クリスマスSS【簑原慎】
いつものように向かい合って、慎と食事をとる。
イブはお互いパーティーに参加しなければならないため、クリスマスに何をして過ごそうか、と話していたところだった。
「たまには、デートでもするか」
慎はそんな提案をして、芽榴の手作りハンバーグにナイフを通す。
「デート……ですか」
「何だよ、その反応。嫌なの?」
嬉しそうな反応を見せない芽榴に、慎は少しだけ不服そうな言葉を返す。
けれど、別に芽榴も慎とのデートが嫌なわけではない。むしろ嬉しい、という言葉が適している。
が、慎と一緒にいる時間が長すぎて。
慎とのお出かけを『デート』と形容することに違和感を覚えるというか、いまいちピンとこないというか。
そういうわけで芽榴は微妙な顔をしてしまったのだ。
「昔はこうやって部屋で一緒に過ごしてるのもデートだったんですけどね」
「ははっ、たしかに。じゃあ毎日デートしてんな、俺ら」
以前は楠原家に週一くらいで帰っていたが、最近はあまり顔を出せていない。
もちろん毎日真理子たちとはメールや電話で連絡を取り合っているのだが。
それも、当然の流れで。
「まあ婚約したんだし、むしろ一緒にいないほうが変だけどな」
さらっと、慎はその事実を口にする。
芽榴の左手の薬指には慎から先日もらった指輪がはめられていた。
ちなみに慎からのプロポーズはロマンのかけらもなくて。
それこそ、今みたいに向かい合って一緒に夕飯を食べているときに、まるで「そこにある醤油とって」とでもいうように。
『なぁ、そろそろ簑原芽榴になって』
と。そう告げて、箸を落とした芽榴のことをいつものようにからかって笑いながら、流れるような所作でいつのまにか芽榴の指に指輪をはめていた。
後から考えると、その簡素さも、慎にとってはサプライズだったのだろうと思わなくもないのだが。
「で、どうなわけ? デート、したくないなら……いつもみたいに部屋で映画見て過ごす?」
結論を言うと、芽榴は慎とのデートを選んだ。
クリスマスの夜に、慎と一緒に光に満ちた街を散策して。
たったそれだけのことが、新鮮に思えた。
「何笑ってんの。怖いんだけど」
思わず笑ってしまった芽榴を、慎は訝しげに見つめている。
「なんだか、慎さんとデートらしいデートって高校の時以来だなぁって」
高校二年生のとき、アメリカに留学する直前と、留学した直後。
あの頃は、慎とたくさん外でデートをしていた。
芽榴が留学生として勉強を頑張り始めてからは慎も芽榴のためにアメリカには来なかったし、卒業してからもお互い忙しくて部屋で会うことのほうが多くなっていた。
「なに、嬉しいの? このあいだは微妙な顔してたくせに」
「あれはデートって単語がちょっと恥ずかしかっただけです。長らく聞いてない言葉だったから」
「なら言えばいいのに。……ていっても、お互い時間があうのは夜のことが多かったし、次の日の朝も夜明け前から仕事、っていうのばっかりだったしなぁ」
だから、こうして慎と手を繋いで目的もなく光の街を歩くだけでも、芽榴は楽しくて幸せなのだ。
「なぁ、芽榴」
「何ですか?」
顔を上げると、雪が芽榴の頰に落ちてきた。
ホワイトクリスマスだ、なんて心の中で思っていると、慎がゆっくり口を開いた。
「俺と一緒になること、後悔してねぇの?」
「はい?」
思いもよらない言葉に芽榴の声が裏返る。いつもならその反応を小馬鹿にしてくる慎だけど、今は真剣に芽榴の返答を待っていた。
「……あれだけ『ノー』は受け付けないって感じで堂々とプロポーズした人が何言ってるんですか」
「それくらい強気でいかないと、すぐ『嫌』とか言いそうだから」
「言いませんよ! 後悔も、全然してません」
芽榴が言い切ると、慎は少しだけ嬉しそうに頰を緩めた。「そっか」と短い返事をして、慎は黙る。
代わりに、芽榴が口を開いた。
「でも、びっくりはしましたよ? 慎さん、結婚なんてまったく考えてませんって顔してましたし」
「んなことねーよ。芽榴と付き合ってから、一応ずっと考えてた」
芽榴が目を丸くすると、慎は芽榴の額を指先ではねた。
「まあ、俺は芽榴も知ってのとおり相当のクズだったしさ。評判も最悪だったから。自分の評価が、芽榴を大事にできるくらいになったら、言おうって思ってた」
慎が少しだけ照れ臭そうにしているから、この言葉が嘘ではないのだと芽榴にも分かった。
「俺、自分の将来のこと考えるの、すげー嫌いだったんだけど。……芽榴との将来を考えるのはすげー楽しくてさ」
慎がそんなことを考えていたなんて、芽榴は知らない。
「きっと俺と芽榴の子はかわいいだろうなーとか。俺の器用さと、芽榴の要領のよさが遺伝したらすげー完璧な子ができんじゃん、とかさ。バカみてぇに……幸せな未来しか浮かばねーの」
そう教えてくれる慎は、本当に幸せそうな顔をしていて。その瞳にはちゃんと光が宿っていて。
「だから……ありがとな、芽榴。……俺、マジで幸せだよ」
好き、なんて言葉よりも、もっと嬉しかった。
いつだってその瞳を黒く曇らせていた慎に、光を灯せたことが嬉しくて。
「泣くなよ、バカ」
「泣いてないです!」
「あっそ。……ったく」
慎が芽榴の頭をくしゃっと撫でる。
こんなやりとりも、もう何度も繰り返した。
でもその度に訪れるのは、幸せな気持ちばかり。
「私が一生、幸せにしますからね」
涙で赤くなった瞳で、芽榴はまっすぐ慎を見つめる。
「本当、男前すぎ」
慎は柔らかく微笑んで、芽榴の手をぎゅっと握りしめた。