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第19章「みんなで異世界に帰りました」

【前回までのあらすじ】


俺の名前は日向ひなた。柊を連れて日本に帰り、忍先輩の自宅を訪ねた俺たちはそこで一泊することにした。その夜、俺は忍先輩との過去を思い出していた。


忍先輩とは大学入学直後にオカルト研究会で出会い、お互いに一番の友人として親密な付き合いを続けていた。ある日、不本意な形で一線を超えてしまったものの、先輩の希望で友人としての付き合いに戻り、以降もその関係が続いている。

 翌朝、目が覚めた時、忍先輩も柊も部屋にはいなかった。


 服を着替え、顔を洗ってヒゲを剃って身なりを整え、食堂に行くと忍先輩と柊が2人でキッチンに立っていた。


 「あ、朝ごはん、もうすぐできるよ」


 忍先輩が言うのでテーブルを見てみると、朝ごはんにしては妙に豪華な食事が並んでいた。これはホテルのブレックファストですか?みたいな。


 「どうして2人で作ってるの?」

 「柊さんが料理に興味があるっていうから」

 「日向様の好きな料理を覚えれたらと思って」

 「だ、そうだよ、日向くん」

 「ははは」


 忍先輩は笑って言うが、裏がありそうで怖いんだけど……


 「そうそう。今日、異世界に帰るんでしょ」

 「そうだけど」

 「私も一緒に行くね。ゴールデンウィークの間だけだから10日くらいしかいられないけど」

 「ええっ!?」


 とびきりのいい笑顔で学食にでも行くかのような気楽さで言い切った忍先輩。俺は内心頭を抱える気持ちだった。


 確かに忍先輩なら言い出しかねないことではあった。それに教授も勧めたに違いない。予想できた事態なのにどうして予め想定しておかなかったのだろうか。


 楓たちと忍先輩が顔を合わせたらまた一悶着ありそうで怖い。


 「え、忍様、一緒に来るんですか?」

 「そうよ」

 「じゃあ、向こうでも料理を教えてくれますか?」

 「もちろん」


 俺の心配を他所に勝手に盛り上がっている2人の女子がいた。


 ちなみに朝ごはんは美味かった。心労は増えるけど、メイド不足の問題は忍先輩がいる間はなんとかなりそうだとちょっと思ったのだった。



 帰る前に大学の方へ寄っていくことになった。月曜締め切りの事務提出物があるらしく、学生たちが土曜の夜までに教授に提出した書類を代わりにまとめて事務に出せる形にしておかなければいけないらしい。


 学生たちは週末とか無関係だから困ったものだ。と言って、自分もついこの間まではそちら側の人間だったんだけど。


 「今日は日曜で事務が開いてないから、提出は別の人にお願いするんだけどね」


 そう言って忍先輩が作業をしている間、俺は柊を連れて研究室にある面白そうな機械類をあれこれ見せて説明していた。


 遊佐研究室は制御工学関連の研究を中心に行っていて、ロボット制御をやっている人もいるので研究室にはいくつかロボットも置いてある。それらを動かしてみせて柊を驚かせている内に忍先輩の作業も終わったようだ。


 ちなみに、遊佐研はハードもソフトもやっているが、俺は基本的にソフトウェアの方面ばかりでハードウェアの方はやや心許ない。それに対して、忍先輩はハードもソフトもできるのは流石だと思う。


 「さて、これでもう用事は終わったけど、オカルト研の方に顔を出してみる? 今は合宿中で誰もいないと思うけど」

 「いいですよ。ついでに僕は私物を回収していきます」

 「何を?」

 「傘と漫画が何冊か置きっぱなしにしたのがあって」


 オカルト研究会の部室は学食の上の階にある。他にもいろいろなサークルの部室が並んでいる中の1つがオカルト研究会の持ち物だ。


 オカルト研究会といってもおどろおどろしい雰囲気はなく、ソファーがあり、本棚には漫画が並べてあり、その他部員の私物があちこちに置かれていて、学園祭で使った小道具はダンボールに入れて積み上げられているという風の、至って普通の部室だ。


 漫画のチョイスや私物の中身などにそこはかとなく趣味趣向が反映されているのはご愛嬌。


 「先輩はなんで合宿にいかなかったんですか?」

 「日向くんが帰ってくるって言うからじゃん」

 「あ、すいません」


 忍先輩を先頭に俺と柊が学食の階段を登って廊下を歩いて行って部室の前まで行くと、部室から明かりが漏れているのに気づいた。


 「電気の消し忘れかぁ、全く」


 そう言って、忍先輩が扉を開けると無人のはずの部室に人影があった。


 「あ、先輩、おはようございます」

 「あれ、京子さん、合宿は?」

 「それが、昨日は風邪で倒れてしまって行けなかったんです」

 「え? 大丈夫なの、こんなとこにいて?」

 「大丈夫です。もうすっかり元気なので」


 京子と呼ばれた女の子は、部室の中のソファーに座り、ノートパソコンを開いて熱心に作業をしているところだった。


 部員らしい様子だけど見たことがない顔なので多分今年から入った新人なのだろう。


 「あ、日向くん、この娘は今年の新人で京子さん。こっちはオカルト研究会のOBで、今年から、えっと、新社会人?の日向くんとその同僚?の柊さん」

 「1年の和泉京子いずみきょうこです」

 「OBの桜井日向です。それから、こっちは同僚の柊」

 「柊です」


 柊に自由に自己紹介をさせると「日向様」とか「側室」とか言い出しかねないので、ここは同僚ということで押し通すことにした。柊はその意図を汲んだのかどうかはわからないけれど、言葉少なに自己紹介を済ませた。


 「桜井日向?」

 「ん? 僕の名前が何か?」

 「い、いえ、どこかで聞いたことがある名前だなと思っただけで、気のせいだった気がします」


 京子は顎に指を当てながらそう言った。まあ、俺の名前なんて、ありふれているわけでもないけれど特別希少なわけでもないので、どこかで聞いたことがあったとしても不思議ではない。


 「そういえば京子さん、オーラ測定器ってまだ残ってる?」


 忍先輩は壁の棚を覗きながら京子にそう聞いた。


 オーラ測定器とは遊佐教授が考案したオーラの強度を測定することを目的とした測定機器だ。


 大体、オカルトマニアなSF人間なら一度は考えるものだが、遊佐教授の場合、それを世界最高クラスの頭脳と世界最高クラスの財力で作ってしまったというところが曲者なのだ。


 オーラを測定すると言ってもそもそもオーラが何者かわかってはいないので、この測定器は逆に何が来てもいいように、多種多様な物理量の精密測定器の集合体になっている。


 そのせいで電力消費がばかにならなくて、それでも連続使用できるようにとバッテリーパックが本体の倍くらいあるという激重機器なのだが、電池残量の確認をしたり、気圧計で天気予報をしたりと幅広い活用方法が認められている。


 もちろん、そういう便利道具としてだけでなく、本当に超常現象を観測できるかもしれないので、オカルト研究会のイベントでは大抵持っていくことになっていて、当然合宿にも持っていっているはずなのだが。


 「え、全部持ってったんじゃないですかね」

 「1つくらい余ってないかな。前、使った時どこに片付けたか知ってる?」

 「測定器なら大体いつもこの辺のダンボールの中に……」


 忍先輩が見当違いのところを探しているのが我慢できなくて、OBの分際ではあるものの部室の中にすたすたと入っていってダンボール箱をあさり始めた。


 そして、案の定、すぐに目的のものは見つかった。


 「まだ2つ残ってる。合宿には2つしか持って行かなかったんだね」


 まあ、これだけ重いものだから、そう何個も持っていけないよな。


 その後、2つの測定器のうち1つを選んで、簡単な動作確認とバッテリー残量のチェックをしてから俺たちは大学を後にした。


 帰り道は俺の車と忍先輩の車の2台で異世界の門へと向かった。忍先輩も車に乗ってくるのは、帰りの車を確保するためだ。


 そこで、折角なので柊には忍先輩の車に乗ってもらって、俺の車には買い出しをした荷物を積んでいくことにした。


 特に、柊がまだ製作に苦心している自転車をまとまった数購入して車に詰め込んだ。大した数にはならないが、公用車として持っていると何かと便利なのではないかと思う。


 途中でお昼ごはんを食べて、午後も大分過ぎた頃、異世界の門のある民家に戻って来た。


 納屋の入り口の封印が切れていないことを確認して、2台の車を異世界へと進ませ、再び内側から入り口の扉に封印を施した。


 侵入者対策についてはまた今度考えよう。


 「おー。これが異世界か」


 異世界の門を再び通って戻ってくると、忍先輩は興味津々であちこちを観察していた。


 「先輩、僕達が住んでいる街はここからもう少し行ったところにあります」

 「道は?」

 「一応、舗装されてますけど、それでもでこぼこしてますね」


 忍先輩の車は車高の低いスポーツカーなのでオフロードを走るのには向いていない。一応、舗装された道ではあるので走れないわけはないと思うけど。


 「ゆっくり行ってみる。ダメそうなら引き返すよ」


 そして、俺たちはまた2台並んで松郷への道を進んだ。幸い、引き返さなければならないほどのでこぼこはなく、無事松郷に到着した。


 車をガレージに入れて忍先輩を宮殿へと案内すると、楓が俺たちを待ち受けていた。


 「おかえりなさいませ」

 「ただいま、楓。仕事の方はいいの?」

 「日向様がお帰りになったと聞いたので、切り上げてきました」

 「忍先輩、こちらは大臣の楓。楓、こっちは大学の先輩で忍さん」

 「こんにちは、楓さん。お噂はかねがね伺っています」


 来客がいるせいかいつもより改まった様子の楓に、忍先輩も礼儀正しく頭を下げた。


 「いえ、こちらこそお会いできて嬉しいですわ、忍様」

 「あれ、前に楓に忍先輩のこと話したことあったっけ?」

 「ありませんが、日向様が国王様になる前に、日向様の交友関係については調べさせていただきましたので」


 なるほど。どうやって調べたのかは分からないけど、審査とかしてたわけだし、そういう調査もあってもおかしくないかも。


 「撫子と桜は仕事中?」


 折角だから忍先輩を全員に紹介してしまおうと思ったのだが、撫子と桜の姿は見えなかった。


 「はい。桜は移民希望者の応対をしています」

 「移民?」

 「はい。今日になって移民希望者が訪れまして」

 「そういえば、移民募集中だったね」


 日向国を建国した直後に近隣の街で移民の募集をしたのだった。全く反応がないからすっかり諦めて忘れかけていた。


 「どういう人たち? 仕官志望はいた?」

 「まだはっきりしたことは。商人が多かったようでしたが」

 「そうなんだ。残念。でも、どうして今になって?」

 「おそらくですが、岩瀬屋との契約がリークしたのではないでしょうか」

 「そういうことか」


 岩瀬屋が日向国の鉱山開発に参加することが決まって日向国が今後発展する見通しが強まったため、先行者利益を取ろうと目端の利いた町人が移住してきているのだろう。


 これは今後、中堅商人からの取引の申し込みも多くなるかもしれないな。まともに相手をしていると忙しくて死ぬかも……


 「日向様、顔色が悪いですよ」

 「いや、ちょっと今後の対応をきちんと考えておかないとなと」

 「とりあえず、桜には犯罪者を街に入れないように身元の確認を厳しくするように言っておきました」

 「そうか、そっちの心配もあるんだ」


 地球だと国境を超えるにはパスポートを持っていかないといけないけど、この世界だとその辺はどうなってるんだろうな。


 「身元の確認ってどうするの?」

 「基本的には仕えている主の紹介文が身元の証明になります」

 「おお、異世界っぽいね」


 俺と楓の会話に興味をそそられたのか、忍先輩が不意に割り込んできた。


 「こっちの人はみんな誰かに仕えてるの?」

 「いえ、必ずしもそうとは限りません。なので、その場合は、知り合いの著名な人物に紹介文を頼むことになります。また、主があまり有名な人物でない場合にも、そういう有名人に紹介文の保証をお願いすることもあります」

 「じゃあ、紹介文を書いた人がこっちの知らない人だったらどうするの? 後、紹介文が偽物だったら?」

 「知らない人の紹介文は受け取れません。本物か偽物かの鑑定ができませんから」


 忍先輩は興味津々で質問をしていく。俺にとってもこの辺りの実務は知らないことだから参考になる。


 聞いているうちに俺も聞きたいことが出てきたので質問してみた。


 「それだと、あらかじめ身元保証をしそうな有力者を何人も覚えておかないといけないのか」

 「爵位を持っている人物は全て帝国で管理されてリストになっています。それから高岡の有力商人についても別でリストがあります」

 「なるほどね」

 「ただ、さまざまな理由からリストから除外したほうがいい有力者もいますから、結局一人一人手作業での確認が必要です」

 「それは大変そうだ」

 「加えて紹介状そのものの真贋の確認も必要ですので……」

 「うひゃあ」


 これはなおさらきちんと入国管理の態勢を考えて置かないとそれだけで業務が回らなくなるな。


 「これって、真贋チェックを簡略にして正しい形式の紹介状を持ってる人はとりあえず入国させちゃって、中で問題起こしたときに対処するようにすれば楽にならない?」


 忍先輩がふと疑問を口にした。


 その提案はちょっと危なっかしい感じもするけれど、確かに手間は随分減る。どっちみち治安維持の方法は何かしら別で考えないといけないし。


 「それは検討してみてもいいかもね。ついでに、それをするなら住民登録の制度もちゃんと作るほうがいいかも」

 「どうして?」

 「どういう経歴の人間が問題を起こしやすいかを簡単に調べられるじゃん」


 もうちょっと考えてみると、入国時のスクリーニングと入国後の警察のコストを比較してどちらが安いかと言えば、住民の数が少ない内は警察のコストの方が安いと思う。なら、初めの内は入国審査を簡略にしておいてもいいんじゃないか。


 この辺の話は後で桜とよく話し合っておく必要があるな。


 後、高岡でやっているように、一時滞在者には特別な滞在許可を出すようにするのがいいかも。行商人に厳格な身元審査をするのは効率が悪いからな。


 「この件は、後で桜と詳しい話をするよ。撫子は? 桜の手伝い……じゃないよね」


 申し訳ないが、撫子にこの手の作業が務まるとは思えない。今いないということは、何か別の仕事をしているんだろう。


 「撫子は桜の抜けた穴をカバーしているところです」


 そういえば、桜はまだ松郷の復旧作業の指揮を取ってるんだったっけ。今後のために、桜の業務を軽くしてあげないとな。


 「そうか。撫子にはちょっと聞きたいことがあるんだけど、手が空いたらこっちに来るように伝えてもらえる?」

 「分かりました」


 楓は撫子への伝言を鳥をかたどった魔法に乗せて飛ばし、自分自身は仕事へと戻っていった。


 「おお、伝書鳩だ。日向くん、この世界は電話とかはないの?」

 「電話みたいなものはないみたいですよ。連絡はあの鳥の魔法か、あるいは普通の手紙みたいです。遠くのものを見たり聞いたりはできるみたいですけど、こっちから話し掛けるのができないみたいですね」


 遠くのものを見たり聞いたりする魔法は撫子たちが城壁のところで周囲を監視するために使っていた。


 カメラやらマイクやらがなくても監視できるので地球の技術より便利なのだが、代わりに電話に相当するものがないというのは不便で、興味深いバランスだ。


 「それより折角なのであの実験をしちゃいましょう」

 「あの実験?」


 ということで、俺たちは揃ってお風呂場へと移動した。まだお風呂の時間ではないのでお湯は張られていなかった。


 前回の反省に立って、今度はびしょびしょにならないように服を脱いでタオル一枚で風呂桶に入った。


 「じゃ、柊、やってみて」

 「はい。……Water ball」


 柊が魔法を唱えると、俺の頭上に忍先輩の家でやったのと同じように拳大の水球が現れたが、それは一瞬のことですぐに掻き消されたように跡形もなく消滅してしまった。


 「消えたね。じゃあ、連続で何回かやってみて」

 「Water ball、Water ball、Water ball!」


 柊は狙いを変えつつ何度か魔法を起動したが、その度に水球は現れては掻き消されることを繰り返した。


 「本当に魔法が利かないんだ」

 「だから言ったじゃないですか」

 「私にも利かないのかな?」


 忍先輩は目を輝かせてそんなことを聞いてくる。


 「それは分かりません。そもそも魔法が利かない仕組みがどうなってるのかよく知らないので」

 「実験してみればいいよ。柊さん、さっきの魔法、私の手に向かって撃ってみて」

 「はい。Water ball」


 柊が唱えると、今度は忍先輩の手のひらの上に水球が生まれ……、そして消滅した。


 しまった。初めから手のひらだけを向けておいたら、こんな風に服を脱がなくてもよかったのに。俺、今かなりバカっぽいんじゃ?


 「消えた。てことは、やっぱり、私も魔法が利かないんじゃない?」

 「どうもそうみたいですね。それから、僕はわざわざ服を脱ぐ必要もなかったみたいですね」

 「そんなことないよ。実験するときはできるだけ元の環境を再現するほうがいいから、頭からかぶるべきだったと思うわ」


 忍先輩は真面目な顔でそんなことを言っているが、あれは心の中で絶対面白がっているに違いないと思う。


 とにかく、魔法消滅の再現実験は成功した。仕組みは後で撫子に解説してもらうのを待とう。楓が連絡したのでもう来てもおかしくないと思うんだけど。


 「あれ、日向、お風呂に入ってたの? 呼んでるって言うから探してたのに」


 と、ちょうどタイミングよく撫子が現れた。どうも撫子は俺がお風呂にいることに気づかず、屋敷の中を探していたようだ。


 「お風呂じゃないよ。実験をしてたんだよ」

 「あれ、日向、この人は?」

 「大学の先輩の忍先輩。先輩、こっちは楓。えっと、天才魔法使い、かな?」


 楓は大臣でいいとして、他のみんなの肩書は特に決めてなかった。まあ、肩書なんてすぐに変わるけど、何もないと紹介しづらいな。


 「忍先輩……? あっ!!」


 忍先輩という名前に何か気づいたのか、撫子は大きく反応をした。というか、相変わらず何を考えているのかわかりやすい。交渉事には全く不向きだよな。


 「はじめまして、撫子さん。異世界の門を作ったのはあなた?」

 「あ、はい。そうです。……、ねぇ、日向。なんでこの人がここにいるの?」


 撫子はすっと俺の側に寄ってきて、小声で聞いてきた。てか、撫子。多分、それ、忍先輩にも聞こえてる。


 「先輩はここに10日くらい泊まっていくんだよ」

 「え、どういうこと?」

 「私は、異世界とか魔法とかが大好きだから、日向くんに頼んで連れてきてもらったんだ」

 「日向!?」


 撫子は困惑したような怒ったような目で俺を睨んできた。


 「大丈夫。忍先輩は信頼できる人だよ」

 「……何言ってんの。一番危ない人じゃない……」

 「ん?」

 「なんでもない」


 撫子がつぶやいた言葉は小さすぎてよく聞き取れなかった。


 ただ、撫子は一息吐くと、それで割り切ったのかこの件はこれで終わりにして別の話題に切り替えた。


 「で、日向、用事って何? ていうか、ここで何してたの? 裸になって」

 「うわ、ちょっと服着るから待ってて」


 忘れてた。俺、まだバスタオルを巻いただけだったんだ。


 撫子、忍先輩、柊をリビングに帰して、俺も服を着てすぐにそちらへ向かった。


 リビングには蓮華もいて、忍先輩は蓮華にも挨拶していた。もっとも、蓮華はまだ言葉が分からないので、見知らぬ人に会って怯えている様子だったが。


 「蓮華」


 警戒して廊下の方に後ずさっていた蓮華は、俺が後ろから声を掛けると逃げ場を失って柊の背後に隠れた。


 蓮華はまだ俺のことも警戒を完全に解いたわけではなく、一番信頼しているのは柊なんだよな。柊が一番まめに世話をしているから当然なんだけど。


 落ち着いている時は俺や他のみんなが近付いても平気だけど、こういう時は柊以外は近寄れない。


 「柊、蓮華を部屋に連れて行ってやって」

 「分かりました、日向様」


 柊が蓮華を伴って去ると、俺は撫子と忍先輩に椅子を勧めて話を切り出した。


 「撫子、異世界の門のことを詳しく教えて欲しいんだ」

 「いいよ。何を聞きたいの?」

 「とりあえず、異世界の門の機能を一度話してくれたことも含めて始めから」


 撫子は魔法以外のことは大抵ダメだが、魔法に関することにだけは特別な才能を発揮する。普段は論理的に話すのが得意ではない撫子が理路整然と話ができるほどにだ。これが天才というやつなのか。


 「異世界の門は大昔に行われた勇者召喚の儀の魔法のバリエーションで、基本的な効果は勇者召喚と同じなんだ。変えたところは、繋げた門を閉じないようにするところと、繋げる先を人間のいないところにするというところ、それから相互に行き来できるようにするところなんだよ」

 「門を通った人間は全員勇者と同じ力になるの?」

 「うん。そもそも世界が違うって事は、世界の法則が概念レベルで違うってことなんだよ。だから、単に肉体と精神をそのまま持ってきても、この世界のものとは干渉もできないし認識もできないはずなんだ。だから、世界を渡る時には概念のマッピングをする必要があるんだよ」


 なるほど。だから、そのマッピングをちょっといじると勇者の特殊能力を実現できるんだ。


 忍先輩も同時に頷いているから多分俺と同じところで納得したんだと思う。


 「日向も忍さんも分かったみたいだけど、一応続けるね。異世界の門は2つの世界の概念をほぼ等価になるようにマッピングしてるんだけど、例外がある。それが勇者の力なんだよ」

 「一つは、異世界の人間の身体能力を、この世界での理論上の最強の人間に匹敵するところにマップするってことだよね」

 「そう。で、もう一つは異世界の人間の体を元の世界の法則に支配させるってこと。このおかげで日向様はこの世界で魔法が利かない体になったのよ」


 逆に、柊が地球に行った時には、柊の体は異世界の法則で支配されていたから魔法が発現できて、発現した火はすぐに地球の法則に則った火に読み替えられてキッチンペーパーに燃え移ったんだね。


 ということは、試さなかったけど、あの時の柊の身体能力は人類史上最高でオリンピック選手も真っ青なほど超人的なレベルになってたんだ。


 「撫子さん、『人間』かどうかはどういう基準で決まるの? 例えば、オークは人間なの?」


 忍先輩がいい質問をした。確かに、地球なら人間は1種族しかいないけど、この異世界だと人間みたいな生物が他にもいるからね。


 「正確には、勇者になり得るだけの知的活動が可能かどうかで決まるの。だから、通常のオークは対象外だけど、上位種には『人間』として扱われるものもいるかもしれない」

 「なるほど。あくまでも勇者が基準なんだね」

 「さ、これで分かった?」


 撫子の説明で、現象は理解ができた。勇者の力を得ることができるのは、本人にとって異世界にいる時だけということなんだ。だから、地球にいた時に俺は柊のWater ballでずぶ濡れになったんだ。


 ただ、そうすると、この2つの世界が混ざりあった時には地球のほうが有利になると気がする。科学技術は両方の世界で有効なのに対して、魔法は異世界側でしか有効じゃないからだ。


 例えば、異世界にいる時に地球人を魔法で殺すことはできないけれど、地球にいる時に異世界人を鉄砲で殺すことは可能だ。


 つまり、相対的に見て異世界の門は異世界側にとっての脅威のほうが大きい。加えて地球から見て異世界は金の宝庫なので、地球人が異世界を侵略するとしたらその動機は十分にある。


 まあ、こんな話は仮定の話だけど、長い間、異世界の門をあのままにしておくなら考慮に入れておいてもいい仮定ではある。


 「ねえ、撫子。あの門に通行制限を掛けるような機能はないの?」

 「ないよ。それにあったとしても発動中の魔法陣を書き換えることはできないから、機能を追加することもできないし」

 「そうか」


 かといって、今ある魔法陣の外側を取り囲むように通航制限の魔法陣を設置したって、地球から来た人間は魔法が無効化されるんだから意味はないんだよな。


 「地球の方に魔法陣を仕掛けることはできないの?」

 「それも無理。地球だと、魔法陣はあたしの手から離れた瞬間にただの落書きになるだけだよ」


 こっちでもあっちでも無理ということは、魔法で解決するのは無理か。あ、いや、こっちの世界の人間が異世界の門に入れないようにすることだけは可能なのか。


 つまり、魔法陣を取り囲むように別の魔法陣を設置したら、地球人には関係ないけど、異世界人は門に近づくことができなくなる。それだけでもやる意味はあるのかな?


 それに、人間以外の生き物が間違って通過してしまうことを防ぐことはできるかも。


 「日向、もしかして異世界の門に勝手に何かが入ってくるかもって心配をしてる?」

 「そうだよ」

 「それなら大丈夫だよ。まあ、完璧とは言えないかもしれないけど」

 「どういうこと?」

 「あの門は人間とその持ち物しか通さないから、こっちの世界であの近くに門を通れるのは誰もいないんだよ。だってあの辺はまだオークがいるかもしれないから人間は近づかないからね」

 「でも、それはこれまでの話だろ?」

 「うん。だから、いずれは問題になるけど、まだしばらくは問題にはならないよ。それに地球側の方も、人間がもう何年も訪れたことのないような場所に門を開いたんだから……」

 「それが、地球の方は最近誰か来たみたいなんだ」

 「ええっ!?」


 俺の報告に撫子は信じられないという表情をした。


 何年も人が来てないってのは魔法陣が正しく動いている限りはその通りなんだろうけど、それは魔法陣の出現した家の中のことで前の道路は多少は通行量があるんじゃないかな。


 「まあ、来たって言っても庭にちょっと入った人がいただけなんだけど」

 「なんだ。びっくりさせないでよ!」

 「でも、少なくともそんな近くまで人が来たんだから、これまで何年も人が来てないからって今後も来ないとは限らないじゃないか」

 「まあ、確かにそうだけどね」


 うーんと唸ってしばらく考えていると、忍先輩が声を上げた。


 「あっ、そう言えば」

 「どうしたんですか、先輩」

 「1週間くらい前にパパに異世界の門の住所を聞かれた」

 「そんなことがあったんですか」

 「うん。その時は日向くんが出発する前に教えてくれた住所を渡してあげたんだけど、何か考えてるのかも」

 「じゃあ、もしかしたら庭に入った形跡って」

 「うん。パ……、父が誰かよこしたのかもしれない」


 教授がやってることなら心配しなくてもいいんだけど。後でメールで確認してみよう。違ったとしても、もしかすると異世界の門を守る何かいい案を思いつくかもしれないし。


 撫子との話はここで終わった。その後、俺は忍先輩を連れて松郷の街を少し案内して、それから先輩は柊と一緒に晩ごはんの支度にとりかかった。


 その日は夜まで特に大きな事件はなかった。夕飯の時になって桜がへとへとになって帰ってきたので、みんなでねぎらって上げた。


 夜、寝る時になって、俺が楓たちと一緒のベッドで寝ていることに、忍先輩は固まっていた。先輩の家では柊だけだったので怒っていたけれど、こっちでは多勢に無勢で怒るどころの騒ぎではなかったようだ。


 楓が気を回して、今日は楓と忍先輩が俺と一緒に寝ることに強引に決めてしまったけど、明日からどうしたらいいんだろうか。

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