グリコ『スカート』じゃんけん
僕と彼女は付き合っている。
「先輩、何か面白いことはないですか?」
「正直何もない」
僕はすぐに返事を返すと、彼女は不機嫌な表情をした。
「先輩それ、彼女の目の前で言っちゃダメですよ?まるで私との帰り道や登校が全然楽しくないって言ってるようなものです」
彼女はむすっとした表情で僕を非難してきた。
「じゃあ、お前は何か面白いことはないのかよ」
「そりゃもうたくさんありますよ」
「ほう、教えてくれないか?」
冷たい視線を僕に向けてくる。暑い時期にその視線はそこそこ心地いい。
変態かな。僕は。
「嫌ですよ。何も面白くないと言った先輩と一個ずつ言い合うっていうことをしたかったのに」
「そりゃ残念だ、ゲームはお預けだな」
彼女の表情が一層険しくなる。
対して僕はどこ吹く風だ。
そりゃそうだ。僕は彼女のゲームに参加することをしなくていいから。
僕の予想では、面白いことを言い合うことがゲームとなると、『相手が面白いと思うまで言い合う』というルールが付いてくると思う。
つまり、常に言い合うことがなくなる。ゲームマニアの彼女の掌コロコロをされずに済むということだ。
「仕方ないです。じゃあこのゲームはまたの今度にしますね」
「またって、諦めてないのかよ」
キョトンとした表情で僕を見る。
「そりゃそうですよ。私は先輩といっぱい遊びたいんですから」
そんな顔で見ないでくれ。
思わず抱きしめたくなる。
そんな気持ちを拭うように口元を隠し照れ隠しをした。
「ちなみに、一個だけ面白い話はなんだったんだ?」
「え?先輩と一緒に帰ることですよ?」
どこかで沸騰しそうなくらいに顔を真っ赤にした男性がいたそうだ。
「でも先輩に面白いことないならダメですね」
「あぁそうだ。だから今日は諦めるんだな」
僕達は、そう言いながら帰り道の駅が付属する歩道橋の階段に差し掛かる。
「……あっ」
「ん?」
彼女が突然声を上げた。
何か忘れ物をしたのかと僕は階段に足をかけた状態でふりかえると、彼女は小悪魔のような笑顔を作った。
この表情はゲームを思いついた顔だ。
そう僕のゴーストが囁いている。
「……先輩、ゲームをしませんか?」
「やらない」
「だからなんで即答なんですか」
これこれ、あんまり眉間に皺寄せると可愛い顔に跡が残るぞ。
「いや、だって学校の帰り道にゲームをするとか、学校規則に違反してない?」
「ただのアナログのゲームで遊ぶだけなのに、学校規則に違反するんですか?たぶん、デジタルゲームをやっていたら規則違反にはなると思いますけど」
たしかに学校にスマホとか持ち込んだら校則違反にはなりそうだ。
「アナログゲーム。カードゲームはアナログゲームになるのか?」
「あれはトレーディングカードゲーム。アナログのゲームになるかと思いますけど、私達はカードゲームをやるつもりはありませんよ?というか話をずらそうとしていませんか?」
「……さぁ?」
じーっとこちらを見てくる彼女の視線に耐えきれず、僕は視線を外した。
たしかに異論はなかった。
スマホゲームではないし、デジタルゲームでもないし、ゲームセンターに行くわけでもない。
ましてやカードゲームをやろうって言ってるわけじゃないし、なにか曰く付きのゲームをするわけでもない。
彼女は咳払いをして、手を広げた。
「じゃあ、ゲームしましょうよ」
「……」
逃げ道を塞がれたような状態。断る理由がなかった。
「しっかたないなぁ」
「よっしゃ」
彼女はガッツポーズをとった。
「で、なんのゲームをやろうとしてるんだ?」
「ふふん。今日のゲームは『グリコ』です!」
「グリコポーズをずっとやるゲームならパスだ」
「そんなゲーム提案して私は何をするつもりなんでしょうか」
確かにな。
「先輩って昔、じゃんけんで勝った手の言葉を使って階段を登るとかやりませんでした?」
「あー、『グリコ』、『チョコレイト』、『パイナップル』……だっけ?」
たしかあれは幼稚園の時にやっていた気がする。
友達とじゃんけんしてグーでかったらグリコ。パーで勝ったらパイナップル、チョキで勝ったらチョコレート……と文字数分で階段を登るゲームだったか?
いつも僕が一番乗りで勝っていた時があったなぁと、懐かしく感じた。
「今日はそのゲームをやりませんか?」
「目の前に階段があるからってことか?」
「そうですよ」
まぁ、階段を登るだけは面白くないし、毎日面白いことを追求し続ける彼女に乗ってあげてもいいかな、と思った。
「じゃあ、やるか」
「ちなみに、もし負けたらマクドナルドのビックマックセット上がりってことで」
「腹減ってたのか?太るぞ」
「先輩、彼女に言っちゃいけないワード、ナンバーツーを引き上げて面白いですか?」
「無限の言葉の海からナンバーツーを引き当てたガチャの達成感を今感じたよ。ありがとう」
そして、グリコゲームが開始された。
「ルールは簡単ですよ。じゃんけんをして勝ったら登る。負けたらそのままです。ゴールはこの歩道橋の一番上です」
「なるほど、こっから数えていくと段数は……ひーふーみー……四十八段か。結構長いゲームになりそうだな」
いや、チョコレート、パイナップルの文字数は六文字だから八回チョキとパーで勝てば行けるということか。結構短期決戦な気がした。
「勝った手のやつはグリコ準拠でいいのか?」
「そうですね。ルール変更しても面白くないのでこのままでやっていきましょう」
「そうだな」
「ま、先輩は必ず負けますよ。私のサイドエフェクトがそう言ってます」
「……ふっ、お前知らないだろ?『俺』はじゃんけんだけは無駄に強いんだぞ?」
睨み合う両者。いや、僕と彼女。
僕達は息を合わせ、右手を後ろに引き下げる。
「じゃあ、行きますよ。先輩」
「おう、かかってこい。絶対ビックマック奢らせてやるよ」
「ふ、いい心構えですね!」
そして、大きく振り上げ……。
「じゃんけんぽん!」
「じゃんけんほい!」
僕らは同タイミングで振り下ろした。
僕は、まず堅実にグーをだした。
理由は簡単だ。このゲームには攻略法があるからだ。
「くぅ、先輩強いっすね」
「僕を舐めるなよ!」
彼女の手はチョキだった。一回戦、僕の勝利だ。
このゲームはじゃんけんに準拠したゲームだ。
じゃんけんのそれぞれの手は三分の一で勝ち、三分の一で負け、三分の一で引き分けになるゲームになる。
「じゃあ、手始めにいくぜ。ぐー、りー、こっと」
しかし、このゲームバランスはもとより破綻しているのだ。
『最初はグー』という掛け声で始まる時、それらの掛け声やルールで始まったとき、それらは全て裏ワザが存在する。
それは文字数にある。
グリコは三文字であり、勝ったとしても勝利した時の報酬がほかの手と比べて少ない。
つまり、このゲームで圧倒的に文字数が多い手が出る確率は高いのだ。
「負けませんよ!」
「おう、かかってこい」
たった三歩、上がっただけだが僕は勝利を確信した顔でいた。
「じゃんけんぽん!」
「じゃんけんほい!」
僕は変わらずグーを出した。
彼女はパーだった。
「よし!ぱー、いー、なー、ぷー、るーっと」
「あれ、パイナップルは六文字だぞ?それだと五文字だけど」
「あれ?ちっちゃい『つ』ってカウントされるんですか?」
「あぁ、それだったらぱーいーなーつーぶーるーだから六文字になるんだけど」
うーむ。と彼女は暫く考えるが、すぐに口を開く。
「まぁ、五音で行きましょう。ルール変更もありってことで」
「ルール変更か。了解」
いずれにせよパイナップルにすると九回と、グリコ一回の十回でゴールとなるわけだ。別に大差はない。
「よし、この調子で行くぞー」
彼女はスカートを少し短くした。膝が少し出てる程度だったスカートが、膝から十センチ上の短さになった。
ミニスカートだ。彼女のやや白い健康そうな肌が見えた。
中学の時、室内競技だったからだろう。
「……」
「先輩、じゃあ、次の手行きますよ!」
「あ、あぁ」
集中しなければ、この勝負に勝ってビックマックを奢ってもらう。
そして勝った暁には、このルールバランスについてしっかり教えてやろう。
「じゃんけんぽん!」
僕はパーを出した。
「しまっ」
「よし、私の勝ちですね!」
彼女は嬉しそうにチョキを作った手を振り回す。
「じゃあ、失礼して、ちーよーこーれーいーとー。先輩差が開きましたね」
「くそ、負けるもんか」
僕の頭は混乱していた。
このゲームはゲームバランスが崩壊している。
このゲームは階段を登りきったら勝ちだ。
このゲームは階段を上る数が多い文字が出る手が出る確率が高い。
僕の頭は混乱していた。
「きゃ……今日は風が強いですね」
スカートがひらりとめくれかかった直前で彼女は両手で抑えた。
「……」
動揺した。
僕と彼女は付き合って一年になるが、手を繋いだこともない。
「先輩、頑張らないと負けますよ!」
階段の差が広がれば、彼女は高い位置に行く。
つまり、僕と差が広がればその短いスカートの中身を……。
秘密の花園が見える。
この時僕の頭の中では計算を始めていた。
彼女の身長は確か百五十三センチ。
平均的な股下の長さは四十三パーセント。
つまり、彼女の股下の長さは六十三センチ。
太ももの長さは脛の長さより短いから……。
膝から上の十センチ。
つまり、パンツはこの二十センチの壁の向こうに存在する!
ものにして定規にプラス五センチ!
「うっ、鼻血が出そうだ……」
「先輩?大丈夫ですか?」
心配そうな顔をして階段を降りてきた。
「だ、大丈夫。続きやろう」
「先輩なんか変ですよ。なんかおかしいです」
気のせいだ。
「なんか顔赤いし」
気のせいだ。
「なんか鼻息が荒い気がします」
「き、気のせいだぞ」
あ、やべ。最後のあたり上擦った。
もちろん彼女は疑う表情で僕を見てくる。
僕は彼女の視線と合わせなかった。
「……まぁ、そうですか。じゃあ続きやりましょうか」
「……」
つばを飲んだ。
これは男の勝負だ。
何度も言うが、このゲームはゲームバランスが『崩壊』している。
つまり、知っているならばそのゲームバランスを利用すればいい!
「じゃ、行きますよー。じゃーんけーんぽん」
彼女の手の動きに合わせて、僕はグーを出した。
「先輩、ほんとじゃんけん弱いですね」
「くっ」
四連敗目を喫した僕は悔しそうな顔をした。
「センパーイ。早くしないとビックマックセット買う羽目になりますよー。早くしないと負けちゃいますよー」
彼女の段数はパイナップル六回とチョコレイト一回。三十六段目のあたりにいる。対する僕はグリコ二回。つまり六段。
差にして三十段。だが、まだ秘密の花園は見えそうにもなかった。
「どんだけ鉄壁のスカートなんだ。あれじゃ重力を真逆にしても絶対見えない」
そう、僕が悔しい顔をしていたのは負けて悔しいわけじゃない。
スカートの中身が見えないことに悔しいのだ。
「先輩早くしましょうよ」
「あぁ、今度こそ!」
「……先輩絶対なんか企んでるな」
何も企んでいないぞ。
なにも企ててもいないぞ。
「じゃー、行きますよー。じゃーんけんぽん!」
「くっ、勝ってしまったではないか!」
心の底から漏れる潰れたような声。多分生まれて初めて出した声かもしれない。
「先輩勝ちましたね。……何で上がってこないんですか?」
「早く勝ちたいのに負けっぱなしだったからやっと勝てて嬉しいのだ。すこしくらい勝ちの余韻に浸らせてくれよ」
「え、先輩なんか怖い。たった一勝にそんな命をかけてるとか、そんなにゲームに命かけてる人でしたっけ」
命はかけてはいないけど、彼女のパンツを見るくらいなら命をかけてやれる。
男とはそういうものなんだ!
「ぐ、り、こ。よし、流れがきたから勝つ!」
なお、ここまで全部真逆の気持ちが本当の気持ちだ。
もうビックマックを奢ってやるからパンツ見せてって言えばいいんだろうが、やはり彼女に頼み込んでまでするものなのかと考えるとそうではないだろう。
それに『え、先輩パンツ見せてとかいうんですか?幻滅しました』とか言われれば僕の蜘蛛の糸のような精神力が勢いよくちぎれてしまいかねない。
「じゃんけんぽん」
「よし、私の勝ちー!」
「くっ、絶対負けない!(よし、また差が開いた)」
全く僕というのは情けない人間だ。
太宰治も恥の多い人生を送っていたとかなんとか言っているが、そんなもん僕だって送ってるよ。と顔面にストレートをお見舞いしてやりたい。
人間失格読んだことはないけど。
「パーイーナープール。先輩リーチかかっちゃいましたよ」
「お、そうだな」
「え、なにその軽い反応。まさか逆転劇を企んでいるの!?」
なにを考えているかわからないがお前さん。僕は今ゲームでは負けているが、勝負には勝っているのだよ。
つまり、僕の目的は彼女がゴールすることに意味がある!
「ふふふ、そのまさかだ。僕は今大事な場面に立ち向かっているんだ!」
「先輩中二病とか持っていましたっけ。ちょっと引きますよ」
「ふざけるな!男の勝負だぞ!」
「それをいうなら雌雄を決するのほうがいいと思いますよ」
僕と彼女だけに雌雄とか?
ちょっと上手いことを言うじゃないか。
「あれ、じゃあもし先輩が負けたら先輩は男じゃなくて女の子?」
「その飛躍的な思考回路は理解できない」
「先輩負けたら先輩明日女装しましょうよ」
「は!?」
なにその罰ゲーム聞いてないぞ!
「明日学校休みですよ。明日くらい女装してもいいじゃないですか」
「何を着るってんだ。僕には姉も妹もいないぞ」
「目の前に彼女がいますよ」
つまり、彼女の服を僕が着る?
「僕が、お前になる?」
「うわ、ちょっと引きました」
失礼な。
そんな会話の中、差を確認する。僕は九段。彼女は四十一段。
つまり、次のゲームで勝負が決まる……!
変わらずグーだ!
僕は心に決めて握りこぶしを作る。
しかし思いとどまった。
僕がグーで負けた回数は何回だ?
僕がグーで勝った回数は何回だ?
僕は六回負けて、三回勝っている。
つまり、グーを九回使っている。
「……もしかして次の手を出すのをバレている?」
思考がぐるぐると巡り始める。
「彼女は容赦をするタイプだ。僕がわざと負けないように仕組んでからに違いない」
それにすこし前から計画に気づいているかもしれない。
「ここはグーじゃない!」
グーを緩めた。なんの手を出すのか悩む。
そう、このゲームはゲームバランスが崩壊している。
読め。全て読み着るんだ!
出す手の確率!
今まで出した手の数!
相手の思考回路!
限界まで達した思考回路の先には僕の勝利が見える!
「じゃあ、先輩行きますよー!」
そう、僕が出す手は……!
「じゃーんけーんぽん!」
僕はパーを出す。
今までの手の数を考慮すれば僕が出す手はパーだ。
チョキを今更出しても意味がない。そこは穴場だ。
つまり、彼女は僕がチョキを今更出してもグーを出さないし、グーの頻度からパーもありえない。
さぁ、彼女の手は……!
「よっし、勝ったよ!先輩!」
よっしゃぁぁぁぁぃぁぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぃぁぁぁぁぁぁぁぁ!
僕は勝負に勝ったと確信した。
長い戦いの中、僕はその理想郷を拝むことができる!
「ぱーいー……」
「……ごくり」
さぁ、僕に見せてくれ!
理想郷を!男性たちが望む逆三角形を!
「ぷー!頂上だー!」
「……なっ」
白じゃなかった。
黒でもなかった。
「ほんとスカートって風で煽られちゃうから困るんですよねー」
彼女の顔は小悪魔みたいな笑顔を作っていた。
ハーフパンツ。
体育の時に履いている。ハーフパンツ。
「今日体育があったので、ハーフパンツを履いておいて良かったです」
「なっ……あ、まさか」
あの時短くしたスカート。
まさかあの時点で僕がそう思考が回るように仕向けた!?
「さぁ、先輩。勝者にビックマックセットですよ!」
なにもかも、彼女の手中にあった。
「はぁー、美味しいですよ。先輩!」
マクドナルドで僕は彼女にビックマックセットを奢っていた。目の前で美味しそうに食べている彼女に僕はつまらなさそうにコーヒーを飲んでいた。
レトルト感が強いコーヒーに吐き気がしそうだ。コーヒーを飲んだことがない僕だからわからないけど。
「いやー、まさかあそこまで先輩を騙せるとは思わなかったですよ」
ケタケタと笑いながらポテトを食べていく。
「あー、そうですか」
きっと僕がめちゃくちゃ考えているのを内心笑っていたんだろうな。
あームカつく!
「もー、先輩すこしは機嫌なおしてくださいよ。そんなんだと眉間にシワの跡が残っちゃいますよ?」
「お前、僕にそっくりそのまま言い返すとはいい度胸だな」
「あははは」
くそ、満遍の笑みをしやがって。
全然面白くないじゃないか。
「はー、お前、本当可愛いのにな」
性格が悪戯好きとかほんと世の中理不尽すぎるだろ。
頭を抱えてぼそりと呟くと、彼女の上ずった声が聞こえた。
コーラを飲んでしゃっくりでも出たのかな。と顔を上げると彼女は真っ赤な顔をして僕を見たいた。
「せ、先輩」
「ん?どうした?」
口をパクパクとしている。言葉が出てきていない。
「先輩今なんて言いました?」
「ん?どうしたって言っただけだよ?」
そうじゃなくて!と彼女は言う。
果たして、僕はなにを言ったのだろうか……?
僕には、全然分からなかった。