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第14章「撫子と話し合いました」

【前回までのあらすじ】


俺の名前は日向ひなた。高岡市内のホテルで高岡新報の編集長の青燕と会った俺と撫子は、次に高岡の有力商会である平生組と湊守を立て続けに訪問した。


平生組で応対に出たのは高岡支社長の英郎えいろうだった。そこで、生産した鉄鋼はほぼ全て帝都周辺へと集められること、鉄以外の金属の需要はほとんどないこと、鉄の錆は魔法で防いでいることを知った。また、平生組としては鉄鋼の生産者は誰であっても取引するということも確認した。


湊守で応対に出たのは高岡支社長の澪也みおやだった。澪也には、海上貿易で鉄は取り扱わないこと、鉄造船がこの世界の常識からは外れていること、世界の交易路の大半は帝都を通っていることを聞いた。また、湊守としても日向国の鉱山経営に出資したい意思を確認した。

 夜。俺と撫子はホテルの同じスイートにいた。尚五は使用人向けの別室に宿泊している。


 ホテルの部屋が2人で1部屋なところとか、ベッドがキングサイズ1つしかないところとか、もうそろそろこの手のネタに突っ込むのも疲れてきた。


 もっとも今回は撫子と2人で話をしておきたいと思っていたこともあるので、同じ部屋なのは都合がいいとも言える。


 部屋は流石にVIP向けのスイートだけあって調度品の豪華さには目を見張るものがあった。


 普通のホテルの部屋は1つの部屋にベッドもデスクも全部入っているが、スイートは用途別に独立したいくつかの部屋から構成されている。


 俺達が泊まったところは、ベッドルーム、リビング、バー、風呂が備え付けられているタイプで、客間はない。客間が必要な時には、高岡新報の編集長と会った時のように別室を使うようになっている。


 リビングにはソファー、テーブルの他、本棚も置かれていてさまざまなジャンルの本が並べられていた。絨毯はふかふかで、生けられた花は見たことがない種類のものだった。


 「多分、ランの1種じゃないかな」

 「そのくらいは分かるんだけどね」


 元の世界でもランは観賞用で品種が多いから見ただけでどの種類なのかなんて分かりっこない。


 ただ、大輪で色が鮮やかなので買ったら高そうだというのは分かる。それこそ、ロビーに置いてあったっていい位の豪華さだ。


 「この部屋、高そうだよな」


 俺はバーでお茶を淹れながらそう言った。


 最初は撫子がお茶汲みをしようとしたが、撫子の家事能力を知っている俺はそれを制して自分で2人分のお茶を淹れることにしたのだ。


 「まー、そりゃ普通の部屋よりは高いよ」


 撫子はソファーには座らずにテーブルの上に腰を掛けて足を投げ出してこっちを見ていた。


 高価な調度品なのに台無しだと思うが、高価なものをその価値を分かって尚ぞんざいに扱うところが逆に出自の良さを暗示しているのかもしれない、のか?


 「高岡新報の青燕と取引した時のことでもそう思ったけど、撫子たちって追放されたって割りには意外に大金を持ってるよね」


 バーの脇には冷気ブロックを備えた冷蔵庫があって、中には常温保存が向かない飲み物や果物やお菓子が入っている。その中から甘みの強そうなものをお茶請けに取り出した。


 「追放は追放。財産まで没収されるわけじゃないから」

 「なるほど。そういう考え方もあるか」


 確かに、日本だって刑事罰を受けたからって財産まで差し押さえられて破産するってわけじゃないもんな。


 「ま、あたしたちは若いから個人の財産って言ってももともとそんなに多いわけじゃなかったんだけど」

 「じゃ、どうしたの?」

 「帝都を離れる前に支度金ってことで、実家からある程度まとまったお金をもらって来たんだよ」

 「へー」


 お茶の葉が十分蒸れたところでポットからカップに移して、お茶請けとともにテーブルに持っていった。撫子は先にテーブルから下りてソファーに座っている。


 「本当はそのお金でどこかの田舎に屋敷を買ってそこに引きこもって暮らすのが暗黙の了解だったんだけど」

 「楓はそれに甘んじなかったってことか」

 「うん」

 「でも、新しい国を作るみたいな大それた企みがよくバレなかったものだよな」

 「そりゃ、見て見ぬふりをしてるだけでしょ!」

 「ん?」


 あれ? なんか、撫子、機嫌悪そうだけど、不快な過去でも思い出したのかな?


 「追放されたって言っても、楓が皇族であることに変わりはないし、私達の位階が剥奪されるわけでもない。人脈も持ってるから、地方領主としては下には置けないのよ。

  といっても、中央政界からは政治的な理由で追放されてるからあまり親密にするのも都合が悪い。だから上辺だけは親切にしても、心の中では迷惑に思ってるし力になろうとも思ってないのよ。

  あたしたちが松郷に引きこもった時は、みんな大喜びだったんじゃない? 厄介者がいなくなったって!」


 気づいてても厄介事を面倒臭がって無視してきたってことか。撫子が怒ってるのは地方領主とのやり取りで何か嫌なことでもあったのかな、やっぱり。


 「……」


 ちょっと興奮しすぎたと思ったのか、そこまで言って撫子は黙って出されたお茶を飲み始めた。


 お茶請けの菓子を食べて少し落ち着いたところで、何かを考えていた撫子が意を決した様子で再び口を開いた。


 「あ、日向、ちょっと話は変わるんだけど」

 「うん」

 「どうしてあたしを連れてきたの? こういう役目は楓や桜のほうが得意だと思うんだけど」


 ああ、そのことを気にしていたのか。


 確かに撫子の言うとおり、外交の席に同席するような仕事はその2人の方が適任だと思う。


 楓は頭がいいから外交交渉の議論をリードできるし、桜はどういう状況でもちょっとおっとりしてにこにこしているから相手に考えを読ませずに会話に参加できる。


 それに引き換え、撫子は対人間の駆け引きは苦手ですぐに考えを読まれてしまう。外交に限らず交渉事には不向きな性格だ。今日も何回か会談相手が俺ではなく撫子の顔色を見ている局面があった。


 「どうして撫子なのかって言うと、まあ、簡単に言えば直感なんだけどね」


 俺自信、そこまで理詰めで考えて撫子を連れてきたわけではなかった。ただ、今回の高岡訪問には俺なりのテーマがあって、撫子が一番そのテーマに合致していたからというのが理由と言えるのだけど。


 「その質問の返事の前に、今日の会談を見てきてどう思った?」

 「え? えっと、平生組の人はいい人だよね」

 「お菓子、美味しかったもんね」

 「そうそう。って、それじゃあたしがお菓子に釣られてるみたいじゃん」

 「そうじゃないの?」

 「そうじゃないよ。平生組の人は前にも会ったことあるけど、その時もいい人だったんだって」

 「その時もお菓子を貰ったの?」

 「そうじゃなくて、いや、確かに貰ったんだけど、そうじゃなくて」


 撫子をからかうと面白いけど、そのうち本気で怒り出すのでこの辺でやめておかないと。


 それにしても撫子が英郎と会ったことがあるっていつのことだろうとちょっと考えたが、そういえば前に日向国建国を宣伝して回っていたからその時に会ったのだろう。


 「他にはどうだった?」

 「高岡新報の人と湊守の人は今日が初めてだったけど、新報の人は抜け目ない感じがしてちょっと嫌だった。湊守の人は言葉は悪いけど悪い人ではないのかなって思った」


 小並感か。


 「会談の話の内容はどうだった?」

 「内容?」


 そう言って撫子は首を捻った。


 「三倉国は何を考えてるか分からないから信用できないと思う」

 「確かに基鋼のグループがどういうポジションにいるのか分からないから、三倉国が今後どう動くのか予測が立てにくいよね」

 「そうそう。それと、岩瀬屋もだめ」

 「どうして? 前は岩瀬屋と契約する方がいいって言ってたじゃん」

 「うーん。これまで一緒にやって来た野沢国を見捨てて都合の良い方にあっさり鞍替えするようなのは信用できないよ。そういうのはきっとまた裏切るから」


 なにやら確信めいた口調で言う撫子。何か過去にあったんだろうか、って、まあ、帝都を追放されたくらいなんだからいろいろあるだろうな。


 「製鉄と造船の話はどうだった?」

 「製鉄と造船? そういえば、日向、変な事言ってたよね。たしか……」

 「錆びない鉄と鉄の船?」

 「それそれ。あれは何?」

 「何って?」

 「何で出来もしないことを出来るなんて言ったの?」

 「出来るから出来るって言ったんだよ。錆びない鉄って言うのはね、鉄にクロムっていう別の金属を混ぜるとできるんだよ」

 「別の金属?」


 撫子は怪訝な表情で聞き返した。英郎と話した時もクロムのことは知らなかった。多分、撫子にとっても初めて聞く金属に違いない。


 それに、そもそもこの世界では合金という考え方そのものがないように思う。魔法で鉄の特性を変えられるようだから、合金という技術が発達しなかったのだろう。


 「話すより実物を見てみるといいかも」


 そう言って、俺は鞄からアウトドア用のマルチツールを取り出した。ナイフやら栓抜きやらが1つのツールにまとめられて普段は折りたたんで持ち歩けるアレだ。


 「ここを引っ張るとナイフが出てくるんだけど、これがステンレス製だよ」

 「ステンレス?」

 「あ、ステンレスってのが錆びない鉄のことね」


 撫子は初めて見るものをまじまじと観察していたが、紙を一枚持ってきてその上に魔法陣を書き始めた。


 手持ち無沙汰になった俺が飲み終わったお茶のカップを洗い終わって戻ってきた頃に、撫子がようやく魔法陣を書き上げ、その上にマルチツールを置いて手をかざした。


 「Property Analysis」


 撫子が詠唱すると魔法陣から赤い光が漏れ出し、その光がゆらゆらと揺れながら時々別の色に変わったり戻ったりを繰り返した。


 「反応が少し弱いけど、鉄であることは間違いないみたいね。表面に錆があるみたいだけど」


 と言ってマルチツールを持ち上げてもう一度丁寧に見ていった。


 「でも、どこにも錆なんてないみたい。おかしいな」

 「すごいな。魔法でそんなことまで分かるんだ」

 「これはどういうこと?」

 「ステンレスってのは鉄にクロムって金属を混ぜて作るんだけどね、鉄よりクロムのほうが早く錆びるから、表面をクロムの錆が覆って中の鉄を守ってくれるんだよ」

 「錆が……守る?」

 「そう。鉄は錆び始めると奥の方まで錆が進行しちゃうけど、金属によっては錆が表面だけにとどまって中に進行しないのもあるんだ。クロムはそういう金属なんだよ」


 撫子は難しい顔をして考え始めた。何度もProperty Analysisを起動してステンレスのナイフを分析している。


 「確かに中の方は錆びてない」

 「そう言ったじゃん」

 「なんか、納得できない」

 「納得できなくてもそういうものなんだよ」

 「んー」


 なかなか納得できないのか、撫子はその後もしばらくマルチツールとにらめっこを続けていた。


 「あっ、もしかしてこれで船を作ろうって考えてるの?」


 結局、ステンレスの方に納得するより前に、別の話題に関心が移ってしまったようだ。


 「いや。錆びにくいステンレスでも海水には弱いからね。船の錆防止は別のやり方があるんだよ」

 「別のやり方?」

 「うん。でもその話は長くなるから、そろそろ話を戻そうか」

 「なんだっけ?」

 「どうして撫子を高岡に連れてきたか」

 「…………そうだった!」


 撫子ははっと立ち上がって言った。どうやら完全に忘れていたようだ。


 「僕が撫子を選んだ理由は確かに直感なんだけど、少なくとも撫子が候補に挙がるだけの理由はあったんだよ」

 「えっと、何が?」

 「撫子が一流の法書者だからだよ」

 「?」


 撫子が分からないという顔をしている。外交や経済と法書者の関連が思いつかないのだろう。


 「日向国の強みって何だと思う?」

 「鉄資源が豊富なこと?」

 「それは赤石国としての強みだよね。日向国はこの先、版図を増やしていくつもりでしょ。その時に、赤石国だけじゃなくなった日向国が持ってる独自の強みって何だと思う?」

 「独自?」

 「うん。独自の強みがあるってことは、他と置き換えることができないってことだから、誰も日向国の動向を無視できなくなるってことなんだよ。そうなって初めて新興国の日向国が帝国と対等な関係で渡り合える可能性が出てくると思うんだ」

 「日向と楓がいることじゃないの?」

 「それって、勇者と前皇帝の娘がいるってことだよね」

 「そうだけど」

 「でも、楓は中央政界から追放されて政治的な力はないし、勇者の実力は未知数だよね」


 確かに勇者と前皇帝の娘の権威は強力だろう。


 各国からの使者が曲がりなりにも俺たちを立てて接しているのは肩書があるからだ。でなければ、例えオークの群れを殲滅した功績があるとはいえ、いきなり武力で脅すという態度に出ていてもおかしくなかったと思う。


 しかし、建国の勇者のように人間界を統一して魔王を滅ぼすほどの力があるかどうかは分からない。俺自身ですら、どのくらいの力があるのか分からないのだから。


 さらに言えば、帝国は権威だけでなく実力もあるのだ。経済力も軍事力も日向国の比にならない。


 権威だけで何でも解決するほど日向国の現状は甘くはないのだ。


 「このままじゃ、周りの国は日向国に対して寄らず触らずの態度を続けると思うんだ。撫子たちが追放されてから何度も味わってきたのと同じように。ただ、引きこもる先が郊外の屋敷か辺境の国かって違いだけで」

 「確かに、そうかも」

 「基鋼だけは何を考えてるのか今ひとつ読めないけど」

 「うーん」

 「とにかく、権威だけでは他の国を従えて帝国と渡り合うには不足なんだよ」

 「じゃ、どうすればいい?」

 「だから、撫子を連れてきたんだよ」

 「は?」


 撫子はやはりわけがわからないという顔をした。なんか、撫子のこういう顔もちょっと可愛いかもな。


 「何せ、撫子は日向国のエースだからね」

 「ええっ!?」

 「この先、帝国と対峙する時には撫子の活躍が最大の鍵になるんだよ」

 「あ、あたし?」

 「うん。今、ステンレスを見たよね。英郎は錆びない鉄があれば世界が変わると言った。あれは誇張でもなんでもなくて新しい技術は世界を変える力を持ってるんだよ。

  僕は、今は成り行きで国王をやってるけど、元は技術者の、まあ、見習いみたいなものだったから、科学技術のことはそこそこ普通よりは詳しいんだ。

  で、撫子、君は優秀な魔法使いだ。ここに、この世界にない科学とこの世界の魔法の両方に詳しい者がいる。そこから生まれるものはどの世界にも存在しない全く新しいものだとは思わない?」


 俺は撫子にそう語りかけた。思わず熱くなってしまったが、撫子は真剣に俺の話を聞いていた。


 「……思うかも」

 「だよね! 僕はね、日向国を技術大国にしたいと思ってるんだ」

 「技術大国!?」

 「うん。どこよりも進んだ技術を持って世界をリードする国になるんだよ」

 「その技術をあたしと日向で開発するの?」

 「そう。今日、ここに来たのは岩瀬屋や基鋼の動向を調べるというのもあるけど、最大の目的はこの世界の技術水準と需要の調査なんだよ。

  今後、どういう技術を開発すると世界にインパクトを与えられるのかを把握しておきたい。撫子と来たのはできるだけ同じものを見聞きしておきたかったからなんだよ」


 俺がそう言った時、撫子はなぜか下を向いてしまった。呆れられたかと心配して撫子のそばに近寄ると、撫子はぽつぽつと話し始めた。


 「あたしさ、ちょっと柄じゃないことをやろうとしてたのかも」

 「ん?」

 「松郷奪還作戦を計画してるのは楽しかったんだよね。正攻法じゃ絶対に勝てない相手を、ただ勝つだけじゃなくて殲滅する作戦を考えなきゃいけない。あたしにしかできないことだと思ってた」


 話しながら、撫子は自分の手をじっと見つめていた。


 「奪還作戦が上手く行って松郷に移り住んで、あたしはちょっと焦ってたんだと思う。これからはあたしも魔法のことばかりじゃなくてもっと広い視野を持たなきゃいけないって。

  でも、上手くやろうと思うと余計空回りしてるような気がして。何で思った通りにならないんだって怒って、その度に楓に諭されて」

 「うん」

 「あたしたちは3人しかいないから、……ごめんね、日向のこと、まだ完全には信用できなかったんだ、……3人だけだから、何が起きても3人でやれるようにしなきゃいけないって思ってた。

  でも、あたしにはそんなことを考えてる余裕なんてなかったんだね」

 「ん?」

 「あたしには苦手な分野にこだわって時間を浪費している暇なんてなかったんだよ。そんなくらいなら得意な魔法で何ができるのかもっと真剣に考えるべきだったんだ」


 そう言って撫子は顔を上げて力強く俺の目を見た。


 「あたしはこれからもっと真剣に魔法で日向国に何ができるかを考えていくよ。それに日向の科学技術も理解するようにする。日向の言う通り、魔法と科学の融合は日向国の強みになると思うよ」


 撫子の真剣な眼差しに俺は思わず頭を撫でてしまった。


 「なんで頭をなでる!?」

 「あ、いや、なんかちょっと可愛いなって思って」

 「かっ、か、か、何言ってんだ!」

 「撫子にはこれまでずっといつも壁がある気がしてたからね。これでようやく距離が埋まった気がするよ」

 「う、うん。そうかも。……いつまで頭を撫でてんだ。恥ずかしいじゃん」

 「あ、ごめんごめん」


 撫でるのを止めてソファーに深く腰を掛け直すと、撫子が隣にぴったりと座ってきた。


 「な、何?」

 「ん? なんか、楓の見る目は正しかったのかなって」

 「え?」

 「日向を選んだのって楓の一目惚れだったって話は聞いた?」

 「ん? まあね」

 「楓って昔からちょっと童顔なタイプが好きなんだよね。で、日向もちょっと童顔でしょ」

 「そうなのか?」


 自分がイケメンではないことには自覚があったけど、童顔とか言われたのは初めてだ。


 俺は自分の顔をつるりと撫でてみた。厳つくはないとしても、さすがに童顔ではないと思っていたんだけど。ヒゲだって一応ちゃんと生えてるし。


 でも、周りから見たらそう見えるのか。……、ヒゲ、もっと伸ばそうかな。


 「だから、楓はきっと顔だけで日向を選んだんだと思ってたんだよね。まあ、あたしとしてはそれでもよくって、松郷奪還で勇者の力が使えれば、後は飾りでもいいと思ってたから。

  でも、今の話を聞いて、日向はあたしが思ってたより深いんだなって」

 「ははは」

 「さっきまでは楓が日向と結婚するから、あたしは側室になるって思ってたけど、今は日向だから側室になってもいいって思ってるよ」

 「ちょっ、それは」

 「べ、別に焦んなくっていいって。無理矢理押し倒したりしないから。……、むしろ意識しちゃって逆に恥ずかしくなってきたんだから」


 最後の方を小声で早口で言うのでどうしたのかと見てみると、撫子は俺の横にぴったりくっついて座ったまま顔を反対側へと向けていた。


 なんか気まずい。


 「そ、そう言えば、明日の岩瀬屋のことなんだけど」

 「な、何?」

 「撫子はどうしたい?」

 「……、さっきは岩瀬屋は絶対止めたほうがとか言ったけど、……正直、あたしには鉱山経営のこととかは……」

 「とりあえず経営のこととかは忘れて、岩瀬屋と契約するとしたら、法書者の1人としてどういう条件があれば嬉しくて、どういうのは困るのか聞きたいかな」

 「法書者として……?」

 「うん」


 唇に指を当てて少し考えた撫子は、頭を整理するようにゆっくりと話し始めた。


 「採掘から製品出荷までの全行程を確認してみたいかな」

 「確認するだけ?」

 「もちろん、何かいいアイデアを思いついたらすぐに試してみたい」

 「何か試せそうなアイデアはあるの?」

 「あの辺はパワースポットが多いから、その魔力を上手く活用できるんじゃないかな。でも、具体的な話の前に今の工程がどうなってるかを確認してからじゃないと」

 「小規模な実験用鉱山があるといいかな。近くにパワースポットがあるような」

 「そうそう、そういうのいいかも」


 ある程度隔離した実験鉱山なら機密保持もしやすいかも。産業スパイ対策はあらかじめ考えておいたほうがいいだろうからな。特許制度については、……新技術は国のものにすればいいか。


 「あると困る制限は、立入禁止とか閲覧禁止とか、後、サンプルの持ち出し禁止ってのも困るかも」

 「こっちで開発した技術の使用に制限を掛けられるのも困るね」

 「そうだ。忘れてた」

 「それに、新技術を岩瀬屋管理の鉱山で積極的に採用していく仕組みもいるね」

 「確かに。折角開発した技術を使ってくれないともったいないよね」


 でも、その場合、機密保持に対する配慮が必要になるけど。場合によっては集中管理したプラントみたいなのが必要になるかもしれない?


 「でも、そんな都合のいい話ってありなのかな。これだと一方的にあたしたちに有利な条件ばかり並べてるような気がするけど」

 「そこは話の進め方次第だと思うよ」


 教授にはオカルト研究会の関係であちこち引き摺り回されて、なんやかんやと交渉事の現場に連れて行かれてテクニックを伝授されてきた。


 なんで技術者なのに営業の勉強みたいなことをしてるんだろうと思っていたけど、こんなところで役に立つとは。世の中どう話が転ぶか分からないものだな。


 とにかく、準備が完全とは言えないけど、考えられる限りのことは考えたと思う。後は明日。人事を尽くして天命を待つのみだ。

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