練習
「お前……」
目の前には虚しく地に刺さる一本の矢。百合菜が放った一発目の矢だ。
力がないのはなんとなく察していたが、これ程までとは夢にも思わなかった。
ユートは矢に向けていた視線を百合菜に移した。
「いや! 今のは無し! ちょっと手が滑って! ははっ……今度は当てるから!」
誤魔化しながら、百合菜はもう一度目の前の的に矢を放とうとする。
まずはマナを流さず的に当てる練習をと始めたわけだが、これは時間がかかりそうだ。
「えー! なんで!?」
放たれた二発目は距離は伸びたものの、全く見当違いの方向へ飛んでいった。
――おいおい、大丈夫かよ? これじゃあ先が思いやられるな。
「おい! 俺は狩りに行ってくる! 今日中に当たるようにしとけよ」
「え!? もっとコツとか教えてよ!」
「さっき教えただろ! 構えが悪い! 軸がぶれぶれだ! あと集中しろ!」
そんなこと言われても、などと宣っている百合菜を放り、ユートは練習場所を後にした。
――今日中と言ったが、無理だろうな。何日かかるやら。
月が出てきた頃、狩りを終え帰ってきたユートは、家の前の練習場所をちらりと見た。的に矢が刺さった形跡はない。当たり前か。期待はしていなかった。
家に入ると、明らかに元気がない奴が一人。
「ごめん、今日中にできなかった……」
百合菜は申し訳なさそうに言う。
「百合菜ちゃんずっと練習してたんだけどね。初めてだから、しょうがないわ」
姉の言葉を聞かずとも、ずっと練習していたことは百合菜の手を見ればわかる。
「別に怒ってねえよ。今日中にできるとは思ってなかったしな。」
すると百合菜は一瞬驚いたような顔をした後、また目線を落とした。
まだ練習一日目。焦る必要はない――
百合菜の特訓を初めて四日目。
近くの的にはようやく当たるようになったが、まだ遠くの的には当たらない。弓矢は遠距離武器なのだから、遠くの的に当たらねば意味がない。
百合菜は筋肉痛が痛いと叫びながら、矢を放ち続けている。
ユートはイリスと共に、その様子を見ていた。
「なあ、姉さん。なんで武器を練習しろなんて言ったんだ? 別に町に行くくらいなら、俺が一緒なら平気だろ」
どうせついて行くのなら、とユートは思った。
「あら、あんなに嫌がってたのにそんなこと言うなんて。まあ、そうねぇ。なんとなく、百合菜ちゃんの旅が長くなるような気がしたからかな。ただの予感だけど。それに、そうじゃなくても、あんたが万が一百合菜ちゃんを守れない状況になったとして、百合菜ちゃん自身が何も出来ないのと出来るのじゃあ、全然違うでしょ? いろんな所を巡るわけだから、備えは必要よ」
「俺は早く終わらして、のんびりしたいんだがな」
――それにあいつも……早く帰りたいだろうしな。
百合菜の意外とめげない姿を見て、ユートは思った。
しかし、やはり矢はまだ当たらない。
「当たったー!」
それは特訓を始めて五日目の夜。狩りから帰ってきたユートに百合菜が駆け寄る。
「ユート! 当たったよ! ほら見てあれ!」
的を見ると矢が刺さっている。しかもど真ん中だ。まあそれは偶然だろうが。
「おー。よかったな」
「反応薄いなー。まあいいや! 次の練習は何やればいい?」
――こいつまだやるのか?
ユートは驚いた。
「あー、まあ今度はマナを流す練習だな。とりあえず雷とかどうだ? 矢が当たれば、感電させられる。動きを封じるのにいい」
「雷かー。ユートは火だから、違う方がいいもんね!」
「出来るようになれば、違う属性も試してみればいい。いいか、属性を作り出すのにはイメージが大切だ。雷のイメージを念じて、弓に込める。これは感覚で覚えるしかないな」
――果たしてどれだけで出来るか……
まあ出来なくても、とりあえず旅をしながら練習は出来る。それでもいい。
ユートがそう考えていると、百合菜は弓にマナを流し始めた。
バチバチバチィ!
電気が走る音がする。
百合菜の弓には雷のマナが流れていた。
「あれ? これって出来たの?」
――こいつ……マナを使う才能はあるみたいだな。
ユートは驚きを隠せなかった。
こんなにすぐ出来るとは。あの水晶玉にやったときとはわけが違う。あの水晶玉は力を引き出してくれるものだが、精霊石は自分から注がないと反応しない。
「まさかすぐ出来るとはな。じゃあそれで的を狙ってみろ」
「うん!」
百合菜が矢を放つ。今度も矢は的に当たった。
「やったー!」
飛び跳ねる百合菜。
「電気が分散してるな。矢の先に一点集中するよう心掛けろ。剣と違って、矢の場合は全体ではなくその先だけでいい」
「あ、うん、わかった」
百合菜はもう一発狙いを定める。ユートに言われた通り、矢の先にマナを集中させる。
放たれた矢は的に向かって飛んで行った。
バキィ!
木の板が割れた音が響いた。矢が的を突き破ったのだ。
「ええ! うそ!」
「力を集中させれば威力も上がる。なんだ。すぐ出来ちまったな。出発は明後日だ。明日はよく休めよ」
ユートがそう告げると、百合菜は大喜びしながらイリスの元へ家の中に入る。
百合菜とイリスの喜ぶ声が家の中から聞こえてきた。
――あいつ。案外根性あるな。
まさか本当に一週間以内に出来るとは。
先ほど割れてしまった的と共に、自身の疲れも吹き飛んだのか、ユートは狩りの疲れをいつの間にか忘れていた。