9,決闘 後編(その2)
最後の最後ちょっと短いかも………
でも正直これ以上引き伸ばせない………
「彼はもう動けません。試験は終わりにしましょう」
上を見上げて『大賢者』様に提案する。
『大賢者』様は俺がこうなることを予測してこの試練を用意したのだろう。
本当に喰えない人だ。
何から何まで計算通りとは………
「何を言うとる。試験はまだ終わっとらん」
「えっ?」
「ほら、小娘は儂が面倒見てやるからお前は目の前の相手に集中せんか。小娘にかけとる結界を解け」
言われた通りに結界を解く。
リベールはフワフワとその身を浮かせ、再び『大賢者』様の所にまで戻ってしまった。
「相手とは何です?まさか、彼とは別の人を雇っているのですか?」
「阿呆、目の前のソイツじゃ」
理解できない。
何でもう動けない彼に……………
※※※※※※※※※※※※
何でも、俺の父親は吸血鬼らしい。
その話を、ずっと母親から聞かされて育った。
吸血鬼といえば、恐ろしい人型の魔物だ。
その力は強力で、強い魔力と不死身のような再生能力を持つ、上位のものともなれば軍が動くほどの存在である。
彼らは主食は人の血であり、特に女性のそれをより好むという。
だから、吸血鬼がそこらから女を攫うことはよくあるし、根無し草だったハーフエルフの母は、狩りやすい絶好の獲物だったろう。
母の不幸なところは、身を寄せていたエルフの共同体が純血主義であり、15になった日にそこを追い出されたのだが、その日のうちに吸血鬼の居城に近づいてしまい、あえなく捕まったことだ。
血飲み袋として生かされた母だったのだが、ある日気まぐれに、孕まさせたらしい。
だが、ここからが母の凄いところだ。
なんと、母は城の裏口を見つけ、まんまと吸血鬼から逃げ仰せたらしい。
俺が腹の中にいることが分かって、二週間後のことだ。
昔、誰かの城であったものを吸血鬼が自身のものとしていたのが分かったのは脱出した後のことだった。
それからなんとかこの街まで逃げ延び、女手一つで俺をここまで成長させた。
他人が聞けば、なんて無茶苦茶な、と呆れる話だ。
「…………で、私は逃げ出せたわけ。私って凄くない?あんな命懸けの賭けやって今もピンピンしてるんだから」
「何回も聞いたわその話。どんだけ過去の出来事引っ張んだよ」
「そりゃあ死ぬまでよ!それだけの体験だったからね!」
俺の母親はウゼェ性格だった。
何をするにもハイテンションで、口を開けばベラベラと喋りまくる。
よくもまあ、この母からこんな俺が生まれたと思ったものだ。
母は面倒見がよかったし、ここら一帯で母の世話にならなかった奴は少ないだろう。
それほど顔が広かったし、なにより、優しかった。
俺は昔、とある国の貧民街にいた。
魔物から民を守る壁に囲われた都市の、その一番外側にあるまともじゃねぇ奴らが集まる場所だ。
母はなんとか都市に入れてもらったが、家を買う金なんてなくて、そこに居着くしかなかった、というわけだ。
なんの後ろ盾もねぇ母親が、一人で俺を育てるのは命懸けだったろうに、それでも俺をここまで面倒見やがった。
今からしてみれば、本当に物好きな女も居たもんだ。
自分の子供を捨てる親なんて腐るほどいるのに、この人は俺を捨てずに育てようと思ったのだから。
こんな、化け物の俺を…………
「はー、分かったから、俺はもう仕事行くぞ。アンタも早く仕事行け」
「あー!母親をアンタなんて呼びやがったなー!」
「うるせぇ!ダメ親がぁ!」
朝の仕事の前にこうしてやかましく言い合うのはいつものことだった。
何をするにもこうして言い合うのは日常茶飯事で、その度にとんでもない体力を使うのだから、何でこんなのに毎度毎度付き合うのか、自分でも分からなかった。
喋るのを止めなければ朝から晩まで喋り倒すことができる人だ。
付き合うのにこれほど面倒くさいヤツもいないだろう。
「ねぇ」
「あんだよ?」
毎度毎度、自分もよくこれに飽きないものだと思った。
朝の言い合いの後、この人は最後にこれを言うのだ。
「行ってらっしゃい」
「…………ああ」
…………………………
…………………
………
俺の仕事は簡単だ。
そこらにいる奴から、金目のものを盗む。
盗んではいろんなところに売り払って、それを生活の足しにしていた。
それのどこが仕事だ、と言われるだろうが、これで生計立ててるんだからしかたねぇ。
貧民街暮らしの、どこの馬の骨ともしれねぇやからに、まともに稼ぐ手段なんてねぇんだ。
幸い、俺はワケアリだったから、そこらのやつよりも子供ながらにずっとずっと強かった。
ものを盗めば、追いかけて来る持ち主よりを振り切るなんてわけなかったし、ゴロツキをぶちのめして金を奪うのも簡単だった。
母には領主がやってる周辺の土木工事の仕事だと偽っている。
実際に土木工事はあるのだが、貰える金は少ねえし、こっちは簡単ですぐに儲かる。
母に気づかれないように、母と住む場所からずっと離れた場所で行ってきた。
頭が雑な俺はそうするしかないと思ってたし、別にそれで困るようなこともなかった。
顔馴染みなんてつくらず、一人延々とロクデモないヤツがロクデモないことを繰り返す日々。
因縁つけてくるやつもいたのだが、多勢でもやはり俺の方が強かったし、帰るときには慎重に、跡をつけられないようにしたのだから、母に被害が及ぶようなこともない。
俺はうまくやっていたのだ。
夜に家に帰ると、母はもう帰っていて、必ず俺にそれ言うのだ。
「ケンカはほどほどにしなさいよ」
その言葉に居心地の悪さを感じながら、俺は今日の稼ぎを報告し、飯を食って眠りにつく。
そんな生活を5つのころから6年続けていたのだ。
最後のそれだけは、まるで俺を見透かされてるようで気に食わなかった。
俺はロクデナシだと分かっていたし、これからまともなヤツになるとも、なろうとも思わない。
俺はただ、ここで腐るように生きて、そこらに転がってる奴らみたいに野垂れ死ぬんだろうと思っていた。
だから、そんな未来の決まりきった俺よりも、明るく、皆から好かれる母の方が大事だった。
でも、吸血鬼から自力で逃げられて、ここまで自力で生きることができた母だ。
何があろうと、死にはしないと思っていた。
…………思っていたのだ。
…………………
…………
……
ある日、晴れていた空が急に暗くなり、とんでもない寒気が都市中を駆け抜けた。
それから感じたあまりの違和感に、立っていられないほどの吐き気を催したのはその直後だ。
何が起こった……?
そう思って周囲を見れば、誰も彼も、誰も彼も、誰も彼もが倒れ付し、全身に黒い紋様が回っていた。
あまりにも不気味で、感じた怖気は、強いつもりだったガキからただのガキに戻すのには十分だった。
怖くて、恐ろしくて、動きにくい体をなんとか叩き起こして母の元へ走り出した。
戻る途中でも、道行く人は皆地に体をつき、黒い紋様に支配されており、吐き気が止まらなかった。
母が心配で、怖くて、きっと大丈夫だろうとタカをくくり、死んでいるかもしれないと覚悟していた。
家
いつも、母がいる家。
今日は、母の友人の子を預からないといけないとかで、一日内職をしてると言ってて……
予想通り、倒れている母がいた。
駆け寄った。
駆け寄るしかできなかった。
俺には、コレを解決する術なんて、一つも思いつかなかった。
「ああ、―――――――――?」
「母さん!」
泣きながら抱きかかえる。
もうどうすればいいか分からなくて、本当にどうしようもなかった。
「ごめんね………一人にさせちゃうことになって…………私は………」
「やめろよ!まだどうにかなる!アンタ吸血鬼から逃げ延びたんだろ!?ご自慢の生存能力とやらはどうした!?」
「ごめんね………アレ……実はアンタのお父さんに……気づかれてたの……あの人………不器用だから………一緒にいたら……狩られると………」
もう何も意味が頭に入ってこない。
ただ、状況にいっぱいいっぱいで、分からなくて………
「待て待て!死ぬな!大丈夫だから!絶対助かるから………!」
「…………まったく……アンタは隠し事が下手で………お父さんみたいに不器用で………親子なのねぇ……」
「そんなことはどうでもいい!どうでもいいんだ!俺は母さんが生きてさえいれば………!」
母さんの手がゆるゆると、俺の顔に迫っていく。
柔らかく、何よりも優しく、その手が俺の頬に触れる。
その手は恐ろしく冷たくなっていて、それでも母さんの暖かさが伝わってきて………
「愛してる…………」
それが、最期の言葉になった。
「あ、ああ、あ………」
叫ぼうとした。
恥も外聞もなく泣き叫ぼうとした。
自分も母を愛していたと、これまで迷惑をかけて申し訳ないと、他にもたくさんのことを訴えたかったのだ。
しかし、
「ほう、死んだのかね?」
突如、背後から声がかかった。
フザケた声だ。道化という言葉が似合う、底抜けに明るい声。
しかし、それ以上に、その気配がすべてを変えているのだ。
まるで、死、そのもののような、気配。
あまりの恐ろしさに母の死さえ、消し飛んでしまった。
「君、私の呪いを弾いているね?ふぅむ、呪詛に対して耐性のある種族の血が混じっているね?」
吐きそうだ、気分が悪い、これは存在自体がダメなやつだ……
幼いながらに、本能でそれが分かった。
ただコイツがここにいるだけで、この辺りは穢れていくのだ。
見た目は紳士そうな老人だ。
黒い喪服に身を包み、手に持つステッキや被る帽子も真っ黒だが、その髪だけは白い。
瞳は美しい黄色なのだが、左目はまるで山羊のようで、この老人の正体が何か分からない。
老人はさも楽しそうな様子で微笑んでいる。
気が良さそうな態度であるが、それすら感じる違和感が気持ち悪くて吐きそうだった。
「いやあ、弱めの呪詛であったが、弾くものがいるとは思わなかった。褒美に、君を生かしてやろう。もし君がこれから強くなって、私を倒すことができたなら、それはとても面白そうなこととは思わんかね?」
それだけ言い残して、老人は歩いてどこかに行ってしまった。
本当に、何だったのか…………
緊張が弾けた瞬間に、気を失った。
……………………
………………
…………
母を弔うための墓をつくり、慣れ親しんだ街を抜けてからは流れるように展開が進んでいった。
近くに居を構えていた傭兵団に実力を示して、俺はその後傭兵として働くことになる。
そこでは、文字、知恵、常識、生き抜き方に戦い方まですべてを教えてくれたのだ。
実力が上下関係を決める傭兵団にとって、俺という存在は敬われ、また、何もわからない子供に対する慈悲も含まれていた。
人と触れ合うことが格段に多くなり、入ってくる情報も増える中で、俺の街のことも外できくことがあった。
あの街は『呪い人形』によって呪われた、と。
天上教というイカれ集団のことは昔話にもよく出てきたので知っていたが、その幹部、使徒とかいう奴があそこまでぶっ飛んでるとは思わなかった。
アレは天災の類だ。
通っただけで、全てがなぎ倒される厄災。
中でも『呪い人形』は質が悪いことで有名だった。
なんでも、世界最高の呪術師、『呪い人形』はそこにいるだけで呪詛を垂れ流し、それは何よりも恐ろしい猛毒である。
しかも、『呪い人形』の呪詛にやられた場所は汚染され、歴戦の聖職者が数十人、さらに年単位をかけて除去しなければならないという。
聞くだけで分かった。
やっぱりアイツは化け物だった。
それが仇と思うと、俺は俄然強くなろうと思った。
誰よりも敵を倒し、誰よりも多くの地を駆け抜け、そして誰よりも強くなろうとした。
そうしてがむしゃらにやっている内に二つ名もつけられて、俺は俺がより強くなるために強い奴を探すようになっていった。
ついてこれなかった仲間も何人もいて、その数が多くなれば俺はすぐにそこを離れる。
俺の目的は強くなることであって、仲良しごっこすることじゃねぇ。
そうしているうちに、誰も寄り付かなくなるのも分かっていたことだった。
何度も何度も戦って、その日もヘトヘトになって根城に帰ると、あのジジイがいやがったんだ。
「お前が最近話に聞く傭兵、『狂獣』の―――――――――だな?」
声をかけられた瞬間に斬りかかった。
しかし、そこに爺はおらず、背後からの衝撃が俺を叩きのめした。
だが、そんな程度で俺は………
「グガぁッ!」
意味がわからなかった。
何をされたのか、全くわからなくて、手足も動かない。
上から声がかけられる。
なんとも偉そうに語る、気に食わないジジイの声だ。
「お前は強くなりたいのだろ?なら、手っ取り早く強くしてやる。儂の言う通りにすれば、お前の才覚は完全に開花させられるぞ?」
胡散臭い事この上なかった。
いきなり叩きのめされて、強くしてやる?
こんなのに頷くなんて、バカしかいない。
だが、死ぬかもしれない
これまで死にかけることは何度もあったが、これほど死を近くに感じたことは、『呪い人形』以来だった。
このジジイの力は、ヤツと同様に俺よりも遥かに上だ。
何度も考えて、染み付いた思考なのだが、改めて思ってしまった。
俺は、こういう奴らに勝ちたいんだ、と
それなら、選択肢は始めから一つしかない。
俺はバカなのだから、
手を取るしかない
「やれるもんなら、やってみろ………!お前の言う通りにしてやる………!」
「よかろう、お主は『覚醒』に到れるはずじゃ」
………………
…………
……
それから、『勇者』サマを殺すように言われた。
殺す気で戦うこと、それ自体が重要だと言われたのだ。
なんでも、『勇者』といっても元の世界ではただの一般人らしいじゃねぇか。
おおよその『勇者』への情報は聞いたが、俺と違って本当にただの青年だと思ったのだ。
だから、『勇者』サマって言っても、所詮は戦闘経験のない素人だと聞かされていたのに、こんなに面白い話はないと思ったね。
まさか、コイツがここまで頭がトンでるとは…………
始めは違ったが、途中から俺の命を奪うために戦った。
しかも、驚くほど対応が早い。
多様な手段を上手く使い分けるアイツの戦い方は歴戦の戦士かなんかのものだろう…………
なかなかに頭がキレるヤツなのだろう。
戦闘経験が足りないのが悔やまれるヤツだった。
魔力の質のことが頭から抜けてたようだ。
あれだけ頭を回し続けたのだから、こういう小さなミスがあってもしょうがないだろう。
そう思い、トドメを刺そうとして、『聖女』に邪魔をされた。
その時の怒りは自分でも驚いた。
確かに、戦いは好きだ。
戦いに対して始めから忌避感もなかったのはそれが理由だ。
強くなるための手段ではあるが、俺はそこに愉悦を見いだせたのだ。
『勇者』は冷徹故にズレていたが、俺は感情的故にズレている。
だから、それを邪魔されたのは気分が悪い。
でも、その苛立ちは大きかった。
しかも、『聖女』も『勇者』も寝ちまいやがったんだから、バカにしてんのか、と思った。
『大賢者』のジジイに抗議でもしてやろうと上を向いて………
『勇者』が目を覚ました。
呆然とした。
これまで戦ったヤツとは別人で、その力に圧倒されたのだ。
それから一瞬で勝負は決まり、俺みたいなロクデナシは『勇者』様に倒されたってわけだ。
イヤイヤ、まだまだだ。
終わらせるには、勿体ない。
まだ終らない、こういうのを倒すためのこれまでの人生だろう?
強くなって、倒したい敵がいるんだろう?
ここで立てれば、俺はもっと強くなれる。
同い年で、同じく母を想う人間で、同じくロクデナシである『勇者』が立ったのだ。
これほど共通点のある俺が立てない道理はない。
ないといったら、ないんだ。
目の前には、謎の光がチラついている。
『聖女』が見せた優しく光ではなく、ギラついた攻撃的な光だ。
鬱陶しいことこの上ないが、不思議とコレが俺のモノだとわかった。
根性で動かない体を動かし、その光を思い切り掴んで…………
※※※※※※※※※※※※※※※
「ま、だだ………」
黒の青年は絶句する。
確実に倒したはずの男が、立ち上がったのだから。
その目は敵を捉えている。
負けない、逃さない、という意思が理解できた。
「これからだ、『勇者』………!俺は、負けねぇぞ!!」
灰の青年の活力が戻っていく。
しかも、そこにある力はさっきまでとは違い、思わず黒の青年が息を呑むほどの強さであったのだ。
先程までとはまるで別人。
気が狂うほどの暴虐が渦巻いていた。
一体何があったのか、それは黒の青年には分からない、灰の青年だけの中にあるものだ。
「まさか立ち上がるとは…………そこまで強情とは思いませんでしたよ」
「テメェもだろうが。負けそうになって、強くなろうとして、みっともなく足掻いた結果が今の俺らだろ?」
黒の青年は確信した。
自分がそうであったように、彼もまた、進化したのだ。
自分と同じように、負けられない、強くなりたいという強烈な意思が生物として彼を一段上に押し上げたのである。
両雄、再び向かい合う。
灰の青年は大剣を上段に構え、一撃必殺を狙う。
黒の青年は麗剣を中段に構え、どんな攻撃にも確実に対処するつもりだ。
全く同時に二人は駆け出す。
修練場の中央、二人の剣が激突して……………