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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
第四章、武神奉闘祭
107/112

105、魔術師の試練(2)



 (何で、こんなことしてるんだっけ?)



 『大賢者』との稽古。

 お互いが、少しだけ距離を取って、魔術で戦う。

 ただそれだけで、それだけが何よりもキツイ修行。


 

 「ほれほれ、反応が遅いぞ。一度に一つの攻撃を捌けたからといって調子に乗るな。十でも二十でも同時にこなせ」



 

 『大賢者』との魔術の撃ち合い。

 ヒョイヒョイと撃つ魔術の一つ一つが最上位。

 本来なら数十人の熟達した魔術師が、連携によって行う魔術だ。

 地形を変え、数千、数万の命を一度で奪える。

 それをたった一人のために使い続けている。

 

 汗を拭う間もない。

 じっとりと吸い付くようで、気持ち悪い。

 肉体という器から、底が抜けたように魔力が流れ続けている。

 上で浮かんでいる師を見るのがやっとだ。

 余裕綽々という様子のままの『大賢者』は、依然として下で這っている弟子を眺める。

 アレーナは、荒い息を整えながら、どうすれば次を凌げるかを考える。


 撃ち合いとは言ったが、撃ち合いとは程遠い。

 彼の弟子、アレーナは『大賢者』の無数に撃たれる小手先の魔術の、その一つをどうこうするので精一杯。

 無限を思わせるエネルギーだ。

 比べ物にならない、器の違い。

 天地がひっくり返ったとしても勝てない。

 『超越者』という立場に立てたというのに、その足元すらまるで見える気がしなかった。

 威力は優れず、手数で負け、技でも勝てない。

 



 「はぁ……はぁ……」




 流石だ


 讃える気持ちしか湧いてこない。

 百年かけたとして、コレの半分になれるかどうかだ。

 一方的な蹂躙。

 それを、何日も続けている。




 「今日はもう終わりじゃの」


 「え、え、ま、まだ……」


 「儂の三割に、四時間生き残った。まあ、悪くはない」



 もうそんなに、と思った。

 あれで三割? とも思った。

 褒められたことが、少し嬉しかった。

 そして、まだまだ自分の実力が足りない事に憤った。



 「ほれ、これはもう無理じゃろ?」


 「え?」



 ゴ   ゥ   ゥ   ン

 


 低い音。

 空気を分け進んで降る、それの音。

 普通、何が落ちたとしても、こうはなるまい。

 存在があり得ない、としか言えない怪物だ。


 巨大な氷の塊。


 山ほどの大きさが、虚無からいきなり。

 影で周囲が暗くなり、白い氷塊の色だけが空を覆った。

 破片がパラパラとアレーナの頭にかかってようやく、彼女は状況を理解する。

 自分に向けて、殺すつもりで来ている、と。

 魔力でできたそれは、本物の氷とは違って、他人を害するためだけの存在だ。

 『大賢者』が作り出した。

 それだけで、その殺傷性は常軌を逸する。

 その氷塊は氷よりも遥かに重く、硬く、溶けにくい。

 さらには、



 「それが最後の課題じゃ。()()まで逃げることを許さん」



 軽い調子で言う『大賢者』。

 指を鳴らすと、結界が広げられる。

 逃げるための手段、転移を封じるための専用のもの。


 殺しにかかっている。

 結界は物理的にも逃げ道を封じている。

 仮に、範囲外に逃げようとしたとしても、結界のせいで氷塊の着地地点から外へは行けない。

 だから、アレを壊すしかないのだ。

 疲れきって、集中力も魔力も乏しい、今のボロボロのアレーナで。

 できる、できないの話ではなく、できないと死ぬだけ。



 「…………」



 焦りを消さなければならない。

 焦れば死ぬ。

 落ち着かなければ死ぬ。

 『大賢者』は無茶はさせるが、無理はさせない。

 なら、できるのだ。

 


 「魔術は、魔力、エネルギーを使う。それによって無から何かを生み出したり、何かを操ったり」



 あと十秒と少し。

 どうやって切り抜けるか、決める。



 「…………!」


 「ほう?」



 魔術とは、エネルギーを用いることで発動する。

 無から生まれた何かは、魔術発動に用いたエネルギーによって構成されているのだ。

 だから、本物とは異なっている。

 例えば『大賢者』が今作り出した氷塊は、他の氷よりも硬く、重く、溶けにくい。

 それは込められたエネルギー故であり、そうなるように命令されて作られているからだ。

 すべては、エネルギーによるもの。

 無いはずの物が実体を持っていたのも、エネルギーによるもの。


 だから、仕組みを崩す。

 そこに隠された構造を、特性を、破壊するのだ。

 塊となった、まとまったエネルギーをバラバラの個々へとほぐして変える。

 そうすれば、氷となれ、という使命は果たすことができなくなり、エネルギーは形にならない。

 原理は、少し前に見た彼の者、『武神』が行った受け流しと似ていた。

 魔術の中のエネルギーを捉え、かけられた命令を瞬時に上書きしたあの神業に。

 


 「かあ、く、うぅぅあ!」



 ボロボロの状態での足掻きだ。

 集中力は、全快の時と比べれば確実に減っているはずだ。

 疲労、痛み、恐怖。

 刻み込まれた苦痛が、思考を鈍らせる。

 人間として、当たり前の衰えだ。

 それに、使っているのは『武神』の技術の、ほんのすぐ下の技だ。

 『武神』ほどではないにせよ、超絶の技巧。

 少し才能がある程度では一生かかってもできない技術。

 自分のエネルギーを使って、氷塊の構造を解読して、解いていった。

 幾千という糸が絡み合ったような、複雑な力を十秒未満で解ききらなければならないのだ。

 それを、この土壇場で。

 死ぬかもしれない、自分はまだ未熟、という不安を呑み込んで、全身全霊をかける。



 「………………!」



 だから、苦しいはずなのに、集中していった。

 真上に広がる、力の仕組みしか見えない。

 そして、見ることに集中するからこそ分かる。

 その、芸術品のような、美しく、効率的に組み込まれていた師の魔術が。

 それを解いていくことが、どれほど幸せか。


 なんて緻密で、なんて奇抜で、なんて、



 「凄い……」



 次の瞬間、影が消えた。

 すべて、解ききった。


 満点の星空を眺めたような、そんな感動を抱きながら、アレーナは意識を手放した。




 ※※※※※※※※



 心地良い。

 暖かい何かに包まれるような、優しい時間。

 先程まで苦しいだけだったというのに、アレーナは今、安らぎだけを感じていた。

 小さい頃、冬の日の布団が恋しかった時と同じだ。

 起きたくなくて、目を固く閉じる。

 だが、子供の頃と同じく、そうはいかなかった。


 

 「起きよ、バカ弟子。いつまで寝ておる」


 「へばっ!」



 頭に衝撃が走った。

 細くて固い物で叩かれた。

 アレーナは頭をさすりつつ、しぶしぶ目を開いく。


 

 「し、師匠……」


 「呑気じゃのう。儂に狸寝入りが通じるはずなかろう」



 『大賢者』は腰を下ろし、アレーナを待っていた。

 気が付かなかったが、香ばしい匂いが広がっている。

 眠っている間に、鍋に火をかけ、スープか何かを作っているようだ。

 少し懐かしい気がした。

 『大賢者』の元で修行をしていた頃なら毎日食べていた彼の料理だが、長い間師から離れていたのだ。

 その思いも当然のこと。

 アレーナは少し笑ってしまいそうだった。

 だからこれはとても、なんだか、



 (あれ? 何で懐かしいんだろ?)



 離れていた? どうして?

 いや、旅をしていたような気が、でも、何でそんな?


 記憶とは別の何かが、違和感を訴えかける。

 何かを忘れているような、思い出せないような。

 自然と眉間にシワが寄った。

 だが、悩んでも悩んでも答えは出ず、思考が同じ所をグルグルと回る。

 


 「どうした?」


 「! いや、何でも、ないです。何もないはず、です」


 「ボケるような歳でもあるまい。しっかりせんか」



 師に突かれて、違和感は霧散する。

 別に今考えるようなことでは無いのだ。

 今考えるべきなのは、どうやって師に本気を出させるか、というただそれだけ。

 アレーナは、自分の能力の偏りを誰よりも分かっている。

 だから、するべきことは魔術への邁進だけだ。

 それしかできないのだから、そうに決まっている。



 「せっかく褒めてやったのに、そんなにボケとると取り消すぞ? それとも、全力を尽くしすぎて頭が悪くなったか?」


 「す、すみません……」


 「最後のアレ、アレは良かった。エネルギーの崩しなどどこで覚えた? あんな事ができるのは、儂を除いて世界で三人ほどじゃろうに」



 どこって、どこだろうか?


 見た気がするのだ。

 どこかの国に行った時、誰かが行った神がかり的な技を。

 それを自分なりの解釈に落とし込んで、ギリギリできた。

 

 どこかに行く? 誰かがしたのを見た?

 どこにも行っていないし、誰かなら師以外にあり得ない。

 寝ぼけいるのだろうか?

 顎に手を当てて考えてみるが、やはり出ない。

 とても大切なことのような気がしたのだが、したのだが……


 だが、まともに考えれば師に怒られるだけだ。

 他の事へ考えを変える。

 今さっき使った技術についてだ。



 「ま、お主の成長を喜ぼう。アレができるようになったのなら、これからの成長はもっと激しくなる。いわば、魔術の核心とも言える技術じゃからの」


 「……なるほど。確かにそんな気はします」


 「おう。お主に出来ることは確実に増えた。同じ量のエネルギーで、より効率的に、より強い魔術を使えるようになる。そうすれば、あと二百年で儂の足元くらいにはなるじゃろ」



 軽い調子で言い切る。

 その言葉に、アレーナはショックを受けた。

 二百年かけても足元。

 途方もない話ではあるが、間違いのない事実であると分かってしまう。

 悔しさ以上に納得が勝っているのだ。

 屈辱ではあるのだが、まだまだ追い抜けないことへ、安堵する思いもある。

 それが、嫌で仕方がない。



 「…………」



 暗くなってしまうのは仕方がない。

 『大賢者』を超えることが目標ではあるが、その目標の遠さが煩わしい。

 何年、何十年、何百年かけても超えたいとは思うが、今超えられないことへの情けなさは消えないのだ。

 だから少しだけ、黙ってしまう。

 別に珍しいこともない。

 若者が行き詰まることなど、そこら中に転がっている。



 「アレーナよ」


 「え、はい」



 名前で呼ばれた珍しさについ反応してしまった。

 そこにいつもの軽さはなく、忘れそうになっていた、長い時を生きた老人という側面がある。

 その目は優しく、同時に厳しかった。



 「自惚れるな。お主に才能があるのは確かじゃが、儂に及ぶには足りない。お主の姉弟子はそこんとこはわきまえていたぞ? だから今もなお、儂を殺そうとしておる。殺すために時間をかけねばならないと分かっておるからの」


 「え、」


 「まだお主は若く、未熟ということじゃ。焦るな。時間は、気が遠くなるほどある。日々、一歩ずつ進んでくれればそれでよい。よいが、お主は一歩を歩むための道すらまともに見つけられてはいない始末。未熟者が順序を履き違えるな」



 いくつか聞き逃がせない言葉が混じったが、置いておく。

 アレーナには分かる。

 これは助言であり、警告だ。

 長らく人を見続けた守護者として曰く、若者の成長の過程にいる事を忘れるな、という事。そして、師匠として曰く、馬鹿な勘違いをし続けるのなら、どうなるのか分かっているだろうな、と。

 おそらく、『大賢者』が指しているだろう馬鹿な勘違いとは、

 


 「道を見つけろ。たくさんの道を見て、悩み、選べ。じゃが、中途半端が一番いかん。今のままなら今のまま。道を変えるなら、要らないものは捨てろ。外道に進むのも選択肢の一つじゃ。それを自分で決められる、決めているのが大人。その経験のないお主はまだ子供ということよ」

 

 「……難しいです」


 「じゃろうな」



 肩をすくめる『大賢者』。

 アレーナは顔を落とすが、言いたいことのニュアンスは分からないでもなかった。

 つまり、まだ自分を頼れということだろう。

 もう少し自分の手元にいてくれないと、頼ってくれないと、自分を超えるには足りないのだ、と。

 何事にも段階がある。

 自分のやり方を突き通すのはまだ早い。

 今はまだ学ぶ時期であり、件の姉弟子の段階に上がるには百年はかかる、と。

 


 「まあ、もう少しそこで悩んどれ。自分の力不足をどうすれば解消できるのか、考え続けろ。それは大人に必要な考え方じゃ。頑張れよ、お子様」


 「はい……」



 『大賢者』は立ち上がる。

 それにつられて、アレーナも立ち上がろうとするのだが、手で制された。

 不思議そうに師を見たが、『大賢者』は静かに弟子を見る。

 そして、



 「時間切れじゃな。儂が干渉できるのはここまでじゃ。まったく、あのクソガキめ。精神干渉系のみとはいえ、儂を上回るとはな……」


 「師匠?」


 「すまんの、アレーナ。もう少し中身が成長してほしかったんじゃが、人間、そう簡単には変われん。そこが劇的に変わるには、やはり劇的な経験が要る。儂との問答には、そんな力はない」


 

 何か、何かがおかしい


 何かに違和感がある


 

 「頑張れよ。奴の目的は、」


 「え、し、師匠!?」



 消えた。

 『大賢者』は跡形もなく消え去り、はじめから何もなかったような空間だけが広がった。

 転移でもなく、透明化でもなく、まるで幻のように。



 『お前は、目的のために他を捨てられるか?』



 声がした。

 幻のような、捉えどころのない謎の声。

 聞いたことなどないはずなのに、確かに聞いたことがある気がした。

 なんとも、気持ちが悪いことだ。


 そして、



 「目的のために、他を捨てろ」


 「あっ」



 うっかり、声を漏らしてしまう。

 間抜けだが、仕方がない。

 今の今まで忘れていたのだ。

 大切に思っていたはずの()()が、忘れていた()()が、そこに居た。




 「リベール?」


 「目的のために、自分の誇りのために、『超越者』として、仲間さえ切り捨てる覚悟はありますか?」



 まるで神への祈りのように、彼女は言った。

 

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