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第13章「他の商人とも話しました」

【前回までのあらすじ】


俺の名前は日向ひなた。撫子と尚五しょうごを連れて高岡に来た俺は、高岡新報の編集長の青燕せいえんと会うことになった。


青燕には高岡新報に書かれていない情報を聞けることになっていて、岩瀬屋のことと赤石国国王を名乗る基鋼のことについて聞いた。


その中で岩瀬屋は野沢国内にある岩瀬屋資本の鉱山を廃鉱にするつもりであることと、三倉国内で対日向国政策について何らかの政治的な陰謀がある可能性を聞いた。

 次の会談の相手は平生組の高岡支社長の「英郎えいろう」だ。こういう重要人物との会談をテキパキと設定していくあたり、尚五の有能さがうかがい知れる。桜の目利きは正しかったということだ。


 平生組支社長との会談は平生組の支社で行われた。俺と撫子は青燕を見送って少し休憩しただけですぐに平生組の支部へと向かったのだ。


 「これはこれは、ようこそおいでくだいました」


 英郎は大げさにそう言うと、手をパンパンと叩いて人を呼び、菓子を持ってくるように指示した。


 「平生組支社長をやっております、英郎と申します。以後、お見知りおきくださいますようお願いします」

 「日向国国王です。こちらは撫子」


 挨拶を終えたところで、若い女性が菓子とお茶を持って戻ってきた。


 「この菓子は今三倉国で人気の菓子なんです。さくさくした食感がやみつきになるっていうことで、最近は高岡でも飛ぶように売れるんですわ」


 そう言われて指でつまんで食べてみると確かにさくさくと美味い。こっちの世界でこういう繊細な菓子を食べたのは初めてだ。


 英郎という人物は、少し小太りのおっとりして誠実そうな人物だった。目端の利きそうで抜け目がなさそうな岩瀬屋の勘介とは対照的だ。


 「こういう菓子は平生組ではよく取り扱っているんですか?」

 「いえいえ、ふつうはこういう小物は平生組では取り扱いません。これは私の個人的なわがままというやつでして」

 「というと?」

 「最近、帝都の方で修行をした菓子職人が三倉国で菓子屋を始めたんですが、それが高岡で食べられないのが我慢がならなくて、本社との連絡便のついでにまとまった量を積んでもらうようにしたんですわ。まあ、最近はよく売れるんで専用車を1台出すようになりましたけど」


 そう言って、英郎ははははと笑った。


 「ところで、陛下は今日はどういったご用件でこちらへ?」

 「まずはご挨拶と、それから鉄鋼の需要についてご教授いただければと思いまして」


 これまでの調査から平生組が日向国の鉱山に直接投資をする見込みは少ないと思われる。特に単独投資というのはありえないだろう。


 しかし、生産した鉄鋼の売却先としては域外貿易としては唯一の選択肢だ。そして、西夏北部で生産した鉄鋼のほとんどは域外へと輸出される。


 ということは、岩瀬屋の提案を受けようが受けまいが平生組とは取引を行わなければならない。もし岩瀬屋の助力なしに鉱山を単独経営するならば、平生組との交渉も直接行わなければならなくなるのだ。


 なので、岩瀬屋との件を決断する前に平生組の意向を聞いておくことは意味がある。


 「そうですね。では、基本的なところから説明させていただきましょうか」


 そう言って、英郎は鉄鋼の交易について説明を始めた。


 採掘された鉄鉱石は鉄鉱山の近くで製鉄した後、インゴットにして帝都やその周辺の工業地帯まで運ばれる。そこで最終製品へと加工され、再び帝都全体に運ばれるのだ。


 鉄の加工を行うのは必ずしも帝都周辺だけではないが、それ以外の地域の生産量はそれほど多くない上に、域内の生産で賄えてしまうのが大半なので貿易相手としては帝都地域が中心になる。


 「鉄鋼はインゴットだけなんですか? 棒状や板状や円筒状に整形したものとかは?」

 「そういうのは聞いたことがありませんね」


 加工は工業地帯で行うのか。各地から集めたインゴット状の鉄鋼をまとめて加工をするということは、かなり大規模な工場があるのだろうか。でもどうしてわざわざ鉱山から離れたところで?


 「陛下、鉄鋼の加工は魔法で行います」


 考え込んでいると撫子にフォローを入れられた。なるほど、魔法か。それで帝都周辺に集めるのか。


 「では、クロムという金属をご存知ですか?」

 「クロムですか? 分かりません」


 ということは、ステンレスはないんだな。もしかして、合金というものがないのか? いや、流石に青銅くらいはあるか?


 「鉄鋼の他の鉱物はどういうものの需要がありますか?」

 「鉄鋼以外というと金でしょうか。金は帝都ではあまり需要がありませんが、魔法使いの少ない地方では重要な金属ですわ。他には金属ではないですが、陶土、陶石は取り扱ってます」


 陶土、陶石は陶磁器の原料だ。この世界で高級感のある食器は鉄製でなければ陶磁器製なので、その原料も交易商品なのだろう。


 それにしても、銅がないとは意外だ。金が豊富だから代替としての銅や青銅が普及しなかったということなのか。


 「そうすると、帝都付近では金属といえば鉄鋼ということになるのですね。鉄鋼の主な用途はどのようなものなのでしょう?」

 「用途は多岐に渡りますが、取引の多いところは、自動車、農具、武器でしょうか。変わったところでは、装飾品や硬貨にも使いますよ」


 そういえば、確かに前に見せてもらった硬貨は鉄製だった。恐ろしく錆びそうだと思ったけれど、錆びたものは見なかった。あのときはステンレスを使っているのだと思ったのだけど、多分魔法なんだろうな。


 「防錆処理は製鉄側で行うのですか? それとも、製品加工側で行うのですか?」

 「運搬前に簡単な防錆魔法を掛けます。ですが、本格的なものは製品加工の最終段階で掛けるのが普通だと思いますわ。防錆魔法の品質は最終製品の価値を大きく左右する要素ですから」


 この世界の製鉄は魔法の存在を前提としているせいで、俺の世界の製鉄とは随分違うところがあるようだ。単純に元の世界の知識を持ってくるだけではうまく行かないことがありそうだ。


 しかし、ステンレスはもしかすると需要があるんじゃないだろうか?


 「もし、錆びない鉄というのがあったらどう思います?」

 「そんなものがあったら世界が変わってしまいますわ」


 そう言って英郎はおかしそうに笑った。どうも俺の発言は冗談だと受け取ったようだ。


 だが、英郎の言うように世界が変わるというのは強ち嘘ではないかもしれない。高品質鉄製品が非魔法使いの手で生み出されるようになったら、魔法使いと非魔法使いの垣根がひとつなくなってしまうことになる。


 この話は今はこれ以上追求することはやめることにした。場合によってはあまりに大きなことになるかもしれない。少し慎重になったほうがいい。


 話を変えよう。


 「英郎さんは岩瀬屋が日向国の鉱山開発に名乗りを上げていることをご存知ですか?」

 「知ってます」

 「それについてどう考えていますか?」

 「どうと言われましても、私としてはここで仕入れる鉄の量と質が確保できて、値段が抑えられればその鉄の出処に頓着はしませんので」

 「特に岩瀬屋の動向に興味はないと」

 「ただ、岩瀬屋さんはこれまで鉱山経営をしてきた実績がありますから、日向国の鉱山でも岩瀬屋さんが関わるほうが安心感がありますわ」

 「そのことで野沢国との関係が悪化したとしても?」

 「私どもと野沢国とは良好な関係を維持させていただいておりますから」


 関係が悪化するのは岩瀬屋だけで、平生組としては野沢国とも日向国ともうまくやっていくというのか。


 確かに、野沢国としても、例え岩瀬屋と事を構えるにしても、平生組にまで飛び火すると生産した鉄鋼の引き取り手がいなくなってしまってしまう。


 英郎の態度はそういう事情も見越した上での自信ということなんだろう。


 「もし僕が鉱山経営に岩瀬屋を関与させずに単独で経営をしたらどうですか?」

 「私が興味があるのは鉄の量と質と値段だけです」

 「分かりました」


 これで平生組の英郎との会談は終わった。


 平生組が鉱山経営にはあくまで中立の立場を貫くという方針だということが確認できたことは収穫だ。


 英郎としては政治的な問題に関与して取引相手を限定するのは損だと判断していると思われる。域外貿易をほぼ独占している現状では、取引関係の維持に特別に政治的な裏付けを与える必要はないからだろう。


 次の会談の相手は湊守みなともりの高岡支店長「澪也みおや」だ。この会談も会場は相手方のオフィスである湊守の支社で行われた。


 「あんたが勇者様ですか?」


 お互いの自己紹介も始める前にいきなり相手の口から発せられたのがこの言葉だった。


 「そうです。勇者で、日向国の国王もしています」

 「これはこれは、ようおいでくださいました。わしは湊守で高岡の支社長をしとります、澪也というもんです。こっちの方は?」

 「撫子。僕の部下です」


 自分のことを「わし」というのは、深津国の浪直もそういう言い方をしていた。これは深津国の方言なんだろうか。


 三倉国の則勝と英郎に対し、深津国の浪直と澪也。三倉国のほうが洗練されて都会的で、深津国のほうは泥臭くて田舎っぽい気がする。


 「今日伺ったのは、ご挨拶と、湊守さんの海上貿易についてご教授願いたいと思いまして」

 「海上貿易についてですか?」

 「はい。海上貿易では農産物の貿易が中心と聞いていますが、それはどうしてですか?」

 「そりゃあ、まあ、海のほうが陸より安いですからな。海が使えるなら陸より海を使うのは当然ですわ」


 西夏北部地方の主力輸出品は第一に鉄鋼で第二に小麦だ。小麦の生産は三倉国と深津国が中心となっている。


 湊守の海上貿易は、主に西夏北部の小麦を輸出して、代わりに砂糖、胡椒、酒、茶、加工肉などの嗜好品や自動車、農機具などの魔道具を輸入することで成り立っている。輸入品の内容は平生組に比べ農産物の割合が多いが、品目に大きな違いがあるわけではない。


 「どうして鉄鋼の輸出はしないのですか?」

 「鉄の塊を船なんかに乗せたら沈んでしまいますやんか」

 「それは量の問題じゃないですか?」

 「そりゃちょっとだけやったら乗りますよ。でも、それじゃ商売になりませんわ。それに、そんな重いもんを載せとったら船だってすぐに悪くなってしまいます」


 積載量と耐久性の問題か。


 「船は木造でしたっけ?」

 「そうです」

 「大型の船を鉄で作れば、積載量も耐久性も向上しますよ」


 俺がそう言うと、澪也だけでなく撫子までが信じられない顔をして俺を見た。


 「そんなあほなことを言わんといて下さい」

 「あほですか?」

 「陛下、鉄で船を作るなんて聞いたことがありません」

 「船に鉄を載せるだけで沈むのに、鉄で作った船なんかが浮かぶわけがないやないですか」

 「鉄でも船の形をしていれば水に浮きますよ。むしろ強度があるから木よりも軽くなるくらい」


 二人の反応を見るに、この世界では鉄造船なんて言うものは想像すらされていないのだろう。


 陸上交通の面では独自に自動車を持つほどに発展した交通システムだが、そのしわ寄せが海上交通の方に来ているということなのだろうか。あるいは地形的に海上交通が思ったほど便利ではないのかもしれない。


 とはいえ、帝都は海に面しているはずなので、例え地形的な不利があったとしても、船で帝都まで直接乗り付けることは不可能ではないと思うけど。


 「まあ、勇者様の言うことやから神さまのご加護で水に浮くこともあるんかもしれませんけど、鉄を海水につけたら錆びてしまいます。こればっかりは、どんなすごい魔法使いでもどうしようもあらしません。

  それに、そもそも鉄で大きなものを作るにはとんでもない量の魔力と繊細な制御が必要になります。そんな魔法使いがおるんですか?」

 「そうですね。百聞は一見に如かずといいますから、日向国の情勢が落ち着いたら一度作ってお見せしましょう」


 ここでできるできないと言ってみても水掛け論になるだけで、実際に実物を見てもらって納得してもらうしかない。


 逆に、日向国でこの世界の鉄造船のノウハウを独占してしまえば、強力なアドバンテージになる。自力で鉄造船の開発を進めることは国益にも叶うはずだ。


 「そういえば、米は取り扱っていますか?」


 話を変えるために、少しこの世界の農業的な常識を知っておこうと一番興味のある米について質問してみることにした。


 「もちろん」

 「米はどこで取れるんですか?」

 「大陸の反対側ですな」


 この世界は大きな大陸が1つあるだけという割と単純な世界なのだが、西夏地方はその北西部にある。大陸西岸は比較的雨が少なく、米の栽培に適した地域が少ないが、反対の大陸東岸には雨の多い地域が多く、米が栽培されている。


 しかし、西夏地方に運ばれる米は、陸路で大陸を横断してくるわけではない。海路で大陸を南回りに回ってくるのだ。


 そもそもほぼ全ての域外貿易のルートは帝都周辺を通過するようになっている。これはその地域が物資の世界最大の消費地であり、世界最大の魔法製品の生産地であることによる。


 米も、生産地である大陸東岸以外では帝都エリアが主な消費地で、大陸西岸には米を食べる文化が浸透していないため消費量が少ない。そんなところへ大陸横断の直接交易ルートを開拓するより、遠回りでも帝都経由にするほうが経済的なのだ。


 「もちろん、大陸西岸で取れるもんはわざわざ帝都まで行かんと直接交易することも多いですけどな」


 大陸を横断するような交易は帝都を経由するが、西岸内部での交易はわざわざ帝都を経由させる必要はない。


 湊守の場合、深津国を出発した船は途中の寄港地で積み荷を部分的に入れ替えながら帝都まで行き、そこで積み荷を全部入れ替えた後、再び各地で積み荷を入れ替えながら深津国に戻ってくるのだ。


 陸路の交易が比較的目的地に直行する傾向があるのに対し、海路はあちこちに停泊しながら行くという点は特筆してもいい違いと言える。


 「湊守さんは海上貿易だけじゃなく、野沢国の鉱山経営にも投資していますけど、それはどういう繋がりなんでしょうか?」

 「わしらは別に海上貿易だけの商会やないですからな。域内でも食料品に関しては二番手やし、鉱山経営だけやのうて機会があればいろいろ投資させてもらってます」

 「食料品の一番手というのは」

 「岩瀬屋さんに決まってますやんか」


 そうだった。岩瀬屋は鉱山経営で有名だけれども、もともとは三倉産小麦の卸売を生業にしている商会だった。そして湊守は深津産小麦の卸売だ。


 ただ、価格が鉄鋼と食料品とは比べ物にならないのだ。平生組が食料品を捨てて鉄鋼に集中しているのは合理的と言えるし、岩瀬屋が小麦の卸売であることを一番に挙げられないのも仕方ない。


 「湊守は日向国の鉱山に投資するつもりはないんですか?」

 「機会があれば是非にと思っとりますわ」


 思っているという割には岩瀬屋のようにがつがつと食いついてこない。いや、この場合、岩瀬屋の態度が強引すぎるのか。


 「岩瀬屋さんはすでに日向国の鉱山開発に名乗りを挙げています。あちらの提案を飲めば日向国の全ての鉱山は岩瀬屋が開発することになりますが」

 「ほんまですか? それは、困りましたなあ」


 そう言って澪也は本当に困った様子でしばらく考え込んでしまった。


 「……ひとつ質問してええですか?」

 「どうぞ」

 「岩瀬屋さんはどんな提案をして来たんか教えてもらえやんでしょうか?」


 ここで岩瀬屋の提案内容を湊守に教えるのはルール違反かもしれない。湊守に教えたら、今度は岩瀬屋の方から迫られた時に断れなくなる。


 「残念ながら具体的な提案の内容を教えることはできないのですが、僕たちが今何を必要としているかはお伝えできます」

 「それでお願いします」

 「といっても、話は簡単で、要は何もかも足りていないんですけどね。労働力も、技術も、設備も。そもそも鉱山がどういう状態になっているかすら、これから調査するというところですから」

 「すると、岩瀬屋の提案はそういうものを全部含めて一括で請け負うということなんですな」


 澪也の探りに俺は肯定とも否定ともない態度を取ったが、澪也は肯定と受け取ったようだ。澪也の視線の先にいる人物を考えるに俺の態度を見て判断したのではないかもしれないが。


 「正直この問題はわしの手には置いかねますわ。本社の方とも相談して返事するんでよろしいですやろか」

 「分かりました」

 「岩瀬屋への回答はいつ頃?」

 「明日、一度、岩瀬屋と会うことになってます。その時には何らかの進展があると思ってください」

 「分かりました」


 これで湊守の澪也との会談は終わった。

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