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第15章「岩瀬屋と話し合いました」

【前回までのあらすじ】


俺の名前は日向ひなた。高岡を訪問していた俺と撫子は、無事に1日目を終えてホテルでくつろいでいた。


そこで俺は日向国を将来的に技術大国に育てたいという希望を話し、その中で撫子の魔法技術が重要な役割を果たすことになるということを説明した。


その話に迷いの吹っ切れた撫子は、日向の国作りにようやく心から納得して協力する決心がついたのだった。

 翌朝起きると、いつもと違って撫子が俺の背中にぴったり密着して寝ていたので、びっくりしてすぐに目が覚めてしまった。


 朝ごはんは決められた時間に部屋まで運ばれてきた。


 バーのテーブルに並べられた朝ごはんを撫子と食べていると、尚五がスケジュール確認に来た。今日は昼から岩瀬屋と会談で、それが終われば松郷に帰ることになっている。


 「尚五は朝ごはんは?」


 俺たちが食べ終わるのを尚五が立ったまま待っているので聞いてみた。


 「私はもう頂いてしまいました」

 「同じもの?」

 「いえ、私のはもっと粗末なもんです」

 「そうか」


 正直、ここで出された朝食は質素な方だと思っていたので、これより質素というのはどんなものなのだろう?


 「蒸かし芋だけとか?」

 「今日は、ビスケットです」


 ビスケットというのは、大体日本のビスケットと同じなのだが、もっと大きくて脂分が少ない。ビスケットと乾パンの中間のような食感だ。


 保存が効くので松郷の家にも置いてあるが、あまり美味しくはない。蒸かした芋と豆のスープの方が大分マシだと思う。


 長期保存できることと、調理がいらないことだけが利点だ。


 「そんなのでいいの?」

 「普通やと思いますけど」

 「普通なんだ」


 たしかにこの世界だと普通なのかもしれない。魔法は発達していても機械が発達していないこの世界だと柔らかくて美味しいパンを作るのはコストが掛かりすぎるのだろう。


 平生組で食べた菓子のように現代日本に持ち込んでも売れそうなクオリティのものを享受する人がいながら、片や乾パンのようなビスケットが普通だと言う人がいるのがこの世界だ。


 まあ、この話はこれ以上追求するのはやめよう。


 「ところで、尚五は訛りを治す気はないの?」

 「え、訛りですか?」

 「そう。どう?」

 「いや、考えたこともあらしませんでした」


 これまでの働きぶりから見て、尚五は秘書に向いていると思う。しかし、秘書となると各国の要人やその秘書などと話す機会も増えるだろうから、訛りのない喋り方ができるようになっておいたほうが将来的にいいのではないか。


 「落ち着いたら考えてみよう」


 訛りを治すとして先生は誰に頼めばいいだろう? 楓が一番向いてそうだけど、他の仕事で手一杯だしな。もう進二の教育も見てもらってるし。


 それから岩瀬屋の会談の時間になるまで、俺、撫子、尚五は会談で使う資料作成に追われたのだった。


 「これは陛下。ようおいでくださいました」


 岩瀬屋のオフィスに行くと、満面の笑みで出迎えてくれた勘介。対照的に周囲に付きそう幹部社員たちは相当緊張しているようだ。


 まあ、無理もない。この商談は岩瀬屋にとって乗るか反るかの大勝負なのだから。


 「本来なら私どもの方からお伺いするんが筋ちゅうもんでしたんですが」

 「いえ、気にしないでください。他にも用事がありましたから」

 「それは平生組と湊守の件ですか?」


 応接室に着くや否や緊張感の走る会話が始まった。まあ、つっこまれると思ってたけど。


 「それだけではありませんが」

 「他にも何か?」

 「まあ、その事はいいじゃありませんか。今日は商売の話をしに来たんですから」

 「……これは失礼をしました。では、早速、商売の話をさせていただきましょか」


 そう言って、勘介は数枚の紙を俺と撫子の下へと差し出した。


 「これには私どもからの提案がまとめられてます。内容は私が以前にお話させてもろたものと基本的には同じです」

 「分かりました。僕の方の提案も紙にまとめさせてもらいましたので、まずは読んでください」


 俺は尚五に合図を送って午前中にまとめた資料を勘介たちに配らせた。そして、しばらくの間、俺たちはお互いの資料を無言で読みふけったのだった。


 「そろそろいいですか?」


 十分な時間の後、俺は再開を促すために声を掛けた。


 「はい。ええです」

 「では、まず勘介のほうから何かありますか?」

 「それでは、僭越ながら、利益の配分についてですけれども」


 利益の配分は岩瀬屋の提案は利益の2対1で分けて2の方を日向国に納めるというものだった。現代日本風にいうと、法人税66.7%ということだ。


 これがどのくらいかというと、例えば日本のGDPに対する税収の割合は国と地方を合わせて20%くらい。この内20%くらいが法人税だ。


 日本の法人税の実効税率が35%くらいだから、単純に計算すれば法人税66.7%ということはGDP比7.5%くらいの税収ということになる。


 おそらく岩瀬屋は日本企業の平均よりずっと業績がいいはずだから、同じ会計基準で利益を計算すればそれよりは税収は多くなるはずだ。


 そう、同じ会計基準なら。会計基準が異なれば、利益の額も異なってしまう。法人税方式を取るならば、先に会計基準について合意をする必要があるのだ。


 「この『赤石国領外へと鉄鋼を運び出す際、帝都で取引される相場に対して10分の1の額に相当する貨幣を納める』と言うのは、どういう事でっしゃろか?」


 それに対する俺の提案は間接税、この場合は特に輸出関税方式だった。


 「利益の計算は『収入‐経費』ですが、経営努力によって経費の額は変わってきますよね」

 「そうですね」

 「僕は岩瀬屋には経営内容について最大限の自由を保証しようと考えています。しかし、そうすると経費の額について僕がコントロールすることは難しくなってしまいます」

 「なるほど」

 「ならば、始めから経費を考慮せずに直接収入から税を納めて貰えばと思いまして」

 「分かりました。確かに後で経費の内容について問題になるようなことになるんやったら、収入に税率を掛けるほうがいいかも知れまへん。やけど、10分の1というのは……」


 日向国のように経済の大部分を自国で産出・生産した鉄鋼の輸出に依存する国にとって、鉄鋼の輸出額というのは凡そGDPと言ってもいい。「GDP=国内消費+国内投資+輸出-輸入」だからだ。


 ということは、大まかに言って輸出関税10%ならばGDP比10%の税収となる。


 実際には基準の相場が帝都の相場なので、輸出額は相場から輸送費を引いたものになるはずで、それを考えれば税収はGDP比10%を超えるはずだ。


 しかし、それでも日本の税収の割合である20%には及ばない。さらに、日本の場合は20%の税金に加えて社会保険もあるので、正味、日本政府の3分の1程度の徴税能力しかないことになる。


 とはいえ、現代日本は福祉国家だ。国や自治体が様々なレベルでセーフティネットを設置して、その維持のための経費が掛かっている。


 だが、この世界ではそういうきめ細かなセーフティネットは一般的ではない。それを考えれば10%超の税収というのは十分満足できる数字と言える。


 逆に言えば岩瀬屋にとってはそれだけ重い負担になる可能性があるということでもあるが。


 「具体的な数字を決めるのは他の条件を詰めてからでもいいのではないでしょうか」

 「そうしましょか」

 「それでは次は、僕の方から新技術開発についてです」


 俺がそう言うと、勘介は紙をめくって該当の箇所についてさっと目を通した。


 「実験用鉱山でっか?」

 「はい。小規模な鉱山を1つ、機密保持が可能な形で僕たちの管理下におきたいと思います」

 「まあ、そのくらい大したことやあらしませんけど」

 「それから、その鉱山で開発した新技術は全て僕たちの所有権になります」

 「そらそうでしょうな」


 勘介はあっさりと俺の提案を認めていった。どうも勘介は新技術というものが製鉄にどういうインパクトを与えるのか、あまり理解していないようだ。


 なにか新しい鉄製の道具を開発するというような意味で理解しているのかもしれない。ま、その誤解を今解くつもりはないけど。


 「効果が認められた新技術は積極的に他の鉱山でも活用していきたいと思います」

 「そのことですけど、その効果っていうのはどうやって確認するつもりでっしゃろか」

 「実験結果をまとめた資料をお見せしましょう。それを元に他の鉱山でも試してみて、その上で判断するということではどうですか?」

 「もちろん、私らの鉱山で試す時には協力していただけるということですよね?」

 「もちろん。その代わり、岩瀬屋の方も新技術の試験には最優先で当たっていただきたい。この部分で手を抜くことがあれば、契約解除もあり得ると考えてください」

 「なんでそこまでこだわるのか分かりませんが、陛下には陛下のご事情があるんでしょう。それで構いませんわ」

 「他にも提案書に書いておいた鉱山の立ち入りなどの件ですが」

 「それも全部OKです。私らのやることは他のどこでもやってるような普通のことですさかい、見られて困るようなものは特にありません」


 予想通り、勘介は新技術開発についてはあまり関心はないようだ。もう少し警戒があるかもしれないと思っていたのだが、ここは無用な対立を避ける方が得策と踏んだのかもしれない。


 とにかく、こちら側としては最優先事項についてすんなり話がついて、内心ちょっとほっとした。


 「そんなら次は私の番ですな。独占販売権のことについてですけど、陛下の提案には何も書いてありまへんでしたが」

 「そうですね」

 「これは私らの提案そのままでええということなんでしょか」

 「実は、湊守の支社長と昨日会いまして」

 「存じてます」

 「湊守の方も鉱山経営に興味があると話しておりましてね」

 「まあ、そうでしょうな」

 「例えば、湊守の方にシェアの最大5分の1までを許すというふうにするのはどうでしょう?」

 「あきません。それは、あきません」


 独占販売権のことは岩瀬屋の最優先事項だと狙いをつけて、湊守の名前を出して揺さぶりを掛けてみたら、予想通りに食いついた。


 そもそもこの独占販売権の交渉は、状況を整理すれば俺たちの方が有利なのだ。


 岩瀬屋は日向国、というか、旧赤石国全域の鉱山からの鉄鋼生産について独占販売権を取りたい。しかし、それを穏便に取るには他のプレイヤーが参入してくる前に全て終わらせてしまうべきなのだ。


 でないと、何らかの形で競合を排除する必要が出てくる。そして、それには当然、相応のコストが発生することになる。


 だからこそ、勘介は誰よりも早く松郷まで自ら赴いて余裕のある態度を見せながら破格の条件を出してきたのだ。


 「どうしてですか? 僕としても湊守のような大手の商会と関係を悪化させるようなことは避けたいと思っているのですが」

 「私たちはこの商売、真剣に、文字通り命を掛けてさせてもろてます。それは湊守さんかて他の商人さんかて同じことです。

  私は陛下が建国なさった時に真っ先に駆けつけて鉱山開発の支援を申し出ました。その時、湊守さんは何をしてましたか。何もしてません。昨日陛下がお訪ねになってようやく慌て始めたところやないですか? まだまともな提案書もできてないんちゃいますか?

  商人には商人の仁義ちゅうもんがあります。せやけど、今回は湊守さんは仁義を通してません。仁義を通さん相手と取引するんは高岡中の商人を敵に回します。

  せやから、あきません」


 なるほど、そう来たか。


 仁義の問題というのはつまるところ、商人同士での仲間内でのルールの問題ということなのだろう。さしずめ、先に交渉している商売に後から割り込むのはいけないというようなところだろうか。


 そのルールそのものは理解できる。理解できるからこそルールとして受け入れられているのだろう。だが、それは紳士協定的なもので強制力はないのではないか?


 しかし、岩瀬屋の言い方は、例え強制力がなくてもそのルールを盾に高岡の世論を形成して、湊守を鉄鋼取引から締め出そうという意志を感じられる。


 もし岩瀬屋がそれを現実に実行しようとして、それが本当に機能するかは平生組の動向次第だと思うが、果たしてどの程度の可能性があるだろうか。


 「ですが、鉱山の権利を持っているのは僕たちです。だから、その鉱山を誰に託すかは僕たちの決めることではありませんか?」

 「もちろんそうです。ですから、私はこうして陛下にご忠告申し上げさせてもらってますんです」

 「ご忠告ありがとうございます。ただ、僕としても、後で湊守の方と会った時に断る口実というのを持っていないと困るのですよね」

 「断る口実ですか?」

 「例えば、先ほどの税率、湊守が15%でもいいと言ってきたらどうしましょうか?」

 「……、分かりました。赤石国領全域の独占販売権が得られるんでしたら、税率10%を受け入れましょ」

 「ありがとうございます」


 湊守が15%の税率を受け入れると言った時、どうして岩瀬屋が税率10%で対抗できるのかわかるだろうか?


 これは湊守が鉄鋼生産能力が岩瀬屋よりもずっと少ないと仮定しているからだ。そうすると、湊守は岩瀬屋のように日向国の鉱山のすべてを管理することはできない。


 例えば、湊守に20%のシェアを分けた場合、湊守の税率は15%で岩瀬屋の税率が7.5%だったとする。その時の税収は全体の9%になる。


 ちなみに、7.5%というのは計算上、岩瀬屋が提案した利益を2対1に分けると同程度の負担になる税率のことだ。


 これに対し、岩瀬屋が100%のシェアを取って税率10%を受け入れたなら、税収は全体の10%になる。こちらの方が税収の総額は多くなるのだ。


 この計算は湊守の鉄鋼生産能力に限界があることを前提にしている。もし湊守の鉄鋼生産能力がもっと高ければ違った結果になったに違いない。


 「では、この条件でいいですか? 『岩瀬屋は赤石国領内で産出した鉄鋼について、領外に輸出する分における独占販売権を有する。鉄鋼を領外へと運び出す際は、帝都で取引される相場に対して10分の1の額に相当する貨幣を日向国に納める』」

 「構いまへん」


 日向国と言わず、赤石国領という表現をしたのは、まだ日向国の国境が確定していないためで、旧赤石国が治めていた全鉱山が対象になることを明示するためだ。もっとも、俺の裏の狙いは別のところにあるのだけど。


 「後、細かいことですが、契約期間と解除条件についてです」

 「この契約期間5年ちゅうやつですか」

 「むしろ解除ペナルティの方が大事だと思います」


 解除ペナルティは一方的に契約を破棄する際に相手に支払う金額のことだ。


 俺の提案では、『残存期間 × 過去1年の産出量と鉄鋼相場から計算された税金 ÷ 4』となっている。ざっくり言って、1年後に契約解除するには1年分の税金相当額を払えば解除できるということになる。


 「5年後の契約更新は?」

 「それまでの実績が満足できるものなら、詳細な条件の見直しだけで契約更新となると思います」

 「ふむ。まあ、問題ありまへんやろ」


 やれやれ、ようやく重要項目がほぼ片がついた。


 「最後に、労働者の待遇についてですが」

 「それは私も疑問に思とりました。この国民福祉と書いてあるのは一体?」


 勘介の疑問だが、そもそもこの世界に「国民」という概念はないらしい。


 その代わり、全ての人間は皇帝を頂点とするヒエラルキーの中に組み込まれていて、誰の配下であるかが重要であってどの国に所属しているかという概念は個々の人間にとっては希薄なのだ。


 例えば、自分がA国の領主Bの配下にいるとする。すると自分は間接的にA国王の配下であるが、A国王は領主Bを通してしか自分に命令することはできない。また、領主BがC国に鞍替えしたならば、自分の意思とは無関係に自動的にC国王の配下となる。


 もちろん、自由民であれば自分の仕える主を自分の意志で変えることができるので、A国の別の領主Dの配下になることでA国に所属し続けることはできるが、それはあまり一般的な習慣ではない。


 俺はそこに「国民」という概念を植え付けたいと思っているのだ。そのことの危険性を領主が気付かないような形で。


 「簡単に言えば、日向国に住む人たちの基本的な生活を国から直接支援したいということです。例えば、住居、衛生、医療、警察、司法、インフラ、教育などの分野ですが、必要性の高い部分に可能な範囲で支援したいと思うのです」

 「それは陛下が領主になるちゅうことですか?」

 「いえ、そうではないです。領主はあくまでも領主です。僕としてはその支配権を奪うつもりはありません。ただ、これから日向国を一緒に作り上げていく人々に最低限の生活を保証したいと考えているだけです」

 「そういうことでしたら、問題はありまへん。労働者の生活環境が改善すれば生産性も上がりますさかい、いくらやってもろても構いまへん。」

 「そのための資金として少額の住民税を集めることになりますが」

 「問題ありまへんでっしゃろ」


 この国民福祉と住民税というアイデアは事前の議論で俺が楓にどうしてもと言って入れたものだ。


 一見、負担ばかり大きくてあまり意味のない制度のように思える。実際、楓もその理由で反対していた。


 しかし、これは俺の考えでは、中央集権化を進める重要なステップなのだ。


 中央集権化を進めるには領主の力を無力化して全ての権力を国王に一元化する必要がある。しかし、現状では土地は国のものだが人は領主のものだ。


 ここで突然、人も国のものだと言っても、領主に反対されて日向国に人が集まらなくなってしまう。


 だから、領主の支配権は認めつつ、福祉という名目で国が国民に直接介入する手段を作るのだ。さらに、同時に徴税権も確保する。


 そうして徐々に領主の権力を侵食していって、最終的に領主を名目上の飾りにまで持っていければOKだ。現実にはどこかのタイミングで実力行使も必要になるかもしれないけれど、むしろその時のためにも外堀は今のうちから埋めておくのがいい。


 「そしたら、これで合意ということでよろしいやろか」

 「最初の目標については?」

 「4ヶ月以内に少なくとも1つの鉱山から鉄鋼を出荷するということでどうでっしゃろ」

 「結構です」

 「ほな、合意書を作りましょ」


 そう言って、勘介は部下にまっさらな紙を持ってこさせた。よく見ると紙の縁に複雑な文様が描かれている。


 「あれは?」

 「あれは契約用紙です」


 小声で隣に座る撫子に聞いたところ、そのように回答が返ってきた。


 「紙の縁に文様があるみたいだけど」

 「あれは魔法陣です。契約を交わした後に内容を改ざんできないように契約の最後にあの魔法陣を発動させて封をします」


 電子署名的なものなのだろうか。それともラミネート加工みたいなものか。


 「撫子。あの魔法陣の内容を確認してくれ」

 「そのつもりです」


 撫子は勘介から紙を受け取ると、魔法陣の内容を丹念に読み解き始めた。


 「契約書の魔法陣を読まはりますんですか?」

 「はい。一応、念のため」

 「やっぱり帝都出身の魔法使いは違いますな」


 契約が決まったせいか、リラックスしてややくだけた様子で勘介が話しかけてきた。


 「岩瀬屋には契約書を作れる魔法使いはいないんですか?」

 「おらしませんな。こんな田舎におるんは魔法使いと言っても、実技中心やさかいな。製鉄関連の魔法陣ならともかく、それ以外の魔法陣まで分かる魔法使いはなかなか」

 「なるほど」


 魔法関連の品はほぼ輸入だとは聞いていたけれど、こんな紙でも帝都から輸入しないといけないんだな。それほど辺境と帝都の魔法技術のレベルには差があるということなのか。


 「終わりました。特に問題はありません」


 契約用紙を精査していた撫子が顔を上げてそう言った。


 「じゃあ、撫子、そのままさっきの合意内容をそこに書き写していってくれ」

 「分かりました」


 合意内容について岩瀬屋側の書記が書き取った議事録を受け取って、内容を一通り確認してから撫子に渡した。撫子はそれを受け取るとさらさらとその内容を書き写していった。


 その後は、俺と勘介の双方が再度内容を確認してから拇印を押し、岩瀬屋側の魔法使いが契約書の魔法陣を起動させて合意書が完成した。


 「これを元に、1週間程度で詳細な項目まで詰めた本契約の書類を作成してお持ちします。細かい項目の詰めの作業はまたその時に」

 「分かりました。よろしくお願いします」


 こうして、岩瀬屋の勘介との交渉は成功裏に終わった。そして、この契約によって、日向国という国の形を決める決定的な第一歩を踏み出したのだった。

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