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子育て日記【葛城翔太郎】〜お題箱より

「母さん、母さん」


 息子の涼太郎りょうたろうがキッチンにひょっこり顔を出した。

 顔はどちらかというと芽榴似だ。

 小学校高学年になる息子は少年というにはすでに大人びた顔立ちだに育っていた。翔太郎に似て、同じ歳の子と比べると背も高い。

 自分に似たわりにはいい男に育ったなぁという、親バカな感情は心の奥に閉じ込めている。


「ん、どうしたの?」

「またしても父さんに怒られる予感」

「……今回は何したの?」

「友達のケンカ仲裁してたんだけど気づいたら窓割れてた!」


 あはは、と笑う涼太郎の顔には「悔いなし」と書いてある。おそらくケンカは仲裁できたようだ。

 内容が内容だけに、翔太郎が頭ごなしに怒ることはないと思うのだが……。


「でも涼くんのその怒られると予想してながらまったく反省してない感じの態度が……」


 怒られそう、と伝えようとして。

 家主が帰ってくる音がした。今日は夜勤明けだから昼には帰ってくるはずだったのだが、しなければならない仕事が大量発生したらしい。

 やっと帰ってきて、恐らく翔太郎は気力体力ともに限界値のはず。

 それを妻である芽榴は理解できるのだが、奇跡的に芽榴にも翔太郎にも頭が似なかった涼太郎は愉快だった。


「……ただいま」

「あ、父さんおかえりー! あのさ、俺今回は教室の窓割っちゃって!」


 明るい声で切り出したその話に、翔太郎は頭を抑えた。





「涼太郎……座れ」


 翔太郎のその声は普通の人が聞けば背筋をピンっと伸ばし冷や汗を垂らすほどに恐ろしい声音なのだが、息子はまったく動じない。


「父さん顔怖いよ! 窓割ったことは反省してる!」

「全然反省しているように見えないのは俺の頭が疲れているからか?」


 少し離れたところでココアを飲みながら芽榴はそんな旦那様と息子の会話を笑顔で見つめる。

 疲れている翔太郎に代わり、芽榴が怒ることもできるけれど。

 息子のそういう躾に関しては翔太郎ができる範囲でやりたいという約束であるから、芽榴の出番はない。


「うーん。反省してるんだけどなぁ。……あ、でも俺さ、窓割ったことは反省してるけど、割った理由……っていうか割れた理由は反省してない!」

「……割れた?」

「そう! 友達がさ、なんかドッジボールお前のせいで負けたーとかそういう感じでケンカしてたから止めてたんだよ。そしたらまあ成り行きで窓割れちゃって」

 理由を聞いて、翔太郎はさらに頭を抱えた。

「そういう事情は先に話せ……馬鹿」

「いや、父さん怒ってるから言う暇ないって」

「……それは父さんが悪かった」


 翔太郎が息子と接したがる理由の一つがこれだ。自分と似ても似つかない息子と触れ合うことで自分の欠点を父親として直していこうと思っているらしい。

 芽榴にすら翔太郎がここまで素直に謝ることはない。

 そこは息子の特権だろう。


 それから程なくして、涼太郎は友達と公園で遊ぶ約束をしているからと家を出て行った。翔太郎はそんな息子に最後まで門限を言い聞かせていた。


「おつかれさま、翔太郎くん。コーヒー飲む? それとも寝る?」

「コーヒーを頼む。悪いな。お前も仕事で疲れてるのに」


 芽榴も東條グループの次期社長として何かと忙しい。今日はたまたま家でのんびりできているが普段は多忙だ。

 そんな多忙の二人からあそこまで真人間な子供が育ったのはむしろ奇跡と言える。


「涼太郎は……本当に元気だな。まったく誰に似たのか」

「小さい頃から俺のような男にはなるな、って翔太郎くんが言い聞かせて育てたからでしょー? おかげでよくうちに遊びにくる蓮月くんを参考にしちゃったみたいだけど」

「もっと見習えるやつは他にいるだろうに、どうしてあの馬鹿を見習ったのか」

「うーん。それも翔太郎くんのせいだと思うけど」


 芽榴は苦笑する。

 翔太郎が涼太郎に口癖のように告げていたことは二つ。

 絶対自分のようにはなるな、ということ。そして、自分は風雅のような人間にはなれない、ということ。

 翔太郎はいつも風雅を馬鹿にはするけれど、その視線はいつもどこか憧れを含んでいた。

 それを涼太郎は知っていた。だから涼太郎が風雅のようなお日様のような人間になれば喜ぶだろうとそう幼いながらに感じ取り、そういう人間になったのだと芽榴は思ってる。

 それを意図的にやったか、無意識的にやったかは別の話だ。


「でも涼くんのおかげで、翔太郎くんは毎日楽しそうだよ」

「……それは否定しない」


 そう告げる翔太郎の顔がすでに嬉しそうだ。

 本当に彼の笑顔が日に日に増えていく。


「ねえ、翔太郎くん」


 子どもができたとき、翔太郎は喜んでくれた。でも少しだけ、否、とても不安そうだった。

 自分の子供時代を即座に思い出したのだろう。


「なんだ?」


 今、幸せ? そう、芽榴は問いかけようとした。

 でもやはりそれは口にしなかった。

 聞いたところで、翔太郎は嘘でも頷くだろう。

 同時に、聞かずとも、翔太郎が本心から頷くこともまた芽榴は知っていた。


「私はとっても幸せだよー」


 にこやかに笑う芽榴に、翔太郎は嬉しそうな、でもどこか照れくさそうな笑顔を返した。

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