村へ
なんだか懐かしい匂いがする。優しい風に運ばれた空気に、そう感じた。
空気はとても澄んでいて、コンクリートだらけの日本とは大違いだ。
見渡す限りの緑豊かな大地は風の力でなびいており、また、青い空には程よく雲が浮かび、優雅に漂っている。
こんな状況じゃなければ、さぞ気分がいいだろう。観光地にはもってこいだ。さっきみたいな鳥がいなければ、だが。
百合菜は少し前を歩くユートを見て、小さくため息をはいた。
遡ること数十分前――
「てか安全な所って、本当に何してたんだ、ここで。迷子になる年齢でもねぇだろ。バカなのか?」
バカ。
何故こんなことを言われなければいけないのか。こっちだって知りたい。
言い返せずにいる間にもアホだのなんだの聞こえてくる。こいつの第一印象は最悪だ。さっき少しだけ格好良く見えたのは忘れることにした。
「あのね! 本当にわたしにもわからないの! 気づいたらここにいて、こいつに襲われて! ……ここは……なんなのよ」
帰りたい。ただそれだけだった。目の前が霞む。涙が出そうだった。
「行くぞ」
そう聞こえ、俯いていた顔を上げると、ユートは歩き始めていた。
「え、ちょっと、どこに!?」
慌てて追いかける。
「だから、安全な所に行きたいんだろ? この近くに村がある。俺の住んでる村だ」
ボサッとしてないで来いよ、と言いながらユートは再び歩き始めた。
先ほどの出来事を思い返しながら、今の状況を頭の中で整理する。
まず、ここは元いた世界ではない。知らない世界だ。そして帰る方法も知らない。まずは村に着いてから、情報を集めなければならない。
ユートについては少しだけ知れた。
ユート・ランカスター。十七歳。ちょうど百合菜と同い年だ。この近くのゼフィール村に住んでいて、魔獣狩りをして暮らしているらしい。先ほどの鳥も魔獣で、よく退治の依頼がくるのだそうだ。そうそう、もう一つ特徴がある。口が悪い。
「見えてきた。あれが俺の住んでる村だ」
ユートの声に、百合菜は思考を停止し前を見る。目の前には家の様な物が見えた。
村に着くと、人はあまりいなかった。家は十軒ほど。小さな村なのだろうか。
「他の人達はいないの?」
「みんな狩りに行ってる。ここは狩人が多いからな。近くに稼げる場所もある」
なるほど。百合菜は辺りを見渡していると、ユートが立ち止まった。
「ここが俺の家だ。姉さんがいるはずなんだが……」
他に比べて少しだけ大きめのその家の扉に近づいたその時、勢い良く扉が開いた。
「ユート! あんたやっと彼女できたのねー!」
勢い良く出てきた女性は、ユートに飛びかかった。
「離せよ姉さん! てかこいつはそんなんじゃ! ただの迷子だよ!」
女性はユートから離れ、百合菜を見る。
「あら、窓から二人が見えたからてっきり……。あなたは?」
ユートと同じ赤みがかかった綺麗な髪は腰まで伸びており、スタイルは抜群。モデルのような美人で、見とれてしまう。
「あ、百合菜って言います」
「こいつ、帰る場所がないんだと。遠くの場所から来たらしい。見ての通り丸腰だし、あぶねーから連れてきた。部屋空いてるし、使っていいだろ?」
ユートが説明してくれた。
「そう、大変だったわね……。わたしはイリスよ。よろしくね、百合菜ちゃん。こんな可愛い子がお客さんなんて、今日はラッキーね! ささ、こんなところで話もなんだし、早く入りましょ!」
イリスはウインクしながら百合菜の手を引っ張り家の中に招き入れる。
テンションの高さに圧倒されながら、百合菜はランカスター家の扉をくぐった。