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芽榴のいない時間【共通・颯vs聖夜】

 それは、芽榴がまだ恋心を知らない頃の話。

 クリスマスイブのパーティーが終わって数日。


 芽榴が有利とお茶会に行っていた日のこと。


 時を同じくして、雪が降る街の中。


「こんな寒い日に、心まで寒くなりそうだね」

「相変わらず減らん口やな」


 彼らは対面していたのだった。

 2人がいるのは、聖夜行きつけのカフェだ。全席個室で、落ち着いた雰囲気の店内。

 良質な豆から挽いたコーヒーは、颯の舌をも唸らせた。

 さすが舌のセンスがいい、とは内心思いつつも颯は絶対にそんなことは口にせず、代わりに小さなため息を残す。


「……それで、何の用かな」


 颯が問いかけると、聖夜はコーヒーカップを静かに置く。

 その所作も、やはり洗練されていて、芽榴のそれと同じ美しさがあった。


「パーティーの件……一応その礼を言うとこうと思うてな」

「別に君に礼を言われる覚えはないよ。……すべて、芽榴のためだから」


 その名を口にする、颯の顔はどこまでも優しい。


 今日、颯は聖夜に呼び出されてここにいる。

 クリスマスイブのパーティーの間に、指定されていたのだ。

 わざわざその誘いに乗ってあげる必要はない、とは思ったものの、颯は時間通りにここに来た。


 理由はもちろん、芽榴のため。


「まあでも……僕も言いたいと思ったから、同じだね。……芽榴のために手を尽くしてくれたこと、感謝してる」

「……キモいわ。ほんま痒なる。……お前に礼を言われてもまったく嬉しくあらへんな。はあー、やめやめ、お互い礼は無しや」


 聖夜は心底気持ち悪そうに腕をさすり、今のやりとりをすべて帳消しにした。


 そうして2人の間に再び沈黙が訪れる。

 これで2人とも用は済んだのだが、どちらも席を立とうとはしなかった。


 その理由も、互いにまた同じ。


「1つ、聞いてもいいかな?」


 先に口を開いたのは颯のほう。颯の問いかけに対し、聖夜は「なんや」と無愛想に応えた。


「パーティーのときに、芽榴のうなじにキスマークを残したのは……君? それとも、あのおちゃらけお坊ちゃんのほう?」


 聞かれた聖夜は微かに肩を揺らした。


 颯がその跡に気づいたのは、芽榴が会場から逃げ出そうとしたときのこと。

 それを目にしてしまったことが、少なからず芽榴を追いかけられなかった原因でもあるのだ。


 芽榴が望んでつけられたものではないと、そう理解できていても。

 颯の心がざわついて、冷静さを欠いていたから。


 少し間をおいて、彼は不敵な笑みを浮かべ、颯に言葉を返す。


「俺や。……なんか文句あるん? 彼氏でもないくせに」

「別に文句はないさ。ただ、彼氏でもない男に、そんな愛情の押し売りをされて芽榴もかわいそうだと思っただけだよ」


 互いに「芽榴の彼氏ではない」ということを強調され、火花が散る。どちらの言葉にも一理あるから、これ以上その口論を続けられない。


「でも彼氏やなくても、俺が一番芽榴のこと理解してやれる。……お前がいくらあいつを支えたって、それは揺るぎないで」


 芽榴の抱えた過去ごと、すべて支えられるのは聖夜のほう。それは間違いない。

 颯自身、そのことを嫌という程理解している。

 けれど。


「理解はしてあげられなくても……芽榴が頼るのは、少なくとも君じゃなくて、僕だと思うよ」


 パーティーの時だって、芽榴が東條と対面する前に求めたのは颯の肯定の言葉だった。


 そうしてまた、2人の間にピリッと痛い空気が流れる。


 やはり仲良くはなれない、そう心の中で思いながら、颯は最後の一口、コーヒーを飲み干した。


「じゃあ……僕はこれから用事があるので、失礼するよ」

保護者(・・・)のところか」


 立ち上がろうとした颯はその言葉に固まる。

 でも納得するように、どこか蔑むように聖夜のことを見つめた。


「そんなことまで調べてるとはね」

「それくらいには俺が注意向けてること、むしろ嬉しく思ったほうがええと思うけど?」


 聖夜の笑みはどこか余裕そうだ。

 それもそうだろう。

 颯にとって、両親と呼ばない保護者の存在は、彼が芽榴に話せていない彼の過去だから。


「優等生のお前は、芽榴には言わんのやろ」


 聖夜の瞳が、颯の心を見透かすように刺さる。

 言わないつもりでいた。

 ずっと、颯の中で消えてしまった記憶を。

 記憶を忘れられない芽榴に、言えなかった。


 いくら芽榴が優しくても、颯の過去はどうしても彼女とは相容れないと分かっているから。


「うん、言わない」


 颯はそう応えると、静かに立ち上がって聖夜のことを見下ろした。


「……つもりだったけど、ね」


 覚悟を決めた芽榴がとても綺麗だったから。

 すべてをさらけだした芽榴を、颯はそれでも愛おしく思ったから。


 願わくば、すべて知ってもなお、芽榴も颯のことを変わらず頼りにしてくれると信じて。


「芽榴に話すよ。……僕のこと、知ってほしいから」


 颯は薄く笑って、テーブルにお金を置くと、そのまま店を出て行こうと足を進める。


「それでも芽榴は、きっと僕を選んでくれるから」


 颯は聖夜の耳元でそう呟いて、店を出て行った。


「……くそが」


 1人残された聖夜は、飲みかけのコーヒーを口の中に流しこむ。

 苦い味を口の中いっぱいに堪能して、そして心に甘い気持ちを呼び起こす。


「芽榴は……俺のや。ボケ」


 スマホにぶらさがった、厳かに光る芽榴からのプレゼントを見つめ、聖夜は切なげに笑った。



リクエストで颯と聖夜の絡みでした!

こういうことであってるかは分からないですが!笑


颯と聖夜、風雅と慎の絡みはやはりいっぱいネタが湧き上がってくるので作者も好きですね!

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