愛の文句を受け止めて【葛城翔太郎】
アメリカから帰ってきて2年。
日本の大学にも通い始めて、東條家のこともうまくこなせるようになった頃。
芽榴は久しぶりに会う恋人・葛城翔太郎のことを駅の前で待っていた。
「最後に会ったの、1ヶ月前だっけ……」
芽榴は時計の時刻を確認して、ぽつりとつぶやく。
翔太郎が乗った新幹線がもう着いた頃だ。
会えることを実感して、会えなかった日々をまじまじと考える。
芽榴と翔太郎が久しぶりに会う理由は、本当にしかたのないこと。喧嘩をしたわけでも、お互いが会おうとしないのでもなく、物理的に会えないのだ。
「あ……葛城くーん」
芽榴は人混みの向こうに、翔太郎の姿を見つけて笑顔で手を振る。
翔太郎はその声に反応して、芽榴の姿を見つけたみたいだ。
「待たせて悪かった。……着いてから家を出るくらいでいいと言ったはずだが」
翔太郎は困り顔だ。
大学に入って、いろいろな都合のために芽榴は携帯を所持するようになった。その携帯で一応毎日やり取りはしている。
先日、翔太郎がこちらへ帰省することが分かったため、昨日芽榴が翔太郎を駅まで迎えにいくと告げると、翔太郎から新幹線の時刻と「駅で時間を潰すから、新幹線の到着時刻を過ぎてから来てくれればいい」という旨の連絡が返ってきたのだ。
「待ってないから大丈夫だよー」
「貴様の大丈夫は、あてにしてない」
「あははー。でも早く会いたかったから」
芽榴がヘラッと笑いながら告げると、翔太郎は大きな咳払いをして、さっさと歩き出す。
「わわっ」
けれどちゃんと芽榴の手を握って、翔太郎は駅を出ようと歩みを進めた。
「言い遅れたが……久しぶりだな」
翔太郎が少し顔を赤くしている。
大学生になっても、翔太郎は昔と何1つ変わらない。照れ屋で不器用な翔太郎に、芽榴は微笑みを返した。
「うん。久しぶりー」
この通り、2人の交際は順調。
ただ、アメリカから芽榴が帰ってきても、芽榴と翔太郎の遠距離恋愛は終了――とはいかなかったのだ。
翔太郎は都外の第一志望の大学に見事合格し、現在はそこで一人暮らしの学生生活を送っている。
翔太郎の休暇と芽榴の休暇があったときに、何度か芽榴も彼の部屋に遊びに行ったことがあった。
なかなか会えないことは寂しいけれど、こうしてたまに会えるだけでも芽榴は十分幸せだった。
「あ、そーだ。葛城くん、今度神代くんと温泉旅行に行くんだって?」
「……神代から聞いたのか?」
翔太郎に問われて、芽榴は頷く。
芽榴は颯と同じ大学に通っていて、よく構内でも会い、たまに一緒に食事に行ったりもする。もちろん、2人で会うのは颯のほうが遠慮してくれて、大学の友人だったり役員の誰かを誘ったりして会っていた。
そして、それは翔太郎もちゃんと知っている。
と、芽榴の返事を聞いた翔太郎は少しだけ表情を曇らせる。
まずい話をしてしまったのかと、芽榴が焦ると、翔太郎はすぐに否定した。
「神代のほうが、楠原のそばにずっと一緒にいてやれるのになと……少し思っただけだ」
颯は、芽榴のことが好きだった。
今も芽榴の知る限りで、颯に彼女はいない。
理由は分からないが、まだ芽榴のことを好きという可能性は捨てきれない。
翔太郎は芽榴と付き合うことになった今もまだ、芽榴が翔太郎を本当に好きなのか不安に思っていて、すぐに「自分以外の方がいいのでは」という考えに至ってしまうのだ。
「私は、別に『ずっと一緒』じゃなくていいから」
「は?」
「私が好きなのはずっと一緒にいてくれる人じゃなくて、葛城くんだもん。だから、それは関係ないよ」
芽榴は翔太郎が握ってくれている手を、ぎゅっと握り返す。
そうして彼を安心させるように、ふわりと笑ってみせる。
「葛城くんは、私が一緒にいないからって……同じ大学の女の子と付き合う?」
「そんな馬鹿な話、あるわけないだろう」
「でしょー? なら、同じだよ」
芽榴のカラカラ笑う声を聞いて、翔太郎は困り顔だ。
けれどもう、その顔に憂いはない。ただ少し不服そうだ。
「貴様は、余裕だな」
「全然」
「……俺は楠原がいつ『別れよう』なんて言い出すか、毎日わりと不安だ」
「なにそれ。言わないよ、失礼だなー」
「貴様の周りは、俺よりいいやつがたくさんいるだろうが」
「私にとっては、葛城くんが一番いいよ」
芽榴がそう答えると、翔太郎は声を詰まらせる。見上げると、すぐに「見るな」ともう片方の手で目を隠された。
けれど一瞬見えた翔太郎の顔は、面白いくらいに真っ赤で。
「笑うな。……まったく、そんな恥ずかしいことをよく言えるな」
「本当のことだから。……だから、葛城くんは会うたびに不安になるのやめてください」
芽榴がそうお願いするけれど、翔太郎は頷いてくれない。
どうしても不安は拭えないらしい。
芽榴の目元から手を離して、翔太郎は頼りない顔で芽榴を見下ろした。
「楠原は、不安にならないだろう?」
まるで芽榴の想いは自分と同じではないとでも言いたげに、翔太郎は尋ねてくる。
たしかに翔太郎ほど毎日『別れ』のメールに怯えるようなことはないけれど。
「なるよ。だって、高校の時から葛城くんはモテモテだから。大学でもモテるんだろうなって、モヤモヤするよ。そりゃーね」
「……嘘だな」
「嘘じゃないってば。……もう」
照れ隠しも入って、信じようとしてくれない翔太郎に、芽榴は頬を膨らませる。そんな芽榴をやはり翔太郎は愛おしそうに見つめてくれた。
「でもね、不安だけど……私は葛城くんを信頼してるから」
翔太郎はいつだって芽榴を大切にしてくれる。守ってくれる。
その手はいつも、芽榴のために差し伸べられると、ずっと翔太郎が教えてくれたから。
「葛城くんは、こんな私でも好きでいてくれるって」
「……すごい自信だな」
「まあ、自分で言ってて恥ずかしいけど……違うのー?」
照れ臭くても、翔太郎にはちゃんと伝えないと、伝わらない。
だから、その仕返しに、翔太郎がなかなか言ってくれない台詞を言わせてみせる。
「……好きに決まってる」
翔太郎はそう告げて、芽榴のことを見つめる。
けれど、その顔はある一定距離以上には動かない。
ここは道端。まだデートの途中。
芽榴の部屋か、翔太郎の実家か。どちらかに行くにしても、まだまだ遠い。
「後で、ちゃんと俺の文句を聞いてもらうからな」
翔太郎はぶっきらぼうな言葉を吐いて、芽榴から視線をそらす。その顔はやっぱり赤い。
「うん。いっぱい聞かせて」
文句という名の、愛の言葉をたくさん。