表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
第四章、武神奉闘祭
109/112

107、魔術師の試練(4)


 殺すか、殺さないか


 二択しかなかった。

 二択しか、用意されていなかった。

 二択以外を許されなかった。


 敵であるナニカは、どうしてもアレーナに『聖女』を殺させたいのだ。

 それが覚悟の証であるから。

 ここに留まるということは、外で敵、天上教と戦えなくなるということ。

 それは世界の危機を指を咥えて見ている事を選ぶ、という意味。

 世界に対する、その戦いのために死んできた者たちに対する、そして、仲間たちに対する裏切りだ。


 と、考えてみた。

 けれども、アレーナの中に自己嫌悪が生まれただけだった。

 自嘲しながら、頭を掻きむしる。

 


 (……言い訳。思い浮かぶのが、嘘だけだなんて……)

 


 無駄で、無意味なことだ。

 とにかくもっと他の、崇高で、仕方がなかったと言えるような言い訳が浮かべれば良かった。

 そうしたら、もしかしたら……


 アレーナは座り込む。

 苦しんでいるような、疲れたような。

 けれどもナニカはそんな彼女をジッと見つめるだけだった。

 敵としてアレーナを嘲笑うことも、さらなる言葉を重ねることもなく、見るだけだ。

 居ても居なくても変わらない状態のはずなのに、嫌に存在がチラつく。

 白髪の少女の姿を取るナニカ。

 その少女が、少女らしからぬからか、嫌な択を迫られて気が散っているのか。



 (どうすればいい?)



 答えなど出ない。

 正解なんて、ある筈がない。

 答えを出せるのなら、とっくの昔に出している。

 せいぜいが、一つを選んだ時の、選ぶしかなかったという誰かへの言い訳だけだった。

 何をしても、何を言っても、しこりは残る。

 どちらも、アレーナの本意からはかけ離れた選択肢。

 

 少女を殺す事は、裏切りだ。

 彼女と、自身の仲間たちを裏切り、これまで期待をしてくれた人々を裏切り、世界中の平穏を望む人々を裏切り、自分たちのために死んだ者たちを裏切る行為。

 これまでの好意も、思い出もすべて切り捨てる。

 『聖女』の存在を失った世界は、大きく破滅へ傾くだろう。


 少女を殺さない事は、裏切りだ。

 何もせず、何もできず、ここに居続ける。

 自身が定めた『師を超える』という、人生そのものと言える目標を諦める事になる。

 アレーナにとって、死よりも恐ろしい。

 空虚しか残らず、何も無いまますべてを終える。


 時間が経つごとに、アレーナの顔に覇気がなくなっていく。

 どんな道を選んだとして、間違いなく苦しい裏切りだけが残ってしまう。

 だから、弱い言葉しか出てこない。



 「あ、あなた、が、約束を、ま、守らない可能性が、あるのでは?」


 「ない。どうしてもと言うのなら、『契約』の魔術でもするか?」



 『契約』の魔術、という単語で、また何も言えなくなる。

 その魔術、『契約』は約束を守らせるための魔術だ。

 世界中どこででも使われる魔術だが、使われる理由はその強制力にある。

 直接『魂』に命令を刻むため、それに絶対に逆らう事ができないのだ。

 この魔術の強みは、誰にでも通用する所だろう。

 仕掛けたのが自身より格上であろうと通じる。

 逆に、自分に対しての命令も、逆らうことができない。

 さらには、かけた術を解くこともほぼ不可能だ。

 解くことを封じる命令がそもそもに込められているために、例え『大賢者』だとしても、自身にかければ解けない。

 高位の魔術であるために使える人材はかなり限られるが、このためだけに魔術を習う者もいる。


 アレーナは震えた。

 ナニカを侮っていた事への恥、逃げ道を潰されたことへの絶望と、真意を見抜かれた事への動揺。

 恥は、ナニカの真剣な、死も厭わない態度を見ながら、分かりながら、つまらない事を言った事。

 絶望は言わずもがな。

 そして動揺、それは、他人の責任でどうにかなれないのか、という打算が見抜かれた事への。



 「理解し難いな。一つ決めたなら、全部をかければいい。俺はこれまでずっとそうしてきたぞ?」


 「……一緒に、しないで」


 「俺なら迷わん。この状況なら、間違いなくこの女の喉をかっ切る。決めた事を違えるくらいなら、仲間でも何でも殺した方がマシだ」



 立てた親指を首の近くで横に切る。

 うなだれるようなアレーナと、気高に佇むリベールの見た目をしたナニカ。

 いつも通りに近くて、中身は殺伐とした状況。

 氷よりも冷たい声でアレーナに仲間を殺せと促し続ける。



 「なに、簡単な事だ。その杖を振るって、魔力で陣を描け。燃やしても、凍らせても、消し炭にしても、腐らせてもいい。無抵抗な女を一人ひねるだけだ」


 「だ、だから、そういう、事じゃ……」


 「いいや、そういう事だ」



 ナニカも次第に怒りを募らせる。

 目付きはどんどん鋭くなっていき、圧力が増していく。

 アレーナの煮え切らない態度を責める。

 責めて、早くコイツを殺せと言い続ける。



 「なら、ここから永遠に出られないだけだ。俺はここを破られるようなヘマはしない。実力差は歴然。お前に俺の空間から外へは出られない。当然、『大賢者』を超える事はあり得ない。俺がさせない」


 「うっ…………」



 殺せと急かされるより、焦った。

 このままならもしかして、という焦りが、何よりも彼女を苦しめた。

 何よりも、何よりも。  

 泣きそうになりながら、けれども思考だけは止めない。

 止めないからこそ、袋小路に追い込まれた事と、ここから逆転する手はないことを余計に自覚する。

 

 手がない。

 何もできないという不甲斐なさに、奥歯が砕ける寸前まで噛み締めた。

 顔は下を向き、敗者のように地面を見る事しかできない。

 血が出るほど手を握る。

 これ以上ない程に悔しがるから、事態の重さがよく分かる。


 だが、それを見てナニカが手を緩める事も、同情する事もしない。

 むしろ、容赦なく踏み込んで来る。

 殺させるために。

 覚悟を測るために。


 だから、一番触れられたくない所へも触れる。

 アレーナが避けて通ろうとした、既にすべてが込められているだろう核心へ。

 


 「何を悩む事がある? 答えは出ているだろう?」



 耳を塞いでしまいたい。

 アレーナへの言葉は、彼女の心を酷く抉る。

 当然のことを、どうして分からないのか、とずっとナニカは訴えかけていた。

 


 「お前は分かっている。答えは出ている」


 「そ、そんな……」


 「そもそもお前は『超越者』だろう? なぜ()を優先するのだ? なら、()()は出ているはずだ。そうでなければ、至れない領域と分かっているはずだ」



 嫌味なくらいに心に響く。

 おそらく、ナニカが言うであろうその言葉はきっと、核心を突く言葉であろうから。



 「お前が何よりも恐れるのは、『師への裏切り』。それが至上であり、それ以外はどうでもいいはずだ」


 「――――――――」




 ※※※※※※※※



 

 言葉にならない


 アレーナはただただ、言葉に圧倒された。

 無慈悲なナニカの言葉を、アレーナは否定する事ができない。

 紛れもない事実を突きつけられただけの事だ。



 「何を迷う? 殺せばいいだろう? お前なら出来るだろう?」


 「わ、私は……」



 続かない。

 その次に何を言ったらいいのか、どうしても思い付かない。

 その態度が、ナニカにとっては全てだ。


 あからさまに溜息を吐く。

 苛ついた目で睨み、舌打ちが辺りに響いた。

 リベールの姿でされるその行動は、予想以上にアレーナの心を傷付ける。

 まるで、彼女に嫌われたかのような、そんな状況。

 だからか、アレーナの自己嫌悪が止まらなくなった。 

 

 変われたと、思ったのだ。

 ほんの少しだけ、無機質だった自分から、他人を慮れる優しい自分に、彼女のような存在になれるかもしれないと思った。

 だが、本質は変わらない。

 ろくでもない自分だけが嫌いで、でもそれが自分だからと、周りが腫れ物のように扱うからと言い訳して。

 マシになったかもしれないと思えただけで、ただそれだけの夢でしかなくて。

 こんな状況になってはじめて、その事に気付いた。

 


 「でも、でも、だって……」



 何も分からないフリをするくらいしかない。

 自分の心すら無視する行い。

 それがアレーナの心の葛藤の形だった。

 気付いた。

 分からないフリして、気付きを隠そうとした。

 自分が仲間を、リベールを殺せる事に。 


 アレーナにとって最も優先するべきは、『師匠を超える』こと。

 それ以外は二の次のはず。

 そう、決まっているはずだ。


 だから、この状況は彼女にとって最悪のはず。

 ここに居るだけなら何もできない。

 アレーナなら、ただ時間だけが過ぎていくこの世界に居るだけで苦痛なはずだ。

 だって、『師を超えられない』から。

 何もさせてもらえないこの状況は、確実に心にくる。

 それが『超越者』だ。

 目的のために自身を研ぎ澄ました果ての姿。

 たった一つの事のための、人形の機械に近い。

 仲間を殺せない程度の意志など、くだらない。

 天秤にかけた所で、迷いもしない優先度がある。


 そのはずなのに、奥底に封じ込めて、二の次を壊さないようにしているのだ。

 


 「理解できん。何故他を捨てようとしないのだ? その方が早い。まだ若いからといって、しがらみに捕らわれるな」


 「うるさい……」



 簡単に言うナニカが煩わしい。

 そんな言葉で、捨てられる訳がないではないか。

 確かに一番には遠い。遠くて、どちらをと選ばされるなら師の方がいい。

 けれども、だ。

 けれども、二番目とて、そんなに軽いモノではないのだ。



 「誰もがお前を責めるだろうが、そんなことで止まるほどヤワではないはずだ。お前ならできる」



 なのに、どうして分からない?

 ずっとずっと、こんなくだらない事で捨てられるモノではないと言っているのに。

 会ったこともないような、上っ面しか知らないダレカに、『お前ならできる』などと言われて誰が喜ぶか。



 「うるさい! お前に何が分かる!?」



 憧れて、尊敬した。

 それこそ『大賢者』の次くらいには。

 リベールは、自分にはできないと思っていた在り方を、完璧に演じていた。

 アレーナにとって、彼女はこの世に二つとない宝石なのだ。

 こんな事で壊すことを躊躇うのは仕方がないくらいに、大切なモノだった。

 

 だから、壊せるという思い付き抑え込んだ。

 本能に近いレベルで願う、『師を超える』という第一の目的を一度脇へ置く決心をしていた。

 息を止めるようなものだ。  

 それが無くては生きていけない何かを、箱にしまう事。

 今はそうして、その苦痛を呑み込んで、何とかリベールを殺さずに居る。



 「悩んで、何が悪いの!? だって、その娘は私なんかよりずっといい子で、皆が生きてほしいと思ってる! 私もそうなのよ! なんで殺さなくちゃいけないの! 私の事も、リベールの事も、何にも知らないくせに!」



 逆上して喚き散らす。

 涙をこぼして、地団駄して、睨みつけて。

 小さな子どものようにみっともなく。


 それに対して、ナニカは冷徹だった。

 ただ冷たく、突き放すように立つだけだ。

 あくまでも外側、敵としてそこに居るだけ。

 覚悟を測るという目的のために、アレーナを肉体的傷付けることはない。

 だが、覚悟のためにと、手段は問わない。

 自分の持つ手札を切っていき、アレーナの心を試していく。


 アレーナを強くするために。



 「分かるさ。それでは、『大賢者』は超えられない事は」


 「…………?」



 息を呑んだ。


 間違いなく、()()()()()顔だった。

 『何が分かる?』という問いに、アレーナが想像し得ない答えを持っていた。

 予想もできない、あり得ない答え。

 

 ナニカの言葉は挑発しているのだが、アレーナには別の意味に聞こえた。

 どこか、元気付けるためのような。

 他にも別の想いが見えた気がした。



 「お前の姉弟子、『鍛冶神』の話だ」



 アレーナの意表を突かれたような気の抜けた顔を無視して、ナニカは座った目で話し出す。

 声も、本当にリベールのものなのか怪しいくらいに低いものだった。

 

 突然の事にアレーナは呆ける。

 はてな顔で、ぼんやりとナニカを見た。

 依然として恐ろしい顔のまま、唖然としている今の状況でなければ震えそうな濃い殺気を感じる。



 「アレ以上のろくでなしはこの世界には居ない。人間の命を玩具みてぇに弄る怪物。人体の改造なんか当り前。()()()の現場なんざ死体に慣れてる奴でも吐くくらいだ。実験体が泣き叫ぼうが、眉一つ動かさないド外道だ。何でアレがそんな鬼畜をするか、お前に分かるか?」



 忌々しげ言う様子は、憎悪すら感じた。

 相当嫌な話らしく、悪態に近い説明は驚くほど舌が回っている。

 おそらく、ナニカはその『鍛冶神』の凶行を見てきたのだろう。

 アレーナはナニカの言った内容を噛み締めた。

 ナニカの言う、姉弟子とやら、『鍛冶神』の行動。

 彼女には、『鍛冶神』の行動の理由や、裏が分かる。

 会ったこともないはずで、世界の敵として有名な『鍛冶神』が姉弟子など初めて聞いた話だが、どこか共感できる気がした。

 何を思ってそれをしたのか。

 答えはきっと、



 「出来そうだったから、やってみた?」



 つい零れた言葉だった。

 小さな声で、ポソリと言ってみただけ。

 もしかしたら、と思って、なんとなく。

 

 それを聞いて、ナニカは嗤う。

 やっぱり、と言いそうな、皮肉そうな顔で。



 「正解だよ」



 リベールが決してしない表情だった。

 意地の悪い顔で、ずっとアレーナを嗤う。



 「全部全部、思い付きだ。思い付いて、出来そうなことは全部試すんだ。出来そうだから何でもするし、やってみたい。ガキと一緒だ。蝶を捕まえて羽を毟るガキとな。……まあ、違う所は、アレは知識があって、良識も常識も道徳もない、完璧主義なクズって所だ」



 ナニカは首をゆっくりと振る。

 どうにもならない、と言うかのように。


 そして、アレーナは聞き入っている。

 これまでの取り乱しが嘘のように静まり、ナニカの言葉をジッと待っていた。  

 姉弟子の話は、思っていたよりもずっとためになる気がした。

 なぜなら、件の相手はアレーナの可能性なのだ。

 師が言った道を選んだ果ての存在。

 興味がない訳がない。



 「凄い物を作る事しか頭にない。その結果、出る損害は完全に無視だ。だが、」



 けれども、



 「アレは強い。俺よりも遥かに」



 その言葉と共に、アレーナは理解する。

 ナニカが何を言いたいのか。



 「アレは外道を極めた。未だにその道を進んで、開拓している。極めてもなお進むアレと、道すら決めてないお前、比べるべくもない」



 納得だけで心が埋まった。

 そして漏れ出る、ナニカの感情。

 件の姉弟子への忌避、恐ろしく堅い使命感と、アレーナへ向けるもう一つの純粋な想い。

 だから、ナニカはアレーナを責める。

 敵意に近い形で、責めてきた。



 「お前の上位互換のアレがまだ超えられてない『大賢者』が、お前に超えられる訳ないだろ。こんな所でウジウジ悩んでるお前に」 


 「…………」



 黙る。

 これまでのように何も言えなくなったからではなく、何をするのが一番かを理解したから。

 アレーナは再び、ナニカを見た。

 敵意と思ったナニカのソレは、別の似た感情だったのだ。


 きっとそれは、怒りだ。

 自分の考えが間違っていないことを悟り、自身のすべき事を自覚する。

 確かに、ナニカがアレーナに求めている事を考えれば、ウジウジと悩む彼女に苛つくのは仕方がない。

 敵として立っているはずなのに、その実親身に寄り添うナニカへの違和感を感じる間もなく、アレーナは行動を選んだ。



 「……ごめんなさい」


 「…………」


 「やっぱり、殺せません」



 落胆に近かった。

 目を伏せ、溜息を吐かれた。

 だが、ナニカはアレーナの目を見てすぐに覆す。

 これまでとは異なる目つきに、どうしても同じ感想を抱けなくなった。

 そして、ナニカは笑う。

 


 「じゃあ、どうする? お前に、『鍛冶神』にもできない事を、道も決めていないお前にできるのか?」


 「今更、ここで外道に進んでも、それこそ『鍛冶神』の下位互換にしかなりませんよ。私は、私のやるようにやります」



 怯えない。

 何も分からない事もない。

 

 ここに来て、師の言葉がよく響いた。

 『どの道を選ぶのも自由』だと。

 ここで、自分のためにリベールを殺す、外道を選んだとして、師ならばそれも良しと言うはずだ。

 殺さない道を選んだ場合でも、また同じ。

 

 言い分はしっかり守るつもりだ。

 だから、中途半端はしない。

 これから先、似たような事になったとしても、命を諦めることは絶対にしない。





 「ごめんなさい、期待に応えられなくて」

 

 


 期待してくれたナニカへ




 「そして、ありがとうございます。もう、迷いません」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ