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珍しい彼【簑原慎】

 今日は、静かだ。

 別にいつも賑やかというわけでもないが、今日はやけに静か。


 主に、隣でソファーに腰掛ける慎が。


「慎さん」

「んー……なに?」


 芽榴の呼びかけに対し、慎の返答はそれだけ。

 いつもなら「かまってほしいの?」などといらない言葉をニヤニヤしながら付け加えるのに。


「何か怒ってます?」

「俺が怒るようなことしたの? 逆に」


 してない、と芽榴としては断言できる。が、慎の沸点はよく分からないから堂々と言いきれない。

 でも慎が怒った時は、静かになるというよりはむしろ絡んでくる。


 だから怒っているわけではないのだろう、と思い改めた。


「俺は気が長いから怒らねぇよ。芽榴と違って」


 このからかい方は慎らしい。

 が、やはり覇気がない。ニヤニヤした顔もどこか顔色が悪い。


 そう、顔色が悪いのだ。


「慎さん。風邪ひいてます?」

「さあ。ひいてないんじゃねぇの」

「他人事みたいに言わないでください」


 芽榴が慎の額に手を当てようとすると、慎は芽榴の手を握った。


「慎さん」

「なに? 風邪引いてたら労ってくれんの?」

「そりゃ看病しますけ……ど!」


 慎は芽榴の手を引いて、芽榴のことをソファーに押し倒す。

 芽榴はそんな慎の行動に、眉を下げた。


「労わるなら、こっちがいい」

「冗談言ってないで、ベッドで寝てください」

「じゃあ、芽榴も一緒に寝る? ……っ、た!」


 芽榴の反撃が見事に慎にぶつかる。芽榴の指先がパチンと慎の額に当たった。


「ほら……らしくない」


 いつもなら、芽榴のこんな反撃を軽々と避けてヘラヘラとバカにしたように笑うのに。

 今日はやはり、違う。


 慎は小さくため息をついて起き上がった。


「芽榴」

「はい」

「今日は実家帰ってて」

「はい?」


 芽榴が眉を寄せると、慎はわしゃわしゃと自らの髪をかき乱した。


「芽榴の言うとおり、俺風邪ひいてる。たぶん。……だからうつしたくないし、帰ってて」

「嫌ですよ。看病します」

「俺が嫌なんだよ」


 風邪をひいていると、白状したからか。

 慎の表情はいっそう熱っぽく感じられた。

 潤んだ瞳は苦しそうで、そして寂しそう。


「あんたに弱ってるところ見られるのは……本当に嫌」


 その発言自体がすでに弱っている。

 慎自身そう思ったのか、大きなため息を吐いて、右手で顔を抑えた。


「だったら、余計に帰れませんよ」


 芽榴は小さな声で言って、慎のことを抱きしめた。


「慎さんの弱ってるとこ、ちゃんと覚えて今度からかいたいですから」


 カラカラと楽しげに笑って、芽榴は抱きしめた慎の背中をさすった。

 慎は触れられた背中をビクリと震えさせたけれど、諦めたように肩の力を抜いた。


「ほんと……性悪」

「慎さんには言われたくないですよ」


 芽榴がそう答えると、慎も「かもな」と小さく笑った。







 慎をベッドに寝かせて、芽榴はしばらく慎のそばにいた。

 ベッドの横に置いた椅子に座って。

 慎の寝顔をじっと見つめた。


「俺の顔……見すぎ」


 目を閉じているのに、慎は芽榴の視線に気づいたらしく、片目を開けた。


「別に……見てません」

「ふーん。……あっそ」


 そう答えて、慎はくすくすと笑った。


「なんですか」

「いや、このやり取り既視感あるなーって」


 芽榴が首を傾けると、慎はサイドテーブルに置いた眼鏡に手をかけた。

 それを身につけ、芽榴から視線をそらし、目を伏せる。


「さっきから俺のこと見て……何?」


 その言葉で、芽榴の記憶の引き出しが開かれる。


「これ、はじめて見た時の反応がそうだった」


 慎の眼鏡姿を、はじめてラ・ファウスト学園で見た時に芽榴とした会話がそう。


「よく、覚えてますね」


 芽榴が覚えているのは当然。

 でも慎が覚えているのは意外だった。

 芽榴の驚いた声に、慎は薄く笑った。


「俺も記憶力は悪くねぇほうだし。それが、絶対に手に入らないって思ってた……はじめて好きになった女との記憶なら、1つだって忘れられねぇよ」


 慎はそう口にして、「あーあ」とため息交じりの声を出す。


「弱ると、こんなこと口走るから嫌だったんだけど」


 慎は気だるげにベッドの上に起き上がり、芽榴の頰に手を伸ばす。

 そしてぽかんとしている芽榴の頰を引っ張った。


「なんつー顔してんの」

「え……あ、だって。慎さん、あのとき私のこと、好きじゃない……ですよね?」

「……出た。やっぱ俺の言葉信じてねぇのな」


 ずっと好きだった。

 そう、慎は伝えたはずなのだが。

 芽榴は慎の「ずっと」をたった数日としか考えていないのだ。


「好きじゃなかったら、わざわざ学園に会いに行ったり、ネックレスなんてプレゼントするわけねーじゃん。どういう頭してんの」

「だって、慎さんは女好きだったし……」

「女好きじゃねーよ。来るもの拒まず、去る者追わずだっただけ」

「一緒ですよ」

「一緒じゃねーよ。……少なくとも、芽榴のことだけは追いかけてたよ。最初から、今もずっと」


 慎は自らの手を芽榴の頰から髪へと滑らせる。

 そして抱き寄せた。


「出会った時には、すでにクズだったし。それをどうしようもできないし……。絶対俺には振り向かないって……振り向かせられないって分かってたから。好きじゃないって言い聞かせて、そう振る舞うしかなかった」


 芽榴のことを抱きしめてもなお、芽榴を探し求めるみたいに強く慎は抱きしめる。


「……今芽榴がそばにいるの、結構本気で夢みたいに思ってる」

「夢じゃないですよ」

「……当たり前。……夢になら、何回だって描いたから」


 慎はそう呟いて、芽榴にキスした。


「ごめん。……風邪、うつるかも」


 それは本当に申し訳なさそうな顔で。

 たまに見せる、そういう優しい姿が、芽榴を惑わせる。


「私は強いですから。慎さんも知ってるでしょ?」


 芽榴は弱々しい慎の背中に手を回し、にこやかに笑ってみせる。

 その笑顔が痛いくらいに、慎の心を掴むとも知らず。


「知ってる。……知ってるから、好きな気持ちが止められねぇの」


 何年も、ずっと。

 芽榴よりもずっと。


「……めちゃくちゃカッコ悪いこと言わせてもらうけど……熱のせいにして忘れろよ?」


 慎の体は熱くて、吐く息も荒い。体が本当にキツイのだろう。でも、気持ちは嘘偽りない。


 むしろ、弱った体が鎧を全部剥がして。

 これが一番の本音。


「俺、芽榴を手に入れるのに一生分の幸せ使っちゃったからさ……。幸せはあげられないかもしれないけど」


 絶対に幸せにする。そう、自信満々に言ってのける慎はやっぱりただの強がりで。


 本当の慎は、少しだけ臆病者。


「俺のそばにいて。……芽榴のこと他の誰よりも俺が、愛してる自信だけはあるから」


 そして、絶対に芽榴の欲しい言葉をくれる、ずるい人。



リクエストで看病される慎!

看病されてる感ゼロですが!きっと慎のことだからこの後芽榴ちゃんにお粥をあーんってさせて笑います!


そして弱音をもっと吐かせたかったのになかなか吐かない!(書いたのは私です)

さすが慎さんですね!


リクエストありがとうございました!

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