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アメリカでのお話

 そこは日本から遠く離れたアメリカの地。

 芽榴が留学して三ヶ月が経過した頃のこと。


『メルは勉強しすぎだよ。どうしてそんなに急いでるの?』


 芽榴が分厚い資料を読んでいると、目の前でアップルティーを飲みながらヴァンがつまらなそうに問いかけてきた。

 先ほどまでここには友人のエマがいたのだが、彼女は先ほど次のコマの講義に行ってしまったのだ。

 彼氏が遠くの地にいるからとはいえ、男子と二人きりでいるのはよくない。とは芽榴も理解しているのだが。


『勉強なんかよりボクを見たほうが絶対目の健康にいいと思うのだけど』


 相手がこのとんでもなくナルシストな友人、ヴァンだと思うと、そんなことを考えるのもバカらしくなってしまうのだ。


『一年で日本に帰るって約束したからだよ。勉強頑張らないと帰れない』

『ボクという最高の友がいるんだからそんなに早く帰ることはないだろう? むしろ帰りたくないはずだ』

『……まあ、ヴァンやエマと離れるのは寂しいけどね』


 芽榴はそう言ってヴァンを見上げる。複雑そうな顔をして、芽榴は笑っていた。


『でも……日本にはどうしても会いたい人がいるから』


 芽榴の言葉を聞いて、ヴァンは肩をすくめながら質問を返す。


『それは、恋人のこと?』

『……それもそうだけど、大切な友だちにも会いたいから』


 そう言って、芽榴はわずかに顔を赤くする。いまだに『恋人』という事実を実感して照れくさくなってしまう。


『本当にメルは恋人のことが好きだよね? ボクみたいないい男が目の前にいるのにさぁ?』


 ヴァンはつまらなそうに頬杖をつく。そしてメルの手から分厚い資料を奪った。


『ちょっと、ヴァン!』

『メルがボクの相手をしないのが悪いよ』

『もう……ヴァンは私じゃなくても、いっぱい相手してくれる人いるでしょ』


 ヴァンは大学の人気者。さらさらなブロンドの髪に碧眼の瞳。まさに異次元の世界にいそうな姿の彼を、そこら中の女子が待っている。


『でもメルは相手してくれない』

『……ヴァン』

『ボクはこんなにもメルとお話がしたいし、遊びにも行きたいのにさ』


 誰もが求めるヴァンを、芽榴は求めない。


『ごめんね、ヴァン』

『じゃあボクと遊んでくれる?』

『それは……うーん。じゃあ来週、この課題が終わったらエマと三人で遊びに行こっか』

『ボクはメルと二人がいい』

『それはちょっと……』


 ヴァンはとても良い友だちだ。

 留学してから幾度となく告白されている芽榴に、彼だけは告白してこない。だからこそ芽榴はヴァンには気を許すことができたし、一緒にもいられる。

 けれど、それとこれとは話が別だ。


『どうして? 別にボクとメルは友人だし。それに日本にいる恋人はメルが今何してるかなんてわからない』

『そうなんだけど。でも……もしもってあるじゃない。ヴァンのこと誤解してほしくもないし、向こうに誤解させたくもないから』

『ボクは誤解されてもかまわないけどね』

『イヤだよ。だって、ヴァンは大好きな友だちだから。……ヴァンのことは嫌ってほしくないもの』


 芽榴がそう言って笑うと、ヴァンは複雑そうな顔をする。けれど芽榴はどうしてヴァンがそんな顔をするのか分かってあげられない。


『別にボクとキミの恋人が会うことなんてないだろ』

『分からないよ?』

『分かるよ。だって、メルはボクに恋人の写真を絶対見せないじゃないか』


 ヴァンだけじゃない。誰に見せてと言われても、メルは誰にも彼氏の写真を見せたことがない。

 写真すら見せない相手に会わせるはずがない。


『……だって、絶対嘘だって思われるから』

『言わないよ。メルが嘘つかないことは知ってるし。メルの恋人だろ? なんで嘘だと思うのさ』

『……だって、すごくかっこいいから』


 芽榴は消え入りそうな声で答える。自分がとんでもなくおかしなことを言っている自覚はあるけれど、それが事実だ。


『かっこいいなら、余計にいいだろ。いい加減ボクには見せて。友人なんだから』

『……ヴァンにだけだからね』

 

 友人、という言葉に芽榴は弱い。

 芽榴は手帳を取り出すと、そこに挟んでいた写真を取り出す。それは以前『彼』が手紙で送ってくれた写真だ。


『……この人』


 他に写っている人も整った顔をしているが、芽榴は自分の『恋人』を指し示す。するとヴァンは目を細めて『ふーん』とつまらなそうな声を出す。


『ほら、似合わないって思ったでしょ……』

『……別に。普通にかっこいいと思うよ。まあボクも負けてないけど……でも、メルの恋人を名乗ってもいいくらいの相手だとは思う』


 ヴァンがよそ見をしながらそう呟くと、芽榴はヴァンの反応とは反対に目を輝かせた。


『この人の恋人だって、私……自信持って大丈夫?』

『当たり前だろ。何を不安がって……』


 そこまで言って、ヴァンは口を閉じた。

 閉じざるをえなかった。

 なぜなら、芽榴が今までヴァンに見せたことのないくらい幸せそうな顔で笑っていたから。


『ヴァンがそう言ってくれると、すごく自信がつくよ。ありがと』

『……別に、ボクは何も』


 ヴァンはそう言うけれど、芽榴は首を横に振る。


『ヴァンこそ嘘つかないから。ヴァンの言葉は信じられるもの』


 そうやって芽榴は嬉しそうに笑って、恋人の写真をもう一度じっくりと見つめる。


『……ヴァンに見せてよかった』


 その言葉はヴァンに向けて告げているのに、芽榴の笑顔はその写真の中の相手に向けられている。


『……ひとつだけ、ずっとついてる嘘はあるけどね』


 そんな芽榴を見つめながら、ヴァンは小さな声でそう呟いた。芽榴が首を傾げてもヴァンはそれを言いなおすこともせず、続きを告げることもない。


『やっぱりヴァンはいい人だね。……いつか、この人に……ヴァンのことも紹介させてね』


 無邪気に芽榴は笑う。

 その笑顔に、やっぱりヴァンは苦笑した。


『うん。ボクは、大切な友人として紹介して』


 ヴァンは芽榴の頭を撫でて、芽榴に資料を返した。


 そうして勉強を再開する芽榴をヴァンはじっと見つめる


 愛情の潜む、その熱視線に気づかないまま、芽榴はヴァンの目の前で幸せそうに笑っていた。




『彼』が誰かは、みなさんの想像にお任せします。笑

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