18 情報屋さんと素材収集
試しに1日2話更新します!
「ひーちゃん、ちょっといい~?」
サバイバーズとの交渉を終えた翌日。今日はどんな風に暗躍しようかと、ワクワクしながら家に帰って来た時のことだった。よーちゃんに突然話しかけられた。
「どうしたの、よーちゃん?」
「あのね~、実はひーちゃんにお願いがあるの~」
「へぇ、珍しいね?」
よーちゃんはのんびり屋な性格ではあるが、割りとしっかり者で自分のことは自分できっちりこなす。だから俺を助けてくれることはあっても、お願いしてくることはあんまりないのだが……何事だろう?
「実は『ビリオン』なんだけど~」
「ほう?」
「欲しいアイテムがあるの~」
「それを手に入れるのを手伝って欲しいってこと?」
「そうなの~」
よーちゃんがゲームとはいえ、俺に頼ってくれるなんて……! つい感動してしまった。ここは全力で力にならなければなるまい!
「あともう一つ、友達も連れてきていい~?」
「それってビリオンを教えてくれてる友達?」
「そうなの~」
「うーん……まぁ多分大丈夫でしょ。いいよ」
「ありがと~」
よーちゃんの友達ならおそらく俺の先輩になるな。礼儀正しくしなければ。俺は待ち合わせの約束をすると、急いでログインすべく自室へと戻った。
◆◆◆
「多分この辺でいいと思うんだが……」
俺は現在、斡旋所前をうろうろしていた。待ち合わせ場所は一番目立つここにしたから、間違っていないはずだが……まだかな。
「あの~、ひーちゃん?」
「ん?」
後ろから声をかけられた。振り向いた先に居たのは、女性だった。黒い髪を短めのツインテールにして、ニコニコと笑みを浮かべている。そして服装は上から下まで全身真っ白な服だった。
「もしかして、よーちゃん?」
「そうだよ~、ひーちゃ~ん!」
「うわっ!?」
ゆっくりとした動きながら、急に抱きつかれた。この動きと言うか、触れている感覚は間違いない。うちのお姉ちゃんだ。
「よーちゃん、外では抱きつかない約束でしょ?」
「ごめんね~つい嬉しくて~」
ほんわかした雰囲気に乗せられて、つい許してしまう。存在自体が癒しになるような人だ。
「あと、俺のことは……ちょっと説明がややこしいんだけど……」
俺は正体を隠して活動していることについて説明した。よーちゃんは特に文句を言うでもなく、穏やかに微笑みながら最後まで聞いてくれた。
「わかった~呼び方に気をつければいいんだね~」
「うん、頼むよ。よーちゃんのプレイヤー名は?」
「私はヨルにしたよ~」
「なるほど、じゃあヨル姉って呼ぶかな」
「よろしくね~ヤドカリちゃん」
まぁのんびり屋だけど、 大事なところで間違える人じゃないからな。心配しなくても大丈夫だろう。しかし俺が気になったのは……。
「ところでヨル姉、その服装もしかして……」
「うん、私は料理人にしたの~」
「やっぱりそれ、コックコートか……」
確かに普段両親が仕事でいない時は、家の食事はヨル姉が作っている。だからまぁ、おかしくはないんだが。
「ゲームの中でまで料理しなくても……」
「でも私、お料理大好きだから~」
「まぁ、本人がいいならいいの……かな?」
ゲームの遊び方は千差万別だしな。
「あれ、そういえば友達を連れてくるはずじゃ……」
「いたいた、ヨル! 待たせたわね!」
またしても背後から声がした。それを受けて振り返る。が、そこには誰もいなかった。
「あれ? 今声がしたような……?」
軽く左右を見るが誰もいない。いや、通りの端にいるんだから通り過ぎる人は何人もいるのだが、声をかけてきたとは思えない。
「ちょっと! どこを見てるの!? こっちよ、こっち!」
まさか……恐る恐る下を向くと、そこにはかなり背の低い少女が立っていた。腰に手を当てて仁王立ちしている。髪を長めのツインテールにして、シャツにスカートの上からエプロンをしている。
「迷子かな?」
俺は思ったことをついポロッと口に出してしまった。一瞬の沈黙。次の瞬間、少女は両拳を上げて怒り出した。
「だだだ、誰が迷子ですって……!? あたしは十八歳よ!」
「えっ、こんなに小さいのに!?」
「小さいって言うなぁ!!」
俺の不用意な発言が原因とはいえ、めちゃめちゃ怒っていた。しまったなぁ……謝ったら許してくれるだろうか。
「まぁまぁ、ナゴミちゃん落ち着いて~」
「ヨル……! だってこいつが失礼なんだもん……!」
俺の後ろからヨル姉が声をかけると、少女は飛び付くようにしてヨル姉に抱きついた。身長差から、ヨル姉のお腹に顔を埋めるような形になっている。そんな少女をヨル姉はよしよし、と撫でている。
「ヤドカリちゃん~ダメでしょ~?」
「ヨル姉、もしかしてその人……」
「うん、私のクラスメイトなの~」
マジか。どう見ても子供というか小学生くらいにしか見えない。『ビリオン』では本人と体格が違いすぎるアバターは作れないから、現実世界でも似たような身長のはず。
「ぐすっ……そうよ! 高校三年生なんだからね!」
「はぁ……すみません」
「で、ヨル。この失礼な男は?」
「私の弟なの~」
のんびりした感じで互いに紹介された。泣いてるところを見ると、ますます幼く見える。現実でも会うかもしれないということで、一応本名も教えておくことになった。ただし、プレイヤー名は念のために偽名を使う。
「えっと、黒崎飛躍、高校一年です。プレイヤー名は……ヤドカリで、盗賊です」
「何よ、今の間は? ……まぁいいわ。あたしは白畑名残、高三よ! プレイヤー名はナゴミ、裁縫師だから!」
どうやらこの小さい先輩が、ヨル姉にゲームを教えてくれたクラスメイトの先輩らしい。
「今あんた、失礼なことを考えたでしょう! 小さいとか!」
しかも勘が鋭い。多分今までの人生の、経験則によるものなんだろうな……。そう思うと若干不憫だな。
「で、ヨル。こいつに働いてもらうつもりなの?」
「そうなの~。ヤドカリちゃんに手伝って貰おうと思って~」
「……」
なんでだろう、二人とも言ってる内容は大して変わらないはずなのに、ニュアンスがかなり違う気がする。
「えっと、その前に質問いいですか?」
「何よ?」
「二人は本当に友達なんですか?」
「もちろん友達よ! ねっ、ヨル!」
「うんうん、そうね~」
この二人、性格も全然違うようにしか見えないんだが、本当に気が合うのか……?
「ヨル姉……本当に本当?」
「もちろんよ~」
「なんでヨルに確認とってんのよ!? 本当だって言ってるでしょー!」
キャンキャンと騒がしい。例えるなら、ヨル姉は大人しい大型犬だが、この人は走り回る小型犬のようだ。
「はぁ……はぁ……まぁいいわ。とにかく働いてもらうから!」
「わかりました……で、具体的に何を?」
「よく聞いてくれたわね! あんたには素材を取ってきてもらうわ」
どうやらお使いをやらせるつもりらしい。面倒だな。
「ええー……」
「露骨に嫌そうな顔するんじゃないわよ!?」
「だって……」
「あんた、もう少し先輩を敬いなさいよ!」
「俺はゲーム内に、現実の事情を極力持ち込まない主義です」
「急に正論出さないでよ!? ……ぐぬぬぬ」
そう言われても、パシリの様に扱うつもりだと思うと気が滅入る。ヨル姉の紹介じゃなかったら、とっくに話を打ち切って帰ってるぞ。
「ヤドカリちゃん、お願い~」
「ヨル姉……そもそもなぜ俺に頼むの?」
確か以前小耳に挟んだ話があった。生産職は素材を入手するのに、街中のNPCの店を利用するものだと。場合によってはNPCと直接交渉したりして、独自の素材を入手するとも聞いたことがあった。
「えっと~、お店やさんだけじゃ手に入らないものがあるの~」
「NPCが珍しい素材について教えてくれたのよ。ただ入手が難しいから取り扱ってはいない物があるってね」
ヨル姉の説明だけでは不充分だと思ったのか、ナゴミさんが補足してくれた。なるほど、確かにそれはプレイヤーに頼む必要があるだろうな。
「それで俺に頼みたい……と」
「そうよ! 早速、西方山まで行って素材を取って来なさい」
「…………」
ビシッと効果音が付きそうなポーズで、堂々と指を指された。……なんだろう。百歩譲ってヨル姉の為ならタダ働きも我慢する覚悟だったが……さすがにこういう物言いされるとイラッとするな。
「ナゴミちゃん~」
「何よ、ヨル?」
「そういう言い方したら、ダメよ~?」
「えっ?」
「ダメよ~?」
「で、でも……」
「ダメよ~?」
「……う、うん、ごめん」
ヨル姉がグイグイ迫っていた。俺にはわかる。顔は笑ってるけど、あれは怒ってる時の反応だ。すぐにナゴミさんは折れて、涙目で謝っていた。
「私じゃなくて、ヤドカリちゃんに謝って~?」
「……ごめんなさい」
態度はでかいけど、もしかしたら根っこの部分は素直な人なのかもしれないな。
「……コホン! とにかく素材を取ってきて欲しいのよ」
「話はわかりました。でも、ただ取ってこいと言われても……」
「もちろんタダとは言わないわ!」
「ほう?」
てっきりこき使うつもりで呼びつけたのかと思っていたが。
「あたしは裁縫師よ。だから、素材のお礼に布や革の防具を作ってあげる」
「なるほど……」
これは……思いがけず好都合だ。俺の装備はシラハナで買った物がほとんどで、更新していなかった。鳴神と速雨はキジトラに鍛えてもらっているが、それ以外はそのままだった。強化してもらえるなら、それに越したことはない。
「そういうことならその依頼、受けさせてもらいましょうか」
「契約成立ね!」
「ヤドカリちゃん、よろしくね~。私もお料理作るから~」
ヨル姉はまた別に、取ってきた素材で料理を作ってくれるという。依頼を受けた俺は、早速西方山に向かうことにした。これもある意味情報屋としての活動に含むと言えるだろう。
◆◆◆
「とはいえ、少々困ったことになったな……」
西方山は以前にも痛感したが、俺一人では探索するのはきついエリアだ。依頼を受けたはいいが、微妙にまずい。応援を頼む必要はあるが、迂闊に他のプレイヤーに接触する訳にもいかない。
「仕方ないな……また二人に頼むしかない」
何度も何度も頼むのはあれだが、他に心当たりがないから仕方ない。アーサー達に頼むのもありだが……正体を隠しているから気を使う。
「という訳で、二人を呼ばせてもらったんだ」
「うん、よろしくね!」
「事情はわかったが……」
サクヤとジョーに連絡すると、すぐに駆けつけてくれた。二人揃って暇だったらしいが、それでいいのか二人とも。
サクヤはご機嫌で、喜んで手伝ってくれるらしいが、ジョーは首をかしげている。
「どうしたジョー?」
「なんというか、俺達だけ協力してる気がしないか?」
「それは……」
言葉に詰まった。確かに俺の都合で呼びつけてばかりだな。これは少々分が悪い。
「なら、ジョーは何か希望があるのか?」
「そうだな……ボスを倒しに行きたいな」
「えっ? そうなのか?」
「ああ、やっぱり戦闘職だし、強い敵を倒すのが醍醐味だろ?」
「まぁ確かに……」
どうする……? 正直調査でボスを確認するならいいんだが、直接倒すのはなぁ……。だが、断ってばかりでは俺の立場も少々悪い。
「……わかった。ボス討伐に協力するよ」
「よし、そう来なくちゃ!」
「じゃあ決まりだね!」
背に腹は代えられない。それに初見で必ず倒せるとは限らない訳だし。
「じゃあ、早速向かうとしようか」
◆◆◆
「『ウォーターランス』!」
「『雨流し』!」
「キリが無いな……」
水属性の攻撃で数匹が吹き飛ぶ。俺達は今、フレイムハウンドの群れを相手に苦戦を続けていた。ジョーが防御役をやりつつ、サクヤが後方から魔法を撃ち込む。そして俺は遊撃役として、動き回りながら攻撃を仕掛けていた。
西方山に入った途端に、これだった。わかってはいたことだが、やはりこの山は東方山に比べてレベルが高い。少し前に進むのも一苦労だ。まぁ全く進めないほどでもない。こまめに回復すればなんとかいける。
「やっと終わった……」
「ふぅ……」
「危なかったね……」
取り囲んでいたフレイムハウンドを一通り倒したところで、一息ついた。なんなら火属性の攻撃で、魔法石のドロップを狙いたいところだったが、いざ戦闘となるとそんな余裕はなかった。
「それで、頼まれた物ってどんな素材なんだ?」
「ああ、【チャージドッグの毛皮】と【ヒートアップル】らしい」
チャージドッグは戦ったことがあるからなんとなくわかるが、ヒートアップルは聞いたことがなかった。
「それってどこにあるの?」
「多分木の実だから、木の上にあるんじゃないかと思う」
「それじゃどうするんだ? 俺達は木登りなんて出来ないぞ?」
「木に登るのは俺がやるから、二人はその間モンスターの始末を頼む……って、思い出した!」
すっかり忘れてた。二人に渡そうと思っていた装備があったんだった。
「二人にはこれを渡しとくよ。すまん、西方山に入る前に渡すべきだったな」
「なんだ、これ? 水属性……?」
「これって今流行りの属性武器じゃない!?」
ジョーに渡したのはウォーターランスとウォーターシールド、サクヤにはウォーターロッドだ。この前キジトラに打ち直してもらった一品、二人には装備としてちょうどいいだろう。
「流石にあげる訳にはいかないが……貸しておくから」
「これがあれば、攻略がだいぶ楽になるね!」
「そうか……なぁ、それならせっかくだし、買い取らせてくれないか?」
ちょっと驚いた。友達だから譲ってくれ、と言われることも覚悟していたんだが。
「物の貸し借りはトラブルの元だからな。こんだけいい武器なら、しばらくはメインの装備として使えるだろうし。それにいくら友達でもお金のことはきっちりしておかないと」
おお……。俺が思っていたよりもジョーは真面目でしっかりした奴だったらしい。
「じゃあ、これで…………よし、確かに代金は受け取ったぞ」
「いい物手に入ったな」
「得しちゃったねー」
◆◆◆
「やっと見つけた……」
その後、素材集めにひたすらウロウロしていた。ポーションは大量に買い足してあったものの、戦闘の数自体が多くて苦労する。その分、チャージドッグの毛皮は簡単に数が手に入ったのだが、ヒートアップルには苦戦した。あちこちの木に飛び移りながら、一本一本確認してようやく発見した。ヒートアップルの生っている木と他の木は特に区別がつかないもんだから、余計に困った。
「これだけあれば充分だろう」
「お疲れ!」
「じゃあ、後は……ボスだな」
その後も何体かモンスターを蹴散らし、徐々に上へと登って行く。行く前に確認しておいた手持ちのポーションは、既に三割ほど消費していた。なんか不安になってきたな。
「おい、見えたぞー」
大丈夫かどうか考えていたところで、ジョーから声をかけられた。顔を上げると木々の間から光が射し込んでいた。いつの間にか頂上へ到着していたらしい。
やっとの思いで登りきる。以前来たのと同じ景色が広がっていた。広場のように何もない場所の中央に、ポツンと巨大な石像が設置されていた。
「へぇ~、頂上ってこうなってるんだね」
「何にも無いみたいだけど……ボスはどこにいるんだ?」
二人は物珍しそうに辺りを見回している。頂上に来たのは初めてだったらしい。俺は簡単に説明をしながら、石像へと真っ直ぐ近づいていく。
「サクヤ、ジョー。準備はいいか?」
「うん。大丈夫!」
「しっかし、これがボスなぁ……」
二人はリラックスしてるように見える。今からボス戦だというのに、緊張してないのはこちらとしてもありがたい。
「一応言っとくと、俺としては情報集めがメインだ。だから、必ず倒したい訳じゃないんだが……」
「やるからには倒そうよ!」
「そうだな。負け逃げなんて納得いかねーし」
どうやら二人は倒す気満々のようだった。まぁいいか。手伝ってもらう関係上、あんまり強くは言えないし……。どうしても無理だと思ったら、二人も退くだろう。それに、そもそも二人の実力はかなりのものだ。いいところまでいけるんじゃないかと見ている。
「よし、じゃあ……いくぞ」
俺の合図を皮切りに、三人で石像を攻撃し始めた。攻撃と言ってもそれぞれ手持ちの武器で殴り付けるくらいだが。流石にアーツを使うのは、もったいない。
石像は殴り始めてからすぐに、ひびが入り始めた。みるみるうちに全体へとひびが広がっていく。
「始まるぞ……! ジョーは防御態勢! サクヤは時間かかる技の準備だ!」
「「了解!」」
事前の打ち合わせ通り、それぞれの配置につく。二人は俺の意図を組んでスムーズに移動してくれる。俺も刀を構え直した。
石像はピシッ、ピシッと音を立てて、表面の石が一気に崩れ落ちる。やがて中からボスが姿を現した。
「ウウウ……ウォォォォォォォン!!!」
遠吠えと共に目の前に現れたのは石像のデザイン通り、見上げるほどに巨大な犬だった。ケットシーにも充分匹敵するだろう、巨大さだ。全身が真っ黒で、目が赤く光り輝いている。そして体の表面はまるで黒い炎が燃えているかのように、ゆらゆらと形を変えていた。俺はすぐさま【識別】を使う。
─────
ユナイテッドクーシー
【西方山】のボスモンスター。犬達を統べる王。非常に攻撃力が高い。
─────
なるほど、こちらは攻撃重視型って訳か。なかなか迫力があるな。と、感心してる間にも既に戦闘は始まっていた。クーシーの周囲から何か黒いものがいくつか飛び出してきた。黒い影は地面へと降り立つ。それは犬……よく見るとフレイムハウンドだ。ケットシーと微妙に違うが、召喚能力を持っているらしい。
「カラス、どうする!?」
「落ち着け! まずはクーシーを狙う! サクヤ、いけるか!?」
「いけるよ! 『ウォーターバースト』!」
声をかけてすぐに、サクヤの杖から水魔法が放たれる。それは今まで見たことないレベルの威力だった。『ウォーターランス』とは段違いの大きさの柱状になった水の塊が一気に飛んでいく。やっぱり魔法の専門家は違うな。
「ウォォォン!!」
直撃を受けたクーシーは悲鳴のような鳴き声を上げながら、後退りする。大技だけあってかなり効いているようだ。HPの一割程が減っていた。
一割と聞くと、たったそんだけかと思われるかもしれない。しかし侮ってはいけない。普通のモンスターならそうだろうが、相手はボスモンスターである。時間と労力をかけて倒すモンスターであることを考えると、これは大きなダメージと言える。
「おし、効いてるな!」
「いけそうじゃない?」
実際、ジョーとサクヤも大喜びだった。二人もセオリーをわかっているのだろう。が、現実はそんなに甘くないことを、すぐに知ることとなる。
傷を負ったクーシーに向かって、フレイムハウンドが数匹突撃していったのだ。フレイムハウンドは弾かれるかと思いきや、ぶつかった瞬間グニャリと形を変えて、スライムのようになった。そしてなんと、クーシーの体に吸収されていった。
「「「まさか……」」」
二人も俺と同じ事を考えたのだろう。同時に声が漏れ出る。そして嫌な予感は的中した。クーシーのHPは、何事もなかったかのように、完全回復していた。なるほど、こういうタイプのボスか。
そして、呆然としている暇はなかった。クーシーはこちらを向き、大きく口を開く。口の中が赤く光ったと思った次の瞬間、巨大な火の玉が口から発射された。こっちへ一直線に飛んで来る。狙いはおそらく、今攻撃したサクヤだろう。
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
サクヤは反射的に目をつぶってしまったようだが、ジョーはまだ冷静だった。きちんと防御できる位置に構えていた為、火の玉を盾で受け止めていた。
「二人とも大丈夫かー!?」
一方俺はというと、火の玉を見た瞬間横に走っていた。いや別に逃げ出した訳じゃない。俺の仕事は遊撃、そして撹乱だ。機動力の低いサクヤをジョーが守るのは当たり前としても、俺まで盾の後ろに隠れっぱなしというのは無意味だ。少し離れたところから声をかける。
「ああ、心配ないぞ!」
ジョーからは問題無しとの声が返ってくる。もちろん盾で受けてもダメージゼロではないだろうが、微々たるものだ。
さて、これからどうするか……。回復するタイプのボスは非常に厄介だ。攻撃してもすぐに元通りになるから、こちらも持久戦を強いられることになる。わかりやすい弱点があればベストなのだが……。
「そうそう都合よくはいかないだろうな……うおっ!」
ぼんやり考えてる間にも、戦闘は続く。クーシーは既に動き出していた。巨体を素早く動かして、ジョー達の方に迫っていく。ジョーは防御の態勢を取り、サクヤは魔法を放つ準備をしている。俺は慌ててクーシーを追いかける。
「ウォォォン!!」
「くっ!」
接近したクーシーはお手をするかのように前足を振り上げた。そのまま勢いよく振り下ろし、強烈な一撃を加える。ジョーは衝撃で後退りしながらも、なんとか盾で受けきっていた。
考えろ。クーシーは火力は高いが、防御力はそうでもないはず。それはサクヤの魔法で大きくHPが減ったことからも、明らかだ。しかし、回復が厄介だ。あれがある限り、いくらやっても無意味になってしまう。と、なると……。
「先にフレイムハウンドから倒そう! サクヤ、範囲攻撃で一掃してくれ!」
「わかった!」
声を張り上げて指示を飛ばす。やれることはとりあえず試していこう。まずは回復手段から潰していく。
サクヤが範囲系の水魔法を撃ち込んでいく。フレイムハウンドが数匹まとめて吹き飛んだ。だが、流石に一撃で撃破とはいかない。弱ってるところを俺が切りつけて、一体ずつ始末していく。
そしてジョーはというと、クーシーを一人で引き付けていた。こちらが標的にされないように、軽く剣で攻撃しながら、反撃がくれば盾でガードする。
「なんか俺の負担大きくないかー!?」
「我慢しろー! フレイムハウンドが全滅したらそっちに加勢するから!」
向こうから不満の声が飛んできたので、こっちも大声で返す。確かに負担は大きいが、現状ジョーに任せるしかない。俺も一緒にタンクをやることもできなくはないが……それだとサクヤが危険になる。フレイムハウンドの反撃が向く可能性があるのだ。それを防ぐには、俺が確実にとどめを刺すしかない。
「よし、これで最後!」
地道にフレイムハウンドを片付けること数分。ようやく最後の一匹を始末した。これでやっと、クーシーの方に専念できると思ったその矢先。
「「あっ」」
……クーシーは新たなフレイムハウンドを召喚していた。うん、まぁその可能性もあるとは思ってたさ。ケットシーもガードキャットを倒しきると、新しく召喚し直してたし。
「なるほど……こうなるのか。情報収集がはかどるな」
「感心してる場合か!」
「ど、どうするの!?」
メモを取っていたら、二人に突っ込まれてしまった。一度に召喚する数とかタイミングとか、有益な情報を記録するチャンスなのに。
「落ち着け。俺にいい考えがある」
「おお、何々?」
俺はアイテムボックスから【妖精の香木】を取り出した。そして効果についても説明してやった。
「そんな便利な物があるなら、最初から出せよ!」
「そうだよー!」
「お、落ち着け二人とも。ちゃんと理由があるから!」
いきなり試す訳にはいかない理由があった。一つはできるだけ接近しないと使えない点。ケットシーと違って自身で攻撃してくるタイプのクーシーに近づくのは、かなりリスクが高かった。だから動きを見極める必要があった。
そしてもう一つは、俺が情報を集めたかった点だ。何がどう役に立つかわからない。だから、できる時に情報を集めておきたかった。
「まぁ、そういうことなら……」
「わかったけど……先に説明しろよな」
「すまん……」
これは俺が悪かった。説明を怠った俺のミスだ。なので素直に謝っておく。
「とにかく、これを使えばクーシーの動きを封じることができるはず」
「よし、じゃあ作戦開始といくか!」
◆◆◆
「『水弾』」
掌から発射された水の玉はフレイムハウンドの腹部に直撃した。吹き飛ばされたフレイムハウンドは地面に激突すると軽く跳ね、そのまま粒子になって消えていく。
「『ウォーターランス』!」
サクヤとジョーに援護してもらいつつ、じわじわとクーシーへと近づいていく。向こうの動きに合わせて進み、時には退いたりしながら。
「よし……『縮地』!」
一瞬隙が見えた。迷ってる暇はない。チャンスを見極めたら加速して飛び込む。妖精の香木を持ったまま飛び上がり、クーシーの鼻先に突き出した。
「どうだ……?」
「効いてるの……?」
すると、眼に見えて変化は起きた。クーシーがふらついているというか、酔っているように動きが不規則になり始めた。変わらず火の玉を発射してはくるものの、照準が合っていない。しかも回復の為に飛び込んでくるフレイムハウンドも、タイミングが合わずにうまく融合できていない。これはチャンスだ。
「このまま一気に押し切ろう!。全員で攻撃に集中するんだ。ジョーもなるべく攻撃に回ってくれ!」
「でも、それじゃ防御が持たないんじゃ……」
「わかってる。ダメージは覚悟の上だ。だからどっちが先に倒れるかの、殴り合いだ」
俺がそう告げると、二人は微妙そうな顔をしていたが、最終的にはやる気になったようだった。
「それじゃ行くぞ!」
かけ声と共に各自配置に付いた。俺はクーシーの後ろに回り込み、斬りつける。ひたすら攻撃を仕掛けて地道に削っていく。ジョーも剣を振り回し、サクヤは魔法を連射する。多少のダメージは受けつつも、着々とHPは削られている。
「ん?」
「えっ!?」
だが、ここで問題が起きた。HPが半分を切った頃合いで、クーシーの動きが変わったというか、急に標的が変わったのだ。今まではジョーがうまく引き付けていたのに、急にサクヤに向かって攻撃を始めた。慌てて回避しようとしたが、執拗にサクヤを狙ってくる。まずいな、行動ルーチンが変化している。ジョーは再度引き付けようとしているが、うまくいっていない。
「『雨流し』!」
こうなったら、本当にスピード勝負だ。誰かが倒れる前に、削りきる。じわじわとこちらのHPが厳しくなってきた。だが向こうもかなり減ってきている。四割……三割……二割……もう少しだ。
「一気に押し切るぞ!」
「おう!」
「うん!」
三人とも、もはやほとんど防御のことを気にしていない。必死になって攻撃を叩き込む。そしてあともう少し、というところで、三人のタイミングが揃う。
「『雨流し』!」
「『メガスラッシュ』!」
「『ウォーターバースト』!」
三方向から、三者三様の攻撃が飛んでいく。直撃と同時に一瞬の静寂。そして次の瞬間、ズズンと響く音がしてクーシーの巨体が崩れ落ちた。




