20 情報屋さんと乱戦
ある程度離れて、音が聞こえなくなった頃合いで一旦立ち止まり振り返る。もうモンスターは影も形も見当たらなかった。なんとか振り切ったようだな。
マップで一旦場所を確認する。今いる場所は……街道と街のちょうど中間あたりか。ちょうどいいな。辺りを確認して連絡を取ろうとしたその時だった。
「!」
街の方から何人か、こちらに走ってくるのが見えた。俺は慌てて茂みに飛び込んだ。こっそり顔を出して、様子を窺う。軽装のプレイヤーが数人、街道へと向かって走っていく。
「あれは……盗賊系統の職業だな、多分」
俺ほどではないにしろ、かなりのスピードで移動していた。しかもあの身軽な感じから見て、間違いないだろう。このタイミングで、街道に向かっていくってことは……。
「偶然とは考え辛いな。おそらく偵察の為に各パーティから出されたってとこか」
と、なると俺もうかうかしてられない。彼らが集団を見つけて報告してしまえば、俺の見つけた情報は無価値になってしまう。そうなる前に報告しなければ!
周囲の安全を確認してから、連絡を入れる。この場合、連絡すべきは……総隊長のクロスだろうか。
「もしもし、クロスか……?」
『よう、カラス。どうした? 知ってるか、今クエストの真っ最中で……』
「その件について情報がある……」
『!!』
説明しようとしたクロスの話をぶったぎって報告する。一瞬息を呑むような声が聞こえたが、すぐにクロスはまた話し始めた。
『さすが、仕事が早いな。で、どうしたって?』
「モンスターの大群は、軽く二百匹を超える数だ……」
『そりゃまた多いな……』
「しかも……」
『ん?』
「集団は石像を運んで来ている。それも二体だ……」
『それってまさか……』
「ああ、間違いない。ボスを二体だな……」
『おいおい、まずいぞそれ。俺達はケットシーしか倒してないし、西方山のボスは知らないんだぞ……』
「その辺は、トライアッドと打ち合わせればいいだろう……」
実際俺は関係者なのだが、それは伏せておく。赤の他人の振りだ。
『わかった……。情報ありがとな』
「うむ……」
『で、いくらだ?』
「ん?」
『とぼけるなよ、情報料の話だ。今回はいくらだ?』
「…………」
正直、今回は情報料を取るつもりはなかった。いや、取れる気がしなかったと言うべきか。さっきも偵察部隊が向かっていたし、俺が動かなくてもいずれはクロスに伝わっただろう。ただそれが速いか遅いかの違いだけで。
だからタダ働きも覚悟の上だった。にも関わらず俺が動いたのは、貢献度の為だった。積極的に戦闘するつもりがない以上、俺に貢献できるのは偵察がメインだと思っていた。何より情報屋を名乗っている訳だし。
クロスが払ってくれるつもりなのは、ありがたいと言えばありがたい。俺が情報屋を名乗っているからこそ、払うという発想が出てきたんだろう。
「どうするかな……?」
まぁ、もらえることに越したことはないんだが、この情報はあんまり高値で売る訳にもいかないだろう。
「今回は格安にしておいてやろう……」
『ん? いいのか?』
「ああ、特別にな……」
『そうか、助かるぜ!』
まぁ手に入れば儲けものぐらいの認識だし、クロスが支払いを反古にしたとしても俺にはノーリスクだな。
『ああ、あともう一つ』
「?」
『【妖精の香木】を持ってるよな?』
「ああ……使いたいということか……?」
『そうだ。俺達も一本は持ってるけど、ボスは二体来る可能性が高いんだろ? なら念のため、二本用意しておきたいんだ』「一体ずつ使う為か……?」
『ああ。戦場がどうなるかわからないし、もう一本用意しておけばよかった、なんて状況になったら困るしな』
確かに一理ある。一本を使い回せば済むかもしれないが、そもそも受け渡しのタイミングが来るとは限らない。誰が持っておくかも重要になってくるだろう。それに……。
「クロス、さっきの情報だが……」
『なんだ? ちゃんと後で払うぞ?』
「俺の知りたい情報と交換でどうだ……?」
『! それでいいなら、いいんだが……俺が情報持ってるとは限らないぞ?』
「いや確実に持ってるはずだ……」
『えっ?』
「ケットシーのドロップアイテムはなんだった……?」
『ああ、それなら【犬避けの鈴】ってやつだったぜ。実際に試してはないけど』
やはり、そういうことか。これで疑問が確信に変わった。
「クロス、今そこを抜けられるか……? どこかで、落ち合って話したい……」
◆◆◆
俺は街の中、北門から少し離れたところにやって来ていた。現在プレイヤー達は戦闘準備や作戦を立てる話し合いに忙しく、街中にはほとんどいない。密談するにはうってつけと言える。
「おい、カラス。こんなところに呼び出して何の用だ」
「いやー久しぶりだな。元気だったか?」
「えっと、なんで僕が呼ばれたの……?」
そんな路地裏に四人の人間が集まっていた。クロス、アーサー、サクヤ、そして俺の四人だ。それぞれ思い思いに喋っている。
あと俺の素を知ってるからか、サクヤは若干ニヤニヤしてるような気がするな。
「まぁ落ち着け……」
「いや、落ち着いてる場合じゃないぞ。集団の到着までもう時間がないんだからな」
多分残り時間十分くらいだと思う。確かに時間がないので手早く話を進めよう。
「俺が確認した情報を共有してもらいたい……クエスト攻略に役立つはずだ……」
「それが本当ならありがたいけど……」
「どうした……?」
「今はあんまり金がないんだよな……この前払ったばかりだし」
「俺達も装備買ったから手持ちが……」
「僕もー。余裕はないかな」
三人ともそれぞれに余裕がないという話だった。大丈夫、それも想定内だ。
「そういうことなら……三人で買わないか……?」
「「「三人で?」」」
「ああ、代金も三等分しよう……それなら払えるんじゃないか……?」
「それなら……」
「まぁ……」
「俺は払えるぜ!」
クロスとサクヤは納得してるようだった。そしてアーサーはためらいなく頷いたな。
「じゃあ交渉成立ということだな……」
俺は説明を始めた。猫避けの鈴による効果、犬避けの鈴も同じような効果があるだろうこと、あと妖精の香木についても説明した。それぞれ既に知ってる情報もあるだろう。だがここは共有させた点、そして鈴の実際の効果は誰も知らない点を考えて、情報料を取らせていただく。
「なるほどなるほど、それらを作戦に組み込めばなんとかいけそうだな!」
「いや、でも鈴があれば大多数のモンスターは止められるだろうけど、香木はどうするの?」
「そうだ! 今からクエスト受けてる暇なんて無いぞ?」
確かにその通りだ。鈴についてはボスを倒した際にパーティメンバー全員に一個ずつ手に入ったが、香木については二つしかない。俺とクロスがそれぞれ持つ分だけだ。
ボス対策が不十分だが……今それを言っても仕方ないな。
「なら俺の香木を貸してやろう……」
「いいのか?」
「ああ……」
「持ち逃げするとか考えないのか?」
「このメンバーは信頼できると判断した……」
まぁ嘘ではない。細かく言うと、クロスはわからないがアーサーは単純だし、サクヤは現実で友達だから安心というのもある。クロスは香木持ってるから、いらないだろうし。
「預けておくから無くすなよ……」
「ありがとな!」
話し合いの結果、アーサーに預けることになった。代金もきっかり受け取ったし、これで俺の役目は終わりだな。そう思って立ち去ろうとした時だった。
「よし、後は任せたぞ……」
「いや、ちょっと待て」
「まだ何か……?」
「お前は戦わないのか?」
「えっ? 俺は情報屋だからな。戦うのは専門外だ……」
正直大勢の中に参加して戦うとか、嫌すぎる。この後はのんびり隠れながら観戦させてもらうつもりだ。というか、支援系や生産系の技能なんか持ってないし、貢献度が稼げる方法はもう思い付かない。
「おいおい、せっかくだからカラスも参加しようぜ!」
「断る……」
「そうだな。戦力は少しでも多い方がいいな」
「いや、だから……」
「決まりだな!」
「話を聞け……!」
まずい、押しが強すぎる。このまま勝手に話を進めて強制参加させる気だ。だが、そうはいかない。そんな話など、こっちから打ち切って帰ってしまえば済む話だ。
「待てカラス」
「またか、なんだ……?」
「もしこのまま帰ったら、この先の取引を考えさせてもらう!」
「な、な、なんだと……?」
クロスの宣言に動揺を隠せない。取引打ち切るつもりか、こいつ。くっ、取引を盾にしてくるとは小癪な……だが俺もやられっぱなしじゃない。
「そんなことしていいのか? 俺の情報は役に立たないと……?」
「確かに役に立つ。だが絶対必要な訳じゃない」
「俺が他のプレイヤーに売り続けたら、トッププレイヤーの座は抜かれるかもしれないぞ……」
「俺達は情報が無くてもなんとかなるが、お前は客がいなくなったら情報屋は廃業じゃないか?」
「むむむ……」
「ぐぬぬ……」
話し合いは平行線を辿っている。本当は互いにわかっているはず。向こうは情報源である俺を切りたくないし、俺も得意先になりそうなクロス達と取引が途切れるのは困る。だがどっちも譲らない以上、どこかで妥協点を探すしかない。……仕方ないな。
「わかった……参加しよう……」
「おお!」
「ただし! あくまで目立たない範囲で、だ……」
「まぁ、その辺が妥協点か……」
どうやら納得してくれたらしい。俺としても結構苦渋の決断に近いしな。アーサーとサクヤは、やり取りをハラハラしながら見守っていた。
◆◆◆
「見えて来たぞー! 戦闘準備!」
で、俺はというと、結局参加させられることになってしまった。ただ、好きにしていいという遊撃部隊のような役割を任されたというか勝ち取った。あれは危なかった。思わず殴り合いに発展する可能性も無くはなかったからな……。
まぁそれはともかくとして、現在俺は集団から一歩離れた位置で静かに佇んでいた。
「さて、どこで入っていくかな」
戦闘に入っていくタイミングが、いまいちつかめないのだが……。
「「「「『鼓舞の行進曲』!!」」」」
「「「「『エンチャントパワー』!!」」」」
ぼんやり考えていたら、響き渡る揃った声。振り返ると、後方部隊と思われる人達が整列していた。おそらく楽士と、僧侶系の職業だろう。戦闘前に補助魔法をかけたってところか。
赤だったり青だったりの光が飛び交い、前線にいるプレイヤーへと飛んでいく。俺もちゃっかり光に触れて恩恵をもらっていた。
互いの集団はだいぶ近づき合い、互いに視認できる距離まで来ていた。プレイヤーの集団から一本の矢が飛び出し、向かって飛んでいく。それに呼応するように、モンスター側からは火の玉が飛び出した。
二つは空中で衝突し、弾けるように消滅した。それを皮切りに、無数の矢と魔法が飛び交う。プレイヤー側はタンク役が次々盾を構えて前に陣取り、そこに凶暴な犬系モンスターが突撃し食らい付く。普段は穏やかな平原は、あっという間に乱戦模様の戦場に変わっていた。
「突撃ー!」
「「「「うおおおおお!!」」」」
大きな声で叫ぶアーサー。指揮官のはずなのに、剣を振り上げ先陣を切って前に飛び出していく。血気盛んなプレイヤーはそこに続いていく。
「援護射撃ー! FF気にせずじゃんじゃん撃っちゃって!」
魔法部隊の方はサクヤが撃ちまくるように指示を出していた。物騒極まりないな。
混線模様になってくると、モンスターとプレイヤーが入り交じって何が何やらわからなくなってくる。特に実際に戦場にいる者からすると、なおさらだ。つまりどうしても見落としというか、防衛線を抜けて後方部隊に迫ろうとするモンスターが数匹は出てくる。
「きゃあ!?」
言ってるそばから一匹のボムハウンドが前線をすり抜けて、前にいた僧侶の一人に迫る。突然のことで体が硬直している。周りのプレイヤーも少し離れた位置におり、間に合わない。このままではダメージを受けること必至だ。
「『雷落とし』……!」
まぁ、俺が見張ってなければの話だが。魔法で怯んだところを、逆手に持った刀で首を切り落とす。すぐにボムハウンドは消滅していった。
「あ、ありが……あれ?」
目をつぶっていた僧侶は俺に礼を言おうとしたが、その時には俺は姿を消していた。誰かの印象に残るような行動はできるだけ避けたい。
結局悩んだ末に、俺は抜けてきたモンスターをチマチマ仕留める役割に落ち着いていた。全く不要な役割でもなく、大して印象に残りづらい。完璧な立ち位置だ。
◆◆◆
「だいぶ片付いてきたはずだが……きりないな」
戦闘が始まってからおよそ三十分。かなりの数のモンスターを始末していた。前線はそこまで苦戦することもなく、しかし敵の数が多過ぎて押し戻すこともできない膠着状態に陥っていた。幸いにこちらの死者を驚くほど少ない。プレイヤー達の技量の問題だろうか。死んだプレイヤーも、教会からダッシュで戻ってきていた。
「石像来るぞー!」
掛け声の方に振り返ると、ケットシーとクーシーの石像が二体揃って前線まで運ばれてくるところだった。ようやくボスのお出ましか。
だがモンスター達は具体的にどうするつもりだろうか。あれは砕かないと意味がないんだが。
だが次の瞬間、予想外の事態が発生する。モンスター達はタイミングを合わせて、二体の石像をこちらに向かってぶん投げた。太陽が隠れ、大きな影が差す。様子を窺っていたプレイヤー達は潰されないように慌てて退避していた。流石に受け止めるのは不可能だしな。
回避して誰もいなくなった地点に二体の石像が墜落し、ガラスが割れるようなガシャンという音と共に一気に砕け散った。そして中から、白い猫と黒い犬が現れる。
「ウウウ……ウォォォォォォォン!!!」
「ニャ~ア~……」
ケットシーとクーシー。対照的な二つの鳴き声。だが大きさからくる威圧感は、どちらも変わらない。次に二匹が取った行動も対照的だった。ケットシーはガードキャットを大量召喚し、クーシーは炎を撒き散らす。
「ボスだ! 予定通り二つに分かれろー!」
総指揮官のクロスの号令と共に、戦闘職のプレイヤー達は二手に別れる。ケットシーを対応するプレイヤーとクーシーを対応するプレイヤーの二手に。それぞれに別れて攻撃を開始した。
「これはなかなか壮観だな……」
俺は後方部隊の更に後ろから、その光景を眺めていた。みんなボスの対応で余裕無いので、一人紛れ込んでいる俺には気付きもしない。
そうこうしている内に対応が始まる。まずはサクヤが指揮を取る、ケットシーの対応からだ。ガードキャットを防ぎながら、着実に倒していく。ガードキャットが全滅したところで、再召喚が始まる。そこに隙を見て遠距離系の攻撃でケットシー自身を削っていく。攻略法を念頭に入れた、確実かつわかりやすい戦い方だ。
一方クーシーの方はというと、完全なゴリ押しだ。アーサーが指揮を取っているものの、周辺のフレイムハウンドは防ぐにとどまり、倒すことはしていない。徹底的にクーシーへと火力を集中している。回復が入るものの、まるで気にしていない。回復よりもダメージの方が早ければ勝てるという力に頼ったやり方だ。
どちらも犬避けの鈴と猫避けの鈴を使って下級モンスターを蹴散らしている。ただ、ケットシーとクーシーが召喚したモンスターにはあんまり効果がないようだが……。
「倒し方にも性格でるなぁ」
この分なら俺の出る幕は無さそうだな、俺は完全に観戦モードに入っていた。刀も鞘に納めている。
だが、戦況はそこまで甘くなかった。HPが半分を切り、攻撃パターンが変わった二体のボスにわずかながら押されているようだった。
「おいおい、何をやってるんだ。あれだけの人数がいるなら楽勝のはずだろ?」
しかも妖精の香木も使ってないようだし。作戦はどうしたんだ。まだまだ後方まで来ることはないだろうが、このままいけば戦況はまずいことになる。仕方ない。ちょっと確かめるか。
俺はプレイヤーに紛れながらさりげなく移動して、クロスの元までたどり着いていた。
「おい、クロス……!」
「カラスか、どうした!?」
「どうしたもこうしたもない……。押されてるじゃないか、何やってるんだ……!?」
「仕方ないだろ!? みんな貢献度を稼ぐ為に、前に前に出ようとしていて、連携が崩れ始めてるんだ!」
なるほど、今回集まったメンバーはみんな仲間というわけではなく、あくまでも臨時で集まった烏合の衆だ。パーティごとならまだしも、練習も無しにいきなり他のパーティと完璧な連携なんて取れる訳がない。作戦通り動けばある程度はどうにかなるだろうが、賞品目当てとなると欲が出てしまい連携が崩れ始めているのか。
「妖精の香木はどうした……?」
「アーサーとサクヤに任せてるよ! ただ、二人ともなかなかタイミングが取れてないんだ!」
確かに二人とも速度に優れた職ではないから、近づくのは難しいだろう。だがそれなら他の者に任せればいいものを……仕方ない。
「カラス、どこへ行くんだ!?」
「アーサーとサクヤに現状を確認してくる……! このままじゃ埒が明かない……」
まずはサクヤから話を聞くとしよう。そう思って俺は加速してサクヤに近づく。
「サクヤ」
「あ、カラス!?」
「何やってるんだ、香木を何で使わない?」
「だって、ケットシーが身長高すぎて、顔まで届く人がいないんだよ!?」
「【跳躍】持ちなら居るはずだろ?」
「いるけど、ケットシーが身長高いから届かないの! 一瞬嗅がせた位じゃ効果がないんだよ!」
それを聞いて思い出す。そういえば俺が使った時は、【空歩】を使って王冠まで登ったな……。あそこまでしないとやっぱり無理なのか?
「でもケットシーはHPが半分になったら、自身でも攻撃してくるだろ? そのタイミングを狙えば届くんじゃないか?」
「理屈はそうだけど……一撃が強いから、みんな近づくのに慎重になっちゃうんだよ……」
「それで未だにタイミングが合わないのか……」
ちょっとこれは予想外だった。確かに香木を嗅がせれば弱体化できるとは伝えたが、嗅がせる手段についてはあんまり深く考えていなかった気がする。
「カラス、なんとかならない……?」
「俺にどうしろって言うんだよ?」
「妖精の香木を嗅がせてきて!」
「はぁ!? なんで俺が!?」
「カラスなら頭上まで届くんでしょ?」
確かに俺が検証したわけだから、そう思うのも無理ないが。
「いや、だから俺は目立ちたくないんだよ」
「でも、それで負けたら結局意味ないよ?」
「それはそうだが……」
サクヤの言うことも一理ある。さっと行ってさっと帰ればいけるか……?
「……わかった。今回だけな」
「おお!」
「ただし、戦闘はしないぞ。あくまで香木を嗅がせるところまでだ」
「うん! それだけで十分だよ!」
サクヤが預かっていた香木を懐にしまい、俺はケットシーを見据えた。自身でも猫パンチを繰り出し暴れまわっている。動きが不規則で読みづらいが……俺ならいけるな。
「『潜伏』……からの『縮地』!」
俺は姿を消して、一気に駆け出した。ケットシーの背中側に回り込む。意外とあっさりと後ろにたどり着いた。
「そして『ハイジャンプ』、『空歩』!」
背中側から駆け上がるように飛び上がる。空歩のおかげで俺としては簡単にケットシーの王冠までたどり着けそうだ。後は時間との勝負!
「『忍法・隠れ身の術』!」
潜伏で半透明になっていた全身が、完全に透明となり見えなくなる。といっても俺自身は見えているが。これは十秒しかないから急がないと。
王冠の上に着地した俺は、すぐに身を乗り出すそして懐から妖精の香木を取り出すと、ケットシーの鼻先に近づけた。そのまま数秒。
「うおっ!? 危なっ……」
効果覿面だった。みるみる内にケットシーの挙動はおかしくなり、酔ってるようになる。そして俺はしっかり確認する間もなく、ケットシーの背中側に飛び降りた。空中で透明になっていた体が元に戻っていく。危ない危ない、時間ギリギリだな。
そして縮地を使って、急いでサクヤの元まで戻る。
「これでいいか?」
「ありがとー! これで逆転できそうだよ!」
「それは良かった。……それより」
「うん、カラスの姿ははっきり見えなかった。チラチラ黒いのが見えてたけど、それだけじゃカラスだと特定はできないと思う」
「良かった……本当によかった……」
思わず安堵のため息をついてしまった。危険なスレスレのミッションだったが、なんとか成功だな。これでダメだったらどうしようかと。
「これは貸しにしとくからな。あとよろしく」
「うん! このまま押し切ってみせるから、任せといて!」
「現金だなー……」
こっちは任せて問題無さそうだ。後はアーサーとクーシーの方だな。




