チョコレート・ジェラート
そこまで高くないが、慣れないヒールで飛行機を降りた。荷物をとってロビーへ出ると、細身の女の人が手招きした。
「守子ちゃん。こっち。」
お母さんと目元がそっくりな叔母さん。彼女の名前は吉原栄。お母さんのお姉さんにあたる人だ。これから、この人のお家でお世話になる。会社員で、独身の叔母さんはお母さんに似て神経質そうな顔立ちをしていた。
叔母さんの後に続いて、都会の雰囲気漂う空港を歩いていた。もうすぐ出口というところで、
「守子ちゃん。何か食べたいもの、ない?」
ぎこちない笑みで叔母さんが問いかけた。私は反射的に
「ないです。」
と答えて、小さな声で
「都会っぽい食べ物とか、食べてみたいです。」
と言った。
結局、空港でソフトクリームを買ってもらい、叔母さんと食べた。叔母さんは、
「飛行機はどうだった?」
とか
「最近、お仕事はどう?」
と聞いた。それでも時たま訪れる静寂に、私は胸をドキドキさせた。
叔母さんの後に続いて大きな駅に行き、電車に乗って叔母さんの家に行った。立派なマンションの6階で、なかなか立派なところだった。
叔母さんにもんじゃ焼きを作ってもらい、お風呂から上がるとそのまま寝てしまった。
いつものように5時に起きてお父さんからもらった携帯電話を見ていた。仕事に使うこともあるので、電話帳は大きな会社の社長、警察に政治家、総理大臣まであって、到底もうすぐ中学生になる女の子の携帯とは思えなかった。新しく入った電話番号は、『吉原栄』。
しばらくすると、おばさんが起きてくる気配がした。おばさんは眠そうな目をこすり、
「あら、早いわね。」
と驚いたように言った。もう着替えも済ませ、目がぱっちり開いている私とは裏腹に、叔母さんはまだパジャマ姿で、たまにウトウトと目を閉じていた。叔母さんも着替えを済ませ、仕事の準備をしていた時、私の携帯がブルブルと震えた。警察からだ。
「はい。新堂です。」
「こちら警察です。大庭食品の社長邸に、強盗が入った様子なんですけど、社長のガードマンをお願いします。」
早速仕事の依頼だ。私の携帯にかけるよう、お父さんが仕込んだのだろう。
「はい、今行きます。えぇと……。どこですか?」
警官が電話口で微笑んだ様子が目に浮かんだ。
「〇〇駅まで来ていただけたら、迎えに行きますので。」
私は電話を切ると、部屋に戻ってコートを羽織り、ワイヤーガンと小刀を持った。
叔母さんに道を教えられて、警察のいる〇〇駅に行った。40くらいの警官が私を呼んだ。
「こちらです。」
意外と駅の近くで大きな家だったが、実を言うと実家の方がでかかった。田舎だから土地が安いのだ。
警官に連れられて80くらいの老人の元へ来た。彼が社長だそうだ。
「盗まれたものは、美術品と骨董品。お金が少々だそうだ。」
警官はそう行って去っていった。社長は、突然小さな女の子が来て、驚いた様子だった。
「用心棒の新堂守子と申します。齢は12ですが、ちゃんと仕事はできます。」
私はそういって名刺を取り出した。社長もまだ疑わしそうな目をしていたが、優しそうな声で言った。
「大庭食品グループの、大庭良雄です。お嬢さんはもう働いているのかい?」
「家業の手伝いです。」
社長は微笑んだ。
「操作の邪魔になるようじゃな。散歩にでも行こうか。」
社長はもうすぐ88歳だそうだ。
「米寿ですね。」
というと、
「若いのに、よく知っておるな。」
と感心された。社長は、私の話をとても聞いてくれた。
「昨日来て、今日仕事とな。感心、感心。」
そう言って、ふぉっふぉっふぉと笑った。また、都会のことをよく教えてくれた。偶然だが、社長も生まれは愛媛だそうだ。
「お嬢さんも愛媛なのか。」
そう社長が言った時だった。道路で車がぶつかった音がした。振り返ると、ぶつかられた方の車はボンネットが大きく潰れていた。ぶつかった方の車から1人の男が出てきて、ぶつけた車を見て身震いした。
「僕は……僕はわざとじゃないんです!」
男はそう言って逃げ出した。慌てて歩行人が反射的に身を避けた。私の方も反射的に男の方へ走り出した。
社長の驚いたような視線が背中に刺さる。
男が道を塞いだ私の体を押しのけようとした。男の襟を掴んで、引き寄せる。肘の下あたりも握り、一気に距離を詰め、さらに引き寄せ、バランスを崩させる。。右のつま先を半円を描くようにして男の足を刈る。
大内刈り。
地面に倒れた男の首に手を回し右手を脇の下で抑える。騒ぎを聞きつけた警察と、野次馬が駆け寄ってくる。警察が野次馬を追い払い、さらに駆け寄ってきた。そして、驚いたように私を見る。
「あれ、新堂さん。」
案内をしてくれた警察官が、驚いたように私を見る。ぶつけた車のところに戻らされている男の後ろ姿を見て、警官が言った。
「あの男、昨日の強盗だったそうな。気が動転していたんだろう。車から盗まれた絵が出てきた。」
社長がゆっくりと寄ってきた。
「ありがとうな。お嬢さんや。」
社長が微笑んだ。私は少し申し訳なく思った。
「いや、でも……。私の任務は社長のそばにいることでしたから。」
社長も警官も笑った。警官は言った。
「社長には何もなかった。犯人は君の手で捕まった。これ以上にいい結果はあるか?」
社長も言った。
「儂はお嬢さんのこと気に入ったぞ。勇敢で、態度も良い。」
またふぉっふぉっふぉと社長が笑った。
依頼者 大庭良雄
依頼内容 ガードマン
成功報酬 25000円とチョコレート・ジェラート
結果 強盗犯を逮捕。社長と仲良くなった。