ブラック×ホワイト【藍堂有利】〜お題箱より
「藍堂って、本当優しいよなぁ」
「ガチで怒ったこととかほとんどなさそう」
大学の友人たちが目の前でそんなことを話しているのを聞いて、来羅はくすくすと笑った。
有利と来羅は学部は違えど大学が同じこともあって卒業後も多くの時間を一緒に過ごしている。
来羅が大学で作った友人のほとんどは有利と共通の友人なのだ。
「柊は怒られたことあんの?」
「お前ら、仲良いもんなぁ〜」
「うーん。私はあんまりないけど」
大学でできた友人にはかつて女装していたことも話してあるため、この口調に最初こそ怪訝な態度を示したけれど、今は何の反応も示さない。
来羅は昔と変わらない女性らしい言葉遣いで、小さく笑いながら答えた。
「まあ、有ちゃんは私の人生で一番怒らせたくない人かなぁ。物理的なダメージとして」
精神的なダメージとして、もう一人怒らせたくない人とすれば、かの皇帝様をあげるところだが。
来羅がそう答えると、友人たちは想像がつかないみたいで来羅の冗談だと流してしまった。
「うーん。まあ有ちゃんは怒らせなければ優しいし知らなくてもいいだろうけど。……あ、だからいいこと教えといてあげる」
来羅は何も知らない友人たちに、大事な忠告をしてあげるのだった。
慣れない着信に、芽榴はぎこちない手つきで応える。スマホを耳に当てると、有利の声が響いた。
『もしもし、……あの、僕ですけど』
「うん。おはよう、有利くん」
『おはようございます。すみません……芽榴の部屋に、僕のICカードありますか?」
「え? あ……あるよ」
芽榴は、机の上に置きっぱなしのICカードを見つけた。
昨日の夜、有利は芽榴の部屋に来ていて置き忘れて帰ったのだろう。
「朝、大丈夫だった?」
『はい。取りに行こうかと思ったんですけど、朝から押しかけるのはどうかと思いまして』
「それは別に……」
『と、芽榴に会ったら大学行きたくなくなる気がしたので』
ためらうことなく言われて、芽榴は頬を赤くする。
昨日の夜、この部屋で会ったときのことも思い出されて、余計に恥ずかしくなった。
『あ……芽榴、今顔赤くなってますね?』
「想像しなくていいから」
『それは無理ですよ。いつも芽榴のこと考えてますから』
「有利くん! もう……っ、そうじゃなくて……ICカード持って行くから、大学のどこに行けばいい?」
『いいですよ。帰りに寄りますから』
「久々に来羅ちゃんにも会いたいし」
『……今のは聞かなかったことにします。けど、僕も早く芽榴に会いたいのでお願いします。場所は……』
有利から言われた時間と場所を記憶して、電話を終わらせると、芽榴は身支度を整え始めた。
有利が待ち合わせ場所に指定したのは、どこかの講義室だ。カフェや学内のベンチで待つと提案したのだが、有利に却下されてしまった。
『僕を怒らせたいならそこでもいいですけど、芽榴は自分のかわいさをいい加減自覚してください』
と、謎に怒られた。
恐らく声が低かったところからして結構本気で怒っていた。
「と言われても、この講義室ってどこにあるんだろ」
地図通りに来たはいいものの、工事していて別のルートから行かなければならないらしい。
有利に連絡するか、と考えているところで近くに人が通りかかった。
「あ、あのすみません」
芽榴が声をかけると、集団で歩いていた男子の一人が芽榴を振り返った。
そして芽榴の顔を見た瞬間、パアッと顔が明るくなった。
「うん、なになに?」
とても気さくな雰囲気の人だ。などと考えていると周りの友人も芽榴のことを振り返って、同じようにノリノリで芽榴の質問に答えようとしてくれた。
「あの、この講義室ってどう行ったらいいですか?」
「え、ここ? 今全然使われてない部屋じゃない?」
「え」
「何の用事で行くの?」
質問責めにあう。てっきり芽榴は有利が講義を受けている場所がそこなのだろうと思っていたため、予想外の返事に戸惑った。
「ていうか、講義室知らないし……君ってこの大学の子じゃない?」
「あ、はい。その……」
有利の名前を出していいのか、それとも恋人と濁すか、でもそれで問いただされるのも面倒だと考えた結果。
「友人に呼ばれてて」
「友だち? 名前は? 俺ら知ってるかも」
「あー……はは」
結局、有利の名前を出さなければならない状況になった。
「えっと、やっぱり講義室自分で探しますね」
「え、なんで?」
芽榴はあははと笑いながら踵を返す。
しかし、一番近くで喋っていた男子が「ちょっと待って」と芽榴の腕を掴んだ。
「講義室そっちじゃないから。まあとりあえず連れて行ってあげ……」
「何、してるんですか?」
透明な声が廊下に響いた。
瞬間、芽榴の脳内に赤信号が点滅する。
「藍堂じゃん。この子、他大学らしいんだけど講義室探してるらしくて」
背後から刺さるような視線を感じるが、まだ芽榴は振り返っていない。
バレてない可能性も、まだゼロではない。
そう信じて、芽榴は逃げようとするのだが。
芽榴が男子の手を振り払う前に、力強い手が芽榴の腕を引っぱった。
「藍堂!?」
「……ゆ、有利くん」
男子から遠ざけるように有利は芽榴を自分の背に隠す。
「芽榴。何してるんですか」
横目に芽榴を見て、有利が困ったような顔をしている。
「あの、えっと……」
「友だちって藍堂のことだったのか? なーんだ、そうだったのかよ!」
「友だち……?」
有利の肩が揺れるのと同時に、芽榴の顔がサーっと青ざめる。
(これは、ヤバイ!)
頭で理解するも、遅い。
そして目の前の有利の友人たちも止まらない。
「藍堂、友だちならその子紹介してくれよ〜。めっちゃかわ……」
「あ? なんつった?」
間違いなく、有利の口から、その言葉が漏れた。
有利が口を動かしたのを目の前で見ているにもかかわらず、友人たちの頭にははてなマークが掲げられている。
「あ、藍堂……? ど、どうした?」
「どうしたじゃねえ。俺が聞いてんだ。こいつを俺に、何しろつった?」
そして有利は友人たちに一歩また一歩と歩み寄る。
同時に有利も一歩、一歩と詰め寄る。
「こいつは、俺の友人じゃねえ。彼女だ。それで……? お前らなんつった?」
「ひ……っ、え、っと、ご、ごご、ごめんなさーーーい!!」
友人たちは逃げるように走り去る。有利はそれを追いかけようとするが……。
「有利くん、待って!」
その声でピタリと立ち止まる。
そして、ギロリと芽榴のことをにらんだ。
まだ、有利のスイッチは切れていない。
「あ、あの……」
「……とりあえず、来い」
有利の声で有利らしからぬ返答がくる。芽榴は心の中で悲鳴をあげながら有利について行った。
当初の予定通り、いわく使われていないという講義室に芽榴は連れてこられた。バタンガタンとやけに大きな音を立てて部屋の中に入る。
使われてないという割にはしっかり清掃されていて、室内の電気もついた。スイッチは入っていても、芽榴のために明かりをつける優しさは残っている。
そんなことを現実逃避のように考えながら、芽榴は腕ごと壁に張り付けにされていた。
「有利くん、あの……っ」
言葉を話そうとして開いた口に、有利の口がかぶさった。喋りたいのに芽榴の口から漏れるのは言葉にならない声だった。
「他の男に触られてんじゃねぇよ……バカ」
「ちが……」
「違わねぇよ。ここ、触られてただろ」
芽榴が男子に掴まれていた腕を有利は強く掴む。
少しだけ痛みが走って、芽榴の表情が歪んだ。
その姿に有利は悲しそうな顔をするけれど、それでもスイッチは切れない。
「なあ、俺はお前のなに? 男の前で、彼氏いるって言いたくなかった?」
「そうじゃない……って、聞い、て」
有利はなにも聞きたくないというように、キスで芽榴の口を塞ぐ。芽榴の唇が自由になったところで芽榴が有利のことを伏せたのは事実だ。言い訳のしようもない。
「有利くん、誰か来ちゃう……から」
「見られたら困んの? 俺はおかしなことしてねえだろ。好きな女に、彼女に……芽榴にキスしてるだけ」
そう言って有利は芽榴にキスをする。少しだけ芽榴の唇を噛んでピリッと痛みが走る。
これは本気で怒っている……否、本気で有利が不安がっている証拠だ。
「有利、くん……怒るから」
「は?」
「有利くん、私が男子と喋るの……嫌いでしょ?」
「だからこうなってんだろ……」
「だから私も、その有利くんの彼女だって言ったら……余計に話盛り上がっちゃうかなって……思って。……ごめん、これも言い訳だね」
芽榴はキスのせいで乱れた呼吸を整えながら有利の怖い目を見つめた。
「不安にさせて、ごめんね」
そして、有利に腕を抑えられたまま、顔だけ動かして有利にキスを返した。
少しだけ長くキスをして、有利の瞳をもう一度見つめ返す。刺すような視線は、もう消えていた。
「……芽榴」
「許してくれる?」
不安に思いつつも柔らかく笑いかけると、有利は泣きそうな顔をした。
「……もう一回、してください」
そう言いながら、有利から唇を重ねてきた。
さっきみたいな荒々しいキスじゃなくて、有利らしい優しいキス。
さっき有利が噛んだところをペロリと舐めた。
「ごめんなさい。……痛かった、ですよね」
「それくらい有利くんも嫌だったんでしょ?」
「……そうやって甘やかすのは僕だけにしてくださいね」
「うん、もちろん」
そうしてまたキスをする。
唇を少しだけ話して、有利はまた反省する。
「嫉妬して、ごめんなさい。芽榴のこと信用してないとかじゃないんですけど……他の人が芽榴に触るのが本当に嫌で」
「分かってるから。私こそごめんね」
「芽榴は謝らなくていいです。……いいですから」
有利は芽榴の頰にキスをしてそのまま芽榴の耳元に唇を寄せた。
「僕が芽榴のものだって、教えてください」
有利の腕が芽榴の腕を解放する。代わりに、芽榴の背中に回った。
その後、有利に友人全員が平謝りしたが、すでにスイッチが切れてなぜかご機嫌になっていた有利が謝り返して一件落着となったのだが。
「藍堂は怒らせちゃダメだな」
来羅の耳に、以前とは真逆の言葉がとんでくる。
「なぁに? 有ちゃんのこと怒らせたの?」
来羅はニコニコと笑っている。すでに来羅の情報収集では彼らが芽榴に接触してしまったことは知れていること。
「私があんなに忠告したのに。絶対に有ちゃんの彼女に手出しちゃダメよって」
来羅はゆっくり紅茶を飲む。
「本当に、指一本るーちゃんに触っちゃダメなんだから」
でもそれくらい独占したくなる気持ちもわかってしまうから、来羅は困った顔をして笑った。
お題箱より有利くんの話が少ないということと、有利くん関係のお題がたくさんあったので書かせていただきましたー!
他にもたくさんお題いただいてるのに書けてなくてすみません。暇見つけた時に書きます!
有利くんに甘々なことさせたくて仕方ないですが、ブレーキをかけてしまう臆病作者です。




