表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

 その色は、眉輪(まよわ)にとって、とても懐かしい色だった。

 年若い乳母に手を引かれたまま、幼子は目の前の光景に目を奪われた。

 それまで眠気で重かった瞼が、嘘のように軽くなる。母親似と言われる目許を興奮に染め、言葉もなく、ただその色彩に魅入った。

「ごらん、眉輪」

 微かな笑みを漂わせ、壮年の男が手招く。眉輪は嬉しくなって、飛び跳ねるように駆け出した。寝起きのままの髪が不揃いに揺れる。

「おとうさま」

 舌足らずに、名を呼ぶ。それだけで、眉輪の心は踊った。

 部屋の中央に敷かれた(しとね)の上、重い病身を母に支えられながら、父が優しい眼差しを庭先に向ける。その隣にちょこんと座ると、眉輪も彼に倣うように視線を移した。

「うわぁ……きれーい……」

 生駒山(いこまやま)から昇った朝陽が、日下(くさか)の里を照らし出す。

 小さな海のように広がる日下江(くさかえ)は、空を映して燃え上がり、天に焦がれて背を伸ばした蓮花(はちすばな)は、その真白の花びらを同じ色に染めた。朝焼けが、日下を、父を、母を、そして眉輪を包み込む。それは、眩しいほどの赤一色の世界だった。

「美しいだろう? わたしたちの日下は」

「ぼくたちの、日下?」

 父の誇らしげな声に、眉輪はぱっと顔を上げた。優しい双眸が、幼子を映し出す。

「そうだ、わたしたちの日下だ。わたしと、中蒂(なかし)と、若日下部(わかくさかべ)と……眉輪の、日下だ」

 その言葉に、幼子は感嘆の声を上げる。

 傍らに侍っていた母・中蒂も頬を緩めた。その表情は甘い喜びに満ちていた。

 母と父は、親子ほどに年の離れた夫婦だった。けれど、実子である眉輪から見てもふたりの仲は睦まじく、その様子は侍女たちが絶えず憧憬の眼差しを送るほどであった。

「中蒂も、ごらん。わたしたちの日下に、蓮が咲いた」

「はい。日下の、一番美しい季節がやって参りましたわ」

 父の言葉に、母が素直に頷く。幸福感に、彼女の長い睫が細かく揺れた。

 水面をきらきらと反射させる朝焼けの赤は、母の透き通った白い頬を仄かに染め上げる。それはまるで、初恋の喜びに打ち震える少女のようであった。

 その美しい横顔が、眉輪は好きだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ