世界一かわいいオオカミさん【蓮月風雅】
芽榴がアメリカから帰ってきて二年。
日本の大学にも通うことにした芽榴は大学生活と東條グループの仕事で、日々忙しい。
恋人である風雅とは通う大学も違う。
おかげで最近少し会えていなかったけれど、やっと風雅との時間がとれたのだ。
「おじゃまします」
一人暮らしを始めた風雅の部屋へとお邪魔する。
前に風雅の部屋に来たのはもう一ヶ月前。けれど部屋の中はその時間を感じさせないほど変わらない。
「どうぞ。芽榴ちゃんが来るから気合い入れて掃除したよ!」
風雅が明るく芽榴を招き入れる。
もう何回も来ているけれど、芽榴は毎度緊張してしまう。
部屋の中で正座していると、風雅が困り顔で笑った。
「芽榴ちゃん、緊張しすぎだって。たしかに久しぶりだけど」
「あはは、毎日来るわけじゃないから、なかなか慣れなくてー」
「なら、毎日来てもいいんだよ? オレは芽榴ちゃんと毎日一緒にいたいからね!」
笑顔でそんなことを言いながら、風雅は床に手をついて、芽榴のほうへと上半身を傾ける。
そしてまるで犬がじゃれるみたいに、芽榴にキスをして唇をペロッと舐めた。
「へへっ、久しぶりの芽榴ちゃんだ」
「なかなか時間とれなくて、ごめんね。今日も別に予定あったんじゃ……」
「ないない! オレは基本暇だから!」
絶対嘘だ。と確信が持てる。
風雅が意図せずして暇など、万が一にもありえない。
芽榴が瞬時にそう思うと同時、テーブルの上に置いていた風雅のスマホに大量のメッセージが延々と届き続けているのが目に映った。
別に見ようと思ったわけでもなく、ただ視界に入っただけなのだが。芽榴の性質上、それが一瞬でも、内容は全部頭に入ってしまう。
要約すると、「サークルの飲み、急にドタキャンしたのはなぜ」という内容だ。
メッセージの相手は複数人だけど、だいたい名前的には女子が多い。それも風雅だからしかたのない話で、いまさらどうこう言う話でもない。
芽榴の視線に気づいた風雅は「あっはは!」と青い顔をして笑っていた。
「……うそつき」
芽榴が半目で呟くと、風雅が青い顔のまま芽榴の肩を握った。
「違う! 違くないけど! 芽榴ちゃんとの用事が最優先だもん! サークルの人なんていつでも会えるんだから!」
「でもそっちのほうが先に予定決まってたんでしょ? なら……」
「じゃあ、芽榴ちゃんはオレに会えなくていいの!?」
風雅が半泣き状態で芽榴に訴えかけてきた。
そう問われると、芽榴も言葉を喉に詰まらせてしまう。
「……いいわけないけど」
「んああっ、芽榴ちゃんかわいい!!」
勢い任せに風雅が芽榴を抱きしめた。
ふわりと風雅の香りに包まれる。でもその中に少しだけ違う香りが混ざっていて、他人と一緒にいたことを実感してしまう。
自分よりもはるかに長い時間を過ごしているであろう風雅の大学の友人たちに、微かな嫉妬を抱いて、芽榴は思わず風雅の背中に手を回していた。
「え、うそ、珍しい」
「何がー?」
「芽榴ちゃんがギュってしてくれるの。いつもオレにされるがままって感じだから……すっごく嬉しい」
しみじみと呟かれて、芽榴は風雅の胸に埋めていた顔を上向かせる。風雅と目が合うと、色っぽく笑った風雅が、また芽榴にキスをした。
「……風雅くん」
「芽榴ちゃん、そんな顔して名前呼ぶのズルい」
今度はさっきみたいなかわいいキスじゃない。
風雅がそばにいる。その実感がどんどんわいてくる。
それがとてつもなく嬉しいと感じるほどに、芽榴は風雅に会いたかった。
本当は芽榴だって、毎日風雅と一緒にいたいのだ。
「……このあいだね」
「うん?」
「パーティーに出席したときに、簑原さんと一緒になって……」
その名前が出た瞬間、風雅はキスをやめて真剣に芽榴の話に耳を傾けた。
「何かされた!?」
「違う、けど」
何もされてはいない。その代わり、言われたのだ。
「大学のサークルって、遊び感覚とか飲んだ勢いとかあって、付き合ってるからって安心できないって」
だから全然会ってないなら、定期的に会ってやれよ、と慎に言われたのだ。
と告げようしたのだが、芽榴が続きを口にする前に風雅が声をあげた。
「本当にこれだけは誓って言うけど! オレはサークルの子とも同じ学部の子とも、何もしてないから!」
「いや、う、うん」
「浮気なんてしないし、芽榴ちゃん以外の子で済ませるくらいなら、どんなに迷惑がられても芽榴ちゃんの部屋に押しかけるし!!」
「ふ、風雅くん、お、落ち着いて……」
風雅を疑っているわけではない。
風雅が芽榴のことを大事にしてくれているのは、この身でよく知っている。
「そうじゃなくてね……」
照れくさいけど、大事なことはちゃんと伝えなければいけないと、分かっているから。
「風雅くんに我慢させなくて済むように、私頑張るから」
風雅のことを自分からギュッと抱きしめて、頑張ってキスをしてみた。
いつも風雅からしてくれるから、触れるだけの子どもみたいなキスしかできないけれど。
芽榴にとっての、大事な一歩。
「一緒にいる時間、もっと増やせるようにするね」
にっこり笑って、風雅に伝える。
すると風雅はもう耐えられないという様子で、両手で顔を覆った。
「……芽榴ちゃん」
「うん」
「オレ、芽榴ちゃん不足を結構我慢しててね」
「うん」
「でもがっついてると思われたくなくて、今日は頑張ってもう少し我慢してようと思ってたんだけど」
芽榴がカラカラと笑いながら頷くと、風雅は手をのけて、赤面した顔を見せてくれた。
「もうオオカミさんになってもいいですか」
誰よりもカッコいいのに、誰よりもかわいい。
そんな風雅が大好きだと、心の底から芽榴は思うのだ。