表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
第四章、武神奉闘祭
112/112

110、戦士の試練(2)


 苦しい

 痛い

 熱い

 寒い


 あらゆる苦痛がエイルを支配していた。

 痛みに慣れ、鈍い彼ですら動けない。

 肉体のすべてが病巣に変えられたかのような、自身の体が侵される感覚かに支配される。

 凄まじい不快感。

 だが、それを捻じ伏せる痛みが全身に走り続けた。



 「ごぇ……く、がぁ……」



 何もない胃の中身が逆流する。

 食事を取っていないために、出た中身に固体はない。

 ただでさえ酷い匂いが漂っているというのに、さらに吐瀉物の匂いが混じった。

 嗅覚の鋭いエイルにとっては苦痛でしかないが、そんな事は気にならないほどに苦しい。


 エイルはずっと拷問を受けていたのだ。

 仇であり、最悪の敵である『呪い人形』から。

 


 「やあ、また来てあげたよ。今日も元気いっぱいだね」



 声がした。

 エイルの薄れていた意識が僅かに覚醒する。

 霞む目で声の主である男を弱々しく睨むが、男はまるで気にしない。

 むしろその様子に優しく笑いかける。

 優しく、明るく、けれども、その後ろにある邪気を抑えきれない嫌な笑顔で。


 男は黒い喪服に見を包んだ初老に見えた。

 綺麗な黒髪がオールバックにされ、顔の皺がよく見える。

 さらに特徴的なことに、男の片目は山羊のような横向きの瞳孔をしていた。

 銀色のトレイを手に持ち、何かを乗せているようだ。

 けれども、そこからは腐臭が漂う。

 まともな物とは思えない。

 


 「君には期待しているんだよ。私は多く恨みを買ってきたが、その中で『超越者』に成れたのは君が初めてなんだ」



 睨むエイルに、『呪い人形』は語りかける。

 加虐心を滲ませながら、ねっとりとエイルを見つめて。



 「ほら、だからこうして、動けない君の世話をしている。見たまえ。私の魔力に当てられて少し傷んでしまったが、食料を持ってきてあげているのだよ」



 ベチャベチャ、と何かが落ちる。

 黒ずんで、溶けていて、けれども元が何かはギリギリ分かる。

 ちらりと見える赤い丸は、おそらくリンゴ。

 カビだらけだが、形からしてパン。

 黒いヘドロに紛れているが、おそらくハム。

 最悪だった。

 とても食えたものではない。

 だが、コレしか食える物がない。


 行動には悪意しか見えない。

 いたぶり、痛めつけて、生かさず殺さず。

 何よりも楽しいから、こうしている。



 「では、私はここで失礼するよ。これ以上は死んでしまうからね。次に来る時は、私の『力』に耐えられるといいね?」



 それだけ一方的に言うと、『呪い人形』は去っていく。

 機嫌良さげに。

 エイルが苦しむ様を肴に酒をやりそうだ。

 耳ざわりの悪い鼻歌が鳴り続ける。


 それから姿が見えなくなり、十分な時間が経った所で、ようやくエイルは立ち上がる事ができた。

 だが、すぐにその場に座りこむ。

 座って、『呪い人形』が去って行った方向を、座った目で睨み続けた。

 死にかけの体は急速に回復へ向かい、息をするだけで激痛が走っていたはずの肺へ大量の空気を入れる。

 それが声と共に、外へ吐き出された。



 「クソがあああああぁぁぁぁああああ!!!!」



 大気が震えるほどの咆哮。

 一キロ先でも聞こえるほどの、負け犬(エイル)の遠吠え。

 手も足も出なかった圧倒的強者である『呪い人形』が離れてようやく吠えることができた自分に、怒りしか覚えない。

 苦しみに負け、痛みに負け、仇に負けた。

 これまでのすべてを仇討ちのためにかけたというのに、触れることさえ出来ずにいたのだ。


 屈辱


 這いつくばって、遊ばれるために鍛えてきたのか?

 何もできずに寝転がるために戦ってきたのか?

 遠い。

 足元すら見えないほど、遠い。


 『呪い人形』が、ただそこに在るだけで撒き散らす、呪いと毒に耐えられなかった。

 殺すつもりなど全く無い、アレにとっての生理現象。

 そんな程度のものにも打ち勝てなかった。

 この事実は、あまりにも重い。




 「クソ……!」




 最後の吠えは、あまりにも弱々しかった。

 いくら己を高めても、勝てないと思ってしまったから。

 エイルの心臓、核にも等しい場所を、自分で否定してしまったから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ