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胃が痛くなるほど愛されて。【神代颯】

 芽榴がアメリカから帰って来て2年。

 芽榴は経営学以外にも学べることを吸収するべく、日本の大学にも通うことを決意した。残念ながら受験期にはギリギリ戻ってこれなかったため、1年おいて大学に通うことになったのだが――。


「あれが噂の、神代くんの彼女だって」


 大学でも、芽榴は噂の的になっていた。

 偏差値的にも当然の話ではあるが、芽榴の選んだ大学は颯と同じ大学。

 そして颯は芽榴よりも1年早く大学に進学しているため、現在は芽榴の一つ上の学年に在籍している。

 学部が違うおかげで、ずっと一緒にいるということはないのだが、『麗龍の皇帝』様は大学に行っても皇帝様のまま。

 大学でも、颯は高校時代同様の人気を継続していて、数多の女子に告白されている矢先に、芽榴が大学に登場したのである。


「芽榴? どうしたの。下向いて」


 心配顔で颯が芽榴の顔をのぞきこむ。

 現在、芽榴と颯は大学構内を歩いていた。たまたま今日は授業時間が重なっていて一緒に登校することになったのだ。

 留学していた頃のことを思えば、颯と過ごす時間が多いのはとてもうれしい話なのだが――なつかしいほどに視線が痛い。


「気にしなくていーよ」


 芽榴がちらりと颯を恨めし気に見上げると、颯は「ああ」とほんの少し誇らしげに笑みを返してくる。物分かりのいい彼氏様である。


「僕はちゃんと芽榴の顔が見たいんだけどね」

「こんなところで、そーいうこと言わないで」


 まるで誰かに見せつけるかのように、颯が芽榴に顔を近づけてきた。

 芽榴が俯いたまま颯の顔を押しのけると、周囲がざわつく。颯に迫られて押しのけるのは、大学に入ってもなお芽榴くらいのもの。といっても、颯が迫るのも芽榴だけなのだが――。


「恥ずかしがる姿もかわいいからいいけど、視線が恥ずかしいからって、このあいだみたいに先に帰るのはやめてね。……まあ、前回でそのあとどうなるかは分かってると思うけど」

「講義が早く終わってもちゃんと待ってるから、その話もここではやめて」


 俯いていても耳まで真っ赤になってしまえば、顔を隠している意味がない。

 先日、颯を置いて先に帰ってしまったときは、次の日ベッドから起き上がれなくなってしまうほどの仕打ちを受けてしまったのだが、それも真昼間に思い出すような話ではないのだ。


「ごめんね、からかいすぎたかな」


 謝りながらも、颯は爽やかに笑っている。その笑顔でどれだけの女子の心が揺さぶられているのだろう。

 少し周囲を見てみれば、羨望の眼差しが刺さる。この視線だけは何年経っても慣れるものではない。

 颯を思う人の数に比例して、芽榴の胃の痛みが増すのだ。


「胃薬がいくらあっても足りないよ」

「あはは、それは僕のセリフなんだけどね」


 颯はやれやれといった様子で、握っている手に力を込めてきた。芽榴が颯を見上げても、颯はまっすぐ前を向いて歩くのみ。


「自慢の彼女も問題だよ。僕がいない場所で誰かに言い寄られてないかって心配で」

「誰の彼女の話」

「僕の彼女だから、芽榴の話だね」


 留学を終えても芽榴の恋愛方面の鈍感さは変わらない。

 社会のマナーとして、ちゃんとメイクして大学にやってくる芽榴を男子学生たちが放っておくはずもない。というのに、彼らがすれ違うたびに二度見している事実を、颯の彼女が物珍しいから、という理由のみでしか芽榴は受け取らない。


「芽榴は嫌かもしれないけど、僕がこうして一緒にいて、仲良いところを見せつけないと、僕から芽榴を奪おうなんて馬鹿なことを考える人が出てくるかもしれないだろ?」

「その考えがおバカさんだよ」

「へえ、僕が馬鹿って?」

「そうは言ってない……顔近いよ」


 芽榴は颯との壁を作るように、持っているバッグを口の前に掲げた。


「それに絶対……颯くんのほうが心配だから」


 ごにょごにょと芽榴が言葉を付け加える。

 昔とは違う呼び名に颯は満足げで、昔と変わらない優しい手で芽榴の頭を撫でてくれた。


「それは光栄だね。僕は芽榴しか見てないけど」

「だから、そーいうことを……」

「そろそろ講義始まるね。じゃあ僕はあっちだから」


 颯がパッと手を離して、講義室へと向かう。

 思わず「あ」と間抜けな声を出して、芽榴は自分の口を自らの手で塞いだ。

 でもちゃんと颯の耳には届いていて、颯は悪戯を考えついたみたいに薄く笑った。


「芽榴」

「……う、わ」


 颯は芽榴の頰にキスをして、それなのに平然と「じゃあ、あとで」などと言って、去っていく。


「人の話、全然聞いてくれないんだから……」


 周囲からとてつもない叫び声が聞こえるのに、それも気にしていられないほど、自分の心臓がうるさい。


 恥ずかしくて照れ臭くて、そんなことばかりで嫌なのに。

 それなのに毎日毎日、好きの気持ちを実感させられて、芽榴はやっぱり胃が痛くなるのだった。


「颯くんの……バカ」

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