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異世界五百年旅行記  作者: 青咲りん
常夏の国ダクシャ
2/3

異世界生活はサバイバルから。

 目が覚めると、細波の音が微かに届いた。


「知らない天井だ……」


 僅かにまぶたを突き抜ける薄明かりに目を瞬かせながら、ポツリと呟いてみる。

 布製の天井、吊られたランプ、微かな塩の香りに混じって、雨上がりの森の中の様な青臭い匂いが意識の覚醒を促してくる。


 私は、一体どうしてこんなところにいるのだろうか。

 ……いや、そういえばそうだったな。

 あの時、私は列車事故で死んだのだった。それからなんか白い男の子に出会って……ガラガラを回したところまでなら、何となく覚えているのだが。


「そういえば、景品がどうとか言ってたな……」


 起き上がり、とりあえず中を見回してみる。

 どうやらここは、少し大きめのテントの中の様だ。何でできているかわからないが、何やらツルツルとした布の天井は地面を底面として円錐形に展開されており、円錐の芯には黒い木製の支柱が立っている。

 ランプはその支柱に突き出たフックに引っ掛けられていた。ランプというよりはランタンか。金属製の筐体にガラス窓。その中には蝋燭の代わりに明るいオレンジ色の光を発する石のようなものが置いてあった。

 柱の根本には大きめの岩石が積まれており、おそらくこれが柱を固定しているのだろう。

 そしてそのすぐ側には、目立たないベージュ色大きなリュックと、同じくベージュ色のフーデッドケープ、その上に何やら鞘に収まっている剣、小剣、ナイフが、そしてわきには茶色いブーツと、パソコンとかタブレットが入っている私のビジネスバッグが置かれていた。

 テントの中にあるものは、それを含め私の寝ている布団くらいなものだった。


「……ん?」


 ふと、自分の布団を確認した時だった。

 枕元に、一枚の紙が落ちていることに気がついた。


「書き置きか?」


 そこには、次の様に書かれていた。



『拝啓、黒井くろい褸花ろうかくん。

 君は今、突然のことに戸惑っているかもしれないけれど、ここは君にとっての異世界だ。

 存分に楽しんでほしい。あ、ちなみに期間はとりあえず五百年くらいに設定したから、時間が経てば私がこっちから迎えをよこそう。

 あ、そうそう。

 君の暮らしを快適にするために、私の方から色々プレゼントしておいた。

 君は目が覚めれば見知らぬテントの中で寝ているだろうと思うけれど、そのテントの中にあるものはテントごと君のものだから好きに使ってほしい。

 では、存分に楽しんでくれたまえ!


 神より』



 ……は?

 …………いや、は?え、ちょっと待ってくれどういう事だ?神?アレが?マジで?


「……まぁ、あんなこと出来るのは、それくらいのしか思いつかねぇしなぁ。取り敢えず、そういうことにしておくか」


 貰えるものは貰っておこう。これからはそういうスタンスで生きていこうではないか。


 起き上がり、自分の体を確認する。

 今の服装は、事故った時に着ていた黒いロングコートとその下のスーツがそのままだった。


 ……ていうか、なんか服のサイズが大きくなってないか?

 私、結構身長は高い方だが、さすがにオーバーサイズのスーツを着るような趣味はないぞ?


 疑問に思い、そういえばさっきから自分の声もいつもより高くなっている事に気がつく。


「……」


 ぺたぺた、と自分の頬を触ってみる。

 いつもの触りなれた自分のカサカサしてやつれて、ハリの失われた肌ではなく、そこにはもちもちと弾力とハリのある美肌があった。


 それだけで、もうこの体が自分のものではないのでは?という予感が頭の中に生まれ始めて──。


 着ていたコートのポケットに手を突っ込み、スマホを引っ張り出した。

 指紋認証が問題なく作動し、流れに身を任せて暗証番号を入力。そのままホーム画面をスライドしてカメラを開き内カメに設定を変更した。


 すると、その画面の中央には、十代前半頃の、ぴっちぴちの若い黒髪黒目の少女が映っていた。


「……これ、中学の頃の私じゃねぇか」


 鋭い吊り目に大きな瞳と黒のロングヘアー。

 肌の手入れや髪の手入れに気を使って過ごしていた、超絶若い頃の私の顔。

 もう十年、いや二十年くらい昔の私である。


「……若返ったのか、私」


 若返りはすべての乙女の夢であるとはいうが、まさかこんな形で叶ってしまうとは夢にも思わず、しばらく呆然とする。


「……神様には、感謝しねぇとなぁ」


 電源を落とし、ポツリと呟く。

 ……まあ取り敢えず。

 こんなぶかぶかなスーツ着てても動きづらいし、そこに置いてある服に着替えよう。

 そしてあわよくば街か何か見つけたら、これを売って資金にでもしよう。

 革靴も、サイズが合わないし履いてても仕方ないし、そこのブーツにでも履き替えよう。


 そう考え、着ていたコートもスーツも脱いで、下着一丁になる。

 ワイシャツの下に着ていた、汗を吸い取って発熱するというヒートテックも脱いで売るか逡巡したが、しかしこの世界の冬がどんなものかも知れないと思うと、取り敢えず売らずに持っておいた方がいいかと判断する。


 ブラの方は流石にサイズが合わないので脱ぎ捨てた。


「早めに代わりのものを作らないといけないな」


 用意された、どうやらレザー製のベージュのフーデッドケープの下に用意されていたのは、麻を織ってレザーで補強したことが窺える簡素な作りのチュニックと、少しゆったりした感じのあるジーンズだった。

 チュニックは白色、ジーンズは黒色。

 チュニックの襟や袖口、裾にはスリットが入っていて、そのスリットを網掛けのように紐が編まれ、サイズを調整できるようになっている。

 まるで、高校生の頃によく読んだ異世界モノによく登場する普通の服だ。


 うん、悪くない。

 サイズもぴったりだし、生地がゴワゴワするということもない。


 腰にベルトを巻いて帯剣してみれば、剣のずっしりとした重さが腰にかかった。


「うおっ……これ、案外重いのな。

 ずっと佩いてるのは体力的にちょっとキツいかも」


 上からベージュのフーデッドケープを羽織り、取り敢えずテントから出る。

 剣を持つなんて初めての体験だからか、少し振り回してみたくなったのだ。


 テントから出ると、広い平地……だと思って辺りを見回せば、直ぐ近くに崖が見えた。

 興味を持って近づくと、その崖の下には砂浜が広がっており、海の波が寄せては引いていくのが見えた。


「さっきから波の音が聞こえてたと思えば、こんなところで私は寝ていたのか」


 意識すれば、淡い潮風の匂いが鼻腔をくすぐった。

 綺麗な空気と匂いが、パワハラやセクハラで荒んだ心を穏やかにしていく。

 浄化されているみたいだ。


 テントの周囲に広がる足の低い草の広がる草原。

 きっと神とやらが私のために整地してくれていたのだろう。

 今日からしばらくは、ここを拠点にしてもいいかも知れない。


 崖縁からテントのある内陸方向へと踵を返す。

 少し暑く湿った空気のせいか、ケープを羽織っていると少し蒸し暑い。

 しかしここは異世界、知らない虫なんかに刺されて病気にでもなったりしたら嫌なので、ケープは脱がずにそのままにする。


 コートの内側から剣の柄を握った。

 黒い革が巻かれた、よく手に馴染む感じのするいい剣だ。

 鞘に左手を添え、十字鐔を親指で押しながら鯉口を切る。

 指を切らないように慎重に抜刀すると、どうやらその剣は鐔から拳二個分ほどまでの間に刃がついていない作りになっているようだった。


「たしか、大学生の頃ネットでなんか見たな。リカッソっていうんだっけ」


 片手で持つには少し重いそれをブンと斜に切って、切っ先を地面に突き刺す。

 刃の長さはリカッソを含めると、切っ先まで大体今の自分の腕とほぼ同じくらいの長さがあった。

 重さは体感で約三キロほど。

 片手で振り回すには、自分の筋力じゃ全く足りないので、今度は両手に持って振り回すことにしてみる。


「うーん、柄の長さが微妙だなぁ。両手で握ってギリギリくらいの長さしかない」


 中学の頃に授業でやった剣道の竹刀とは全然違う。

 取り敢えず両手で持って、大上段から振り下ろしてみることにした。


「っせい!」


 ヒュン、なんて風切音は聞こえない。

 代わりに地面の土を少し抉る、鈍い音が鼓膜に響いた。


「……これ、使い慣れるのにどれだけ時間がかかるんだ?」


 製作部で鍛えた筋力や体力にはまだ自信がある。

 しかし魔物なんかと戦う羽目になれば、きっと今の剣術では碌に生き延びることなんてできないだろう。


 尤も、前世の体力や筋力が今に受け継がれているのかは、疑問の残るところではあるが。


「……修行、するか」


 しかし、なんだかんだ言ってもやはり剣を振るうのは新鮮で、とても楽しかった。

 それから私は、剣を振るうことを日課にすることに決めたのだった。


「さて、取り敢えずこれは良しとして、問題は食料調達だな。アテならそこの森で適当に果物とか採ったり、そこの海で魚釣ったりできそうだが……」


 やはり、生物なまものは避けたい。

 食中毒になれば、その瞬間私の異世界生活はゲームオーバーだ。


「なんか鞄に都合のいいアイテムないかな。ライターとか、なんかそういうの」


 剣を慎重に鞘に戻して、テントに戻り鞄を調べる。

 ベージュのリュックを開けると、そこに入っていたのは五冊のノートと小さなポーチ、それからまた手紙が入っていた。


「また手紙か」


 拾い上げ、中身を読んでみる。


『ご機嫌いかがかな、褸花くん。

 このポーチは、いわゆるアイテムボックスとかそういうやつでね。重量や容量の制限を無視してどんなものでもいくらでも入るから、うまく活用して欲しい。

 あ、そうそう。

 君が前世で稼いだお金は今いる国の貨幣に換金して突っ込んであるから、お金に関しては心配しないでくれたまえ。

 うーん、私ってすっごい親切だと思わない?


 神より』


「いちいち神主張してくるの鬱陶しいな、こいつ。

 いやありがたいんだけど」


 ポーチをリュックから引っ張り上げて、中を覗く。

 そこは、全く先の見えない暗闇に閉ざされていて、中身を視認することができなかった。


「あー、これ中に手を入れないと何入ってるかわかんねぇタイプのやつか」


 こんなよくわからんところに手を突っ込みたくはないが、しかしやんなるかな。

 そうしないと先に進めそうにないので、意を決して突っ込む事にした。


「ちっ、ままよ!」


 ドプン、と、何か粘性の強い液体に手を突っ込んだような感触がした。かと思えば、頭の中にポーチの中に何が入っているのかが浮かび上がってきた。


 どうやら、入っているのはお金と水筒、あと筆記用具とロープ、救急セット……それからジッポーが三つ。


「あった」


 ライターなんて使ったことないけど、まあなんとかなるだろ。


 取り敢えず火をつけるための道具は見つかったので、早速燃料にする薪を探しにいく。

 ついでに海以外の水源も見つけられたらマークしておこう。


 褸花は重い剣を外し、代わりに小剣を腰のベルトに刺して動き回りやすくすると、ポーチを肩から引っ掛けてナイフを突っ込み、テントを後にしたのだった。

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