12 情報屋さんと第二の街
お待たせしました。更新を再開します!
再開に伴いまして、1章を1話1万文字前後に凝縮してます。
1章の内容は変わってませんので、再読はしなくて大丈夫です。
『いつも『ビリオン』をご愛顧頂きまして、誠にありがとうございます。昨日行いましたメンテナンスにより、以下の要素が新たに実装されました。
・第二の街・ダンジョンの実装
・新職業の追加
・新スキルの追加
今後とも『ビリオン』をどうぞよろしくお願い致します』
「ふむふむ……もぐ……新職業か……ごくっ」
第一の街を突破した二日後、俺は教室で昼食を摂りながらアップデートのお知らせについて検索していた。昨日は丸一日メンテナンスで、結局ログインできなかったからな。学校から帰るまでは、こうしてお知らせを確認するくらいしかやることがない。
「ほう、新職業は楽士に召喚師か……」
楽士は音楽を操る職業で、楽器を演奏することで様々な効果の曲を使うことができる。直接戦闘もできるけど、どちらかといえばサポートがメインの職業だ。
召喚師は文字通り、モンスターを召喚する職業だ。召喚師の独自のスキルによりモンスターと契約し、呼び出すことができるようになる。
どちらの職業も戦略的に幅が広がる、なかなか面白い職業だな。
「おーい、黒崎」
「ん?」
黙々と自分の席でパンとジュースの簡単な昼食を食べ終えたところで、俺を呼ぶ声が聞こえた。……別に友達がいない訳じゃない。クラスにも話す相手はちゃんといる。ただ、それほど仲のいい友達が福町の奴しかいないだけだ。
「なんだよ、一人で食ってんのか?」
「うるさいな……俺の勝手だろう」
強がってはみたものの、若干寂しかった。ゲーム内なら、簡単に知らない人に話しかけられるのに、なんで現実は上手くいかないんだろうな。
「まぁ、いいか。実はお前に用があってさ」
「ん? なんだ?」
俺の疑問に答えを返す前に、福町は横に一歩ずれた。すると、今まで気がつかなかったが、その後ろには一人の女子生徒が立っていた。
髪をショートカットに切り揃えた、背の高い女子だ。高いと言っても女子にしてはという意味で、だいたい俺や福町と同じくらいの背格好だ。人のよさそうな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「えーと、福町の彼女か?」
「「はぁ!?」」
俺が適当に話しかけてみると、二人ともシンクロしたように同時に驚きの声を返してきた。いや、驚きよりも不満っぽいか?
「違うよー! こんなのと付き合うなんてあり得ないよ!」
「それはこっちのセリフだ! 俺だってゴメンだし!」
「なにを!」
「なんだよ!」
あっという間に言い争いに発展した。俺が口を挟む隙もない。俺はポカンと二人の話を聞いていたが、とりあえず止めないといけないことに気が付いた。
「まぁまぁ、どなたか知らないが落ち着いて。福町も、な?」
「うん……ごめん」
「ああ、悪い……」
仲裁に入ったことで、少し落ち着いたようだった。二人とも気まずそうな顔をしている。
「で、福町こちらは?」
「ああ、実はこいつは俺の妹なんだ」
「妹?」
いや待てよ、俺達は高校一年生だから、妹が同じ学校にいるはずない。なのに、同じ制服を着てここにいるってことは……。
「義妹か!」
「双子だよ」
「その可能性は考えてなかった」
「普通そっちが先にくるだろ!?」
言われてみればそうだ。二人があんまり見た目似てないから、思いつかなかった。
「えっと、初めまして。双子の妹の福町柵だよ。よろしくね」
「ああ、黒崎飛躍だ。よろしく」
お互いに頭を下げる。しかし、似てない双子だ。二卵性なんだろうけど。ただ、二人ともイケメンと美少女であることには変わりない。こういうところで遺伝の理不尽さを感じるなぁ。
「それで、今日は妹を紹介したかったってことか?」
「それもあるけどな。実は柵もビリオンをやってるんだよ」
「そうなの!」
それは意外だった。失礼ながら見た目の印象からゲームには興味なさそうとも思っていた。
「それで前も一緒に遊ぼうって、話しただろ?」
「ああ、言ってたな」
「柵も一緒に、三人で遊ばないかと思ってさ」
「うーん……誘いはありがたいが……」
ありがたいんだけど、俺はまだ情報屋としての活動を始めたばかりだ。まだまだ、情報を集めたりコネを作ったりとやりたいことはいっぱいある。
「悪いな。もうしばらくは一人でやりたいんだ」
「えー、一緒にやろうよー」
「そうか、仕方ないな」
柵は不満そうだったが、福町……いや下の名前で閂と呼んでやるか。ややこしいし。閂は納得したようだった。情報屋としての俺のことは知らなくても、何か企んでいるのは薄々気がついているのかもしれない。
「また、気が変わったら声かけてくれ」
「ああ、その時は頼むよ、閂」
「! ……ああ、飛躍」
すぐに俺の意図を察して名前呼びに切り替えてくれた。空気の読める奴だな。さすがイケメン。
昼休みも終わりかけなので、柵は自分のクラスへ、閂は自分の席へ戻って行った。
◆◆◆
「ただいまー」
「おかえり~」
ぼんやりとした頭で習慣になっている挨拶を呼び掛けると、すぐにのんびりした声色で返事が返ってきた。リビングの方から、穏やかな笑顔の姉が顔を出す。
「あれ、よーちゃん、今日は早いね?」
「うん~。早くゲームやろうと思ってね~」
そういえば、友達と一緒にビリオンやるって言ってたな。あれからそっとしておいた、というか放っておいたんだが……その後どうなったんだろ?
「初期設定とかアドバイスとか色々教えてもらってね~、今日から始めるの~」
「そっか、じゃあ楽しみにしてるからね!」
俺もガンガン進めなければ。よーちゃんを助けるだけじゃない。目指すは、裏で動く一流の情報屋だ!
◆◆◆
さて、ログインしたのは【はじまりの街シラハナ】だ。前回きりのいいところでログアウトしたので、ようやく第二の街へと進める。早速向かうとするか。
新たな街道に繋がっているだろう、北門に向かって歩き出した。
「本当は柵と閂とも遊んでみたかったけどな」
残念ながら、柵は今日、用事があってログインするのが何時になるかわからない、とのことだった。まぁ仕方ない。
ようやく北門までたどり着く。既に門は開いている状態で、ちらほらとプレイヤーらしき人達がくぐっていくのが見えた。俺も流れに沿ってゆっくりと歩みを進める。
北門の外に広がっていたのは、一面の開けた草原だった。その真ん中に、草が生えていない街道らしき道がずっと続いている。おそらくこの道の向こうに第二の街があるのだろう。……しかし。
「こういう時、気になってしまうんだよな……」
そう、道を外れて草原の中を進んでいくと、どうなるかだ。……やってみるか? ポーションの類いは買い込んである。回復しながら【縮地】を連発すれば、時間は結構稼げるはず。
一匹狼の情報屋としては、自分の眼で確認できるところはしておきたい。周りのプレイヤーはワクワクした顔つきで、どんどん街道を歩いて行き、俺の事なんて誰も気にしてない。
「よし、じゃあ行ってみるか……『縮地』!」
俺は街道から九十度右を向いた。そしてそのまま、アーツを使って全速力で走り出した。流れるように景色が動く。少し走ると、視界に入る地面に青いものが混ざり始めた。これは海だ。
どうやら俺は岸辺沿いを走ってるらしい。これはチャンスだ。迷路で壁を伝って走るみたいにすれば、大まかな地形がわかる。後でマップを確認すれば、全体像もわかるはずだ。
「『縮地』! ……『縮地』! 『縮地』!」
MPが無くなるまで、ひたすら無心になって走っていく。ふと気がつくと、目の前にぼんやりと大きなシルエットが見えてきた。反射的に足が止まる。地面を滑りながらブレーキをかけた。
「これは……山か?」
俺の目の前にあったのは、山だった。といっても、そこまでのものじゃない。丘よりはややスケールアップした程度のものだった。
辺りをゆっくり見回す。左側の視界に何かが映った。ここからでも見える四角い建造物。おそらくあれは、街を取り囲むように建てられた壁と門だろう。すると、あれが第二の街か?
街の方を眺めていると、門から誰かが出てくるのが見えた。ゾロゾロとこちらに向かって来る。おっと、まずいな。あんまり人に見られたくない。
俺は慌てて来た道を引き返した。
「ふむ、街の右側には山、と……」
一旦、シラハナを出てすぐのところまで戻り、マップ画面を開く。すると、自分で歩いた部分の表示は更新されていた。よし、今度は反対側だな。
「『縮地』!」
同じように、反対側も岸辺に沿って高速で移動する。途中何か塊のような物が視界に入った気がするが、気にしない。
「って、また山……?」
走りまくった結果、行き当たったのはまたしても山だった。違うのは、さっきと左右逆で今度は右を向くと街らしきものが見える。ということは……次の街は二つの山に挟まれた地形になってるってことか……?
なんだか疑問が残るが、地形自体は確認することができた。これで目的は達成だ。このまま右を向き、まっすぐ街へと向かってもいいが……一応正規のルートを通って街に入るか。マップも埋めたいしな。
再度引き返し、シラハナへと戻ってきた。今度はスキルも何も使わずにのんびり歩き出す。
しばらく歩くと、街の姿が見えてきた。街を挟むようにして、二つの山が両側にそびえ立っている。近くで見ると不思議な光景だ。山と山の間隔がもう少し狭かったら、谷底に街を建てたと言ってもおかしくないような配置だ。あと、街道でモンスターが出現するかと思ったが、予想に反して何も出て来なかった。
正門の前までたどり着く。シラハナに比べるとやっぱり門のサイズが一回り大きい。シラハナは最初の街だけあって小さな街だったが、ここは更に大きいだろうな。
「それじゃあ、次の暗躍を始めるかな」
気合いを入れる為に、やりたいことをわざと口に出した。そのまま、門をくぐり抜けると、頭の中に柔らかい口調の女性の声が聞こえてきた。
「ようこそ! 【交易都市コクタン】へ!」
たどり着いた街は、大都市と言っても過言ではない場所だった。建物の色は全体的に黒っぽい灰色で統一されており、二階建てや三階建ての大きな建物も乱立している。
シラハナは田舎町だったが、こちらは都会だと呼べる。通り過ぎていく人の数も段違いだ。よくよく観察してみるとプレイヤーよりも、行き交うNPCの方が多い。
「ううむ……これは困ったな……」
計画がいきなり頓挫してしまった。まず聞き込みから始めるつもりだったが、こうも人が多くては手当たり次第に話しかける訳にはいかない。誰に話しかけたかをメモしておくのも一苦労だし、そんなことしてる間に第三、第四の街が開放されてしまうだろう。
となると主要な建物に絞って聞き込みをするのが最優先だ。
「手始めに探してみるか」
そう考えて、たまたま近くを通りかかったNPCのおじさんに声をかける。するとこんな答えが返ってきた。
「お金を稼ぎたい? それなら【斡旋所】に行くのが一番さ」
「斡旋所?」
「ああ、街の人間があれこれ依頼を出して、それを受けられる人が受けるって仕組みなんだ」
「なるほど……」
どうやら、斡旋所に行けば、いわゆるクエストが受けられるらしい。そうと決まれば早速訪ねてみるか。
◆◆◆
斡旋所の場所を聞き向かうと、そこは食堂のような場所だった。中に入ると、ガヤガヤと非常に騒がしい。たくさんの丸テーブルが並んでおり、大勢の人達が飲み食いしながら雑談してるようだった。食事してるのはNPCが多いが、ウロウロしてるのはプレイヤーが多い。
現在の俺はいつもの偽装モードで、いかにも初心者っぽい弱そうな盗賊の振りをしている。名前もステータスもきちんと偽装してるし、ばっちりだ。これなら誰かに目を付けられる可能性は低いだろう。
ともかく第一にやるべき事は情報収集。プレイヤーとしても、情報屋としても基本中の基本。意を決してカウンターまで向かい、受付の人に話しかける。受付は穏やかそうな女性だった。
「いらっしゃいませ。斡旋所へようこそ!」
「えっと、初めてなので利用方法を教えて欲しいのですが……」
「かしこまりました。それでは説明をさせて頂きます」
そこから教えてもらった内容はシンプルだった。壁に様々な依頼書が貼ってあるので、できそうなのを探して受付で手続きをする。特に難しいことはなさそうだった。
「ただし、依頼によっては受注条件があったり、失敗すると違約金が取られる物もありますのでご注意下さい」
「なるほど……わかりました」
他にも聞けることは聞いてみるか。
「この街は山に挟まれた地形になってますけど……」
「ええ、昔から山の中には貴重な植物が生えてたり、モンスターが住んでたりするんです。それらを利用してるんです」
なるほど。見えてきたぞ。金を支払って貴重な素材を取ってきてもらう。そしてそれを加工して売り出す。そうやって経済が回ってるって訳だ。よし、じゃあ次だ。
「この街から北に向かうと何があるんですか?」
「街道があって、他の街に繋がってますよ。ただ最近困ってまして……」
「困ってるとは?」
「モンスターの群れが住み着いたらしいんです。それが邪魔になって一般の人は通れないんだとか」
次の街に向かう道か。調べることが一杯あって忙しくなりそうだ。
とりあえず聞きたいことは聞けたので、受付嬢さんにお礼を言っておく。
さて、これからどう動こうか。クエストも受けたいし、ダンジョンも調べたい。やることというか、やりたいことが多過ぎてこんがらがってきそうだ。こういう時は簡単にできそうなことから進めていくに限る。
まずは準備。すなわち装備とアイテムの補充からだ。そういえば、せっかくクリアケルピーを倒したことで、新しいアイテムがいくつか手に入ったし、あいつに連絡してみるか。
フレンドリストから名前を探して確認する。目当ての人物は現在ログイン中のようで助かった。念話機能を使って電話のように呼び出す。
『おーいキジトラ、今いいか?』
『大丈夫っすよ。どうしたんすか?』
『今、コクタンに来てるんだが、お前もいるか』
『いるっすよー。早速新しい鍛冶場を使いに来てるっす!』『わかった。色々話したい事があるんでそっち向かうぞ』
『了解っす!』
◆◆◆
街中をキョロキョロと見て回る。マップを使えば、街中の主要な建物の配置はだいたいわかるので、道に迷うことはない。
あっという間に鍛冶場まで行くことができた。
例によって鍛冶場の中はカンカンとハンマーの音が響き渡り、鍛冶師達はみんな炉の前で熱中していた。さて、キジトラは……っと。
その時ボンッ、と軽い爆発音が突然響いた。反射的に音の方へ振り向く。
「こらぁ! お前、何やってんだ!?」
「すいませんっす! 火力を上げようと思って……」
「だからって炉に魔法を撃ち込む奴があるか!」
…………うん、このやり取りに聞き覚えがあるぞ、おい。
声のした方へと向かっていく。怒っていた男性は立ち去っていくところだった。その場には、作業服を着て頭にタオルを巻いた女性が取り残されていた。すぐそばまで来たところで、俺の存在に気づいたようだ。
「あっ、どうもっす」
「キジトラ……またか」
なぜ彼女は、毎回見かける度に怒られているのだろうか。
「全くひどいっすよねー。ちょっと実験しただけなのに……」
「実験ってのは、ある程度結果を予測してやるものだぞ」
危うく火事になるところだったんじゃないのか、あれは。鍛冶場で火事発生、なんて冗談にもならないぞ。
「まぁいちいち気にしてても、しょうがないっすよね! それで今日はどうしたんすか?」
こいつ、反省してないというか、間違いなく常習犯だな。いつか、犯罪プレイヤーに認定されるんじゃなかろうか。
「まぁ、いい。今日訪ねたのは、また武器の強化を頼みたいからだ」
「その口振りからすると……またなんか面白そうなもの手に入れたんすか!?」
「ちょっ!? 近い近い!」
距離感無視で迫ってきたキジトラをなんとか押し戻す。相変わらず力の強い奴だ。
「任せて下さいっす、カラスさん! あたし、【中級鍛冶師】に転職したっすから、前よりも品質のいい武器が作れると思うっすよ!」
「声がでかい! そして本名で呼ぶな! 俺の正体がバレるだろうが!?」
迂闊な事を大声で言い出したキジトラの口を慌てて塞ぐ。一旦落ち着かせてから、この前手に入れたウォーターエッジを取り出す。
「今日見て欲しいのは……これだ」
「おお……なんすかこれ……初めて見るっす!?」
水をうっすら纏った剣を見せてやると、夢中で眺めていた。傾けたり、ひっくり返したり、ハンマーで軽く叩いたりと様々な方法を試していた。
「それってなんか意味があるのか?」
疑問の言葉を投げかける。彼女は剣から視線を外さないし、剣をいじる片手間だったが、質問には答えてくれた。
「まぁ、あるというか、無いというか……」
「どういう意味だ?」
「ちょっと話すと長くなるんすけど……」
「まぁ暇だし、聞こうじゃないか」
雑談のつもりで話を振ってみる。俺は隣で寛ぎながら、それを聞いていた。
「生産職はだいたい……というかほぼ全員が【品質鑑定】ってスキルを持ってるっす。それで見れば、武器の材料とかがだいたいわかるんす」
もちろん上級の武器とかになると、判別不能になったりするんすけど、とキジトラは付け加えていた。
「で、それを参考にして製作を試してみるんすよ。もちろん、【鍛冶】とか【木工】とか生産系のスキルは必須っすよ?」
「なるほど」
「でも、これが材料を揃えて作れば、必ず上手くいく訳じゃないんすよ」
そういえば、前に俺の刀を作ってもらった時にも、失敗するかもしれないって言ってたような気がする。あの時は慌ててたというか、興奮してて勢いで押し切ったけど。
「それは確率の問題ってことか? 何パーセントの確率で作成に成功する、とか」
「そういうのとも違うっていうか……」
「?」
「例えば、一番普通のロングソードを作るとして……作り方は、【鉄のインゴット】を火で熱しながら十回ハンマーで叩く、って感じなんすよ」
「ふむふむ」
「で、それが叩いてるうちに段々剣の形に変わってくるんすけど、だいたい八回くらい叩いた時点で、ほぼ剣の形に整ってるんすよね」
「それで完成ってことか?」
「いや、そこで終わってしまうと、アイテムが【鉄屑】に変化するんすよ。最後十回目まで叩くと、きちんと完成になるんす」
ここまで話を聞いた限りだと、手順通り作れば必ず成功するように思えるけどな。
「それが、十回まで叩いたのに、鉄屑になってしまうことがあるんすよ」
「それはどう違うんだ?」
「叩き方っす。適当に連続で十回叩くとか、不規則なリズムで叩くとかすると、そうなってしまうんす」
「マジか」
「手順には十回リズムよく叩く、って書いてあるんすけどね」
確かに俺も宝箱の鍵を開けた時、きちんと手順を見ながら鍵を開けていった。そういうものなんだろうと特に疑問に思わなかったし、他のやり方を試そうとも思わなかったが、もし手順に従ってなかったら失敗していたのかもしれない。
「で、その話が広まってからは、皆手順通りに作るようにしてたんすけど……」
「まだ続くのか、これ?」
キジトラはいつの間にか、ウォーターエッジを調べるのをやめていた。剣を台に固定して、ハンマーを用意している。
「この前妙な事に気が付いた人がいるんすよ」
「妙なこと?」
「全く同じ作り方で作ったロングソードが、わずかに性能が違ったって言う話っす」
「ああ、お前のロングソードは店売りのものより、微妙に性能が良かったな」
ありがとうございますと、返された。キジトラは話しながら炉に火を点け、熱し始めた。
同じ武器なのに性能が違う……? 考えたこともなかった。確かに俺も武器屋で武器を鑑定したことはあるが、同じ種類の武器を何個も鑑定したことはない。もしあの時確かめていたら、気付いたのかもしれない。
「それで検証が行われたんす。何人か鍛冶師が集まって、同時にロングソードを作ってみるっていう」
「結果は? どうなった?」
「完成した品には、性能にばらつきがあったっす。事前に同じ材料を用意して、一緒に同じリズムで叩いたのに」
「そいつらは何が違ったんだ?」
「ステータスっす。性能のいい武器を作った人の方が、器用の値が高かったんすよ」
器用さといえば、戦闘職の命中率などに関わってくるステータスだ。だが器用の文字通り、手先の器用さにも関わってくるってことだろう。俺は今までゲームで生産職をやったことはないが、確かそうだったはず。
キジトラはハンマーを振り上げ、静かに叩き始めていた。
「なるほど……ん? いやちょっと待て。話が繋がってないぞ。さっきからお前があれこれ検証してたのは、なんだったんだ?」
今の話からすると、高いステータスを持つ人が決められた手順を守って作れば成功するってことになる。そして【品質鑑定】で手順がわかるなら、調べる必要ないだろう。
「さっきも言ったっすけど、上級の武器になると手順が判別不能になることがあるんすよ。叩く回数が不明になってたり。【品質鑑定】が進化すればわかるかもしれないっすけど……」
「ほうほう」
「その場合、色とか音が頼りなんす。武器は完成した時点で、色が変わったり、叩く音がわずかに変化したりするんす」
「つまり、完成品の状態を見て、それと同じになるように作業しようってことか」
「そういうことっす!」
話している間にも、ハンマーの動きは止まらないし、俺ではなく刀の方に視線が注がれていた。ゲーム内では何も変化しないが、現実世界なら汗だくになって作業していることだろう。
そこで会話が途切れた。俺は特に会話を続けようとは思わず、静かに見守っていた。叩かれることによって、徐々にウォーターエッジの形が変化していく。
キジトラが説明したのは、あくまで一番簡単な「作成」の方法だ。叩き方だけでなく、材料の組み合わせや炉の温度なんかも関係あるんだろう。だが、それを今突っ込んで聞くのも、なんか野暮な気がする。
そのまま、しばらく時間が流れていた。
◆◆◆
「できた……! 完成っす!」
そこにあったのは、一振りの小太刀。刀身が暗めの青色になった、刃がまっすぐな刀だった。
「名付けて、【忍者刀・速雨】っす!」
─────
忍者刀・速雨
水の魔力を帯びた刀。刃が水気を帯びている。
・魔法ダメージ追加
・特定の職業が装備時、腕力が強化
・アーツ『雨流し』が使用可能
─────
前回作った鳴神を意識して作ったのだろう。あれと対になる刀と言ってもいいくらい、似ていた。もちろん、俺も出来栄えには満足だ。
「いいぞいいぞ……! 今回もいい仕事だな!」
「本当は、雷の魔法石を組み込むとか、試したかったんすけどね」
「だから、それは止めろって……!」
なぜ毎回、依頼の品を実験台にしようと企むのか。
「とにかく、これは素晴らしい出来だ。ありがとな、キジトラ」
「いえいえ、カラスさんには色々面白いものを見せてもらってるっすから」
これからもどうぞご贔屓に、と一礼された。そんな彼女に代金を支払って、鍛冶場を出た。少々高めだったが、その価値は充分にある一品だな。
更新した途端、ブクマが減っていきます……。




