夏祭り【藍堂有利】
「芽榴、こっちです」
名前を呼ばれたほうに視線を向けると、有利が軽く手を挙げて芽榴を手招きしている。
芽榴は有利の姿を見た瞬間、その顔に笑顔を咲かせた。カランカラン、と下駄の音を鳴らして芽榴は有利の隣に並んだ。
「お待たせ、有利くん」
今日は夏祭り。高2の夏に生徒会役員と一緒に行った夏祭りと同じもの。
待ち合わせ場所にいる有利は濃い藍色の浴衣を着ていて、それに合わせるように芽榴も薄い水色の浴衣を身につけて現れた。
「全然待ってないですよ」
「ほんとに?」
「はい。というか、芽榴のことを考えていたら時間も気にならなかったので、いつ到着したかあまり覚えていないというのが本音ですけど」
有利がさらりと告げた言葉に、芽榴は動揺して瞳を揺らす。
するとそんな芽榴の仕草を見て、有利がどこか楽し気に芽榴の頬に手を添えた。
「ゆ、有利くん」
「なんですか?」
「なんですかって……」
気恥ずかしくて芽榴が視線を逸らすと、有利はくすりと小さく笑った。
「かわいいです。浴衣、とても似合ってますよ」
「……有利くんこそ」
芽榴はそう答えながら有利の姿を改めてまじまじと見つめる。
有利は普段から和装が多いため、もう見慣れた姿であるのに、祭りという雰囲気のせいで新鮮さが感じられてしまう。
「お母さんと功利が残念がってましたよ。芽榴の浴衣を選んで着付けてあげたかったみたいで」
「……あはは」
アメリカから帰ってきた後も度々藍堂家にはお邪魔している。そのたびに家族総出で芽榴をもてなしてくれるため、芽榴としてはありがたいのだが。
有利の祖父も母も功利も、そして有利の父でさえも全員が芽榴と有利の交際がどこまで進んでいるのかについて、根掘り葉掘り聞きだそうとしてくるのだ。
そのたびに芽榴は赤面してしまうのだが、そういうこともあって有利の家族とも円満に仲良くしている。
「でも、遠慮なんてせずに僕の家で支度してくれたらこんなところで待ち合わせしなくてもよかったのに」
「遠慮はしてないけど……有利くん、嫌だった?」
「いえ、そんなことはないですけど」
有利がすぐにそう答えてくれたため、芽榴はホッと肩をなでおろす。
「芽榴?」
「有利くん、いっつも私のこと迎えに来てくれるでしょ? こういうとき」
有利はデートのときは必ず芽榴を迎えに来る。芽榴が家にいる時なら家に、大学にいるときは大学に。とにかく絶対芽榴を動かそうとしない。
「当たり前ですよ。芽榴を一人で歩かせたら変な人に絡まれそうで心配ですから」
「そういうのを取り越し苦労って言うんだよ」
芽榴はそう答えながら、困った顔で深く息を吐く。
「でも……だから舞子ちゃんがたまには『待ち合わせ』っていうのも新鮮でいいんじゃないかって」
先日舞子と出かけたとき、舞子がそんなアドバイスをくれたのだ。
とはいえ、舞子の場合は彼氏があの滝本であるため、わざわざ迎えに来てくれる有利をうらやましがっていた。
芽榴が告げると、有利はわずかに目を見開いてからまたいつもの無表情に戻った。
「芽榴はどうでしたか?」
「え? 私? 私は……」
有利に意見を求められて、芽榴は再び顔を赤くする。そして有利から目をそらして小さく口を開いた。
「……少し、ドキドキしました」
白状するように告げて、芽榴は顔を覆う。すると有利は満足げに笑みをこぼして、芽榴の手を顔から引き剥がした。
「有利くん!」
「顔、隠さないでください。せっかくかわいいんですから」
そう言われると余計に顔が赤くなってしまう。耳まで赤色に染めた芽榴を、有利は愛おしむように見つめてくる。
「……僕も、いつもよりドキドキしましたよ」
有利は静かな声で言って、芽榴の手に自らの指を絡めた。
「芽榴がどんな格好で、どんな顔をしてここに来てくれるのか……考えるだけで、幸せでした」
芽榴の浴衣姿を見て、有利は眉を下げる。
「でも、やっぱり心配なので……こういうのは本当にたまににしてください」
「……心配することなんてないのに」
「僕がそこら中でスイッチを入れてもいいなら、それでもかまいませんけど」
からかうようにして言って、有利は芽榴の手を引いた。
「じゃあ、お祭り楽しみましょう」
高三のときは芽榴が日本にいなくて行けなかったお祭り。
去年は芽榴の受験勉強を優先して、有利が誘わなかったお祭り。
だから二人で行くお祭りは今年が初めて。高2のときのお祭りは有利が芽榴を混雑に乗じて役員のみんなから連れ去ったりもしたけれど、今回はそんなことをする必要もない。
「二人きりで、花火を見ましょうね」
どこか楽しげに有利が呟いて、芽榴は嬉しそうに笑った。