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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
第四章、武神奉闘祭
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102、武闘のはじまり


 万近く集まった参加者たち。

 誰も彼もが腕自慢。

 彼らは武器の手入れや周囲の選手たちの確認を行っているが、見ればチラホラと他と違う奴が居た。

 ピリピリした空気の中で、余裕な者が居るのだ。


 あくびをしている、あからさまな者も居る。

 目に見えないだけで、精神的にゆとりがある者も。

 そういう彼らは、おおよそがAランクと呼ばれていた。

 

 世界中の人間の1%以内の実力者だ。

 通り名が広まり、他にはない特権を得て、他にはできない功績を重ねてきた。

 その自負こそが余裕だ。

 予選程度で負けるはずがない、という確固たる自信。

 天才、と呼ばれてきた彼らが長い修練の後に至ることができる領域に足を踏み入れていた。

 

 そんな彼らは目立つ。

 違う、と理解させられるから。

 凡人とは明らかに異なるために、注目されていた。


 

 そして、



 誰にも注目されない、当たり前のはずなのに、それとは違う奇妙な男が……

 


 ※※※※※※※※



 「あ、あの、ほ、本当に、大丈夫、なんでしょうか?」


 「大丈夫だよ。俺たちが予選で負けるわけないさ。皆別のブロックに別れたんだし、特別目立った奴も居なかった。そんなに緊張しなくても、」


 「ひ、人が、いっぱい居てて……あ、ダメです……人が多いとぉ」



 いつもはナーバス気味なアレーナを落ち着かせる係がここには居ない。

 祭りは武闘を見せるモノ。

 ヒーラーでしかないリベールの参加は流石に見送られた。

 他の二人にしても、今は試合中のために完全に二人きりだ。

 これから自分の部が始まるとあってか、アレーナはいつもより気が小さくなり、勇者はそれに付き合わされている。


 なるべく優しく接するつもりではあるが、それでも一向に直りそうもない。

 ほんの数分前までは青かった顔が、今は土気色をしていた。

 


 「アレーナに勝てる人は居ないって。強いんだからさ、ほら、自信持ってよ」


 「わ、分かっては、い、いるんですぅ。で、でも、やっぱり、み、見られるのってちょっと……」


 「じゃあほら、君の周りに居るのは人じゃないって思ってみたら? 周りに居るのはただの魔物とか」


 「ま、魔物!? ど、どこです! どこに居るんです!?」


 「ダメかもしれない」



 緊張で混乱している。

 完全に頭が悪くなっている彼女に呆れ、眉間に指を当てた。

 残念なことに、魔術の世界では最上位に位置するはずの彼女が使い物にならなくなっている。

 多少は緊張していた勇者ではあったが、自分よりも圧倒的に感情をあらわにしている彼女を見て、それは引っ込んだ。

 よくもそこまでの力を持って、こんなに怯えられるものだと感心すらした。




 「カッコ悪いところ見せたらリベールに笑われるよ?」


 「い、いや、り、リベールなら優しく、慰めて、くれると思う」


 「…………。『大賢者』様に笑われるよ?」


 「し、師匠、なら、だ、大爆笑、しますよ……」


 「…………」

 


 何をしてもから回る気がしてきた。

 


 「あ、あの? え、笑顔が、こわ、いんです、けど……」



 はっとして思考を戻す。

 何をすれば彼女を安心させられるのか。

 一応優勝候補であるアレーナが下手な試合を見せでもしたら、間違いない『剣王』テンリは激怒する。

 そうなれば、まあまず彼女を殺すだろう。

 彼は勇者一向に期待しているのだ。

 過去最高の盛り上がりを見せられるはずだと、態度でこそ示さないが、心から思っている。

 でなければ、挑発などしていない。

 そして、テンリは祭りに命をかけている。

 祭り、『武神』への挑戦こそが、彼の生きる意味であり、彼という人間の核なのだ。

 

 今のところ、アレーナはそれに気付いていない。

 というか、緊張でそれどころではない。

 今現状でそこを理解しているのは、勇者とケイトくらいだ。



 (下手なことを言えば余計にダメになるな。どうしよ?)



 人の機微は分かるが、それから気の利いたことを言える性格ではない。

 それはどちらかと言えば、



 「おーう、お前ら! なに辛気臭い顔してんだよ!」



 二人は一斉に振り向いた。

 彼らの聞き慣れた、仲間の声だ。


 そこには、灰髪の青年と、金髪の女性がいた。

 


 「エイル。終わったんだ」


 「は、はや、かった、ですね……」


 「まあな。骨のある奴が何人かいたが、本気出す必要はなかった。なあ、ケイト?」


 「右に同じ」



 サラリと言い切る二人。

 実際、強者は居たのだ。

 けれども、二人を倒し得るほどではなかった。

 エイルの力は言わずもがなで、『覚醒』を経た彼とAランクではまったく違う。

 ケイトにしてもAランクという枠組みではあるが、その枠組みを超えるような魔物を複数抱えている。

 そのワンランク下の魔物も数え切れず、ケイトと戦った者は、まさに軍を相手にしているのだ。

 しかも格下、同格、格上をふんだんに含んでいる。

 仮に他の九十九人が団結したとして、数も質も足りていない。

 負けるわけがなかった。



 「ほら立て。三十四番なら、そろそろ出番お前よりも弱い私が勝てるんだ。そんなに暗い顔をするものじゃない」


 「う、あ、はい……」



 アレーナの手を引くケイトの姿は、仕方ない妹の世話を焼く姉のようだった。

 案外楽だったという話を聞いてか、優しく触れられてか、少し落ち着いたようだ。

 土気色だったアレーナの顔色が青くらいにはなる。

 そして、完全に年下、というか、幼児にされる扱いと悟って青い顔が赤くなった。



 「わ、分かり、ました……。頑張り、ます……」



 アレーナはそのままフラフラと歩いていく。

 一日目には一組約百五十人によるバトルロイヤルを、三十ニ組行わなければならないのだ。

 次から次へと戦いは起こる。

 

 気の弱そうな雰囲気ではあるが、いざとなれば大丈夫だろう。

 彼女は適度に落ち着きを取り戻した。

 戦いになったなら、切り替えることができるはずだ。

 だから、三人はアレーナの心配をやめた。



 「ありがとう、ケイト。ちょっとダメかもって思ってた」


 「……別に、礼には及ばない。きっと、お前があのまま声をかけていてもあの娘はなんとかなったさ」



 ふい、とケイトは視線を外す。

 彼女以外からすれば、照れ隠しにしか思えなかった。

 


 「それより、お前は大丈夫なのか? 試合は明日だろう?」


 「どこかの誰かがじゃないんだ。多分大丈夫だよ」



 話を逸らす。

 やはり心配というよりは、他意を感じた。

 だが、変に突っつくことはせず、普通に返す。

 

 

 「何もなけりゃ勝つだろうな。何もなけりゃ」


 「何それ? 強い人が居るのは分かってるけど、どうこうなることはないって」


 「ビビればまだ可愛げがあるだろ? アイツはお前と違ってそこは良かった。ケイト! お前もそう思ったんじゃねぇの?」



 予選が終わって開放されたのか、エイルの口がいつもより軽い。

 暇だし、誰かからかってやろうと思ったのだろう。

 そういう事が通じ難い男を避けて、真面目そうなケイトにエイルは目を向けた。

 


 「どうでもいい」


 「んん? さっきあのアホにかまってただろ。ああいう、ポンコツの方がとっつきやすいんじゃねぇのか?」


 「別に、そういう訳ではない」


 

 エイルの言葉に淡々と答えるケイト。

 彼の絡みに特に苛ついている訳ではないが、楽しそうでもなかった。

 いつも通りの仏頂面。

 

 遠ざけよう、という思いが透けていた。

 ケイトと四人は、何とも言えない関係ではある。

 それも、彼女が人を避けるからだ。

 けれども、四人は距離を詰めようとする。

 リベールの役目である、と認識してきた他の三人でさえ、実行に移っていた。

 本当になんとも、彼女が愛おしいから。

 善人を好く勇者とリベールも、善人は救われるべきというエイルも、善人に憧れるアレーナも、皆が彼女を善人と分かっていたから。

 どうしようもなく、放っておけなかったから。

 それに、関わられることにケイトはまんざらでもないと思っていると知っていた。


 だから、不器用ながらにも、


 

 「そうそう、リベールが前にケイトの事を自分たちのお姉ちゃんみたいって言ってたよ」


 「………………」



 不器用にも、



 「コイツが俺の姉貴っていうのはねぇが、まあ確かにな。歳は一番上だし、さっきのアホに対してもそれっぽかった」


 「……………………」



 押し黙るしかない。



 「あ? どうした?」


 「いや、なんでもない」



 それだけ言うと、出口へ向けて歩き出した。

 他を見向きもせずに真っ直ぐと。

 少し様子がおかしくはあったが、呼び止めるには何も分からない。

 だから、勇者は動けない。

 ここで、エイルは動けはするが、別にそれをしようとも思わない。

 彼はあくまできっかけしか与えない。

 積極的に近づくことは、ほぼないと言える。

 だから、



 「ああ、先戻るならリベールによろしく」



 この程度しか言えなかった。

 まだまだ、彼女との溝は深い。

 埋められない。



 さらに一日かけて、六十四人に絞られた。




 ※※※※※※※※




 「まさか、キミがここに来るとはね」


 

 『武神』は小さく声をかけた。

 誰も居ない、空間に向かって。

 そこに誰かが居るとは思えない。

 


 「確かに、今浮いた駒はキミしかいない。でもキミを動かす意味もよく分からない」



 なおも響く、虚しい声。

 狂人の態度にしか見えないが、確かな核心が彼の方の中にはあったのだ。

 そこを疑うのは、どうにもはばかられた。



 「何とか言ったら? ナナ君?」


 【ナナではないと、何度言ったら分かる?】



 いきなり現れた、声。

 誰にも認識できない、誰にも記憶できない声。

 


 【俺の名前は、R776384だ。間違えるな】


 「いちいちそんなの覚えられるか。ていうか、質問に答えてほしいんだけど? 百六十年来の付き合いでしょ?」


 『百六十年の付き合いなら名前を覚えろ』



 そして、どちらの声の主も、驚くほど気配が希薄だ。

 気が付けば、目の前に居ても見失ってしまうほど。



 【俺の任務はターゲットを試すことだ。『超越者』にとって、心の在り方が重要だと、それを俺に教えたのはアンタだろう?】


 「ああ、なるほどね。確かに、キミの力なら()()ができるか」



 『武神』は、納得したのか振り返って反対側へ歩き出す。

 手をヒラヒラと振りながら、おちゃらけて。



 「キミの手腕に期待しているよ。でも、動けなくはしないでね? そうじゃないと、『剣王』がキミを殺すから」



 脅すわけではなかった。

 ただ、起こり得る未来を述べていた。



 「多分、そうなったらキミを守らないよ。頑張り給え、『虚ろなる世界』」


 【アンタの期待なんぞ、塵一つ分の価値もない】



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