子育て日記【蓮月風雅】~お題箱より
「パパー!」
愛娘の桜良が風雅に抱きつく。
つい最近生まれたばかりだと思っていたのに、いつの間にか幼稚園に通っている。
「ママ、パパとの『おしゃしん』とって~!」
「はいはい」
芽榴は困り顔で夫と娘にカメラを向ける。
桜良は風雅のことが大好きだ。気が付けばいつも風雅に抱っこされている。
芽榴になついてないわけではないのだが、風雅にべったり。いわく『パパは優しいけど、ママは怒るから』だそうだ。
「桜良は風雅くんが大好きだね」
「そりゃあ毎日好かれる努力してるから! でもなんだかんだ桜良ちゃんは一番芽榴ちゃんのことが好きだよ」
気を遣わなくていいのに、と芽榴が眉を下げると風雅が「違う違う」と手を振った。
「だって桜良ちゃんさ、大事なことは芽榴ちゃんにお願いするし。困った時も芽榴ちゃんを頼るでしょ?」
「そう?」
「うん。オレに似て、芽榴ちゃんがいないとダメな子なんだよ」
風雅はそう言ってくれた。
けれど芽榴にはその実感がまったくなかった。
でもそれもしょうがないと思えるくらい、風雅は桜良のことを猫可愛がりしていた。
「桜良ちゃん、桜良ちゃん」
かつて「芽榴ちゃん」を連呼していた口が、最近はもっぱら娘の名前を紡ぐようになった。
いつもはそう呼べば「パパー!」とハートマークが散らばりそうな勢いで飛びつくのだが、最近桜良は風雅に抱きつかなくなった。
「芽榴ちゃん、どうしよう。……桜良ちゃんに嫌われたかもしれない」
桜良が眠りについた後、風雅が深刻そうな面持ちで芽榴に相談してきた。対する芽榴は「あははー」とのんきに笑う。
「それはないから安心しなよ」
「分からないじゃん! オレがうざくなったのかもしれない!」
「それは今始まった話じゃないでしょ」
「芽榴ちゃん!?」
幼稚園に通って周りの子たちの影響を受けて、父親に抱きつく行為に少し恥ずかしさを覚え始めたのかもしれない。芽榴はそんなふうに考えていた。
――のだが。
「ねー、ママ」
「どーしたの?」
朝、芽榴が桜良の髪を結っていると、桜良が唇を少し尖らせて話しかけてきた。
「ママは……パパにだきつく?」
「え?」
突拍子もないことを聞かれて、芽榴は声を裏返す。
「パパが、すきなこにはすきのかずだけだきつくんだよって、まえにいってたの」
「あはは……」
風雅らしい、と思いながら芽榴は桜良の話に耳を傾ける。
「さくら、パパのことがいちばんすきだからいっぱいだきついてたの」
「うん」
「でも……さいきんね、こうくんがいちばんすきなの」
こうくん、というのは桜良と同じ幼稚園に通う男の子。
静かで、例えると有利に似た空気の男の子だ。芽榴が知る限りでは桜良とそれほど親しいという関係ではない。
「だからこうくんにだきつかなきゃっておもったんだけど……さくら、できなくて」
風雅の誤った教育に桜良は困っているらしい。
芽榴はやれやれと思いながら、桜良の頭を優しく撫でた。
「好きな子にたくさん抱きつくのは、パパだけだよ」
「そうなの?」
「うん。ママもパパが大好きだけど、めったに抱きつかないもん」
桜良は眉を寄せる。おそらくどちらの意見が正しいのか、考えているのだろう。
「むしろこうくんもいきなり抱きつかれたらびっくりしちゃうよ」
「パパはさくらだがだきついてもおどろかないよ?」
「そりゃあ桜良がパパを好きで、パパも桜良のことが好きだから」
桜良はよくわからない、といいたげに芽榴を見つめる。
「誰かに抱きつくっていうのはね。『好き』って伝えるのと同じなの。抱きつかれて嬉しいって思えるのも『好き』だからだよ」
「……じゃあママもパパにだきつかれたらうれしい?」
「うん。とっても」
芽榴はそう答えて、桜良の髪をかわいくまとめる。
「だからまずは抱きつくんじゃなくて、こうくんとたくさんお話して桜良のこと知ってもらおう? それで、桜良のこと好きになってもらおうよ」
芽榴が笑いかけると、桜良は「うん!」と笑顔で大きくうなずいた。
桜良が「やっぱりママに聞いてよかった!」と言ってくれるのが、芽榴はとても嬉しかった。
お題箱より『犬猿の仲組(颯、風雅、聖夜、慎)の子育て編が見たい』ということで書かせていただきました!風雅編でしたー!




