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東條家【全ルート】

東條家総帥・東條由紀恵視点。



 今日、この家にあの子・・・が来る。

 冬にアメリカからハガキを送ってきたが、そこにはどこにもケチをつけようのないほど綺麗な日本語が散りばめられていた。


 そして、息子である東條賢一郎に近況を伝えるべく宛てられた写真に写るその子は、東條家総帥である由紀恵の、古い記憶を呼び起こした。


『お義母様』


 年月が経てば経つほど、あの子の姿は実の母親に似てきている。数年後にはほとんど見分けがつかなくなるのではないだろうか。


『客人の案内ならお任せください、お義母様。ちゃーんと務めあげますよ!』

『その頭の悪そうな発言に不安しか覚えません。あなたは下がっていなさい』

『いいえ、下がりません。こう見えて接客業とか得意だったんですよ! 私、顔にだけは自信があるものですから!』


 彼女は自分の美しさを知っている人だった。

 それが由紀恵の気に入らない点の1つでもあったが、おそらく彼女が生きてきた人生の中でずっと価値を認められてきたものだったのだろう。


 そしてその自信を納得させられるほどの実だった。


『大好きなお母さんとお父さんのいいところが詰まった顔なんです』


 だから自信がある、と彼女は言っていた。

 本当に無邪気な様子で。

 両親はもう亡くなられているのだと、聞いていた。

 それを理由の一つにして、賢一郎との婚約を認めなかったことさえあるのに。


 本当に。何を言っても、彼女は怯まなかった。


「思い出は……どんどん美化されていくものね」


 小さな呟きが静かな部屋にこぼれる。

 それと同時に、扉がノックされる音が響いた。


「楠原芽榴です。……ただいま、戻りました」


 待ち人が、来訪したのだ。

 由紀恵が出した、最大の難関を、いとも簡単にくぐりぬけて。


 本当に、東條家を守るために。

 それが辛い道だと、幼い頃の記憶に埋め込まれているはずなのに。


 その子は、また由紀恵の前に姿を現した。


「……お久しぶりです。おばあ様」


 似ている。あの人に。

 でも違う。あの人はいつも笑顔で。

 こんな凛々しい顔は記憶にない。

 あの人が真面目な顔をしたら、こうなるのかと思うくらいに。


「話は聞いています。本当に留学を終えたのですね」

「はい。とても、勉強になりました」


 以前よりもこの子の姿は堂々としている。

 由紀恵の存在におびえた様子も逃げる様子も見せない。




『拾う覚悟だけして、東條家の後継になってみせます』




 一年前にこの子が宣言した言葉が脳裏によぎる。

 きっとこの子はその言葉を真実にするのだろう。


「約束です。……これから、あなたには東條家の人間としてその才を振るってもらいます。……籍については、賢一郎に任せていますからそちらに聞きなさい」

「はい。そのことについては、もうお話しさせていただいております」

「そうですか。……なら、もう私から話すことはありません」


 きっぱりと言いきり、用件だけを伝えて由紀恵は背を向ける。

 もう少し、労いの言葉をかけてあげればよかったか。

 そんな後悔が沸き起こってきても、今まで散々厳しく罵って、酷い仕打ちまでしてきた由紀恵に、そんな言葉は紡げなかった。


 それもまた、意地だと分かっていながら。


 でもあの人の血を継いだこの子は、由紀恵をそのまま放ってはおかなかった。


「おばあ様」


 由紀恵は振り向かないまま「なんですか」と答える。

 刺々しい口調に対して、この子は少しだけ言い淀んだけれど、深呼吸一つでまた明るい声を出した。


「失礼を承知で発言させていただきます。……これから、母に帰国の挨拶に行こうと思うのですが……おばあ様もご一緒していただけませんか?」


 あの人の墓参りに行く、ということ。

 葬儀以降、今まで一度だって足を運んだことはない。

 その、場所に。


「きっと、母も喜ぶと思います」

「……実の母親と過ごした記憶もないのに、そんなことが分かりますか?」


 この口は、どうしたって言ってはいけないことを口走ってしまう。

 それでも、受け入れてくれるのがあの人であり、その娘であるこの子なのだ。


「私だったら喜ぶので。きっと考えることは同じだと思います」


 振り向くと、この子は笑っていた。あの人と同じ笑顔だった。


 もうどうしたって、由紀恵はこの笑顔を壊すことはできない。どんなに憎んでも、その憎しみを愛情に変えようとする、この笑顔から逃げることはできないのだ。


 東條榴衣。

 彼女は亡くなってもなお、娘にその笑顔を託す。由紀恵にとって、本当に憎たらしい、記憶から拭うことのできない、羨ましい女性だった。


「支度をするから、外で待っていなさい」


 その言葉に、この子は少し遅れて反応する。その嬉しそうな声は、どことなく榴衣のことを思わせる。

 でもこの子は、榴衣ではない。

 そう。彼女は……。


「それと、おかえりなさい。……芽榴」


 大切なたった一人の孫なのだ。





リクエストしていただいた方が興味があるとおっしゃってくださったお題で、妄想が捗り書いた一編です。


読者様のお題リクエストが、本当にキャラの性格把握しすぎていて、作者感動しております。

ぜひキャラについて語り合いたいというレベル!(もはや二次創作していただきたいレベルです。読みたい)


毎度ありがとうございます。


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