六話
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冬本番のビルの屋上に来て、私は身を震わせた。…正直、こんな季節に屋上に来るなんて馬鹿くらいしか居ない。
気を取り直して、月と影北さんが居るビルを見る。ここから十五メートルくらい離れたビルで、二人は対峙したまま言葉も交わして居ない。
それから数分経って、始めに動きがあったのは影北さんの方。
まるで魔法の様に、風船みたいにフンワリとーーー
「…本当に飛ぶんだ」
飛ぶ、というより浮くという方が正しいかもしれない。とにかく彼は地面から離れている。
さて、本番はこれから。月と私の考察が正しければ、これで影北さんの身体から幽霊がでていくはず。
深呼吸をして、小さく呟いた。
「空を、飛びたい」
幼少期なら誰しもそう思った事があると思う。私もその一人だし。
けど、他の人と違うところは、空を飛べる人が本当に居るんじゃないかって思ってる事。自分には出来なくても、誰かーーーこの世界に一人くらいは居るんじゃないかって。
「空を飛びたい」
もう一度呟いてから、隣のビルを見る。
屋上に居るのは月と、地べたに倒れている影北さん。それにーーー
「…あれが、とり憑いてた幽霊…?」
影北さんの真上に浮かぶ、ボブヘアの白い女性。よく見えないけれど、きっとそんな姿をしている。あれがとり憑いていた幽霊なのだろう。…私の出番終わり。これで月が退治してくれる。
と、安堵していた矢先。幽霊の女性は月に目もくれず、一気に私の場所まで飛んでくる。
…そういえば、私にとり憑く為に影北さんの身体を離れたんだっけ。いや冷静に考えている場合じゃない!
とりあえず屋内に避難しようと走り出した、その時。
隣のビルに居る月が、とんでもない事をして来たのだった。
ビルの屋上を走って、地面のあるギリギリのところで、月は浮いた。
浮いたというより、とんでもない跳躍の大ジャンプと言った方が良いかもしれない。
兎に角、十五メートルくらい離れているビルから月は飛んで、空中で幽霊に向かってカッターナイフを振り下ろした。
魂を完全に殺したのだろう。幽霊が粉のように溶けて、夜風に消えていく。
そして見事、私が居るビルに着地した月が一言。
「…影北の回収、忘れてた」
確信した。やっぱり彼は異常者だ。