転生屋のトラック運転手
思いつきをコツコツ書いてみました.楽しんでくれたら幸いです.
信号機の青が光を失い,赤に光が灯る.アクセルをゆっくり踏み込むとエンジンが声を上げ,メーターは時計回りに回った.ゆっくりと3トントラックが動き始める.
「ホント辛いわ~もう今日で睡眠時間2時間の17連勤なんですけど……はぁ~ぁ」
くっきりとしたくまのできた男はあくび交じりにそういった.トラックの車内には男の他の人物はおらず.完全に男の独り言である.黒に近い灰色の作業服の胸ポケットにはタバコ.剃る時間が無いのかちびりと生えた不精髭.男はそこそこ顔が整っているのだがくたびれた服と隠せぬ疲労からか全体的に野暮ったく見える.
本当に忙しい.最近は異世界転生ブームだとかで,あちこちの世界の神様たちがやたらめったら地球の人間の魂を欲しがる.しかも決まって日本人の.ほんのたまに日本以外の国籍の人間を轢き飛ばすこともあるが,多くは日本人だ.
神によりけりではあるが,神様の多くは世界の運営を天使に丸投げし,ご本神は基本的に下界へ過度な干渉はせず見守る……というか観察している場合が多い.人類やその他の知的生命の文明発展や戦争を眺めて楽しんであるのである.そんな中ある世界の神様の一人が,俺のいる世界の魂の一つを借り受けて剣と魔法の世界に転生させてみたところあら不思議,停滞していた文明が工業革命もビックリの勢いで発展し大魔導文明を築いたのだ.
その借り受けた魂がたまたま日本人.そこから日本人を使った転生ブームが勃発.我先にと転生者を求めて魂を乱獲する始末.神隠しをしたり悪魔を使ったりとあの手この手で魂をとりにくるので,これではたまらないと俺たちの神様が作ったのが俺の働いている“転生屋”で俺はそのトラック運転手をしている.
「まったく……勘弁してほしいぜ……天使使いが荒すぎるってんよ……」
流石に神に作られた天使といえども一筋の光も見えぬブラック労働環境では体を壊しかねない.しかし,それも今日で最後.男はそこそこの年数を働いたために,100年ほどの大型の休みを取ることにしたのだ.近々他の部署から応援も来ることもあり,男の後釜も決定している.
「楽しみすぎるぜ……数百年働き続けてきたかいがあるってもんよ」
ふふふ……
「何して過ごそうかなぁ~」
複数の世界で魂の運送屋をしているため,男のトラック運転歴もそのまま数百年である.テンションが上がってきたのか独り言も増え,顔がにやけている.
「おっ,そろそろか」
走り出していたトラックのスピードは時速60キロを超えており,トラックの質量で人を跳ね飛ばせば容易に人がミンチになる.
「うっし,コースも時間も予定通りと……ターゲット補足.今回はクラクションとブレーキ無しで運転者は急死パターンね,はいはい」
ぽ~んと道路の中央にピンク色をしたビニールボールが転がり出て来たと思うと小さな女の子が飛び出してくる.女の子は接近するトラックに気が付くが動かずボーっとトラックを眺めている.
キャァァァァァ!!
女の子の母だろうか痛々しい女性の悲鳴が聞こえる.
「危ないッ!!」
そう言いながら学生服を着た少年が飛び出し女の子を道路の端に突き飛ばす.自分の体を道路の中央に残して.
ドンッ!! ズシャアァァァァァァ!!
キャァァァァァ!!
鈍い音,再び悲鳴.アスファルトの黒に負けない鮮やかな赤が水たまりを作った.
しばらく少年を引きずったトラックは電柱をへし折り歩道に乗り上げ停止していた.
「ほいほいじゃあ始めますか」
運転手の男の体からスウッと体が透け半透明の男が出てきたと思うと,男であった物は全く違う人物となった.顔も体系も文字通りの別人.半透明の男はトラックのドアを透けて道路に降り,少年のそばに寄る.
半透明の男は他の人には見えていないようで,女の子を抱きしめている母親,騒ぎを聞きつけ集まった野次馬,救急車を呼ぶ人々は男の存在に全く気が付かない.
「おっ,きたきた」
すると少年の体から人の拳ほどの大きさの,男のように半透明の白い炎のようなモヤの塊が浮かび上がった.
男はどこからともなく正方形の箱を取り出し,手早くモヤをソフトボールほどの大きさの箱に詰める.
「ささっと詰めて梱包完了っと,あとは事務所に届けるだけ……ん?」
気になることがあったのか男は振り返りあたりを見渡す.
「視線を感じた気がしたが……」
気のせいかと思ってさっさと下界を離れて事務所に戻ろうとすると野次馬の中にいる高校生くらいの少女と目があった.
「あれ? こいつ俺の事見えてね?」
目の前まで寄って,少女の顔の前でひらひらと手のひらを振っても反応はない.少年の死体を見ているだけのようだ.
「目に毒だ,あんまり見るなよ」
この仕事の後は少しだけ苦い思いをするが,すでに何万個もの魂を処理しているのだ.そういった感情も薄れる.
「少年もすまんね,来世は楽しい人生であることを願うよ」
手元の箱に語りかけた男は最初からいなかったように何の痕跡も残さずに姿を消した.
「先輩お疲れ様で~す.うわっクマすごいですよ! 16連勤でしたっけ? ちゃんと寝てます?」
金髪ショートの若い女が事務所に入った途端に声をかけてくる.黙っていたら天使らしい天使のような見てくれなのだが.
「17連勤だよ.ホント最高の気分だぜ,眠れているように見えるか?」
この仕事の後は気分が悪くなる.睡眠不足も相まってつい嫌味ったらしく答えてしまう.
俺は捕ってきた魂の入った箱を机の上に置く.
「ほらよ,早く送ってやってくれ」
「あつ,はいはい.了解で~す」
女の手元に光の板が浮かび,う~んなどぶつぶつと言いながらそれを操作している.独り言の多い奴だな.
「はいっ,完了です! そういえば先輩,明日から長期休暇を取るってききましたよ! どれくらい休むんですか?」
「あ~,100年ほど」
「100年!? どうやってそんなにとったんですか?」
「700年ほど無休で働けば取れるよ」
「絶対嫌ですそれ……」
整った顔の眉間にしわを寄せてむむむ……と唸っている.
「あっ! じゃあ久々にご飯行きましょーよ!」
「いやだよ」
即答する.後ろから他の男天使の視線が刺さっているんだが.
「いいじゃないスかぁ~最近忙しいとかこじつけて連れて行ってくれないじゃないですかぁ~」
「なんで貴重な休みをお前にさかにゃあならんのだ」
「100年のうちの10年程度でしょう?」
「なんでさりげなく毎日行く気なんだ?」
こいつが配属されて40年ほど面倒見てやったらめちゃくちゃ懐かれた.初めは物静かだったんだが年を重ねるごとに馴れ馴れしくなっていき今ではこのありさまである.他の男性天使の視線が痛いからホントこういうのやめてほしい.あっちの男性天使なんか瞳孔が開いて殺る気満々なんだよ.
それを知ってか知らずか「なんでですかぁ~」とか言いながらぶーたれている.
「……1日くらいなら時間があるかもな」
それを聞いたとたんに目がらんらんと輝きだす.
こいつは愛嬌とその見てくれで男性天使にかなりの人気があるのだ.自覚があるのかわからんが,自重はしてほしい.
受付を後にして着替えるためにロッカールームに向かう.
「絶対! 絶対ですよー!! あとで連絡しますからね!!」
後ろから声が聞こえるが振り向かずに手をひらひらとすることで合図をする.
カチャカチャ
作業着を脱ぎながら光の端末で明日の仕事のスケジュールを見る.
「えーっと,明日はサラリーマンね……その後は引継ぎすれば……」
休みだ!!
この糞みたいな仕事から一時的とはいえ解放される! 誰が好き好んで人を引き飛ばすかってんだ.俺は天使ではあるが死神じゃねぇ.
着替えて灰皿のそばのベンチに座り,タバコに火をつける.
ふぅー
「転職できねぇかなぁ……」
煙と一緒に愚痴も出た.
天使は神によって用途ごとにつくられた存在であるために,転職というのは楽ではない.神は全知とは言わないがやろうと思えば全能に近いことができる.リソースが限られているからやらないらしいが.
僕は適性が無いのでこの仕事はやりたくありません! って言うのは遠まわしに「あんた無能だね!」と煽っているようなものなのだ.
とはいえ天使も神の管轄する世界の魂の流れから適当に拾ってきた魂で作られているために性格や見た目も魂に依存しておりまちまちなのだ.合わないことだってあるだろう.
「ダメもとで頼んでみるかぁ……」
断られたら最悪死ぬな……
神に殺されるときは一瞬で光の粒になって霧散するらしいから痛くはなさそうだ.
男はいつもの黒に近い灰色の作業着に身をつつみテキパキと荷物を詰めていく.
「神の都合で轢き飛ばされる人間たちはいったいどんな気持ちなんだろうな」
自分から殺しておいて,事故で命を落とした不幸な者よ……と手を差し伸べてくる.自作自演もいいところである.
「ほいじゃぁ,行きますかね」
だらだらとトラックに乗り込みエンジンをかけ,アクセルを踏み込む.
ブルン シシシシシシシ……
「ターゲットはと……はいはいコースも時間も予定通りね.今回はクラクションとブレーキ有りの運転手は捕まるパターンね」
捕まると言っても捕まるのは俺ではなく偽人という人に似せて作られた自動で動く人形のようなもので,勝手に刑期や天寿を全うしてくれるという便利グッズだ.戸籍や経歴なども事務所の天使が偽装してくれている.
転生者を送る方法には様々なパターンがあるが,その中には偽人と転生者を入れ替えるというものがある.家族は転生者が死んだことに気付く事無く過ごし続けるのだ.
「そろそろかな」
次の角からターゲットであるサラリーマンが現れる.速度形の針は時速70キロ付近まで傾いている.一応,ブレーキをかけるとはいえもれなくミンチの仲間入りだろう.
フゥ――
ゆっくりと息を吐く.この瞬間はいつだって緊張する.何度繰り返しても感触を思い出す.
キタッ!
ププーーー!!
けたたましい警戒音が街に響く中,曲がり角から出てきたサラリーマンは不意を突かれた猫のように固まっている.
心の中で謝りながら衝突の瞬間を待つ.
キキキキキーーー!! ドンッ!!
血しぶきが上がり,フロントガラスは朱に染まる.
すぐさま俺は偽人から抜け出し,魂の容器を取りだしたが,目の前の光景に動きを止めた.先ほどのサラリーマンのように.
「うそだろ?」
視界に入ったのは血まみれであちこち手足が異常な方向に曲がった高校生であろう制服を着た少女.本来の目標であったサラリーマンは道の反対側で腰を抜かしている.
この仕事を始めて以来,初めて起きた失敗に頭が回らない.
何が起こった? 準備は万全だった.経路も間違えていない.連絡は?
それよりも最優先は
魂の保護.
俺は素早く少女に近寄り白い炎.魂を容器に詰めた.
「大丈夫のようだな……」
いや,全然大丈夫じゃない.どうするんだこれ……
その場で座り頭を抱えるが,突然の事故で頭が働かない.事故を起こそうとして事故が起きるとは皮肉な話だ.
今はそんなことをしている場合じゃない.光の端末を取り出し事務所に電話をかける.
プルルルル……
「こちら転生屋地球支店,302番です」
「俺だ,255番だ.ターゲットを轢き損ねた.そんでもって違うやつを轢いちまった」
「はいはい先輩ですねって……え!? 何やっちゃってんですか!! 失敗したって今ちょっ,どうなってんですか!?」
耳元でぎゃんぎゃん騒がれると困る.うるさいからやめてくれ.ミスったのは俺だけど.
「わかってるから叫ぶな,今端末にデータを送ったから確認してくれ」
端末を操作しながら周りを確認する.偽人は駆けつけた救急隊員と話をしており,サラリーマンは腰を抜かしたまま動かず,別の救急隊員に毛布を掛けられている.
プルルルルルル……
「はい,こちら255番」
「あっ,先輩.状況は把握しました.後処理用の担当を派遣したので先輩は魂を持って事務者に帰ってきてください.神様がお呼びしてます」
はいこれきたぁぁぁああぁあ
死亡決定だよ間違いなく! 処分されちまうよ!!
「わかった,すぐ戻るわ」
声が震えるが務めて平然を装い電話を切る.
「俺……終わったな……」
人の背丈に会わない玉座に白いローブを着た艶美な女性が足を組んで座っている.椅子の後ろからはまばゆい光が差し,それに照らされ部屋は真っ白な空間である.
始めてきたけどこれ,神様が良くいる例の部屋だよな……
「おい,255番」
神が右手で頬杖をつきながら俺の名前を呼ぶ.左手は自身の長い金髪をくるくると遊ばせている.俺は深々と頭を下げた.
「はいっ,255番でございます神様」
神は「はぁ……」とため息をつきながら口を開く.
「お前……しでかしてくれよったなぁ……こっちも転生者を作るときは色々準備をしてんのよ,それでミスとかされると困るのよなぁ」
視線が後頭部に刺さっているのを感じる.
「いつまで下見とんねん,こっち向けや」
ドスの利いた声で顔を上げるよう促してきた.さっきから言葉使いが悪すぎる……俺達の神,怖すぎないか……?
「しかもお前は結構なベテランやん? こっちはもう万事おっけーだと思ってあっちの神から報酬も貰っちゃったのよ」
ほいでな,と神は一呼吸置いた
「責任とって消えろ!」
まじか! わかってはいたけど急すぎるだろ! せめて身辺整理くらいさせて!! 俺はギュっと目をつぶった.
……あれ? 生きてる??
「ってやるのは簡単や.でもお前は長く世に尽くしてくれたから,寛大な余は最後にチャンスをやろうと思う」
「はっ! 主の寛大なお心に感謝いたします!」
ま,マジで死んだかと思った……首の皮一枚つながったぁ~.
「後処理は天使どもが何とかするとして,お前の待遇はそこの少女に決めてもらおうと思う」
そういって神は俺の懐を指差した.え? 彼女に決めてもらうの?
魂の容器がひとりでに動きだし,光の粒子が舞う.光は集まり,やがて一人の少女の形を作った.
「あれ……? ここはどこ……?」
少女は何故ここにいるのかわからないといった風にキョトンとした表情をしている.
「はいはい,わしは神じゃお主は―――」
神が少女の身の上についていろいろと説明している中,俺の脳裏にはこれまでの出来事が走馬灯のように流れた.
ああぁぁこれは死んだ.完全に死んだ.今日が終われば100年の超大型連休だったのに世界中のゲームを遊びつくして漫画を出版社別に読破して各地の美味いもん食べて―――
大体,自分を轢き飛ばした男を許すわけないだろ.悪気はないとはいえ殺されたんだぞ? 絶対無理だよ!俺だったら八つ裂きにするよ!
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ
「―――ってなわけでどうする?」
「んーそうですねぇ~」
いつの間にか神と少女の話は終わったようだ.いよいよかと俺はのどを鳴らす.
「じゃあ,その異世界とやらにこの人も一緒に転生させてください」
「は?」
俺は何を言われたのか分からずに思わず声が出た.
「待て待て待て待て! 自分を轢き飛ばした奴とい世界に転生とか頭湧いてるのか!?」
「湧いてなんかいませんよ.これからよろしくお願いしますね!!」
俺の腕につかまり少女は神に「よろしくお願いします.神様」と言い.
「はいよ,達者でな.255番には追って連絡も入れるから頑張れよ.良い休暇になりそうだな」
神は先ほどまでの物調面とは打って変わって満面の笑みでそういった.
「え,いやちょっまっ―――」
少女が腕をつかむために動けない.神がくるりと指を振った.光が俺たちの体を包み込む.
薄れゆく視界の中で俺は神の顔を見て確信した.
はめられた―――
ちまっと裏設定がありますがその辺は想像で楽しんでいただけると面白いかなとおもいます.