表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2018 応募作品群 和ホラー

感覚アート 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 うへ~、こうして脱いでみると、腰のあたりがひどいなあ。いや、別に腹の肉の付き具合じゃねえよ。ああ、いやいや、間接的には関係があるかもしんないけど……。

 ズボンのベルトを締めているあたり、アザになっているのが分かるか。ここ一年くらいかなあ。急激に色が変わってきて、気味が悪いったら。

 ――心配なら、とっとと病院に行け?

 そこで三歳児でも口にできるような、正論をぶつけられてもなあ。お前も同じ立場だったら、絶対にめんどくさがって医者になんか行かねえぞ。だって、耐えられないわけじゃないから。行くとしたら、自身が本当に「やべえ」と思った時が来たらだろうよ。

 でも、世の中はすげえぜ。こんな不快な代物を、自分の楽しみにできた奴さえいるんだから。ま、俺のいとこなんだけど。

 どうだ、聞いてみないか?


 いとこは自他共に認める汗っかきだ。今みたいな夏場だと、首にタオルをかけてしょっちゅう顔や首をたれ落ちてくる汗を拭っている。学校でも、先生の許可をもらって、タオルを相棒に授業を受けていた。冷暖房は許可がないとつけてもらえないみたいだからな。

 不可抗力とはいえ、タオルで顔を拭くたび、わずかに周囲からの視線と、自分から遠ざかる気配を感じる。ただでさえニキビ面なんだ。汗を拭うのは、ニキビの表面をなぞることと同じで、不潔に思われたのだろう。非常に不快だって話していたよ。

 汗をかきっぱなしならかきっぱなしで、白い目で見られるのは明白。ならば、少しでもましになる方へ手を伸ばすより他にない。いとこは使ったタオルはすぐに処分し、自腹で新しいタオルを用意しては、どんどんおろしていったらしいんだ。


 そして夏休み。いとこはサッカー部に入っていたんだが、知っての通りの炎天下。学校に向かう段から、すでにユニフォームがべっとり肌にくっついてきたとか。

 汗を拭くためのボディシートは持っている。だが、さすがに天下の往来で、服の中に手を突っ込んで、体を拭く度胸はない。誰がどこで自分を見ているか、分かったものじゃないからだ。

 歩きながら、周囲を見回して物陰を探すいとこ。ちょうど一軒家の流れが途切れ、二台ほど車を並べられる、小さな酒屋さんの前に差し掛かっていた。窓越しに見る限り、お酒以外の雑貨も扱っているようだけど、入ったことはない。店の裏手は延々と緑色の田んぼが広がっていて、人の姿は見当たらなかった。

 ちょっとスペースを借りようと、店の裏手へ回るいとこ。

 鍵穴付きのドアノブがつき、きっちりと閉まった木製のドアがひとつ。手前には、一部が破損してしまったごみ箱。奥には積みあげられたビールケースが置いてある。

 ケースの中には口の空いたビール瓶がいくつも詰まっていた。遠慮ない日差しによって、ホップ独特の「日光臭」が漂っていたが、我慢できないほどじゃない。いとこは道路側からぎりぎり見えない位置に陣取り、体を拭き始める。


 いとこの愛用するボディシートはクール系。香りより冷たさを重視している。眠気覚ましにも使える強さで、家に三袋は常備しているのだとか。

 今日は格別に暑い日。ついつい拭く手にも力が入る。

 払拭の軌跡に沿って、きびきび目覚める肌のはり。だるさが吹き飛ぶ爽快さ。かなうならそれらで、体すべてを包みこんでしまいたいが、後から後から汗は出る。偽りの冷えは瞬く間に溶けてしまうんだ。

いつもなら一枚で我慢するのに、その日は二枚、三枚。最終的に四枚のシートを、いっぺんに使ってしまった。

 いい加減にしないと、部活に遅れる。いとこがシートを壊れたごみ箱の中に捨てると、日光臭がにわかに強くなった気がした。思わずしかめっ面で、臭いの元をにらんだいとこは、ふと気が付いた。

 先ほどは閉まっていた、裏手の扉。それがうっすらと、親指ひとつ分、こちら側に向かって開いていたんだ。


 あの酒屋の陰で、体を拭く気持ちよさ。いとこはなかなか忘れられなかったらしい。気がつくとあの酒屋の裏手へ足を向けていたようだ。

 用事があってもなくても、関係なかった。いとこはそこで体を拭くためだけに、出かけることさえあったらしい。誰だって、汗だくになったらシャワーを浴びたくなり、寒さに震えるならば、こたつに潜り込みたくなるだろう。問答無用で。それがいとこにとっては、酒屋の後ろのボディシートだったわけだ。

 嗅ぎなれた日光臭。それをまといながら、体をこする至福の時。ついには新品ひと袋を、その場で使い果たしてしまうほどの入れ込みよう。

 そして名残惜しく立ち去る時、いつもあの裏手のドアは、かすかに開いているんだ。


 およそ20日後。すでにいとこは二日に一回のペースで、酒屋裏での体拭きにはまっていたんだ。加えて、家を出る時にも、家に帰ってきた時にも体を拭く。ほとんどお清めのようなもので、今まで以上にボディシートの減りは早くなっていった。シャワーを浴びるのも、着替えるのもおっくうになってきて、夜寝る前にも、シートで体を。タオルで髪の毛をざざっと拭いて、そのまま就寝、なんてこともままあったらしい。

 さすがの親も頭に来たようで、布団を干すという名目でいとこを追い出し、シャワー室に押し込んだんだ。そこでいとこは、久方ぶりに姿見に映した自分の姿に、一瞬鳥肌が立っちまった。


 いとこがしきりにシートで拭っていた上半身。そのあちらこちらに、「あせも」によく似たかぶれができていたんだ。

 鎖骨からへそまで、固まってつながっているものもあり、帯状疱疹を思わせた。そのようなものが四方八方、でたらめな方向に伸びて、いとこの体を不均等に区切っていたんだ。

 ぞわぞわ、と毛が逆立つ思いがしながら、シャワーに手を伸ばして蛇口をひねるいとこ。でも水滴が肌をまんべんなく叩き、撫で始めると、すぐに判断が誤っていたことを悟る。


 かゆいんだ。猛烈に。

 すべての発疹が、むずむずと自己主張を始める。「かまえ。俺にかまえ」と声なき声が、びんびんに神経を伝わり、脳に叫びかける。

 我慢などできない。いとこはお湯を出しっぱなしのシャワーヘッドを投げ出すと、両手でがりがりとかぶれたちをひっかき始めた。

 気持ちいい。すごく気持ちいい……。いとこの両手は止まらなかった。

 わかっているんだ。こんなこと、やらないほうがいいって。頭では。

 でも、止まらない。ひとかき、ひとこすりの瞬間瞬間に、快さが駆け巡る。触れる箇所も、回数も、増せば増すほど、愉悦はより完璧に。

 がりがり、がりがり音を立てて、水に赤みがかったものが混じるまで、いとこはずっと体をかき続けちまったらしい。

 そのほとばしった跡を、タオル代わりにボディーシートで拭くと、これがまたたまらない。

 漏れ出す痛みと、差し込む痛み。互いが互いに、がっぷり四つ。

 とどめ置かれた苦楽の境が、じき、幸せさえ作り出す。

 いとこが見つけた、痛覚のアートだった。


 自宅でさえこの心地よさ。もしもこれが、あの酒屋の裏手という絶好ポイントならば……。

 いとこはもう我慢ができない。夕食後、親にコンビニに出かけると嘘をつき、ありったけのボディーシートを確保。その足は、迷うことなく件の店へ。

 店のシャッターはすでに閉まっていたが、そんなことは関係ない。いつものポジションにつく、いとこ。変わらず立ち込める日光臭さえ、今は待ち受ける楽しみのための、アロマに思える。

 あの快楽を味わったんだ。もはや、羞恥も必要ない。

 いとこは上半身丸裸になり、田んぼの中にいるであろう、カエルたちの合唱を聞きながら、ぼりぼり、ぼりぼり、自分の体をかきはじめた。一度は閉じ込めた、刺激と弾みが、再び勢いを取り戻す。

 熱い、かゆい、痛い、気持ちいい……引っ込んでいた感覚を引きずり出す。もっと、もっと。

 それが頂点に達した時こそ、あのボディーシートは天へと通ずる、切符になるのだ。


 爪が汚れる。来るまでにはついてなかった、何かにまみれ、自分の臭いが染みついていた。

 いとこはすでに地面に放り出し、口を開けていた包装ビニールから、ティッシュを二、三枚。これから湧き上がる快楽を想い、痛痒い胸がはじけ飛びそうだ。

 あてる。冷える。伝播する。

 天国はどこでもない。自分のうちに眠ってた。

 貪るんだ、味わうんだ、たゆとうんだ。すべては心のままに……。


 バンッ! と大きな音がして、夢見る旅は終わりを告げた。

 見ると、あの外開きのドア。帰り際、かすかにその身を開いて、自分を誘ったあのドアだ。それが力の限りに開帳している。

 それだけだったら、いとこが驚くに値しない。けれども、中から出てきたものには、肝がつぶれる思いだったとか。

 そこには、いとこがかつて使っていたタオル。今まで拭い、捨ててきたボディシートが、後から後から連なって、大きな山としてあふれてきたらしいんだ。

 

 以来、いとこは研究をしながらも、あの酒屋の誘惑に必死に耐え続けているようだ。

「俺がいなくなることがあったら、真っ先にあの酒屋を調べてくれよ」と、笑いながら話していたよ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ