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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
第四章、武神奉闘祭
105/112

103、初戦


 Aランク冒険者、カルトンは弱くない。

 間違いなく天才と呼べる逸材であり、その才をひたむきに磨き続けた男だ。

 素手での戦闘スタイルは俊敏にして豪快。

 その両腕が真っ赤になるまで敵をなぶる姿から、付いた二つ名は『赤腕』。

 皆が認める、実力者だ。


 

 「…………!」


 「オラオラ! そんなもんか!?」



 だから、ここまで押されているのは、ある種異常だった。



 「がああ!」


 「クソぉ!!」



 目にも止まらぬ速度での応酬。

 上へ下へ、右へ左へ絶えず動く。

 一秒あたりに何度攻撃が行われるか分からない。


 彼の相手は大剣だった。   

 カルトンに近い長さ、対戦相手がすっぽり覆われるほどの横幅という大きさ。

 重量は優に百キロを超えるだろう。

 それを、拳士に劣らないスピードで振り回す。

 この事実だけで、格は知れている。

 カルトンの対戦相手、エイルは彼の格上だ。


 

 Aランクという称号を手に入れた彼は、幼い頃からこの舞台に出場することを夢見てきたのだ。

 最上位のSランクは百年イジョ空席のため、実質的な冒険者の最上位。

 そこに至って、そしてはじめて切符を得るのだ、と縛りを付けてきた。

 普通はそんなことはしないが、彼は優勝を夢見るのだ。

 その程度にもなれず、どうして夢を見れるだろうか、とわきまえていた。

 結局、憧れてから二十ニ年もかかったが、仕方ない。

 自分に才能がなかっただけだった、と分かっていた。

 けれども、嬉しいものは嬉しい。

 ようやくその時が来たのだと思うと笑いがこみ上げる。

 だから、少し舞い上がって、いよいよだと興奮して、酔った勢いでしか言えないことを言ってみた。

 そしてその日、カルトンは、『武神』の力の一端に触れる。




 「まだ、まだぁ!」




 そして分からされる。

 これが、憧れの結果か。


 何より先ず、喜んだ。

 こんなにも離れているのか、と。

 こんなにも違うのか、と。

 ここが極点か、と。


 見れたことが嬉しかった。

 そして、見せられたことが悔しかった。


 『武神』はわざわざ、その力を見せつけたのだ。

 見せつけた、ということは、その必要があったということ。

 挑戦を待ち続ける『武神』にとって、挑戦者を育てることも趣味の一つだ。

 期待できるなら武を見せ、教える。

 つまり、『武神』はカルトンに、ほんの少しであったとしても、期待したということ。

 さらに言えば、今回の祭りで、カルトンは勝てないと思ったということ。


 見せる、ということは必要があったのだ。

 もしも必要がない、つまり、優勝し得ると判断すれば、そんなことはしない。

 負ける、と確信されていたのだ。



 「うっ!」


 「もっと気張れ! お前は、負けてねぇだろ!」



 もちろん、ただカルトンの言葉が気に触った可能性はある。

 他にも、ただの戯れや、他の誰かに見せようとした道も捨てきれない。

 だが、そう思うことにした。

 そうしないといけなかった。

 何故って、そうして悔しさをバネしなければ、諦めてしまいほうだったのだ。

 遠すぎる背中を追い求めることをやめそうになったのだ。


 だから、



 「ああぁぁぁああああ!!」


 「いいねぇ。ホントテメェ、男前だぜ」

 



 既にカルトンはボロボロだ。

 ほぼ同じ速度で動くエイルだが、その一撃をもらえば即死。

 常に全力で行動するカルトンと違って、エイルはどこか余裕が見える。

 彼が知るはずもないのだが、エイルは形態変化を使っていない。

 人間の形態でしか戦っていない。

 だが、その状態でもエイルはカルトンよりも強いのだ。



 「ああぁぁあ!!」



 底を見せずに、だが強いエイル。

 分かってはいるが、諦められない。

 一度『武神』の力を見て諦めかけた事が、何よりも苦しかったから。

 その弱さを許せなかったから。




 「もっと、もっとだ! 頑張れよ、男前ぇ!」




 大剣の振り下ろしを引いて躱す。

 血と汗で体がぬるい。

 だが、ビリビリとした危機感が肌を刺し、感覚をより鋭く引き上げた。

 次の踏み込みで、大剣を抑えた。

 全体重をかけた最速の一歩。

 これで剣は動かせない。普通なら。



 「カアァ!」



 振り上げる。

 カルトンごと大剣を持ち上げ、放り投げた。

 百五十キロの巨体が宙を舞う。

 


 「馬鹿力め!」



 悪態をつくが、状況は悪くなかった。

 明らかにエイルの体勢が崩れていたのだ。

 無理に力を使って、カルトンの思惑を崩そうとしすぎた。

 カルトンも同様に万全の状態ではないが、いくらでも切り返しは効く。

 彼の武器はその肢体。

 対してエイルは攻撃のために剣を使わなければならない。

 乱れた体勢で、身の丈よりも大きな剣を、だ。

 速さは変わらないが、どちらが早いかはここで、




 「おっらあ!」


 「…………!」




 花火が飛んだ。

 光が点滅し、口の中が血で溢れる。

 アゴが壊れている、という感覚が分かった。

 

 上へ飛ばされる。

 何とか、薄れる意識の中でエイルの方を見ようと足掻いた。

 すると、蹴り上げた状態の敵。

 見た瞬間に理解する。

 エイルは剣を捨て、素手での戦いに切り替えた。

 

 


 「カッコよったぜ、お前は……」



 

 カルトンの戦いは、終わりを告げる。

 だが、これでも満足ではあった。

 やはり自分ではなく、もっと才能ある、強い者に『武神』を倒してほしい、と。

 すべてを出し尽くして負けたことが案外、楽しかった。

 最後の祭りは、悪くない盛り上がりであった。



 一回戦第八試合、勝者、エイル・ヴァリアス



 ※※※※※※※



 ケイト・カーラー


 その名前は、まあ有名だった。

 『召喚』の魔術を使える者はとても限られている。

 それに、たいていの国からは忌避され、いい顔はされない。

 それで捨てられることはあまり無いが、墓場まで持っていく者が多いだろう。

 田舎で生まれたなら、まず間違いなく口減らしにあうという散々な扱いだ。


 それに、長い歴史を見ても『召喚』がAランクに足を踏み入れること自体が初めてのことだった。

 絶対数が少ないこともあるが、この魔術そのものに使い勝手が悪い部分があるのだ。

 一つ目は、服獣。

 使役するためには、魔物の魔石を取り込まなければならない。

 つまり、倒さなければならないのだ。

 弱い魔物なら問題ないが、死闘となるレベルで使える強い魔物を手懐けるには、命をかける可能性が出てしまう。

 二つ目に、同時に使役できる許容量。

 一度に何体の魔物を使役できるかは、精神力次第だ。

 どんな魔物であろうと、精神的な負荷をかけられる。

 支配から脱しようと全力で抗うために、喧しく暴れる。

 使用時は常に魂の中で綱引きを行うようなモノだ。

 凄まじい倦怠感、気の沈み、時には頭が割れるような頭痛に襲われ、その苦痛から使える時間も短くなってしまう。

 つまり、強力ではあるが、準備が難しく、反動も大きいのだ。

 

 その点、ケイトは異常である。

 元から持っていた魔力量とセンス、さらには劣悪な環境に耐え続けたことで得た精神力がある。

 苦痛を苦痛とも思わない。

 量と時間で言えば、他の平凡な術者の数百倍はある。

 それに、ケイト本人の戦い方もそうだ。

 『召喚』以外の魔術も上手く、体術はその辺の冒険者とは比べ物にならない。

 Bランクまでなら一人で倒せる。

 Aランク、国の規模によっては存亡をかけねばらないレベルも、全力なら楽に倒せる。

 

 彼女は、Aランクに分類される人間の中で、最上位に位置するのだ。

 だからケイトの対戦相手、ガリアットは運が悪かったとしか言いようがない。



 「クソ、クソッ! 反則だろ、こんなの!」



 会場は影で溢れていた。

 無数、という言葉では片付けられない数の虫。

 絶えない羽音が嫌悪を誘い、全方位に広がる存在感が集中を削いでいった。

 さらに、



 「ガッ!」



 ガリアットの腕に何かが噛み付いた。

 透明になることができる狼、ミラーウルフ。

 群れならBランクの危険な魔物である。

 ケイトの指揮に従って、ガリアットが広範囲炎撃によって虫を一掃しようとした瞬間に突撃させた。


 結界によって身を守っていたのだが、虫の攻撃の勢いが弱まった一瞬の隙を突いた妙技をさらに突いた絶技。

 一級の魔術師であったガリアットが行う魔術を影で構築する秘匿の技術、攻撃魔術と結界の切り替えは並ではない。

 一般の魔術師からすれば、何が行われたのか理解できないほどの技だ。

 完璧なタイミングを狙い澄まさなければ、不可能。

 戦い方の時点で、ケイトはガリアットよりも数枚上手だ。



 「クッ!」



 急いで結界を展開しなおし、牙を離す。

 比較的非力なミラーウルフの牙はすぐに押し返され、腕を噛みちぎるまでには到らなかった。

 だが、また膠着だ。

 ガリアットはこの奇襲のおかげで余計に動けず、どんどん不利になっていく。

 すべてはケイトの策略通り。


 虫によって、常にガリアットに結界を使わせる。

 魔術の常時使用によって、魔力と気力を消耗させるためだ。

 さらに、隙があれば叩き、本人を削っている。

 気が休まらない状況であり、ガリアットはジリジリと追い詰められていく。

 誰にでもできる戦法ではない。

 完璧な指揮と、予測の上で成り立つ神業だ。




 「おおぉぉお!!」




 埒が明かないと判断し、奥の手を切る。

 最も得手とする炎の魔術の中で最上位、彼が使用できる最高の魔術を準備。 

 さきほどのように結界の切り替えの隙を突かれようと関係なく、虫をまるごと滅ぼせるように。

 それほどまでの魔術を隠すことはできないが、何かすると思わせておくのだ。

 最上位の魔術の、さらに下に複数の中位魔術を構築する。

 結界を解いて中位を先に発動し、気を取られたところで本命を使うつもりで。


 勝負の時だ。

 次の瞬間、魔術を発動させることを覚悟する。

 手傷を負うことは当り前。

 勝つために最適の手段を取ろうと身構える。

 そして、



 (今!)



 結界を解き、中位魔術を発動し、



 「残念でした」


 「…………!」



 視界が()()()

 浮遊感がガリアットの体を支配し、思考が止まる。


 なぜ? どうして? どういう事だ?


 その答えは、彼の目の前にあった。




 (サンドワーム!)




 グロテスクな手足のない虫たち。

 一メートルほどの大きさの虫たちが蠢く様子は、背筋をゾワリとさせる。

 地中に潜み、獲物を地面に引きずり込む虫の魔物、サンドワーム。

 これは、なんてこともないEランクの雑魚だ。

 発動した中位魔術で次々と死んでいく。

 だが、マズイのはそこではない。



 「うおおっ!」

 


 急いで本命の魔術を止めた。

 サンドワームの落とし穴。

 そんな狭い場所で放てば、間違いなく暴発で死ぬ。

 直前まで、いや、もう発動の段階に入っていた魔術を途中で止めるという熟練の技術。

 咄嗟にできたガリアットは大したものだ。

 だが、



 「…………!」



 上を見上げれば、黒い雲が視界を埋め尽くしていた。

 結界を展開するまでに襲えなかったはずがない。 

 穴の入口で待機させていたのだろう。

 もう、勝負はついたから。



 「降参だ……」



 終わりだった。 

 終始、ケイトが圧倒していた。



 一回戦第十三試合、勝者、ケイト・カーラー



 ※※※※※※※※



 剣戟が火花を散らす。

 一手一手が本来ならば必殺の威力であり、打ち合えば敵の剣が真っ二つ。

 だが、いつまで経っても終わりは来ない。

 剣の金属音と風切り音、そして選手たちの雄叫びがいつまでも鳴っていた。


 

 「はああああ!」  


 「おおぉぉお!」



 女の銀髪が美しく映える。

 砂埃の中でさえ輝く彼女も、握る美しい剣も、観客の目をことごとく引きつけた。

 それに対する男も負けてはいない。

 黒髪の目立たない見た目ではあるが、剣は限りなく美しい。

 この剣こそが至上と言われても、十人に十人が納得する。

 それとは別に、帝が告げた言葉が男の注目をより高く引き上げた。 



 おおおおおぉぉぉおおおおお!!



 一日目の戦いで、最も盛り上がったかもしれない。

 客の歓声は地面を揺るがすのではないかと思えるほどだ。

 カードとして、最高の組み合わせだった。


 テンリによって勇者が参戦することは公表されていた。

 世界を脅かす使徒を二人倒した英雄で、伝説にも出る人類の希望とも言える存在。

 これに期待をしない方が無理な話だ。

 素晴らしい試合を望む声は祭りの前から多かったし、同じ選手ですら期待する。


 そして、それに対峙する者もまた同じ。

 主を定めず、世界を練り歩き魔物を倒す流浪の騎士団。

 人を助けるという行動なら、勇者一向よりもずっと行ってきた、人類の味方として最も有名な『銀の十字団』。

 その副団長、アリサ・サイツァン。

 『銀の十字団』最強の騎士。

 勇者にも劣らない期待をかけられた優勝候補の一人だ。



 「強い……!」


 「貴殿も、な!」



 一進一退の攻防だ。

 アリサの剣は美しい。

 純粋な手数の多さなら、『断裂』シンシアの『魔法』を除けば勇者が経験したことがないほど。

 剣の光が反射し、見惚れるような景色を作り出す。

 剣技において、世界でも有数の逸材だ。


 勇者はそれに食らいつく。

 剣だけでは勝てない。

 魔術を用いて、妨害、自身の補助をしながら戦っていた。

 一流には違いないが、超一流には一歩及ばず、けれども剣に魔術を合わせることで勝ろうとする。

 どの技術も玄人で、間違いがない戦い方だ。



 「…………!」



 アリサの足元が抜ける。

 勇者の土の魔術で足一つ分の地面を崩した。

 だが、すぐに立て直して剣を振るう。

 勇者も土の魔術で足場を作り出し、十分以上の状態で迎え撃った。

 


 「ああぁぁあ!」



 足場の差によって押し込まれるアリサ。

 鍔迫り合いの姿勢を無理矢理崩し、懐へ入った。

 だが、



 「クッ!」



 膝が顔面へ迫っていた。

 動きを読んだ勇者の最善手。

 

 それをさらに躱す。

 独楽のように回転させ、さらに下へ。

 そのまま地に付けば土の魔術に捕まるのだが、そうはいかない。

 剣を突き立て、その勢いのまま飛ぶ。

 一息もつけない早業だ。



 「…………!」



 だが、ただでは起き上がらせない。

 水の魔術による牽制。

 大岩すら貫く水の槍がいくつもアリサに向けられる。

 余裕で防げるが、鬱陶しい。

 さらに鬱陶しいことに、乱れた体勢のままに避けては隙が大きく、防ぐ以外の選択肢はなかった。



 「う!」


 「せい!」



 だが、水の槍を切り裂いたのはアリサの剣ではなかった。

 『聖剣』が美しく、豪快に水を割き、次いでアリサを斬ろうと走る。

 勇者は目くらましとして魔術を用いた。

 水の槍という壁で視界を塞ぎ、奇襲を仕掛けたのだ。

 

 対応が遅れる。

 驚き、焦り、だが対処も浮かぶ。



 「『隔剣』」


 「………………!」



 光る


 光が広がり、剣を弾いた。

 



 「うーん、厄介」


 「……強い。本当に強い」



 距離ができ、観察に戻る二人。

 戦いが始まってから、既に数度起こった出来事だ。


 『隔剣』という技。

 アリサの魔剣、リストによる剣の重量操作を絡めた技。

 魔剣リストは、リスト自体の重さを自由に変えられる能力を持つ魔剣だ。

 その力によって、リストの重さを極限まで軽くする。

 その状態でアリサの持ち味である剣速を引き上げ、斬撃の膜を作り上げるのだ。


 もちろん、攻撃にも使える技であるが、勇者がそれをさせない。

 剣が軽くなれば、速度が上がるが力は落ちる。

 手数で守りきれなくするという目的もあるが、落ちる力を補うという意図もあるのだ。

 だから、圧縮した水の壁を創り出す。

 石や鉄なら、リストの切れ味で斬られてしまう。

 だが、水なら高い圧力による嫌がらせは十分にできたのだ。

 そこからのカウンターはとても入りやすい。

 一度体験したアリサは、迂闊にはこの技を攻撃には使えない。


 けれども、守りなら関係ない。

 迫る剣を弾くための手数だ。

 水で妨害しても、守るためなら障害が足りない。

 攻めの時には手を広げて敵を斬る必要があるが、守りならば一度相手の剣に当たればそれでいいのだ。

 さらに斬撃を重ねて弾くのは簡単だし、弱まった攻撃を避けることはさらに簡単。

 だから、どうしても攻めきれない。

 あと一歩のところで一撃が届かなかった。



 (出されたら無理。剣でのとどめは封殺される。でも、魔術で仕留めようにも決定打に欠ける)


 (何という強さ……これが『勇者』か。早く勝負をかけないとジリ貧でこちらが負ける)



 勇者の魔力が尽きて、アリサの剣に対応できなくなる。

 アリサの体力が削れ、勇者の多彩に対応できなくなる。

 

 このまま続けば、どちらかの未来が訪れるだろう。

 戦う二人が一番よく分かっていた。

 何度も何度も力をぶつける内に、互いの力量は見抜いている。

 なかなかに苦しい展開だ。

 だから、



 「よし」



 勇者が、敵へ歩を進めた。



 (……! 何だ? まさか、何か攻略の手段を?)


 「勝つ」



 勇者は六歩目を踏んだ瞬間、走り出した。

 そのままの勢いで剣を合わせる。

 ギィィン、という嫌な音が鳴り、二人の力比べが始まった。



 「クッ……!」



 だが、押し込まれる勇者と、抗うアリサ。

 不意を突いた彼と、咄嗟の彼女とでは発揮できた力がまるで違った。

 そして、アリサはそこを理解できない愚者ではない。

 すぐに見切りをつけて後方へ飛ぶ。

 後ろから放たれた岩の弾丸を避けながら、だ。

 死角からの攻撃を上手く躱した。



 「…………!」



 さらに、アリサは見逃さない。

 勇者が行った、上へ向けての鉄の弾。

 そして理解する。

 落下点へ誘導し、『隔剣』を使わせたところで頭上からの一撃として使うつもりだろう、と。

 有効な手だ。

 防ぎきれない上から意識外の攻撃を喰らえば、間違いなく怯む。

 そこでできた隙を突くつもりだろう。

 だが、そうはさせない。



 (逆に利用する!)



 わざと騙されたふりをし、弾による攻撃が絶対に当たると錯覚させる。

 そこで完璧に躱し、弾を織り込んだ勇者の攻撃を突く。

 


 「おおぉぉお!」


 「はああああ!」



 どこに、いつ落ちるかは予測できた。

 知っていなければ確実に受けただろうが、アリサはあの瞬間に見れた事への幸運を噛み締めた。

 時間が経つごとに速くなる剣戟。

 少しずつ、気付き難く、だが確実に誘導されたのが分かった。

 


 (上手いな)



 勇者の巧みさに、内心で舌を巻く。

 動きも発想も満点に近い彼の強さを感じ取れたのだ。

 だが、そこでさらに自分が上回る、上回れるという確信。

 失敗など考えず、成功のイメージだけが埋め尽くして、



 (ここだ!)



 勇者の魔術を混じえた攻撃。

 それは、確実に『隔剣』でしか防げない。

 だから、



 「『隔剣』!」



 そして、弾が来る。

 勇者の動きが、次に備えたモノであると分かった。

 弾がアリサに直撃した時の動き。



 (来た!)



 剣を振り下ろし、弾を斬らずに勇者にぶつける。

 最速で行われた動き。

 カツン、という衝撃が腕に、




 (あ、れ ?)




 伝わら、ない?



 「騙されたね」



 完全に意表を突かれたことへの驚き、衝撃。

 罠を利用するつもりで組み立てた動きは大きな隙を晒したことを理解するのが遅れる。



 「…………!」


 「はああぁぁあ!」



 『聖剣』は鮮やかにアリサの体を切り裂いた。

 血すら刃に付かない、見事な一撃。

 芸術的なまでに手加減されたソレは、急所を見事にすり抜け、致命傷にはならなかった。



 「なん、で?」


 「アレなら、空中でとっくに塵になったよ。貴女を騙すための布石。それっぽくしたら利用して倒そうとすると思った。そうして不意を突けた方が俺に勝ちやすいから、選ぶと思った」



 歓声は鳴り止まない。

 死闘も死闘、大接戦だった。

 どちらも期待されていたからこそ、ここまで楽しむことができた。

 その感謝を伝えるように。



 「本当に、強かった」



 一回戦第三十ニ試合、勝者、勇者


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