ヤキモチ【簑原慎】
「ねえねえ、芽榴ちゃん。あの人とは、どういう知り合いなの?」
大学で同じ授業をとっている女子に尋ねられる。
その視線の先にいるのは、芽榴のよく知っている人。
芽榴と同じ席で飲んでいる女子が、別テーブルで友人たちと飲んでいる慎をうっとりした顔で見つめていた。
「あ、あはは。友だち、だよー」
芽榴がそう答えた瞬間、少し距離のある席にいる慎とばっちり目があった。
でも慎はすぐに芽榴から目を背け、そっけない様子で、同じテーブルの女子と話に花を咲かせている。
「最初現れた時は彼氏連れてきたのかと思ったよ!」
「あ、あはは」
「あんなカッコいい人なら毎回連れてきてほしい! ……って言っても、芽榴ちゃんなかなか飲み会に来てくれないもんね」
そう。これは、芽榴が珍しく大学の友人たちに誘われた飲み会の場。
そこに、なぜか、慎がいるのだ。
どうしてそうなったのか、理由は芽榴自身よく分からないのだが、事の経緯はこうだ。
「……なあ、なんでこの時間に着替え始めてんの」
夕方、東條グループでの会議に出席して帰ってきた芽榴は慌てて普段着に着替えていた。
その様子に慎が首をかしげると、芽榴は慌ただしく支度を整えながらこう言った。
「大学の飲み会にこの後参加しなくちゃいけなくて」
「……は? 俺聞いてないけど」
「それが……行かないって言ってたんですけど。さっき会議終わった後に連絡が来てて、『どうしても』ってお願いされちゃって……」
いつもは断ったら「しかたないか」とみんな引き下がってくれるのに、今日はどういうわけか、一向に引いてくれなかったのだ。
それを聞いた慎は目を眇め、質問を付け加えた。
「それって……男いる?」
「え? あー……大学の授業同じ人たちって言ってたんで……たぶん?」
「へぇ、そう」
そう答えると、慎は徐ろに立ち上がって自分も身支度を整え始めた。
「え……え?」
「俺も行く。暇だし」
「いや、それは……」
「俺行って喜ばない女子はいねぇだろ」
「……いないと思いますけど」
なんとなく心がモヤモヤするが、それは間違いない。きっと慎を見て、嫌がる女子はほぼいないだろう。
「でも、彼氏が飲み会に来るって……ダメじゃないですか?」
「そうか? まあ、そこは芽榴をたてねぇとだからな……。友だちってことでいーんじゃね?」
と、いうわけで。
芽榴の友だちの慎が、飲み会に参加しているわけだが。
席が遠いため、お互い会話はしていない。
でも慎が女子と楽しそうに会話を繰り広げているのは聞こえてくる。
(これは……どういう意図なんだろ)
慎が女子と話していても、あからさまに嫉妬したりはしない。けれど、同じ空間でされると、芽榴も微妙な気持ちにはなる。
それを慎も分かっているはずなのに、なぜそうするのか、芽榴には分からない。
「芽榴ちゃんって神代さんとも仲良いんしょ?」
芽榴が頭を捻らせていると、隣に座る男子が話しかけてきた。飲み会が始まってからほぼずっと、隣の男子が芽榴に話しかけてくるのだ。
おかげで芽榴は目の前の女子とも、「慎とどういう関係なのか」というさっきの質問くらいしかまともに話せていない。
しかし、席がそうなっているのだから仕方ないと、芽榴は思考を切り替えて、その質問に頷いた。
「へぇ、じゃあ結構男友達多いんだー?」
「えっと……うーん。まあ……普通には」
「じゃあ俺も芽榴ちゃんの友だち立候補したいんだけど、どーう?」
そう言って、その男子は芽榴の手を握ってきた。
突然の行動に芽榴が顔を強張らせる。反射的に握られた手はべりっと剥がした。
「ええっ、芽榴ちゃん酷いなぁ! 俺と友だちになってくれないの?」
面倒な絡まれ方をされて、助けを求めるべく、芽榴は目の前の席の女子に視線を向ける。が、目があったその女子は「ごめん、お願い」という口パクを芽榴に送ってきた。
「俺、入学してからずっと芽榴ちゃんと話したくて……」
その男子がそう切り出して、やっと芽榴は気づいた。
今回やけにしつこく誘われたのは、きっとこの男子が理由なのだろう、と。
「芽榴ちゃん、本当かわいいよね。一目見てずっと思ってたんだよ」
そんなことを言って、再びどんどん距離を詰めてくる。
これはまずい。
そう判断して、芽榴が身を引こうとした瞬間。
「わ、わわっ!?」
芽榴の腕が引き上げられた。
上を見上げると、そこには先ほどまで向こう側で楽しそうにしていた慎がいる。
「慎さん……」
「この子、もう酔っ払ってるから送って帰すね」
笑顔の慎が、告げる。主に芽榴に絡んでいた男子に向かって。
けれどその男子は当然それくらいで引いてくれるような人ではない。
「芽榴ちゃん、全然酔ってないでしょ〜! ていうか送るなら、俺が送るから大丈……」
「それは無理」
慎は言葉を遮って被せた。それも、にっこり笑顔のまま。
「この子の彼氏に頼まれてんだよね。ちゃんと家まで連れて帰ってきてって」
「でも……」
「俺が、送る。それでいい?」
最後のそれは、かなり威圧的だった。
変わらず笑顔なのに、殺意すら見え隠れしそうなほどの圧力を感じて。
男子も思わず声を裏返して頷いていた。
「……行くぞ」
「は、い……」
慎は少し顔を傾けて、芽榴に視線を向けた。
でもその顔は笑顔を消していて、とても怖かった。
「慎さん……きゃ!」
タクシーで家まで帰ってきて、芽榴は慎によってベッドの上に転がされた。
「触られたの、手だけ?」
ベッドに倒れた芽榴の上に覆いかぶさりながら、慎はサイドテーブルの引き出しに入っているウェットティッシュを取り出す。
「え? ……た、たぶん」
芽榴が答えると、慎は「そう」と冷静な口調で言って芽榴の手を拭き始めた。
「慎さん、別に手くらい洗いますから!」
「だめ。今、俺から離れようとしたら……たぶん、ひどいことするよ。結構冷静じゃないから」
慎は真っ黒な瞳で芽榴を見下ろす。
その瞳は昔のような、感情を隠す慎を表していて、芽榴の体が震えた。
「……慎さん」
芽榴は慎の首に腕を絡め、彼を抱き寄せる。
そうしても、慎は何も反応を示さない。
「……助けてくれてありがとうございます」
でも芽榴がそう告げると、大きなため息を吐いて芽榴のことをぎゅっと抱きしめた。
「マジで芽榴との距離近すぎて、あの男殺しそうだったんだけど」
「……慎さんは最初から、分かってたんですか? 私が今日すごく誘われた理由」
「なんとなく。で、席について……すぐ分かった。当然のように芽榴の隣に座ったからな」
芽榴を狙う男子がいるのだろう、と予測を立てて慎はあの飲み会に参加したのだ。
そして、芽榴はその慎の予測のおかげで、こうして無事飲み会を脱出することができた。
芽榴だけなら、あの面倒な絡みに対して穏便に避けることはできなかった。きっと場の空気を悪くしてしまうか、流されるかの二択。
腕力で芽榴が勝っていても、空気があの男子の味方をしていた。
「よかった。行ってて。……行ってなかったときのこと想像したら結構真面目に吐き気がする」
「……ごめんなさい」
「いいよ。もう芽榴が天才的に鈍感なのには慣れたから」
慎はそう言って起き上がり、ベッドの上に座り込む。芽榴の腕も引いて起き上がらせると、芽榴を膝の上に乗せてそのまま抱きしめた。
「でも……芽榴が触られるまで……ギリギリまで我慢したの、褒めてくんない? マジで血管切れそうだったんだぜ?」
慎はあの飲み会中ずっと芽榴たちのことを見ていたらしい。
それでも片手間に場を盛り上げられるところは、本当にさすがというしかない。
「席代わりたくて仕方なかったし……」
「……私も慎さんの隣がよかったですよ」
何を取り繕っても、慎の隣で楽しそうに話している女子のことを羨ましく思えずにはいられなかった。
だってそこは芽榴の場所だから。
「じゃあ……隣よりもっと近い距離で、芽榴を感じさせて。……いいだろ?」
承諾などいらない。
どちらからともなくキスをして、嫉妬に翻弄された夜は更けていく。
リクエストで、妬きながらかっこつけて我慢する慎さんでした!
いや、我慢できてない、ですね!!すみません!
でも慎さん的にはきっと我慢した!大人な対応でした!!
もっと甘くしたかったんですけどね!慎ルートはともすれば年齢指定と戦い始めるんでね!笑
リクエストの意図をくめたか、といわれると、きっと見たかったのはこれじゃない感がありますが!大きく逸れてなければいいなーと思いつつ。
作者は楽しんで書かせていただきました!
楽しいリクエストありがとうございました!




