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恋人の自信【蓮月風雅】

「ねえねえ芽榴ちゃんって麗龍学園出身だったよね?」


 お昼を大学の友人たちと過ごしている最中、突然そんなことを聞かれた。今は四人で食事をしているが、そのうちの一人は最近仲良くなったばかりで、芽榴の高校を先日友人から聞いて知ったらしい。


「うん。そーだよ」

「そうそう、だから芽榴はあの神代くんともすっごく仲いいんだよね」


 大学でいつも一緒にいる友達が自慢げに語る。同じ大学の颯は、構内でも有名人。そんな彼と仲がいいというだけで、芽榴は英雄扱いだ。


「さっすが。美少女には美男子がやってくるってわけか」

「いや、私は……」

「はいはい、芽榴の謙遜はいいです~」


 大学生になった芽榴は大学内で「神代颯のお気に入りの美少女」として有名である。芽榴もそのことは知っていて、おそらく芽榴の顔を見たことがない人が憶測で広めているのだろうとうんざりしていた。

 芽榴のことをちゃんと見て、なおさらその噂が広まってしまっていることを本人は自覚していないのである。


「でも、それがどーかしたの?」


 芽榴が本題に戻る。芽榴に質問してきた女子に話を振ると、その女子は目を輝かせた。


「う、うん。その、芽榴ちゃんって神代くんとも仲いいから……その、M大のミスターコン優勝した蓮月風雅くんとも仲いいのかなって」

「……え?」


 問われた芽榴は目を丸くして固まる。他の友人二人もそれを聞いて気まずそうに苦笑した。


「蓮月風雅くんって高校時代神代くんとも仲良かったって聞いて……芽榴ちゃんが知り合いなら、その」

「はい、待った」


 興奮ぎみの友人を、他二人が止めてくれる。しかし説明する気はないらしく、芽榴に「ほら」と発言権を渡した。


「あ……えっと、風雅くんは私の、彼氏です」


 芽榴はぎこちなく笑って頬をかく。

 驚く友人の顔を見て、芽榴の心が少し痛んだ。


 風雅の人気は高校を卒業しても異常なまま。大学の学祭でも一年生にしてミスターコン優勝、二年生でも優勝。おかげさまでこうして違う大学に通っていても、女子は彼の名を知っているのだ。


 そんな風雅の彼女であることは芽榴も嬉しいのだが、同時に申し訳なくも思えて、芽榴はあまり風雅が彼氏であることを公言していなかった。


「そうだったの!? え、すごい! うわあ……お似合いすぎ。美男美女だ」

「でしょ? しかも風雅くんのほうがベタ惚れ状態」

「このあいだ会った時すごかったよね? 芽榴に向ける笑顔、眼福でしたー」


 そんなふうに言ってもらえるのも嬉しいのに、友人が気を遣ってくれているような気がして、芽榴は素直に喜べないのだった。





 講義が終わって、荷物をバッグに詰めていると、芽榴のスマホが小さく震える。

 いまだに慣れないスマホの振動を気にしながら、手にとって液晶を見ると、風雅からのメッセージが届いていた。


【ごめん! 教授に呼び出されちゃったから、少し遅くなりそう! 芽榴ちゃん、まだ大学にいるなら残って待っててほしい! 絶対迎えに行くから帰らないでね!】


 必死さが溢れる文章を読んで、芽榴は苦笑する。

 今日は久しぶりに大学が終わった後にデートをしようと言っていたのだ。


【私が風雅くんの大学に迎えに行くよ】


 ぎこちない手つきで返事をすると、風雅から即座に返事がきた。


【絶対ダメ!】


 その返事を見て、芽榴は表情を曇らせる。

 風雅は絶対に芽榴を自分の大学に来させない。自分はいつも芽榴を大学まで迎えに来るくせに、芽榴にはそうさせない。

 最初はそれを、芽榴の手を煩わせないためなのだろうと思っていたけれど。


(大学の人に、バレたくないのかな……)


 自分が彼女であることを堂々と他の人に伝えられないのかもしれない。最近、そんなことを不安に思ってしまう。


「あれ? 芽榴、どうしたんだい?」


 スマホとにらめっこして立っていると、颯がそこを通りかかった。


「神代くん。……こんにちは」

「こんにちは。今日は風雅とデートじゃなかった? 風雅からここに来るって昨日連絡あったけど」

「うん、そうなんだけど……ちょっと遅くなるみたい」


 芽榴がそう告げると、颯は「そう」と小さく返事をした。


「それで?」


 颯は芽榴に続きを話すよう促す。芽榴に元気のない理由が、それだけではないことを颯はちゃんと察していた。


「迎えに行こうかなって思ったんだけど、風雅くんは私が行くの嫌がるんだよね」

「……ああ、なるほど」


 それだけ言えば、颯は何事かを察してくれる。


「風雅が自分の大学の人に芽榴を紹介したくないのかもしれない、とか考えてるんだろ? 芽榴のことだから」

「……すごいね」

「それくらい芽榴のことは見てるから。当然、風雅の考えてることも分かるけどね」


 颯は薄く笑う。颯は風雅の考えていることも分かるのに、芽榴はそれを分かってあげられない。誰よりも風雅のことを分かってあげたいのに、それができない自分が歯がゆくて芽榴は眉を下げた。


「芽榴にもすぐ分かるよ。……風雅の大学に行ってみればね」

「でも風雅くんは嫌がるから」

「それで芽榴のこと嫌いになるくらいの男なら別れなよ。僕が芽榴のそばにいてあげるから」


 颯は爽やかに笑って、芽榴の頭を撫でた。




 颯に言われるまま、芽榴は風雅の大学に来てしまった。

 来てから「やっぱり待ってたほうがよかったかもしれない」などと後悔する。


(でも、普通に考えて私が迎えに来たほうが効率いいし)


 そんな言い訳を考えながら芽榴は初めて風雅の大学の敷地に足を踏み入れる。

 当然のことながら、どこの大学にも可愛い子は多く存在するわけで。

 芽榴は辺りを見回しながら、可愛い子や綺麗な子を見かけるたびにため息を吐いてしまう。


(風雅くんのことだからモテるだろうし)


 以前一緒に過ごした時も、女の子から大量にメッセージがきていた。もはや付き合う前からその状況には慣れているし、抵抗はないのだが。


(いつ振られてもおかしくない気がする)


 最近会う時間が少ないこともあいまって、そんな不安が募っている。

 風雅はモテるし、毎日周りにきっと素敵な女の子がいる。想像しなくてもそれは分かる。

 だからこそ、風雅が忙しくて全然会えない芽榴よりもその子を選んでしまうのは仕方のないことで、それに文句は言えない。


(言えないけど……)


「ねえ、たぶんあれだよ」

「絶対そう」

「聞いたほうが早いって。あの、すみません!」


 芽榴が俯いて考えながら構内にあるらしいカフェを探し歩いていると、前方からこちらを見ていた男女四人組が芽榴に話しかけてきた。


「え? わ、私ですか?」


 驚いて芽榴が顔を上げると、その四人組は「うわぁ」と感嘆するような声を上げた。

 そして先ほど声をかけた男子が、続けてこう質問してくる。


「もしかして、誰かと待ち合わせてます?」

「えっと、……待ち合わせてるっていうか、迎えにきたっていうか……」


 芽榴がそう答えると、後ろで構えている女子二人がきゃあきゃあと騒いだ。

 そしてもう一人別の男子が興奮気味に芽榴に問いかけてくる。


「それって風雅だったりしますか!?」


 風雅、という名前がこの大学に何人いるかはわからない。が、芽榴が会いたい人が「風雅」であることは間違いないため芽榴はゆっくり頷く。


「ビンゴ! マジかよ!」

「さすが風雅くん! そりゃあ他の女子に見向きもしないわ!」


 すると、ドワッとその四人がそこら中にいる友人らしき人たちを集め始めた。


「え」

「風雅の彼女!?」

「やっぱりそうだと思ったんだよな! うちの大学にこんな子いないし!」


 何事か分からず、芽榴が挙動不審になっていると、前方少し離れたところから女の子の黄色い声が溢れ出した。

 高校の時ずっと聞いていた声に、芽榴はその人の存在を知る。


「ごめんね! オレ、急いでて! ん? あそこ、なんか人だかり……が!?」


 ご丁寧に芽榴を囲んでいた学生たちがその人のことを見えるように道を開けてくれる。

 目をまん丸に開いた風雅を見つけ、芽榴は小さく風雅に手を振った。


「め、めめめ、芽榴ちゃん!? え!? なんで!?」


 叫びながら風雅が猛ダッシュで駆け寄ってくる。周囲はそんな風雅を見ながらニヤニヤしている。


「ちょっとどいて! 芽榴ちゃんから離れて! マジでほんとみんな見ないで!」


 風雅はそんなことを言いながら、周囲の友人たちを蹴散らして芽榴の腕を引いてそのまま走り出した。


「え、わぁ! ちょ、ちょっと風雅くん!?」

「芽榴ちゃん走って!」


 そうして大学の構内を走り抜け、芽榴と風雅は大学から離れた路地までやってきた。


 立ち止まると、息切れをしたまま風雅は芽榴のことを振り返る。


「芽榴ちゃ、ん……今日も、かわいい、です」

「え? あ、ありがとう」


 怒られるかと思ったのだが、第一声はいつもと変わらないおバカな風雅の発言だった。


「で、なんで……迎えにきたの? 待ってて、って、いった、よね?」

「……だって、そっちの方が早く会えるから」

「ごめ……いま、かわいいの、やめて」


 風雅は顔を抑えて乱れた息をさらに乱れさせていた。


「あと、神代くんから言われて」

「……颯クン?」


 芽榴の口から別の男子の名前が出た瞬間、風雅の声のトーンが一気に低くなる。風雅が顔から手を離し、芽榴を見上げてくる。

 芽榴は風雅のことを見つめて、小さく口を開いた。


「……風雅くんは私が風雅くんの大学に行くの、嫌がるから。その理由は行けば分かるって言われて」


 でも結局全然分からなかった。

 分かったことは、芽榴が風雅にいつ振られてもおかしくないという事実だけ。


「……私が彼女だってバレるの、やっぱり嫌?」


 芽榴がそうたずねると、風雅は「は?」と頓狂な声を上げる。そして次の瞬間には首を大きく横に振った。


「なわけないじゃん! むしろ自慢したいし!」

「……でもしないでしょ?」

「だって……オレなんかにもったいないって言われたらへこむし」

「逆しか言われないでしょ」

「芽榴ちゃんは自分のこと分かってなさすぎ!」


 風雅はそう言って、芽榴の頰を押しつぶすようにして挟み込んだ。


「芽榴ちゃんはオレなんかにはもったいないくらいの女の子なんだよ。だからオレはいつも必死だし、いつも不安だし」


 風雅はそう言って気恥ずかしげに唇を尖らせる。


「だから卑怯かもしれないけどできるだけライバルは減らしたくて。……少なくともオレの大学のやつとは芽榴ちゃんを絶対会わせないようにして、芽榴ちゃんのこと好きになる男の数減らそうと思って」

「そんなことしなくても……」

「好きになるんだよ! さっきだって、みんな芽榴ちゃんがかわいいから集ってたんだし」

「あれは風雅くんの彼女が珍しいからで……」

「オレから奪おうって思ったやつが絶対いるから!」

「……奪えるわけないじゃん」

「もう、だから、そうやって、喜ばせるのやめて……嬉しいけど。ここ、まだ道端だから」


 風雅は大きなため息を吐きながら、芽榴の発言に悶えている。


「だからオレの大学には来てほしくなかったの。……代わりに、芽榴ちゃんの大学にはオレがちゃんと行って、オレが彼氏だって、向こうの大学の人にちゃんと教えたくて」


 そう言って、風雅は芽榴のことを切なげに見下ろす。


「芽榴ちゃん。オレが彼氏だって全然周りに言ってくれないし」


 風雅は不服そうな顔をしながらも「やっぱりかっこ悪い、オレ」と肩を寂しげに下ろした。


「……言っていいの? 風雅くんのこと」

「当たり前だよ。言ってほしい。……芽榴ちゃんが嫌じゃないなら、オレのものだって芽榴ちゃんからみんなに宣言してよ」


 風雅は芽榴の手をギュッと握りしめる。指を絡めて、芽榴の手を自分の口元に引き寄せた。


「だってずっと『好きだ』って言ってるのオレだし。どう考えてもオレの気持ちの方が重すぎるし……。芽榴ちゃんが不安になる必要ないし、むしろ不安なのはオレの方に決まってるじゃん」


 お互い同じ気持ちを抱えて、不安になって。

 いつだって芽榴と風雅の間には言葉が足りない。

 全部言葉に置き換えても、やっぱり不安がいっぱいで。


「私は……好きだよ、風雅くんのこと」


 そう告げて、芽榴は周囲に人がいないのを確認してから、風雅の頰にキスをした。


「め、るちゃん」

「だから、風雅くんもずっと私のこと好きでいてね」


 芽榴がそう言って笑うと、風雅の顔が真っ赤に染まり上がった。


「芽榴ちゃん、ごめん。今日は普通にデートしたかったんだけど、今すぐオレの部屋に帰ろう」

「嫌だよ。今日はデートって約束したじゃん」

「拷問! 無理だよ! オレ、もう無理! 芽榴ちゃんのかわいさで死ぬ!」


 そうして、いつもの風雅とのやりとりが始まる。

 こんな風雅とのバカみたいな言葉の1つ1つが芽榴は大好きで。


「あ……ね、芽榴ちゃん。上向いて」


 芽榴の言葉勝ちでデートを始めることになったのだが、行く場所を決めて一歩踏み出すと、風雅が芽榴の手を引いた。

 言われるまま芽榴が風雅のことを見上げると。

 

 風雅が背中を曲げて、横から奪うように芽榴にキスをした。


「お預け、ちゃんと待つから。唇くらいは、ちょーだい」


 奪った後に言って、風雅はニッと笑った。

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