クリスマスSS【葛城翔太郎】
午前0時を回り、イブは終わる。
もう日にち的にはクリスマス。
芽榴は、静かな部屋の中で温かいココアを飲みながらパソコンと向き合っていた。
一人で過ごす夜。
でも、別に寂しくはない。
「大変だなあ」
まだ帰ってこない家主のことを思い、芽榴はそんな独り言をつぶやく。
今日は難しいオペのアシストにつくと言っていた。もしかしたら日にちを跨ぐかもしれないとも伝えられていたので、芽榴はおとなしく翔太郎の部屋でのんびりさせてもらっている。
そんな忙しい日なら、また日にちを改めて、とも話したが、翔太郎が「来てくれるなら嬉しい」と言ってくれた。
「迎えに行ってあげたいけど」
車がないから、徒歩だ。そうなると余計に翔太郎は心配するだろう。
だから芽榴はやっぱり、この部屋で翔太郎を待つことしかできない。とはいえ、芽榴も暇人ではない。先ほどからずっとパソコンと向き合って仕事をしているのだ。
そうしてそれから一時間が経過した頃。
部屋の扉が開いた。
「まだ、起きていてくれたのか……?」
芽榴がおかえり、を告げる前に。
部屋の明かりがついているのと、芽榴の存在を確認して、翔太郎が掠れた声を出した。
「おかえりなさい。私もやることがあったから、起きてたよー」
「……遅くなって、悪い」
「ううん、私が勝手に待ってただけだから大丈夫だよ。それより、お腹すいた? それとも何か飲む?」
芽榴はパソコンを閉じて、立ち上がる。芽榴がキッチンに向かおうとすると、翔太郎が芽榴のことを引き止めた。
「葛城くん?」
相変わらず、芽榴と翔太郎は「葛城くん」と「楠原」だ。いい雰囲気になった時、流れで名前を呼びあうことはあっても、冷静なときは常にそう。
「名前……呼ばないのか?」
「え? だって……」
今はそういう空気ではない。そう答えようとして、翔太郎が芽榴のことを抱き寄せた。
「葛城くん? どうしたの? 疲れちゃった?」
芽榴が翔太郎の背中をあやすように摩ると、翔太郎は小さなため息を吐いた。
「……疲れた」
「お疲れさま。体冷えてるし、今何か温かいもの……」
「いい」
翔太郎は芽榴が離れようとするのを拒む。芽榴を腕の中に閉じ込めて、翔太郎は小さな声で呟いた。
「お前が暖かいから。……それでいい」
つまり、おとなしく抱きしめられていろ、ということだ。
けれどずっと立ちっぱなしは疲れてしまう。
「じゃあ、とりあえず座ろう? ほら」
芽榴が促して、翔太郎はリビングに移動するあいだだけ芽榴のことを離した。
そうして座ると、翔太郎はまた芽榴のことを抱きしめた。
「珍しい……」
「……嫌か?」
「そういうわけじゃないけど、どうしたんだろうって」
芽榴の声に困惑の色が浮かぶ。
翔太郎は少し体を強張らせたのち、芽榴の疑問に小さな声で答えた。
「久々にお前と会った気がして……声を聞いたらたまらなくなった」
「あ、あはは。たしかに、予定が合わなかったもんね。今日も無理やり来ちゃったし……」
芽榴はそう言って、「あ」と何かを思い出したように声をあげる。
そして翔太郎の腕をペチペチと優しく叩いて、拘束を緩めてもらった。
「これ、クリスマスプレゼント」
芽榴がそう言って、近くにあった紙袋を翔太郎に渡す。翔太郎が欲していた腕時計が、質のいい茶色の小箱の中に収まっていた。
「前に、シンプルなデザインの時計が欲しいって言ってたから……ちょっと奮発しちゃった」
芽榴がにこやかに笑うと、翔太郎はその時計を大事そうに机の上に置く。
眼鏡を外して、なんとも言えない表情で芽榴のことを見つめた。
「……お前は、本当に」
そう口にして、翔太郎は芽榴にキスをした。
優しすぎるキスはくすぐったくて、芽榴は顔を背けようとするけど、それを翔太郎が許さない。
「こっちを向け」
綺麗な瞳に映る芽榴は、顔を真っ赤に染めている。
「ありがとう。……大事にする」
翔太郎はそう言って芽榴になおも優しいキスをする。
「俺からの……プレゼントももらってくれ」
そうして芽榴の耳元で囁いて、翔太郎は芽榴の首にその証を残した。
「葛城くん……これ」
リングの通ったネックレスが芽榴の首で揺れる。芽榴の驚いた顔を満足そうに見つめ、翔太郎は真剣な声で言った。
「本物は、俺がもう少ししっかりした大人になったら……もらってほしい」
その意味は、たったひとつ。
「だめ、か?」
自信ありげな行動を不安な気持ちを抱えながら、それでもしてしまう翔太郎が愛しくて。
「だめなわけない。嬉しいよ。……そのときが来るのを、待ってます」
そんな可愛らしい答えを残す芽榴に、翔太郎はたまらないといった様子で何度もキスをした。