戦争『テスト週間』ゲーム
僕と彼女は付き合っている。
「先輩、今日はテストなんで午前中で終わりですね」
「あー、そうだったな」
中間テスト真っ最中の時間割は午前中しかない。
三日目のテストは現代国語と数学Ⅱ、あと化学だ。
明日のテストで全てが片付いたあと、学生が一番嫌いなテスト返しがある。
僕はあんまりテスト返しに嫌悪はしないけど。
「先輩、テストはどうでしたか?」
「んー、まぁ、ぼちぼち」
「ぼちぼちってどんな時に使うんですか?」
「まぁまぁって意味だよ」
ちなみに、今回のテスト範囲は少々甘かった。感想としては広くはなく、深くもないところか。
おそらくセンター試験とかそういうのにはあまり関係がない範囲なのだろう。簡単な式だったりしていたため、学んだことを復習する感覚で挑むことができた。
「ほー。先輩やっぱり勉強できるんですね」
キラキラと輝いた瞳で僕を見つめてくる。
「だから、やっぱりっていうのやめろよ。僕がバカだといってるように聞こえるから」
このやり取り、多分中学校の時もやった気がするんだけど。
「先輩、私とのゲームの成績は?」
「それは違うだろう」
僕は苦言を漏らす。
「まぁ、先輩が平均点以下になることはなくてよかったですよ。さすが私の彼氏です」
「お前の彼氏は課題が山積みだな」
ゲームを毎日のように仕掛けられ、ゲームに毎回負け、そして面倒見が良くて受け答えもいい。そしてテストがちゃんとできる人。
そんな完璧超人いるわけがないじゃないか。僕以外。
「で、何の用だよ」
「うわ、先輩不機嫌そうな顔」
お前がしたんだろ。
「先輩、彼女にそんな態度とっていいんですか?彼女がわざわざお迎えに上がったのに……そんな態度を取るなら私、他の男作って遊んじゃいますよ?」
「浮気性の女とか僕はいらないよ」
僕は軽くあしらう。
どうせ、ゲームでもしましょうっていうんだろう。
普通にできてしまったら、「余裕だったなら、ゲームしましょう。暇でしょ?」と言われるに違いない。
しかも、みんなが勉強している時期なのに彼女とゲームをしているとなれば僕は後ろ指をさされてしまう。
「私はそんな誰にでも股を開くような尻軽女じゃないですよ。そんな尻軽女はワードに出てくるイルカみたいになっちゃえばいいと思うんです」
ワードに出てくるイルカ?一瞬頭の上に疑問符が浮かんだが、すぐに理解する。
「あれか、『何か調べたいものはないですか?』と聞かれた時に『お前を消す方法』ってやつか」
「そうです」
「あれ、本人に聞いてどうすんだよって思うし、そのネタ古いな。お前僕より年上だったか?」
彼女は頬を膨らませる。
「もー、先輩そんな態度だからいけないんですよ。クラスの中でぼっちでしょ?」
うぜぇ。お前を消す方法って聞くぞ。
「うるさいな。あんまり人と関わる気がないだけだよ。一人の方が気が楽だし、何より関わることないし」
虚勢だった。
「本当は?」
「人間強度が下がるから」
「他の言い方でいうと?」
「ただのコミュ障です」
くすくすと無邪気に彼女は笑う。
あー、くそ、もー本当可愛いな。
本当調子狂うな。と思いながら僕は頭をガシガシと掻いた。
「で、本当になんだよ。なんか用があるのか?」
「そうでした、そうでした。先輩、ゲームしましょう」
「だが断る!」
「何故!?」
不敵に笑う僕。僕はその誘い文句を待っていた!
「この僕が最も好きなことの一つは、どんな強敵なやつでも、例え相手が僕の彼女でも『ノー』と言うことだからさ!」
キョトンとした表情で僕を見てくる。なんだその表情は。はっ倒すぞ。
「先輩そのネタ時事的にどうかと思いますよ」
「……」
小悪魔みたいに笑ってくる彼女に僕はデコピンをした。
ぺちっと軽い音が聞こえたあと、はぐぅと情けない声を彼女は上げて蹲った。
「痛いですよ!」
「痛くしたんだ。当たり前だろう」
涙目の彼女に僕は罪悪感なんてなかった。
せっかくとっておきのやつを出したのに、その反応は虫の居所が悪かった。
「おでこ赤くなったら医療費請求しますからね!」
「その代わりゲームしてやるよ」
「何ですか、その上から目線は!私怒りますよ!」
「もう怒ってるじゃないか」
「そりゃ怒りますよ!」
「やっぱり怒ってるじゃないか」
「先輩なんか大嫌いです」
あら、悲しいな。
全くもー。と彼女はおでこを何度か摩る。
「赤くなってますか?」
「なってないなってない。ちょっと触れただけで無駄に痛がるサッカー選手かよ」
「本当に痛かったんですよ」
他人の口ならいくらでも言えるな。と僕は思った。
「で、何のゲームをするんだよ。ここにはカードもないぞ」
「んー、そうですね。先輩、鉛筆と紙、ありますか?」
「ん?まぁ、あるといえばあるが……」
僕はそう言って、床に置いてあるカバンを持ち上げようと頭を下げた。
「よいしょっ……で!」
頭を持ち上げると、後頭部に痛くはないが衝撃が走る。
「あははは!仕返しですよ」
彼女が僕の頭が上がる軌道上に掌を添えていた。
僕が頭が下がることをわかっていて先程のことをしたのだろう。
反撃しようとしたが、彼女は仕返しと公言している。
つまり、この一連に非があるのは僕だ。
「目には目を歯には歯を、ですよ」
ニヤニヤと笑う彼女に何もできない僕はぐうの音も出なかった。
「今回やるゲームは『戦争ゲーム』ですよ」
「FPSゲームは持ってきていません」
「先輩はどんなゲームを所望しているかわかりませんが、先輩が想像したものとは多分全然違うものですよ」
「そうか……。で戦争ゲームってなに?」
えっ。と彼女はびっくりした顔をしてきた。
「え、先輩まさか知らないんですか」
「ん?あぁ。戦争ゲームなんて恐ろしい名前のゲームは知っていない」
「さすが、人間強度極振り先輩。他人の流行りすらを無視して突き進むお方ですね」
失礼だと思わないのかな。この人。
「こほん。ではその人間強度が孤高の人となってる先輩にお教えしましょう。戦争ゲームを!」
「おー、頼む」
なんせ、彼女とやるゲームは面白いからな。
「で、先程出してくれた紙と鉛筆を貸していただけませんか?」
「あぁノートだけどそれでもいいか?」
「大丈夫ですよ。先輩のノート一枚汚しちゃうので申し訳ありません」
「気にしない。あとでお前から徴収するから」
「酷くないっすか?先輩」
ゲームでお金を使うようなものだ。あとで彼女からお金をもらっても、僕にゲーム費用を払うようなものだろう。
「まぁ、いいでしょう。さて、ぐりぐりー」
ルーズリーフの一枚を渡すと彼女はルーズリーフの上側端に綺麗な丸を三つ鉛筆で書いた。
すると、彼女は鉛筆を僕に渡してくる。
「先輩は私の書いたところの真正面に黒塗りで丸を作ってください」
「なにをするのか見当がつかない」
「まぁ、まぁ、そう言わずに書いてくださいよ」
「わかった」
僕は返事をして、彼女が書いた丸の真正面。下側端に適当なかなり潰した丸を描く。
「これからやるのは戦争ゲームといって、鉛筆を使って敵を倒すゲームです!」
ほう?
彼女は僕から鉛筆をもらうと、僕から見て左側の丸の中心に鉛筆をたて、えんぴつの一番上を人差し指で抑えた。
「こうやって持って……狙いを済まして」
ルーズリーフをしっかり持った彼女は鉛筆をゆっくりと傾けていく。
「ばびゅーん!」
そして情けないサウンドエフェクトと一緒に鉛筆が飛んで行った。
「って感じでやって、えんぴつが描いた線の最後のところに丸をつけていきます」
「ほー。それでどうするんだ?」
「今度先輩、よろしくお願いします」
僕は彼女から鉛筆を受け取ると、彼女と同じように鉛筆を立てて弾くように鉛筆を飛ばした。
思ったより難しいな。
「先輩下手くそですねー」
「うるせぇ。初心者に期待をするな」
「私の先輩なんだからそれくらいできてくださいよ」
「お前の彼氏のボーダーラインが結構レベル高い気がする」
僕は、彼女と同じように黒く塗りつぶした丸を作った。
「で、このゲームは相手の丸をえんぴつの軌道で横切ったら勝ちです。そしてこのゲームの勝利条件は相手の丸を全部倒したら勝ちですよ」
「思ったより単純だな」
「そうですよ。非常に簡単なゲームです」
だがそれ故に、奥が深い。
これはカタログスペックによるゲームじゃない。
「キャラクターを作り、そのキャラクター達を操作して勝利を掴むゲームか……」
つまり、対戦型ロールプレイングゲーム……いや、ストラテジーゲームだ。
「ふふふ、先輩面白そうな顔していますよ」
「そうか?」
「そうです」
どんな顔をしているのか、手鏡があったら是非見てみたい。
しかし見なくてもわかる。
僕は今楽しんでいる。心の底から湧き上がるゲーム欲に僕は飲まれようとしていた。
「先輩ってカードゲームとか、そういうのじゃなくてストラテジーゲーム、RPG系のゲーム好きそうですもんね」
「あぁ、好きだぞ。昔は聖剣伝説とかよくやったいたくらいだ」
「それ古くありません?私達が生まれた時ってもうゲームボーイダブルスクリーンとかありませんでしたっけ?」
「それよりもう少し前だな。僕の時はまだアドバンスの世代だ」
あの横長の携帯ゲームは暗いところだと見えないから明るいところでしかできなかった覚えがある。
でもあの時代ファンシーなドット絵と、暗転して待機ボタンよろしくゲームのアイコンが自分の周りに囲うように出てくるリングコマンドシステムとか、画期的だなと今でも思っている。
そんな僕を彼女は笑顔で見ていた。
「……なんだよ」
「いや、先輩かわいいなーって」
「……そうか?」
「そこ否定するところじゃないんですか?または恥ずかしそうな顔をしてくれませんか?」
「……いや、お前からそんなこと言われるとちょっとびっくりというか、嬉しいというか」
僕達は結構、軽口をたたきあい座布団が埃をぶちまける様な仲だと認識をしている。
その経験から、この彼女の笑顔から発せられた可愛いという言葉はきっと本心で言ったのだろうと思ったので、恥ずかしい表情はするものの否定をするつもりはなかった。
だが僕の場合、今まで『可愛い』という言葉を言われたことがない。
だから判断ができなかった。
いやどう返したらいいのかわからなかったのが正しかった。
「なんか素直にありがとう?って返事をしたらいいのか?」
「……うー。なんか言ったこっちが恥ずかしくなってしました」
「そうか、なんかすまなかったな」
彼女は頬を二、三度叩いた後顔を僕に向ける。
気恥ずかしさと頬を叩いたことによって赤みが強くなったその顔はナチュラルメイクをした様な顔だった。
メイクをした人あんまり見たことないけど。
「じゃ、先輩やっていきますか」
「そうだな。ちなみに賭け事はないよな?」
おっと、そうだった。と彼女は呟いた。
それと同時にしまったと僕は思った。言わなければただのゲームで終わったのに、思わず舌打ちをする。
「そうですねぇ、勝ったらお願いを一つ聞いてもらうとかどうです?」
「単純明快なことで」
勝てばお願いを聞いてもらえる。とてもシンプルでいいと思う。
「ゲームって難しいことを考えれば考えるほどわからなくなるんですよ。ゲームはシンプルに楽しく。それがいいと思います」
「うわ、今のゲーム会社に喧嘩を売ったな」
「そうでもないですよ?二年くらい前に発売していたアンドロイドのゲームはシンプルでとても楽しかったですよ」
「……それ、十七指定のゲームじゃなかった?お前今いくつだ?」
「……さて、やっていきますか」
話題をすり替える様に彼女はゲームに集中していく。
……今度彼女の家に行くことがあったら部屋からゲームを押収してやろうと心に決めた。
まずお互いは手堅く真っ直ぐ進むだけにした。
なんせA4サイズのルーズリーフのため距離が遠い。片やゲームマスターであれ、僕の彼女。性差別ではないが力が弱い。
そして僕は力が強いとはいえ、この戦争ゲームの初心者だ。
「あっ、変なところに行った」
彼女は方向音痴だからか、狙った方向から逸れるように鉛筆があらぬ方向に飛んで行く。
「うーむ。やはり難しいですね」
「あきらめんなよ。どうしてそこで諦めんだよ」
「突然太陽神のような熱い言葉をかけられても溶けてしまうだけです」
ガックリとうなだれてしまう彼女からえんぴつを受け取ると僕は真ん中の丸を右に弾いた。
「はい、どうぞ」
彼女に渡すと、彼女は右側の丸を前に弾く。
名称でいうなら、一号が左側、真ん中が二号、最後に三号だな。
言い換えよう。三号を前に弾いた。
「先輩って戦術どういうの知ってます?」
「何を突然」
「なんとなくです。ストラテジーゲームが好きなら先輩はどういうのを戦法に使ってるのかなって思って」
僕は回答権のように鉛筆を受け取ると、先程弾いた黒丸を弾く。
「まず戦法というか大まかな奴って、応急戦と、防衛戦くらいじゃないのか?」
「応急戦ってなんですか?手当てしながら戦うものなんです?」
「めちゃくちゃなことを言うな……」
そんな器用貧乏な戦闘するなら決闘でもやってろと言いたい。
「応急戦は、簡単に言うと移動中に偶然敵と遭遇した時のことを言うんだ。言うなればベトナム戦争でアメリカが苦しんだと言われるゲリラ戦だ」
「ゲリラ戦でなぜ苦しむんですか?」
彼女は今度は一号を前に進めると、僕に鉛筆を渡す。
「ゲリラ戦って言うのはお互い戦術が展開できていない時に起きるものなんだ。お前だって突然じゃんけんを申し込まれたら困惑するだろ?」
「はい、あぁ、そう言うことですか」
「そうだ。ベトナムという森林。ジャングルみたいな所でゲリラ戦をされてみろ。しかもそれが一人ではなく、多人数だ」
僕は彼女の自陣にいた一号を左手にあった塗りつぶしてある丸で圧力をかけた。
「それを何度も繰り返し行われる。そしてアメリカといえど彼らは人間だ。不意打ちばかりされていれば精神力はどんどん削られていく」
「大変でしたね」
「そうだな」
その結果、虹枯葉剤と呼ばれる代物をぶちまける事で森林を破壊しつくした。
彼女は一号を僕のコマを避けるように二号の方へと移動した。
「そういえば先輩」
彼女が僕に話しかけ、鉛筆を渡してきた。
僕はその鉛筆を黒丸に乗せて、一号に狙いを定める。
「なんだ?」
「私のお願い先に言ってもいいですか?」
力を少しずつ加えていく。
「私今回のテスト、赤点必至レベルでやばいので助けて欲しいんです」
鉛筆の芯がバキッと折れた。
「違う。その公式はここにはないって」
「え、これじゃないんですか?」
「だからこの場合、これをここに当てはめて公式を使えばすぐに答えが出るんだって!」
明日のテスト……数学と、世界史の彼女は僕に数学を教えてもらっていた。
なんでも現時点での彼女のテスト……だいたい六教科が赤点レベルだとのことだった。
「てか、なんで早く言わないんだよ!」
「ふぇぇ」
そんな可愛い声で出しても困るんですけど。
シャーペンをカチカチ鳴らし、公式をつかって計算をする彼女。
「だって、先輩最近勉強頑張ってるから相手してくれないし、構って欲しくてゲームをずっと誘ってたんですよ」
「……」
たしかに最近、ここ一週間はずっと勉強ばかりをしていた。対する彼女は最近ちょっかいを出してくることが多かった気がする。
「だからと言って勉強をおざなりにしていいと言っていない」
「先輩、助けてください」
「今助けてやってるだろ」
たく、本当困った彼女だ。
目の前でうじうじしながら教科書に書かれている式を解いていく。
僕はその彼女を不器用な奴だと思った。
「なぁ、ゲームをしないか?」
「……先輩こんなときにゲームとか何考えているんですか?私を赤点にしたいんですか?」
「いや?おまじないだよ、おまじない」
不機嫌そうな顔をして僕を見てくる彼女に、僕は頬杖をついてニヤリと笑ってやった。
まるで小悪魔みたいな笑みをこぼし、ゲームを提案する彼女のように。
「もし、明日のテストで平均点以上とったらデートしてやろう」
「え?」
「もちろん費用は僕もちで、最近テストばっかりで相手していなかったからそのお詫びも込めて……な?」
ぱぁっと表情が明るくなる彼女。
「本当ですか!絶対ですよ!」
「本当本当」
「なんかやる気出てきました!先輩約束守ってくださいよ!」
おう、任せておけ。と僕は返事をする。
そして、彼女は僕とデートができることができた。
「だーかーらー、ここ違うって何度いえば分かるんだ!」
「うわーん!」
「ここも違うし!お前本当によくこの高校に合格できたな!びっくりだよ!」
「てか、先輩騙しましたね!こんなのデートとは言いませんよ!」
涙目になりながら彼女は不満を漏らしてくる。
「馬鹿だなぁ。お前」
「なんでですか!また勉強のとこで馬鹿にするんですか!」
いいや?と僕は答える。
「誰も、『どんな』デートをするか、言っていないけど?」
「……あ」
そう、今回のデートについて僕は明言していない。
僕は彼女のテストを良くするために自宅でこってり勉強を教え込むデートを敢行する予定だったのだ。
「むぅぅぅー!」
「恨むなら、テスト六教科赤点だった時のお前の判断力に恨むんだな」
これが勝つ余韻か。
目の前でうじうじしながら勉強をしてくる彼女を見ながら僕は、追試が合格した時のご褒美を考えていた。