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第21章「基鋼の焦燥」

【前回までのあらすじ】


俺の名前は日向ひなた。忍先輩が異世界に来た2日目、鋼泰に出していた使者が戻ってきた。


使者が持っていた手紙は3通。1つは野沢国国王からの親書、もう1つは鋼泰からの返信で、最後は鋼泰から柊に宛てた私信だ。手紙の内容から判断するに、野沢国は日向国に好意的な様子だった。


その後、高岡新報の雀石と湊守の澪也の訪問があった。高岡新報は松郷出張所を作ることが決まり、湊守には非鉄金属と鉄造船の可能性について説明した。


夜には、八越の調査について話し合い、撫子と忍が調査に向かうことになった。

 「くそっ、一体、どうなっとるんやっ」


 そう言って、基鋼は宝玉で飾り立てられた椅子を乱暴に蹴り上げた。


 ここは三倉国の首都、水原みずはらにある垂穂たるほの私邸。祖国を失った基鋼は母の実家を頼って三倉国に移り、成人した今は水原の祖父の私邸に居候していた。


 「申し訳ございません、基鋼様」


 基鋼のそばで深々と頭を下げているのは腹心の信基だ。


 「そんでっ、あの男は来とるんやろうな」

 「はい、先ほど到着して今は応接室の方に待たせてあります」

 「すぐに会うで」


 そう言うと基鋼は乱暴にドアを開けて部屋から出ていき、その後を追いかけて信基も出て行ったのだった。



 琉士りゅうしは応接室のソファーに浅く腰を掛けて神経質にドアのほうを何度も見やっていた。今日呼ばれた理由が芳しいことではないことは理解しているからだ。


 そして、何より呼び出した相手が理屈の通じない子供のような大人で、そのくせ権力だけは一人前に持っているから始末に負えない。


 「勘介さんももうちょいこっちのことを考えてくれはったらなぁ。はぁ」


 琉士の肩書は岩瀬屋水原支店支店長。勘介が率いる岩瀬屋の最大の支店である水原支店を任された岩瀬屋のナンバー2だ。


 本店の勘介が主に鉄鋼関連の業務を取り仕切っているのに対し、水原支店の琉士は三倉国内の農産物、特に小麦関連の業務を一切合切取り仕切っている。


 そして、今琉士が訪れているのは、三倉国の最大の小麦生産高を誇る垂穂の私邸。琉士にとってその身の命運を握る最大の取引先なのだ。


 「琉士っ」


 乱暴な怒鳴り声とともに入って来たのは垂穂の孫にして故赤石国国王、良鋼の息子の基鋼だった。そしてこれが先ほどから琉士が恐れていた今日の訪問の呼び出し主であった。


 慌てて立ち上がった琉士は、基鋼の剣幕に怯みながらもまずは型通りに挨拶をしようとした。


 「基鋼様。本日はご機嫌麗しゅ……」

 「一体、どういうつもりなんや。答えて見ろ」

 「失礼ながら、どういうつもりとゆうのは、先日の日向国との契約の……」

 「それ以外の何があるゆうんやっ」


 興奮のあまり座ることも忘れてまくしたてる基鋼を前に、琉士はどうこの怒りを解いたらいいものかと途方に暮れていた。


 「それにつきましては、あの、日向国がオークに占拠されていた鉱山を解放したとゆうことやったので……」

 「そうゆうことをゆっとるんやないわ。お前はあほか。なんで、ここに赤石国の国王がおんのに、不法占拠しとるだけの日向とかゆうやつと契約を結んどるんやとゆうとるんやろがっ」


 そう言って、基鋼は威嚇するようにテーブルを手でバンと叩いた。


 「で、ですが、赤石国は領地を失ってからもう11年が過ぎとります。慣例に従えば、赤石の地は……」

 「慣例なんかどうでもええやろ。赤石国の国王は俺や。せやろうが」

 「そ、そうでございます」


 肯定の返事を得た基鋼は、ようやく一息ついてソファーにどかっと腰を掛けた。琉士はそれを見て、対面のソファーに腰を掛けてもいいものかと思案したが、基鋼から何も言われなかったので、そのまま起立を続けることにした。


 「それで、その契約は破棄できるんやろな」

 「それは無理でございます。この契約は正式なもんです」

 「なんやと?」

 「今、一方的に破棄するようなことになりますと、法外な違約金を支払わなあかんどころか、商人仲間での信用も落とすことに……」

 「そんなもんは、日向とかゆうのと契約した時点であらへんも同然やろが」

 「そうはゆいましても……」


 無理難題を押し付けてくる基鋼に、琉士は返事に窮していた。この様子だと、日向国との契約を破棄するという言質を取るまでは解放されそうにない。しかし、そんな約束はできるわけがないのだった。


 だからといって、大口の小麦の産出地を支配する垂穂を敵に回すようなことがあれば、岩瀬屋の小麦卸業は大幅な縮小を迫られることになる。小麦卸業の責任者として、そんなことは絶対に容認できない。


 琉士の為すべきことは、日向国との契約に関しては何も言質を与えずに基鋼に納得してもらうことしかないのだが、とてもそんなことが可能だと思えるような状況には見えなかった。


 「基鋼様」

 「なんや、信基」

 「私に一つ考えがございます」

 「なんや?」


 琉士が悩んでいると、信基が発言を求めてきた。


 「岩瀬屋は日向というものと鉱山開発を引き受ける契約を結んだわけですが、それは現在の鉱山を占拠しているのが日向というものだからです」

 「それがなんや」

 「岩瀬屋は商人ですから、政治のことには疎いのでしょう。ですから、このような()()()契約を騙されて結ぶことになってしまったものと思われます」

 「そうか。実効性がないんか」

 「でしたら、この後、基鋼様と岩瀬屋で新たに契約を結び、基鋼様が赤石国にお戻りになられた時には、岩瀬屋との契約もそのまま基鋼様のものになるようにすればよいのではないでしょうか」

 「それはええ考えや」


 信基の提案に基鋼は急に機嫌を直して、手を叩いて喜んでいた。


 「そうや。どうせ日向とかゆうのは最後には俺に赤石国を明け渡すことになるんや」

 「そうです。それまでの間の面倒な鉱山の再開の手筈は、日向というものにやらせておけばよいのです」


 基鋼のはしゃぎようを、琉士はあっけにとられて見ていた。


 信基の提案した契約を作ること自体は不可能なことではない。日向国から赤石国へと政治体制が変わることで起きるリスク要因の変化を契約に織り込む必要があるが、それはテクニカルな問題だろう。


 ただ、そんなことはともかく、そもそも基鋼がこの程度の頭の出来で本当に赤石国の国王としてあの難しい土地を統治できるつもりなのだろうか?


 いや、そもそも、国王になることが確定のようにはしゃいでいるが、その実現可能性はどの程度なのか考えているのだろうか?


 基鋼を付きっきりで補佐している信基の力量は確かなものだ。もし基鋼が信基だったら赤石国が復活することも非現実的な空想ではないのではないかと思う。しかし、現実はそうではない。


 あるいは、基鋼には祖父に三倉の大貴族、垂穂がいる。基鋼はあくまでお飾りで、実権は垂穂が握るということならば、そういうことも可能かもしれない。ただ、それならこの契約は垂穂と話し合うべきではないのだろうか?


 「琉士さん、この契約、どう思われますか?」


 信基に声をかけられ、琉士は我に返った。


 「そ、それは、大変結構なことに思いますが、詳しいことは鉄鋼業の担当にも相談してみませんと」

 「何をゆうとるんや。お前が一筆、『日向なんたらと契約したのと同じ内容を赤石国国王とも結びます』と書いてくれたらええだけやないか」

 「ちょ、ちょっと、契約はそんなに簡単なもんやあらしませんので」

 「基鋼様。契約の詳細につきましては、国王様のお手を煩わせるまでのこともないかと存じます。基鋼様は大方針を打ち出していただければ、残りのことは私の方で万事進めておきますので」

 「そうか。そんならお前に任せるわ」


 基鋼の横槍を信基がなだめてその場は治まり、基鋼は2人を置いてさっさと出て行ってしまった。どうやら、本当にこれで自分の仕事は終わりだと思っているようだ。


 「さて、琉士さん。私どもとの契約の話の前に、まず日向国と結んだ契約の詳細について説明していただけますでしょうか」

 「はい。こちらが資料になります。あの、ご理解いただいていらっしゃるかと思いますが、この契約の内容についてはくれぐれも」

 「分かっています。他人の契約の内容について他言することはありません」

 「ありがとうございます」


 こうして、信基と琉士は基鋼抜きで赤石国復興後の鉄鋼業包括委託契約についての話し合いを続けたのだった。



 琉士との会談を終えた基鋼が自室に戻って一息ついたところで、祖父の垂穂からの使いが訪れた。話があるから至急、垂穂の執務室まで来るようにということだった。


 「信基!」


 いつも側に控えている部下の名前を呼んでみるが、返事はない。まだ琉士との話し合いを続けているのだろう。


 なんて間が悪いんだ、と基鋼は思った。


 垂穂から呼び出しを受けても、実質的に仕事をしているのは信基の方なので、基鋼が説明できることはほとんどない。いつもは信基を連れて行って、説明は信基に丸投げしているだけなのだ。


 「基鋼様、お急ぎください」

 「分かっとる」


 といっても、垂穂はそんな理由で呼び出しに応じないことを許してくれるような人物ではない。


 「お爺様に会うんにええ加減な服では失礼や。ちょっと着替えるさかい、そこで待っとれ」


 とにかく、適当な理由をつけて少しでも時間を引き延ばそうとしたが、結局、信基は帰って来ず、基鋼は一人で垂穂に会わざるを得なくなってしまった。



 「遅いぞ」


 基鋼が垂穂の執務室に行くと、垂穂はちょうど基鋼の従兄の両穂ふたほと話しているところで、基鋼は垂穂ではなくたまたまそこにいた両穂に遅刻を咎められる羽目になってしまった。


 両穂は基鋼と同じく20代の若者でありながら、祖父の垂穂から次期当主として指名されている傑物だ。


 このことからもうかがえるように、垂穂は自分の子供であっても無能だと判断すれば容赦なく後継者候補から外してしまうほどの実力主義の思想の持主だった。事実、両穂が頭角を現すまではこれはと思う人物を探して養子縁組の相手を探していたほどだった。


 基鋼も赤石国の件で成果を出せないと、両穂の父のように無能の烙印を押されて表舞台から追い落とされてしまうことは間違いない。


 「申し訳ありません。ちょうど着替えの最中やったもんで」

 「どうせ時間稼ぎでもしていたんやないのか」

 「まさか!」


 基鋼が苦しい言い訳をすると、両穂が見透かしたように余計な一言を投げかけてきた。


 本当にムカつくやつだ、と基鋼は思う。両穂は基鋼のことが気に食わないのかいちいち突っかかってくるのだ。その度に何か言い返してやりたいと思うが、いい言葉が思いつかずに言われっぱなしになってしまう。


 「両穂、お前は下がっておれ」

 「わかりました」


 両穂が出て行って、部屋は基鋼と垂穂の2人だけになった。


 「首尾はどうじゃ?」


 垂穂は基鋼が遅れた理由を問うこともなく、短くそう聞いた。シンプルな問いだが、いい加減な答えは許さないという気迫がこもっていた。


 「万事問題あらしません!」

 「ほう、では、弘原ひろはら永則ながのりか、どちらかの説得には成功したということじゃな」

 「い、いえ、それは……」


 弘原と永則とはどちらも三倉国の大貴族で、それぞれ第1位と第2位の貴族として認識されている。そして、垂穂も含めた3人の大貴族はそれぞれに牽制しあう関係にあるのだ。


 当然、今回の赤石国復興について、弘原と永則はあまり良い顔をしていない。


 特に永則は、日向国を訪問した則勝の主人であり、正使として派遣した自分の部下を差し置いてこの話が持ち上がってきたことを公然と批判しているような状況だった。


 「なんじゃ?」

 「ちょっと今、岩瀬屋の連中が日向とかゆうならずもんと契約を結んだとかゆう話が急に湧いてきまして、そのことについて琉士を呼び出して問い詰めておったんですが……」

 「今、お前は万事問題ないと言ったばかりじゃないのか?」

 「も、もちろん、そんなことは些細なことで問題ちゅうほどのもんやないんですが……」

 「ならば肝心の弘原と永則の件はどうなっておる?」

 「それについては、今、なんとか、あの、やっとると思うんで」

 「思う?」


 ただでさえ威圧感のあった垂穂の目つきがさらに鋭いものとなって、基鋼はたじろいだ。


 「いえ、あの、もちろんやってますんで」

 「分かっておるじゃろうが、赤石国の件をお前に任せたということは、結果に対する全責任はお前が取るということじゃからな」

 「もちろんです!」


 基鋼はそう言ったが、垂穂は疑わしげにその顔を見つめるだけだった。


 実際、基鋼自身、その返事は何か勝算があってのことではなく、ただ垂穂のプレッシャーから逃げたいがために言っているだけのことなので、疑いの目を向けられることは全くの自業自得なのだ。


 しかし、基鋼はそれが自業自得だと反省するようなことは全くなかった。


 むしろ、垂穂の執務室から退出した基鋼は、内心で同席していなかった信基に責任転嫁をして、戻ってきた後でどのようにねちねちと説教をするべきかと言うことについて考えを巡らせ始めるのだった。


 基鋼を送り出した後、垂穂は独り考えていた。


 オークの脅威がなくなった日向国から実権を奪い取って赤石国を再興するというプランは、基鋼が国王になるということが前提になっている。


 それ以外が国王になるというのは大義名分に欠け、他の協力が得られないだろう。いかに垂穂といえども、国を乗っ取るのに独善的になんとかなるというほど甘い考えは持っていない。まして、現在の日向国のトップは勇者と前皇帝の娘なのだから。


 とはいえ、大義名分さえあれば誰でも国王になって大丈夫かというとそういうわけでもない。


 赤石という土地は11年前にオークの襲撃であっという間に国が滅びたように、一筋縄で統治できる地域ではない。あれほどのオークの集団は珍しいものの、数体のオークによる襲撃はありふれていると言ってもいい。


 中央から離れていて強力な魔法使いが希少なこの地では、数体のオークであっても対処を間違えれば致命的な破壊を招く。


 また、狭い範囲に5つの国が隣接する西夏北部は外交的な緊張もしばしば発生し、オークだけでなく、そちらへの対処も気を抜くわけにはいかない。


 傀儡政権の王といえどもそれなりの能力がなければ統治は覚束ないのだ。


 「やはり基鋼では深津国に対抗するのは無理か」


 垂穂は机に置いてある資料に目をやってため息をつくようにつぶやいた。


 その資料はこの数週間で起きた深津国による三倉国内での工作活動についての報告だった。工作の主目的は基鋼の赤石国再興を阻止すること。


 そもそも、垂穂と深津国の白海王とは激しく対立している。領地が隣接しているため資源の取り合いになるというもあるが、そうでなくても双方とも領土的野心が強いため、必然的に小競り合いが頻発することになっているのだ。


 純粋な国力では三倉国のほうが深津国よりも上だが、政治的に複雑な内情を抱える三倉国は深津国に対して統一した行動がとれず、結果的に現状は2つの勢力は拮抗している。


 しかし、基鋼を国王に赤石国が復興すれば、その均衡が突然破れることは十分に考えられた。


 それで、この数週間、深津国はそれを阻止する工作を仕掛けて、垂穂はその工作を排除するという戦いが水面下で行われていたのだ。


 ところが、その当事者であるところの基鋼が深津国の工作に全く気付かず、そのくせ関わらなくてもいい問題に首を突っ込んで状況を自ら不利な方向へと導いているのだ。これでは赤石国再興への支持が集まるわけもない。


 考えのまとまった垂穂は机の上のベルを鳴らして人を呼んだ。


 「両穂ふたほをここへ」


 基鋼はもうしばらくこのまま動いで深津国の注意を引きつけさせておこう。そして、その裏で両穂に別の本命を準備させるのだ。

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