師匠の大魔女さまと残念な嫁弟子
はい、あらすじにあるように「#魔女集会で会いましょう」タグの影響を受けつつも、自分らしさを追求したお話となります♪
私自身、『ノクターン』での活動が増えてきていますが、今作は『なろう』作品。えっちぃ描写はほぼ皆無ですのでのんびりと楽しんでいただければと思います♪
ここではない、どこか。魔法の存在する世界にて。
世界の半分が人の住めない環境――大自然の驚異が日常のすぐ隣にある世界では魔女たちが人間の生活を守っていた。
襲い来る魔物の襲撃を防ぎ、絶え間なく噴火する火山を鎮め、吹き荒ぶ大雪を散らしていく彼女たちは人々の尊敬の的であった。
人間以上の寿命と強さを持った魔女たちは誰に対しても慈しみを持っていたが、“権力”だけは遠ざけた。
困った人間を見捨てることはしないが、決して国の中枢には関わらない。
魔女の強さが人間相手に振るわれることの危険性は他の誰でもない、彼女たち自身が一番分かっているからだ。
だからこそ王たちも自国に住まう魔女たちを政治の中心に招くことはしないし、他国と争っている国であっても魔女を戦争に利用しないという決まりは守っている。
魔女は人間を相手に戦わない。その共通認識は何千年もの間、永い寿命を持つ魔女たちすら代替わりを繰り返す年月をかけても破られることはなかった。
その中で、たった一度だけ決まりを破った魔女のお話。
◆ ◆ ◆
大陸北方にある平和な小国、ナチャン王国に居を構える一人の魔女がいた。
彼女の名は“灰塵の魔女”ベルラ。
柔和な顔立ち、齢千年を超える年月から蓄積された叡智。見目麗しい妙齢の美女だが、彼女こそ世界的に見ても最古の魔女の一人だ。
この国に暮らし始めてから、すでに何百年が経ったか。この地の国境沿いに魔物の侵入を防ぐ結界の魔法を掛け続けることで住んでいる大英雄。
ベルラがいることこそが、ナチャン王国にとって当たり前となるくらいの長い時間をこの国で過ごしている。
彼女自身にとっても“当たり前”と感じる平穏な毎日。民からも歴代の王からも信頼のある大魔女である彼女は毎日を幸福に過ごしている。
魔法の研鑽を積み、たまに夜の酒場に繰り出しては飲み明かし、気まぐれに巣立って行った弟子たちの家まで遊びに行ったり。そんな感じで自由に遊んで暮らしている。
しかし、本人の功績が英雄だからと言って、ベルラの性格まで英雄らしいのか? と問うと、そうではない。
「おぉ? 今日はキャベツが安いのか?
しかもレタスまでとな!? こりゃ買いじゃな♪」
近所のスーパーで特売の野菜をせっせとカゴに入れているベルラ。彼女は庶民的であった。
「毎度、ベルラさん。今日も相変わらずお美しい♪」
「なんの、若作りは魔女の務めじゃて♪」
常連であるためレジの店員とも会話を楽しむ大魔女ベルラ。
「おっと、ベルラさん! 今日は珍しい酒が届いたんで店に寄ってくださいよ♪」
「おう、また行かせてもらうぞ」
帰り道でも酒場のマスターに気さくに応える大魔女ベルラ。
「ちょっと、ベルラさん!
朝のゴミ捨てで燃えるゴミと燃えないゴミを間違っていたでしょ?
回収しといたから、明日捨て直しといてくださいよ」
「はわわ! す、すまん。助かったのじゃ」
近所の人にゴミ出しの注意を受ける大魔女ベルラ。別にロリババアとかではない。見ようによっては三十代にも見える。が、子どもっぽい。
そんな庶民的な大魔女さまは無事に帰宅すると、手洗いうがいを忘れず、異空間に食品をきちんと保存。
荷物を手に持って歩いて帰宅するという健康的な運動をこなすのが彼女の流儀。
「あぁ! しもうた。ビールが切れているのを忘れておった。
晩は酒場で飲むとして、明日はスーパーが休みなんじゃがのぅ……」
とはいえ、無いものは仕方がない。ビール以外の酒は余裕があるので明日はそれで持たせるとする。
そしてベルラは安楽椅子に腰かけると新聞を顔に乗せて軽くお昼寝をする。
読むでもなく、アイマスクを使うでもなく、あえて新聞を乗せて眠る。これぞベルラの流儀!
そんな日々がベルラの日常なのだが、この日は少し違った。
ドスン、と。
自宅の二階で何か大きな音が聞こえてベルラは目を覚ました。
「はて? 何か荷物が崩れたかのう?」
頬に垂れた涎をぬぐい、階段を上がって調べてみる。
倉庫として使っている部屋だけに、カーテンも閉められていて薄暗いが明かりを付けなくとも問題なく見える。
そこには見覚えのない少年の姿があった。
「ぁ……」
消え入りそうな声で少年はベルラを見る。
年の頃は10にも満たないだろう。ガリガリに痩せた枯れ枝のように細い四肢、落ちくぼんだ眼窩にこけた頬。
一糸纏わぬ埃っぽい“獣人”の少年。しばし見つめ合うベルラであったが、外見から得られる情報は少ない。
「ふむ、問うが少年よ。お主はどこから来たのかや?」
少年はうつろな目でベルラを見つめ返すが、返事はない。
「ならば仕方がない、か」
不法侵入の浮浪児という扱いならば、ベルラのとるべき行動は一つ。
「洗って食わせて寝かしつけて健康にするぞ♪」
外見こそ妙齢の美女であるが、中身は相当のお婆ちゃんのベルラ。そして子どもっぽい。
少年の外見から得られた情報……耳と尻尾は猫っぽい、可愛い。それだけ分かれば十分だ。
子ども好きなこともあって、痩せた不健康な子どもを見ればいっぱい食べさせたくなるのが常である。
少年が何も言わないのをいいことに、お風呂に放り込んで丸洗いして拭いて、食事を食べさせるとベッドへと運ぶ。
特に抵抗しなかった少年はそれだけで肌艶も健康的になって眠りへと落ちた。
何か言いたげに唇が動いたが、よく聞き取れなかったためにベルラは適当に返事をしながら慈しむ。
「ふふ♪ 弟子たちを育てていた時を思い出すわい♪」
大魔女ベルラ。お腹を空かせている子がいると食べさせたくてたまらないお婆ちゃん姉御。
収納魔法が使えるのに、あえてポケットや鞄の中に飴ちゃんを忍ばせている大魔女だ。
「とはいえ、獣人ならば魔力もなかろう。男の子じゃし。
弟子には出来んが、落ち着いたら働き口でも探してやるかのう」
こうして、この先もずっと続くであろう大魔女ベルラと獣人の少年との生活が始まるのであった。
それから10年の月日が流れた。
◆ ◆ ◆
「ベルラ様! いい加減に脱いだ靴下をその辺に放るのはやめてください!」
「つまらんことを言うでない我が弟子よ。
時間がかかるだけで、最終的には自分で持って行っているではないか!」
「最初に脱ぐ段階で洗濯機に入れておけば問題ないんです!」
「面倒!」
と、この10年で成長した獣人の少年――名が無かったので師である「ベルラ」より一字とってルラと命名――の二人は愉快に過ごしていた。
魔女になれるのは魔力を持った女性のみ、なのだがルラは獣人で男なのに魔力を持っていた。
これまでのベルラの弟子たちすら大きく凌ぐほどに魔法の才のある少年ルラ。そんな彼の魔力を知ったベルラは勢いで弟子にして国にも報告をしている。
ルラの才能はベルラの使える魔法の全てを身に付け、さらにベルラが唯一使えなかったジャガイモの皮むき魔法までも体得している。
すでにベルラの仕事でもある国全体への結界魔法もルラに引き継がせている。
順風満帆。どこに出しても恥ずかしくない程に成長した愛弟子に慈しみの溢れる視線を向けるベルラ。
だからこそ、茶飲み話の軽いノリで以前から考えていたことをルラに言うのだった。
「そろそろルラも独り立ちする頃かのう?」
ベルラの一言は前々から考えていたことだった。
魔女の数は少ないが、必要とする人間は多い。ルラは男性ではあるが、それでも魔法の腕は大魔女ベルラの弟子として恥じないものがある。
ならば、ルラも引く手あまたであるというものだ。
「お断りします!」
だが、ルラの応えは「NO」だった。それも、どちらかと言えば「大反対」という断固たる意志が現れた拒否。
彼がベルラの弟子になってからというもの、ここまでの拒絶を受けたことはない。
あまりの激しい弟子の口調に、提案したベルラ自身も何を言われたのか一瞬理解できずに固まってしまったほどだ。
「いや、ルラよ。
魔女たるもの、一人前になるには独り立ちが必須なのじゃが?
お主、男じゃけど」
「僕はベルラさまの側にいたいのです。
一緒に居られないのなら一人前になんてなりたくありません!」
ベルラは考える。なぜここまで拒否されるのかを。
思い返せばルラの自分に対する視線は師への敬意というより、恋する青年のモノのように感じられなくもなかった。
「(いやいや、まさか。ルラが私に惚れるなどと……♪)」
改めて見てみれば、ルラは絶世の美男子といっても過言ではないだろう(師匠としての贔屓目を抜きにしても)。
そんなルラが自分を女として好いているというのも、考えてみればベルラにとってはなかなかに快感と言えた。
「ふむ、そうかそうか♪
ルラはそこまで私を好いてくれておったのか~♪
いやぁ~、可愛い弟子にそこまで愛されていたとは師匠としても女としても鼻が高いのう♪」
ニヤニヤと頬を緩ませながら嬉しそうなベルラとは反対に、ルラは落ち着いた様子で答える。
「あ、いえ。そういう訳じゃないです師匠」
今度もまた否定。ベルラの妄想は違ったようだ。
速攻でベルラの甘い妄想を否定したルラは続けてこう言った。
「僕は確かに師匠が好きです。一人の女性として愛しています。
ですが僕は女性として、女性の師匠を愛したいのです!」
「? 言っている意味がよく分からんぞ?」
「つまりは、こういうことです」
ルラは二階の自室へと駆け上がっていき、一つのポーションを持ってきた。
「これは僕が長年研究してようやく完成した“性別変換薬”です!
師匠! 僕は今日で男を辞めて、今日からは女として師匠に愛の告白をさせてもらいます!!」
「んなぁ!? お、お主はそんなことを考えておったのか!?
よせ! せっかくルラはイケメンなのに、あえて女になる意味なんて無かろうが!!」
「いいえ、僕は百合こそ最も素晴らしい愛のカタチだと思うんです。
今日のために女性としての振る舞いや肉体の違いなども詳しく勉強してきました。
それも全ては師匠と百合の愛を育むためです!」
ルラはそう言うと、ベルラが止めるのも聞かずポーションを飲んでしまう。
効果は一瞬。ルラは絶世の美女へと性別を変えていた。
人によっては絶世の美男子だったルラが性別を変える事を惜しむかもしれないが、それと同じくらいに喜ぶ者も出てくるだろう。
それ位に、女体化したルラもまた絶世の美女だったのだから。
「さぁ、師匠♪ 女同士で愛し合いましょう♪」
「ちょ、待てぇぇぇぇー!
なんで、わざわざ女の私が女になったお主とレズセックスせにゃならんのじゃ!?」
「ふっ、敢えて言わせてもらいますと、ボクの趣味、ですね(キラーン)」
ルラがイケメンだったのに恋人も作らなかった理由の一つ。彼……否、彼女は中身が割と残念だったからだ。
魔法の才能は魔女の歴史の中でもトップクラス! 突っ走る勘違いっぷりもトップクラス! 抜群の残念力!!
だが、ベルラにとっては「愛しの弟子」を「愛しの恋人」にするのも悪くないと思っていた状況からの愛の告白だ。
少しだけ、女体化したとはいえルラの言葉と仕草にときめいた。
「さぁ、ベルラさま。ボクの愛を受け容れてください。
それともボクは、ベルラさまにとって取るに足らない存在なのでしょうか?」
「う……、いや、お主のことは愛しているが、その、さっきまで男だったお主が突然、女になって告白されてレズセックスという流れは急すぎて……ゴニョゴニョ」
「大丈夫です! お金のことならボクらは腕利きの“魔女”ですし、姉弟子たちからも協力を約束してもらっています。
ボクの気持ちをそのままに真っすぐ突き進め、と応援してもらいました♪」
女体化の影響で背も縮んでいるルラだが、それでも元は男。カッコつけたセリフや、不意に抱き寄せてくる行動力にベルラの理性も揺らいでしまう。
目の前には男だった時とよく似た美しい女としてのルラの顔がある。
段々と二人の距離が縮まり、吐息が届く距離で最後にルラは言うのだ。
「ベルラさまを、一生愛させてください」
「ルラ……」
覚悟を決めたルラの顔は、息をのむほどに美しかった。
同じ女性として嫉妬してしまいそうなほどに美しいその唇は、愛を乗せて自分の名を呼び、瞳には自分だけを映す。
ベルラはこの瞬間、ルラとの師弟関係が終わりを迎えたのを理解した。
「ん……」
終わりは新たな始まり。これから二人は恋人としての新しい関係を築いていく事をお互いに理解する。
重ねられた唇はお互いの舌が絡み合って唾液に濡れる。
上気した頬は興奮に朱に染まる。
唾液が糸を引いて離れた唇。お互いの瞳に映る目の前の愛する恋人の顔。心臓は早鐘のように激しく高鳴り続けている。
「ベルラさま……、ボクは今日、あなたを抱きます」
「……あぁ、私はルラに抱かれるよ。お主の女になる」
一秒すら離れるのが惜しいほどに二人は両腕いっぱいに抱きしめ合って再びキスをする。
そうして、ゆっくりと。少しずつ服を脱がし合い、生まれたままの姿になるとベッドに行く手間すら惜しんで床に倒れ込む。
家の窓も玄関も、ありとあらゆる出入口を魔法で即座に施錠するとそのまま行為に及ぶ。
これから何度も繰り返されるからこそ、最初の愛の語らいは誰にも邪魔されたくなかったからだ。
ルラは性別が変わっても変わり無い己の尻尾をベルラに絡め、深く、深く、愛していくのであった。
◆ ◆ ◆
そうして、ナチャン王国は二人の魔女が守る国としてさらに発展していくこととなった。
魔女は人間を守ることはあっても権力は求めないのだが、二人は同性愛――とりわけ百合を推奨する法を国王に提案したのだ。
国王もまた、大魔女ベルラには頭が上がらず、百合はナチャン王国の法として浸透していく。
ベルラはルラと一緒に国中で百合を説いて歩き、こうして魔女の歴史で初の権力を得た二人の魔女たちは百合の代表としての地位を確立していくのであった。
「さぁ、女同士で愛し合うことが合法のナチャン王国はこの私、“灰塵の魔女”ベルラが代表となったことで『ナチャン百合王国』へと改名を宣言するのじゃ!」
「そしてベルラさまに文句がある人はボクに言ってね?
絶対に百合の魅力を骨の髄まで叩き込んであげるから♪」
二人の百合の大魔女が国王すら小間使いのように扱う百合王国の誕生は、世界中のベルラの弟子たちの協力もあって平和的に受け入れられていく。百合の民はナチャンへと流れるのが世界の流れとなったのだ。
今日もナチャン百合王国は平和であった。
百合は素晴らしいですね♪