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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
第四章、武神奉闘祭
106/112

104、魔術師の試練(1)


 歓声がうるさかった。


 ワーワー叫ぶ民衆が、馬鹿みたいで鬱陶しい。

 あまりにもうるさすぎて、焼き払ってしまおうか、なんて考えがよぎってしまう。

 だが、これまでよりは落ち着いていた。

 人を避けてきた日々。

 師匠だけを見ていればいいと思っていた日常。

 ここまでだったら、本当に馬鹿を実行していたかもしれない。


 けれども、知ってしまった。

 自分に優しくしてくれる、思いやってくれる人が居る、と。

 何と甘く、美しいことか。

 何よりも心地よく、暖かかった。

 信頼できる人間が居るなんて、思いもしない。

  

 そこに、不満はない。

 そこには、ない。


 いつだって、問題は自分の中にあるのだ。


 『超越者』として目覚めたあの時、本当の願いを知った。

 ならもしかして、私は、いざという時、



 彼らを切り捨てることができるのではないか?



 ※※※※※※※※



 一回戦、第四十七試合目。

 ついにアレーナの出番となり、彼女は柄にもなく気を高ぶらせていた。

 他の三人はこれ以上なく完勝し、あとは自分を待つだけなのだ。

 アレーナが負ける確率は、万が一にもありはしない。

 だが、それでも気合を入れて、その万が一が起こらないように戦おうとしていた。

 


 『気ぃ張りすぎんなよ。負けはまずねぇんだから』



 不器用に言うエイル。

 ガサツで、不器用で、意地っ張りな彼だが、アレーナを仲間とは思っていた。

 これまでの旅で気を許してくれていることは分かっていたが、それでも会った当時を考えれば違いは歴然だ。

 それを感じて、少し舞い上がったのは秘密である。

 まあ、勝ち残って自分と戦ってほしい、という思いの方が強いのだが、彼女は知らないし、知らない方がいいだろう。

 とにかく、嬉しかった。



 『変に緊張しすぎる方が負ける確率は高くなる。落ち着いて行け』



 落ち着かせるように、穏やかに言うケイト。

 まだまだ分からないことの方が多い彼女。

 けれども、彼女とも仲を深めることはできると信じていた。

 自分のように、人付き合いが少し苦手なだけで、他人を気づかえる、根は優しい人だと知っていた。

 関わりが薄く、避けているように思えるかもしれないが、わざわざこうして言葉をかけてくれたことから、彼女の人柄の一端が分かる。

 とにかく、心が安らいだ。



 『余裕だから心配ないよ』



 短い言葉だけを送った勇者。

 本当に、心配していないんだろう。

 彼がアレーナの強さを分かっているから、変に畏まって言うこともない、と。

 笑ってしまいそうだ。

 少し前まで、アレーナへ優しさで訴えかけ、懐柔を図ろうとしていたというのに。

 今となっては送る言葉も態度も最小限。

 だが、それが彼を嫌う要因にはなり得ない。

 とにかく、勇気を貰った。



 『貴女は凄いんですから、普段通りにすれば皆が貴女の凄さに驚きますよ』



 いつもと同じリベール。

 優しくて、暖かくて、愛が溢れた彼女。

 その言葉だけで、何でも良かった。

 とにかく、とにかく、とにかく……



 

 目の前には、十分な広さの会場だった。

 磨かれた石で組み上げられ、見事な円を作り出している。

 それだけではなく、石をさらに硬化させる魔術や観客を守るための結界まで完備してある。

 アレーナも舌を巻くレベルだ。

 だが、ジッと見ている訳にもいかず、中央へ向かう。

 そこには既に、対戦相手が立っていた。

 


 「…………」



 平凡そうな男だ。

 ゆったりとした服を着ていることから、何かを隠していることは予測できる。

 警戒を緩ませずに観察を続ける姿から、油断するような雑魚ではないと分かった。

 だが、それだけだ。

 アレーナに勝てる訳がない。

 魔力という面なら彼女の足元にも及ばない。

 それに前衛としての能力だが、彼女が知る戦士たちと比べれば、その気配は遥かに劣っていた。

 

 気楽に、だが勝つために。

 顔こそ強張っていまが、頭の中でアレーナは余裕だ。

 勝ちは変わらない、と確信。

 『剣王』が試合開始の合図を待つ。

 そして、





 ザンッ!!!





 「…………え?」


 「クッ!」



 斬った。


 会場すべてを見回せる位置。

 その場のどこよりも高く、遠い場所に居たテンリ。

 腰の剣を抜いて、振り下ろしたのだ。

 だというのに、その刃は最も遠かった選手たちの戦場に届き、切り裂いた。

 切っ先はアレーナの対戦相手へ。

 彼女がまったく対応できなかった突然の攻撃を、なんと彼は躱した。



 「貴様の正体は()()から聞いている。だが、この判断は俺の独断。貴様のことを晒した方が、盛り上がると思った」



 テンリの凶行に静まる会場。

 誰よりも祭りを邪魔される事を嫌うテンリが、邪魔を行った驚きによって何も言えなくなる。

 だから、彼の声が阻まれることなく通った。

 


 「姿を偽るな。力を偽るな。その方が面白い」



 対戦相手の姿が、乱れている。

 まるで纏っていた物を切られたように、その下にナニカが透けていることが分かった。

 おそらくだが、それは。



 「天上教使徒序列五位『虚ろなる世界』。その権能のすべてをもって、祭りを盛り上げろ」



 誰も気付かなかった。

 ソレが姿を隠していたことを。

 実力を隠していたことを。

 極一部の実力者にしか分からないことではあったが、明らかに()()とでは違った。

 アレーナもその実力者に含まれる。

 目の前の敵に内包する途方もないエネルギー。

 これまで、それを隠していた覆いが外され、計り知れないほど膨大な力を秘めていたことを彼らに知らしめる。

 まるで、無限に広がる濃霧。

 量が多いことなど分かりきっているが、どこか捉えどころを感じない。

 『大賢者』の大海のようなエネルギーとは違う意味で計れずにいた。


 そして、それが分からない大半は別の事を見ている。

 先程までの平凡そうな男の顔ではない、使徒の本当の顔を、だ。

 つい魅入ってしまっている。

 そして、珍しそうにもしている。

 


 「ああ、本当に厄介だ。どこまで俺の邪魔をするんだ? 同じ主を仰いでいるのに、何故こうも合わない」



 怒りの滲んだ男の声。

 だが、その声の主は見るからに女だった。

 もう少し色を抜けば白になるだろう淡い銀髪が優美に風でたなびき、同じ色の瞳はここにはいない誰かを睨む。

 美しい少女のような男だ。

 驚くほど白い肌、大きな瞳に柔らかそうな唇。

 その他諸々、すべてが男のものには見えない。

 けれども、口調と低い声に、見えた喉仏から、かろうじて男かもしれないと思える。

 だが同時に、いや、その美しさ以上に、恐ろしさが際立った。



 (ヤバい、コイツ……)



 アレーナは戦慄する。

 目の前のそれの危険性を本能が訴えかけてくるのだ。

 死ぬ、と。

 それを思わせるのは当り前だと納得してしまうほど、薄気味悪かった。

 気配だけで知らしめる、格の違い。


 助けは、来ないだろう。

 祭りの邪魔は、テンリを敵に回すことになる。

 何をどうあっても、それこそアレーナが死んだとしても、誰の乱入も許さない。

 無理に戦いに割込めば、斬られる。

 もしも、アレーナが少しでもこの場から逃げようとしたなら同様のことが起こる。

 

 戦えば、死ぬ。

 逃げても、死ぬ。

 助けは期待できない。

 詰んでいた。

 

 嫌な汗が止まらない。

 自分の心臓がうるさい。

 胃の中身が逆流しそうだ。



 「では、」



 体が震えた。



 始まるな

 始まるな、始まるな、始まるな

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ



 恐怖、緊張、そして、




 「始めよ」

 






 「ああァァああ!!」




 柄にもない事だらけだ。

 ひたすらに全力で叫んだ。

 生き残るために、体を動かすために。

 だが、それを観測できた人間は一人もいない。

 

 アレーナの全力だ。

 とにかくどこでもいい。

 少しでもいいから当たれば、という思いで、瞬時に発動できる最大火力・最大範囲で焼き払った。

 最速の魔術、雷の力。

 少し前に『武神』に放ったものとはまるで別物だ。

 外れれば死ぬ、というプレッシャーの中で放った、命をかけた一撃。

 魔術を使って保護しなければ、近くに居ただけで失明するほどの光に、鼓膜が破れるほどの轟音。



 「しぃねええぇぇええ!」



 その叫びも、すぐに音で掻き消される。

 最高の結界によって守られている観客でさえ、恐ろしさに頭を抱えて伏せていた。

 反乱狂になって攻撃を続けるが、標的など見えてはいない。

 結界で守っているアレーナ自身の周り以外の全方位に対して、地形の原型すら残さない破壊が巻き散らかされた。

 



 「こ、これ、で……」


 「残念でした」



 

 声

 ついさっき聞いた、アレの声。


 アレーナは動かない。

 動けない。

 あまりの怖気に、先程まで体を動かしていた意地が凍りつく。

 声をかけられるまで、気が付かなかった。

 こんなにも薄気味悪いのに、本当に直前まで。




 「『お前の心を乗り越えろ』」




 そして、




 ※※※※※※※※




 「う、うう……。わ、わたし、は……」



 とてつもなく気分が悪い。

 気持ち悪くて、吐きそうで、でも心地良い。

 不思議というか、不気味というか、よく分からない空間だ。

 そこに、アレーナは横たわっていた。



 「ど、どこ? というか、え、え? わ、私は……」



 違和感。

 記憶がおぼつかない。

 少し前まで、いったい何をしていたのだったか?

 だが、具体的になにがおかしいのか分からない。

 どこまでいっても違和感。

 


 「あれ? た、戦って、たん、だっけ?」


 『左様』


 「!」



 

 上から声がした。

 年老いた老人の、威厳に満ちた声。

 何年も聞き慣れた声。

 これは、



 

 『ボーッとするな、アホ弟子。まだまだ鍛錬は終わっとらんぞ』


 「え? え?」


 『なんじゃ、寝ぼけておるのか? とにかくさっさと立て。話はそれからじゃ』




 不思議で、力を感じるローブを身に包み、豪華な杖を携えている。

 髪は白いが、リベールのようにつややかではなく、老人特有の白髪であることは一目で分かった。

 顔に刻まれたシワも、人を馬鹿にするようなニヤケ顔も、夢に見るほどアレーナは見てきた。




 『ほれ、戦うぞ。杖を構えよ』



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