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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
第四章、武神奉闘祭
110/112

108、魔術師の試練(終)


 期待していた


 同じく天才と呼ばれ続け、周りに飽き飽きしていた。

 同じくして『大賢者』に師事し、魔術の才と目標の相手より高くあろうという意志で『超越者』に至った。

 さらには()()()()()『勇者』の仲間として戦っている。


 まさしく、同じ人生を歩んだ二人。

 だから、ほんの少しの可能性を感じたのだ。

 十万に一つの、僅かな、だが確かに存在する少しのあり得ない未来。

 妹弟子であるアレーナが、『鍛冶神』を上回り、息の根を止めるという、あるかもしれない世界線。


 同じ使徒ではあるものの、仲良しこよしの集団というわけではないのだ。

 序列一位の使徒は、必要ない、弱い使徒など殺すべき、と常に唱えているし、四位の言葉の悪さと人への悪意はフォローのしようがない。

 好意的にせよ、悪意があるにせよ、仲間を殺されて敵討ちを、と言う者など一人たりとも居ない。

 

 ナニカ、使徒序列五位『虚ろなる世界』は、腹に悪意を隠し持つ類の男だった。


 二位、三位、四位は嫌いだ。

 三人まとめて死んでほしいと心から願っている。

 特に三位、『鍛冶神』に対しての感情は、ほとんど憎悪だけで構成されていると言っても過言ではない。

 あと少しした、()()の完遂後は是非とも殺されてほしい。

 だが困った事に、殺せる相手がほぼ居ないのだ。


 『鍛冶神』を殺し得る存在は、『大賢者』『武神』『魔神』の三人のみ。

 味方である後者二人には期待できない。

 なら『大賢者』を、と思うかもしれないが、そこは『教主』が直々に対応するのだ。

 間違いなく、動けない。

 そもそも『鍛冶神』を殺す暇が無いだろう。

 そんな暇は、天上教として与える訳にはいかない。


 だから、指一本分だけでも期待できるアレーナの存在を知った時の彼の喜びは誰にも分からない。

 思い通りにいった事など数えるほどしかない人生であったが、ここに来て、チャンスができた。

 世界最悪の悪党で、最低なクズが痛い目を見る日が来るかもしれないと思えただけで胸がすいた。

 まあ無理だろう、とは思っていたが、もしかしたら、になり、きっと、と思えるようになるにはそう日はかからなかった。

 勝手な期待とは分かっていたが、それでも肥大化した期待を抑えられずに、会える時が来るのを楽しみに待っていたのだ。


 それが、会ってみるとコレだった。

 簡単な二択を用意してみれば、それに戸惑い、絶望し、どうしようもないと苦しむ。

 自分の在り方を迷う、普通の少女のよう。

 とても『超越者』とは思えない狼狽えように、期待を裏切られた気がした。


 いや、迷うフリをしていたのが分かっていたのだ。

 『超越者』らしい冷酷さを持ち、何かを切り捨てる事は簡単なはず。

 もしも人質が他の誰かなら、迷うことなく殺す事を選択しただろう。

 だというのに、ここだけは特別だった。

 リベールという女をどうしても捨てようとしない。

 若い『超越者』に多少ある、目的へのブレかと思いきや、やや異なっていた。

 一番と二番が思ったよりも近かったのだ。

 だから、苦しそうだった。

 二つともを取ろうとするが、浮かぶ所は一番を生かす方法だけ。

 こんな馬鹿が居るとは知らなかった。

 忌々しい奴が言っていたが、『超越者』には不器用な奴しかいない、と。

 一つのことしか大事にできない馬鹿なのだ、と。

 だから、アレーナを知って、とても新鮮な気がした。

 同時に、落胆していた。


 こんな中途半端がアレを超えられるはずがない。

 二位と三位は、究極のその先の領域に居る。

 あっちが大切、こっちが大切と迷う暇もなく、己を高める事だけを続けてきたのだ。

 だから、いくつも同時に欲しがる輩には出来ないと切り捨てようとした。


 だが、今はどうだ?

 少し姉弟子の話をしてやった。

 そうすれば、見事に迷いは消え去った。

 さらには、殺せないと言い切った。

 その上で言ったが、彼女は謝り、感謝した。



 こんなにも新しいものはなかった。

 こんなにも、期待できるものも、なかった。



 ※※※※※※※※



 変化があった。


 この空間で目覚めた直前の記憶が曖昧だから、ナニカが何なのか、どうしてここに居るのかが分からなかった。

 けれども、姉弟子の話で思い出す。

 モヤモヤと晴れない記憶であったが、一つ疑問を抱いた事であっさりと状況を悟った。


 そもそも、姉弟子の話を何故知っているのか?

 姉弟子、『鍛冶神』と近しい関係でなければこんな事は言えないだろう。

 それに、直前にした『大賢者』との話から、あり得ない事はないとも思った。

 そこから考えられるナニカの正体は、天上教関係者。

 実力から考えて、まず間違いなく使徒と判断。

 さらに、一番ありえそうな使徒を考えた。


 一位は一度も姿を見せた事はない。今、ここで現れるという事は考えづらい。

 二位はこんなまどろっこしい事はしないだろうし、三位はずっと引きこもっている。

 四位は現れた瞬間に、アレーナとその他まとめて死んでいたはずだ。

 だから、五位。

 可能性として高いのは、五位の『虚ろなる世界』。

 そこに至って思い出したのだ。

 記憶が途切れる前に、鮮烈に焼き付いた、『虚ろなる世界』の恐怖を。

 

 だからと言って、そう怯える事もなかった。

 何も分からなかったあの時と違い、アレーナは少しなりとも彼の人となりを知れたのだ。

 彼の、アレーナへの期待を感じたのだ。

 だから、恐怖よりも、感謝の方が強かった。

 こんなにも自分を強くしようと、気遣おうとしてくれている事への強い感謝。

 敵として当たっているようには思えない、正の願い。

 ここまでされて、無下にする方ができなかった。


 怖くなくなったのだ。

 思った以上に、彼が優しい事が分かった。

 だからだろうか?

 きっと……



 「だが、意気込んだ所で変わらないぞ? お前にはこの術式は解けない。道ははじめから一つしかない」


 「…………」



 返す言葉はない。

 使徒は、ほとんど興味で挑発してみた。

 覚悟を試す、精神をより強くする、という『教主』からの指令はほぼ完遂できたと言ってもいい。

 ここから開放するのも、まあ良いだろう。

 けれども、どうするのかを知りたかった。

 楽な道を避けて、啖呵を切った女が何をするのか見たかった。


 アレーナは使徒に目もくれず、集中を高めている。

 使徒がどんな顔をしているのか、それは誰にも分からない事だ。

 けれども、彼自身、頬が釣り上がるのを感じた。

 どんな手を使うつもりなのか、と。

 期待に応えられるのか、と。

 『超越者』は心の持ちようで強くなれる。なれるが、今ここで使徒を超えるのは無理がある。

 だから、算段があるのか、と気になった。


 そして、さらに顔を引き攣らせる事になる。

 


 「おいおい、やったな……!」


 「うう……はぁ、はぁ……」



 あり得ないエネルギーが吹き荒れる。

 使徒を上回るほどの、莫大で、途方もないエネルギーが。

 すべてまとめて吹き飛ばす力を、何とかコントロールするアレーナ。

 危うさと、それを統べるだろうという確信が混ざる。

 ()()()()()、体の穴という穴から血が吹き出てもおかしくはない負荷もなく、ただ精神への不快感のみで済んでいるのは幸いだった。

 歯を食いしばる姿も、歪めた顔も、杖を握る手も、先程までとはまるで意味が違う。

 違いすぎる。

 

 ずっと見ていそうになったが、使徒はそこから注意を外した。

 考えるべきは、何をしたのか、だ。

 もう既に見当は付いているのだが、それでも理屈を立てておきたかった。


 そんな事ができるのか?

 普通、思い付く訳がない。

 今この場所は、使徒の空間魔術で彼女を異世界に隔離している()()()()()なのだ。

 違和感などない。

 アレーナからすれば、未知の範疇の高レベルな魔術を使われていると思っているはず。

 だから、この手の方法ははじめに消される。 


 

 「まさか、『大賢者』との繋がりを使うとは……!」



 アレーナと『大賢者』の間で繋がりがあるのは知っていた。

 あの老人が、『勇者』を監視するための手段を持たないはずがないのだ。

 『勇者』とは、換えの効かない切り札。

 多大な労力の果てに手に入れたそれを、無駄な所で切る訳にはいかないからだ。

 どうしようもない時には、『大賢者』は確実に手を出す。

 だから、この状況で妨害が入らないように気を張った。

 最速で介入を締め出し、その後に手を緩めたために諦めたのかと思っていた。

 もしくは、最低限を施して、あとは自力で脱する事を予想したか。

 だが、アレーナから『大賢者』に介入するとは思わなかった。


 二人の間の繋がりを利用し、『大賢者』からエネルギーを徴収している。

 使徒の隔たりはあったが、塞げない。

 絶えず流れ続けるエネルギーが邪魔をするのだ。


 アレーナははじめに、全力を尽くして隔たりに穴をあけた。

 本来の彼女の力量からして、全身全霊でほんの少しの間、しかも小さな穴ができるだけだ。

 そこから穴を塞がれるよりも早く、エネルギーを流し込んだ。

 ゴリ押しもいいところだ。

 力ずくで道を作り、力ずくで切り拓く。

 ここまでされれば使徒とてどうしようもない。

 魔術師としての格の違いがあろうとも、流石にこんな事をされればお手上げだった。


 それに、判明した事もある。

 二人の繋がりはいったいどうやって、切れずにいるのかという疑問。

 尋常ではない事だ。

 アレーナの行ったゴリ押しも、繋がりが切れていれば出来なかった。

 そして、使徒が気を張って繋がりを切ろうと隔てれば、ほぼ間違いなくそれは切れるというのに。


 だから、注意深く観察し、考察する。

 観察と考察の結果、異常はその杖からだった。

 強く『大賢者』と結び付き、切っても離れない縁。

 薄く、だが消えないものがあったのだ。  

 

 間違いない。

 杖の作成者は、



 「『大賢者』め……! いつそんな杖を作らせた?」



 アレしかいない。

 こんな破格な性能の魔道具を作れる者など、一人しか。



 「ううぅぅう! あああああ!!」



 揺さぶられる。

 構築した、緻密で複雑な、閉じ込めるための世界が壊れていく。

 単純で、めちゃくちゃな力によって。

 使徒は笑ってしまいそうだった。


 止められないのだ。

 ここでアレーナの邪魔をすれば、彼女と使徒を巻き込んで大爆発しかねない。

 つまりは、詰みという事。

 詰ませていた状況がひっくり返って、今は使徒が追い込まれている。

 そんな馬鹿な、とでも言えばいいのだろうか?

 

 少し前まで、ずっと怯えていたのに。

 使徒を前にして、ずっと慄いていたというのに、今アレーナは使徒を視界にすら捉えていない。

 能力柄、意識させない事は腐るほどあったが、意識されない事は珍しかった。


 見事、恐怖を乗り越えた。


 労いの言葉は無いがそれでも、よくやった、と思うのは仕方がない。

 彼女は、使徒の期待を超えたのだ。

 未熟なヒヨコを、『鍛冶神』と同じく外道すら極める化け物にしようとしていた。

 それを、間違っていると否を叩きつけられ、別の答えを見せつけられた。

 愉快だった。

 使徒自身のように、用意された道を進まなかった。



 「憎たらしいね……」



 そして、辺りが光に包まれた。

 小さな笑い声と共に。




 ※※※※※※※




 「………………」



 一瞬の勝負であった。


 『魔術師』アレーナは、試合開始瞬間に、使徒に対して魔術を浴びせた。

 全力を用いたその爆撃は、観客保護用の結界を埋め尽くす。

 二百年続く祭りではあるのだが、結界が軋んだのは初めてのことであったという。

 あまりの眩さに誰も様子をうかがう事ができない中で、四人だけが勝敗を察した。  

 祭りの主催者テンリと、神たる『武神』は気配を感知する。

 一人は活力に漲り、もう一人は気を失っている、と。

 

 あとの二人は、戦った本人たちだ。




 「…………」


 「よくやった」



 立っていた一人は、男。

 女のような顔をした、美しい男。



 「俺の期待の通り、いつかあのクズを超えてくれ」



 倒れ伏す女の頭に、男は手をのせる。

 幼子をあやすように、優しく。

 粉塵で誰も見えない光景ではあったが、確かにその期待の表れは行われた。

 いつか必ず、願いを果たせるように、と。



 事態と観客の興奮が少し収まり始めた頃、失神したアレーナと場を去る使徒をテンリは確認する。

 そのまま、テンリは使徒の勝利を告げた。

 

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