちようとして………
「悩んでおるようじゃの?」
?
??
???!!!
「うおおおお!!?」
突然現れた気配と声に、思い切り驚いてしまう。
即座に武器を手にとって、戦闘態勢を整えようとしたのだが、目の前の相手はどこからか椅子と机を用意して紅茶を飲みだした。
灰の青年は、いきなりの不法侵入とフザケた態度にあからさまにイラついている。
「何だいきなり?茶化しにきたならさっさと帰れ」
「まあまあ、思っておったのじゃがお主は落ち着きが足りん。まずは腰を下ろして紅茶でも………」
「用件を言え!そんでさっさと出ていきやがれ!」
やれやれ、といった様子の目の前のジジイに余計にイラつきながら威嚇をする。
いざとなれば、あの力、『魂原力』を行使できるように備えていた。
「はいはい、分かった分かった。じゃあ先ず、お主の目的でも言い当ててやろう」
「あ?なんだ、いきなり?」
「『呪い人形』じゃろ?仇討ちのために強くなるとか、たぶんそんなんじゃ」
図星だった。
驚きよりも、言い当ててみせた『大賢者』の思慮に深い警戒を示す。
調べ上げてみせたのなら、とんでもないことだ。
貧民街の出身のために自分がそこにいたという書類などないのにどうやって調べ上げてみせたのか、という話である。
「別に調べたわけじゃないぞ?『呪い人形』は気に入った相手に呪いを付ける。復讐に生きる相手を自分の手で刈り取り、さらに強力な呪いを集める、という奴の常套手段じゃ。趣味が悪いのう」
「そんなの感じたこともねぇぞ?」
「当たり前じゃ。それはまだ種子。もし奴の前に姿を見せれば一気に華を咲かせる強力で、高等な呪い。流石は世界最高の呪術師。他の誰にもそんなことはできん」
とても気に食わくて、マズイ情報だった。
まさか、戦うことすらできないとは…………
しかも、『呪い人形』の呪術を解除できる呪術師など、世界に何人いるだろうか………
「その呪い、儂が解いてやろうか?」
驚き、衝撃、そして最後に疑問が出る。
呪いを解いてやる、という条件を相手が出したのだ。それなら、この状況は決まっている。
「何をさせるつもりだ?」
「なに、簡単じゃ。勇者パーティーの一員となれ。お主はアレを気に入っておるし、悪い話ではなかろう」
確かに、悪くない話だ。
だが、そのままバカのように頷くことはできない。
相手の意図を図る、少なくともそれができなければ怪しすぎてやろうという気にもならない。
「はっ!アイツと俺は殺し合いした仲だぜ?それを同じパーティーってバカか?それに、俺がアイツを気にいってる?寝言は寝てから言いやがれってんだ」
「いや?お主は気にいってるよ?お主とアレには似通ったところも多いし、あの戦いも楽しそうにしておったろう。お主はお主が思っておる以上にアレを気に入っとる」
「……………………」
「ライバル、というやつじゃな。相手よりも強くなろうと意地を張り、実際に強くなってみせる姿は素晴しかった。共に高め合うことができる、同じレベルの強者というのは珍しかろう?」
そう言われて、案外否定はできないということに気がついた。
確かに言われてみれば自分がアレを気に入る要素があることを改めて認識できる。
それに、『大賢者』の言う通り、高め合う同レベルの強者はどこを探してもいないだろう。
「それに、今のお主では『呪い人形』には勝てん。アレは何百年も生き続ける厄災そのものじゃからの。なら、『勇者』の側に居れねばならん」
「ライバルと一緒に高め合って強くなりましょう、なんて三文小説みたいな事言ってんじゃねぇよ」
「違うとも。もっと根拠のある話じゃ」
ここで初めて『大賢者』は立ち上がり、フザケたお茶のセットは消え去った。
杖を振るい、部屋を囲う結界が入れ替わりで現れる。
衝撃を弾く守るための結界ではなく、音を逃さないための防音用の結界だ。
「アレの『魂原力』はなんだと思う?」
「あ?あの剣だろ?」
「いや、違う。確かにあの『聖剣』も『勇者』であるヤツの力に由来する力ではある。じゃが、奴の『魂原力』の本質は別にあるのじゃ」
『大賢者』は声のトーンを落とし、かつてないほど真剣な表情をしている。
昼間のおちゃらけた雰囲気は嘘のように存在せず、まるで別人のように語る様子に、思わず圧倒されてしまった。
「良いか?ヤツ本人にも知られてはならん。『勇者』の『魂原力』の本当の能力は…………」
「なるほどねぇ」
納得だった。
今日の昼の戦いを思い返せば、その通り過ぎて言葉もない。
「だが、疑問だな。なぜそれをアイツに隠す?別に話しても問題なさそうだが?」
「いいや、ダメじゃ。話す気もないぞ?」
頑なそうな様子を見れば、これ以上の詮索は無駄だと悟れる。
変に約束を破って『大賢者』との関係を悪化させるのも良くないと判断し、胸のうちにしまう事を決心する。
「で、どうするんじゃ?儂はパーティーに入ることをオススメするが?」
「はんっ!喰えねぇジイさんだ」
※※※※※※※※※※※※※
「『大賢者』殿の試練も突破したこと、ここに賛辞を贈ろう、勇者殿」
「恐縮です」
玉座の間。
そこには、勇者、聖女、王に主要貴族に騎士団と、そうそうたる面子が揃っている。
『大賢者』は既に立ち去り、王国最強の伝説の騎士団長は任務のためにこの場にはいないのだが、それでも十分過ぎるほどに珍しい眺めである。
お伽話そのもののようで、吟遊詩人や作家は是非とも見たがる伝説の一部となる光景だろう。
「勇者殿を見送るこの場に、騎士団長が不在なことを謝罪しよう。彼は使徒の件で忙しいのだ」
「いえ、使徒の案件となれば最優先事項です。仕方がないと理解しておりますよ」
初対面のときと比べれば、かなりスムーズに話せている。
彼は彼なりに所作というものもついでに勉強していたし、あの時にはいなかった、友人がいることが精神安定にもなっている。
その頃と比べ、ずっと成長していた証拠だろう。
「では、我は貴殿らの旅立ちを祝い、その旅に役立つ物を授けるのみだ」
王様の言葉とともに、騎士の一人が一つの袋を彼らに差し出す。
一見、なんのヘンテツもなさそうな袋だ。
しかし、その袋からは大きな魔力を感じられた。
普通の袋ではないと、即座に看破できる。
「陛下、これは?」
「ああ、それは勇者殿に授けることが決まっていた品だ。『天の恵蔵』というアイテムで、そこには空間を無視してあらゆる物を収めることができる」
想像し得る価値の大きさに、勇者と聖女は目を見開く。
もしもコレが大きなオークション会場にでも出品されれば、小さな国の国家資産ほどの額になるだろう。
一瞬、つき返すことも考えてしまったが、彼らは分かっている。それは、王様や、この国、ひいては世界の期待の現れなのだと。
「………有り難く頂戴いたします」
「必ず期待に応えてみせます」
王様は満足そうに頷く。
「中には、十分な金と、他にも旅に必要なものもすべて入っている。我が国の証文や、『大賢者』殿から預かったもの、色々あるが自身で見てくれ」
王様は立ち上がり、貴族や騎士たちも姿勢を正す。
そして、勇者と聖女以外の人間すべてが彼らに向けて頭を下げた。
「『勇者』様、『聖女』様。どうか、奴らを屠ってください。我らをお守りください。どうか世界をよろしくお願いします」
そこに宿るのは、この国だけではない。
この依頼は、すべての人間の想いが詰まったものなのだ。
その代表たる彼らには、その想いを二人に伝える責務があり、それを十全にこなしてみせた。
頭を下げる直前の、ナハトリア王の悲しそうな顔も、きっとこれまで殺された民のことを想ってのことかもしれない。
彼は王以前に、かなりの人格者なのだろう。
二人は彼らに敬意を抱きつつ、宣言をしてその場を去っていった。
必ず世界を救う、と
※※※※※※※※※※※※※※※
王都と外を区切る門の先。
そこに、今まさに旅立たった二人がいた。
これからの旅に、己の責務を、世界を救う覚悟を乗せて一歩を踏み出した二だ。
「それにしても、二人で旅かぁ………」
「嫌ですか?私と一緒では?」
「いや、そうじゃなくて。俺ら旅の経験なんてないのに、これからどうするんだろって………」
気まずい沈黙が漂う。
二人はなんとも言えない顔をして、今更それを思いついたようだ。
次第に焦りの色が見え始め、どうすればいいのかと頭を抱え始めた。
「『大賢者』様のアイテムに旅をアシストする物とかないんですか?」
「あるわけないだろ?さっき二人で確認したんだ」
「ええー!今からでも冒険者雇いますか?正直、旅経験ない男女二人旅はマズイですって!」
「いやあ、カッコよく王都出た手前戻りづらいよ」
「うわあ、確かに」
不毛な議論は止まらず、解決策も見いだせない。
次第に、このための人員くらい用意してくれよ、という話になっていき、この二人を『勇者』と『聖女』だと知れば、思わず世界を心配してしまうような会話になっていく。
「いや、どうするんです!?」
「ああ、やっぱりさっき王都に戻っておけば……!」
「相変わらずアホだな、お前ら」
突如かけられた声に振り向く。
勇者は僅かに喜色が浮かび、聖女は明らかな嫌悪が浮かんだ。
「何しに来たんです?冷やかしならさっさと回れ右して帰ってください」
「『大賢者』のジジイに言われたんだよ、お前らのパーティーに入れってな」
「ええー!そんなのお断りなんですけど!ねぇ、勇者様?」
相変わらずの口の減らなさに青筋を立てる彼だが、先程までの痴態を見ていたのだ。
有利な立場にあるのは自分だと言い聞かせ、何とか落ち着く。
「俺はお前らが求めてることの知識も経験も十分にある。いいのか、俺を追い返して?ずいぶんな自信だな、『主』の導きって奴か?」
「ぐぬぬー!」
リベールは顔を真っ赤にして、反論しない。
自分が不利と分かっているからか、身を引いて勇者の後ろに引っ込んだ。
その様子に灰の青年は満足そうな表情で勇者に向き合う。
「で、どうすんだ?」
「君がそういうなら、是非お願いしたい。三人で一緒にやっていこう」
「ああ、こちらこそだ」
二人向き合い、握手をする。
すぐに灰の青年は手を離してしまったが、黒の青年はそれでも嬉しそうに笑っていた。
これは、互いに歩み寄ることができた証なのだろう。
灰の青年はそう思わなくとも、黒の青年はそう思うことにしたのだ。
灰の青年はそんな黒の青年を放って、旅の計画を建てるための準備をしだす。
その姿は、彼にとってとても頼りに思えるものだった。
「じゃ、行くぞ。目的地はどこだ?」
「リフセント王国です。ていうか勝手に仕切らないでもらえますか?」
「うへぇ、中央大陸じゃん。めんどくせーなぁ」
「無視しないでもらえますか!?」
黒の青年は灰の青年の言うことに従って、それに続こうとしたのだが、ハタと思い出した。
とても重要なことを忘れていたのだ。
「そういえば、君」
「ああ?なんだ?」
「君の名前を教えてほしい」
これまで、考えたこともない事だった。
黒の青年は灰の青年へさらに歩み寄る。
これは、三人で旅を続ける上で、この上なく重要なことなのだ。
真っ直ぐ見つめる黒の青年。
少し渋る様子を見せた灰の青年であったが、黒の青年の頑なそうな表情に諦めた様子で肩をすくめて、
「エイル=ヴァリアスだ。俺のことは好きに呼べ」
しかめ面のエイルが照れるようにそっぽを向き、その様子が可笑しくて、嬉しくて、思い切り肩を組んだ。
「おいっ!」
「改めて、これからよろしく、エイル」
少し長い静寂の後に舌打ちが聞こえたが、彼は特に拒む言葉はかけなかった。
エイルがどんな顔をしていたかは分からないが、決して、悪い顔ではなかったろう。
「待ってください!私も私も!」
リベールが空いた片腕に絡みついてくる。
その両方に人がいる感覚はなんとなく、心地よく覚えた。
そうして、三人で歩みを進め………
「きゃあああああああああああ!!!!」
ドカァン!
空から降ってきた謎の少女に潰され、三人で歩を進めることは中断されたのである。
今更だけど、『魂原力』ってちょっとダサいな……
カッコいいの思いついたら変えるかも